バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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モモとモングレルと大荷物

 

「モングレル、まだ都市清掃なんて続けていたんですか」

「お? あぁ、なんだモモか」

 

 いつものように通りのゴミを拾い集めていると、眠そうな目をした女の子に名前を呼ばれた。

 “若木の杖”団長サリーの娘、モモである。

 

 母譲りの黒髪を左右に垂らして纏めているのは前からだったが、言葉遣いが記憶よりもツンケンしている気がする。

 昔は礼儀正しい良い子だったのにな……ついにモモにも来ちまったか、思春期が。

 

「都市清掃は大事だぜ? こうして日頃から綺麗にしておくことで、暮らしている人たちの中にも綺麗にしようって気持ちが根付いていくんだ。知ってるか? 壁の崩れた家はそれだけで犯罪者から狙われやすく……」

「そうでなく! どうして三年も経っているのに未だブロンズ3のままなのかと言っているのです! モングレルはそんなに弱いギルドマンではないでしょう!」

 

 そう怒るなよ。真面目属性にすぐカッカする属性を付与すると周りがしんどいだけだぞ。

 

「俺がブロンズから昇格しないなんて話は三年前からあっただろうよ。今更だぜ今更」

「……事情があるのですか。それにしても、ブロンズのままだなんて……」

「それより、こんな往来でする話でもないだろ。俺は仕事中だぜ? 安い仕事でも人の仕事の邪魔をするのは感心できねーな」

「あっ、ご、ごめんなさい」

 

 まぁ別に俺もよく清掃中にぼけーっとしたり人と話すことはあるんだけどな。

 

「で? 俺に何か用でもあるのか? 掃除しながらで良ければ聞くぞ」

「……ええ。母から聞いたのですが、モングレルはドライデンへ護衛任務に行かれるのですよね?」

「おいおい、噂が回るの早いな」

「母がナスターシャさんから聞いたのですよ。“アルテミス”にくっついて行くのでしょう?」

 

 ああ、サリーがナスターシャと仲良いからそれで伝わったのか……。

 あいつらそんな話もするんだな。

 

「まぁ護衛がついでみたいなもんだけどな。俺は向こうにある湖が目当てなんだ。そこでちょっとばかし魚釣りでもしようと思ってな」

「そう、湖! ザヒア湖! 水質も綺麗で危険生物の少ない湖! 素晴らしいですよね!」

「お、おう」

 

 なんだこいつ。俺の知らない間に湖フェチにでもなったのか?

 

「実は私、最近こういった靴を開発してまして!」

「……あー」

 

 モモが鞄から取り出してみせた靴で全てを察した。

 なんとなくモモが俺に頼みたいことも。

 

「マーマンの足ヒレを参考に作った、水中移動用の装備品です! マーマンたちはこういったヒレのある手足で水中を自在に泳ぎますよね? 人間もそれと同等のものを装備すれば素早く移動ができるのではないかと思いまして……うちのヴァンダールさんには内緒で、私が開発したものなのです!」

 

 モモが見せてくれたのはなるほど、確かに足ひれである。

 つま先から扇状に延びた薄っぺらい板。材質はわからんが多少は撓るようだ。

 ……が、脚に固定するメカニズムがサンダルっぽいのが不安だな。もうちょっと靴っぽくしてもらいたかった。外れそうで怖い。

 あと言っちゃなんだがヒレ自体もちょっと短いな。十センチくらいしか無い気がするぞ。こんな長さで勢いの足しになってくれるんだろうか。

 

 しかしこれをモモが作ったっていうのは素直にすげーなと思う。

 まだ15歳だろ? 俺が15歳の頃にやった自由研究なんて4種類くらいしかいない虫の標本だぜ。うち二匹がバッタでもう二匹がセミのやつ。それと比べたらノーベル賞もんの発明だろこれ。

 

「モモが作ったのか……良く出来てるじゃないか。これ自分で考えたのかよ」

「はい! 靴部分の加工は手伝ってもらいましたが、設計は私がやったんですよ! 母の手も借りていませんから!」

「やべーな天才じゃん」

「そ、そうですか? いえ、私などまだまだです。モングレルの頭が悪いからそう感じるだけですよ」

「あれ? 俺今ちゃんと褒めたよね?」

「そんなことよりです! モングレルにはその足ヒレ靴を使って、湖を泳いでみて欲しいのです! そして使ってみた感想を私に教えてください! はいこれ! テスト項目を書き出したものなので、一通り実践してみてください!」

「……これまたマメだな。何々、横泳ぎ、前泳ぎ、潜り……はーなるほどね、泳ぎ方による違いをデータに残せと……」

 

 羊皮紙には俺がやるべき足ヒレのテスト項目がメモされていた。

 しかし泳ぎ方が前とか横とかで、泳法が書かれているわけではない。水泳なんて技術として教わるのは軍かそこらくらいだし、そんなもんか。

 

「別に面白そうだからやってもいいけどな……モモ、俺が泳げなかったらどうするんだよ」

「モングレルは泳げないのですか? いえ、泳げなくともその足ヒレ靴があるので泳げるようになりますよ」

 

 君ひょっとして足ヒレのことを装着した人が無条件に泳ぎが得意になるような装備アイテムだと思ってない?

 ……まぁここらへんは試してからまとめて言えば良いか。

 

「それに私もタダでやってもらおうとは思っていません。働きには正当な報酬を渡すのがギルドマンというものですからね」

「お、金くれるのか? だったらしょうがねえなー真面目にやってやるよ」

「はいこれあげます。私が練習用で使っていた魔法の指輪です」

「金じゃないのか……」

 

 しかし銀製で高級そうなものに見える。売ったらそこそこの金になりそうだな。

 

「モングレルが魔法の練習を始めたってミセリナさんから聞きましたよ? この指輪買うと結構高いですからね。練習に役立ててください。はい、前払いしときます」

「荷物が増えるぜぇー……ありがたく貰っておくけど」

 

 どうしよう、魔法の練習もうやめちゃったって言ったほうが良いんだろうか。

 でもバレたら中途半端な野郎だなって笑われそうだ。練習はやりたくないけど、そう思われたくはない……!

 

 よし、あと一ヶ月くらいしたら“今までずっと練習してたけど駄目だった”ってことにしよう。努力はしたってストーリーを作るんだ。これでいこう。

 

「受け取ったからには是非とも試してみてくださいよ、モングレル。それと足ヒレ靴は試作品とはいえあげるわけではないので、壊さないように持ち帰ってくださいね」

「注文の多い依頼だぜ……そんなにこの足ヒレの発明が大事なのか」

「もちろんです。ここは発明の街レゴール。私もここで魔法使い兼発明家として名を上げるつもりですからね。その足ヒレ靴は私の第一歩目となるでしょう!」

「レゴールは発明の街になっちまったのか……」

「少なくとも王都ではそう言われていますよ? やっかみも多いですが」

 

 そうか、モモはこういう方面に興味を抱くようになったのか。発明少女、良いじゃないか。そういう属性は将来身を助けてくれるぞ。思春期特有の変な病気よりずっと健全だ。

 

「では、頼みましたよモングレル。お土産になにか珍しい素材があったら持ってきてくれていいですからね。沈香苔石とか」

「良いけどそれなりの金は取るぞ」

「……あんまりお金ないので安くしてもらえれば」

「そういうのは自分で稼げるようになってから頼むんだな。モモだって一端のギルドマンなんだろ? 成人目前なんだから、そろそろ大人に甘えずにやってかなきゃな」

「む……むむ……はい……」

 

 俺の説教臭い言葉に、モモは素直に頷いた。

 しかしまぁよく出来た娘さんだよ。あのヘンテコ電波お母さんからよくぞこんな普通に出来た娘が生まれたよな。それだけ「若木の杖」がしっかり子育てをサポートしてるってことなんだろうか。

 

 

 

 そのあと俺はギルドで報告を済ませ、家に戻り荷造りを始めた。

 ドライデンへの護衛任務は明日だからな。今日はしっかりと持っていくものを吟味して、向こうでの生活を豊かにするんだ。

 

 まず任務に必要なもの。

 

「バスタードソード、ヨシ! 以上!」

 

 次に湖でのカルチャーで使うもの。

 さっき貰った足ヒレだろ? で釣り竿三本……かさばるけどまぁこれ持っていくだろ? 釣具をまとめた道具箱だろ?

 あとはいつもの野営セットとその拡張セット。忘れちゃいけないのが調理道具。小鍋とか諸々。そして大正義調味料セット。今回のは少し嵩張るけどコラテラルダメージだろう。これがないと悲しいことになっちまうからな。ヤツデコンブも忘れずに持っていこう。

 

 よしよし、良い感じだ……けどさすがに大荷物になってきたな。釣り竿はもうどうしようもないとして、野営セットが随分膨らんでしまった。

 あわよくば俺も水鳥を撃って遊ぼうかと思ったけど無理そうだな。弓は諦めよう。せっかく矢筒作ったのに無駄になったわ。

 あ、チャクラムもいらねえや。なんでお前入ってんだよ、どけ! そこは足ヒレスペースになってもらう!

 

「ふむ……」

 

 完成した荷物は、俺特製のバックパックがパッツンパッツンに膨らむような量になってしまった。

 この中身がほぼ任務に関係ない遊び道具ってところがすげえよな。まともに護衛で使えるのがバスタードソードだけだもん。まぁどうせいつもこれしか使ってないから問題はない。

 

「明日が楽しみだな、おい」

 

 バックパックの上の方をつついてやると、そのままゴローンと向こうに倒れ込んでしまった。

 危ない危ない、デリケートなもの多いから横倒しはいかん。

 

 


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