バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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湖上の狩り、水面下の入魂

 

 ひとまず水辺のデカい石を集めるついでに、川虫使って餌釣りを試すことにした。

 岸の手前に糸を垂らし、そのまま放置って感じだな。変に遠くに投げ込むよりは手前の方が釣れるものだ。

 そうして待つ間にかまどを作り、鉄板を上に乗せて煙突を組み上げる。いつもの野営セットだ。正直この季節には煙突なんざいらないのだが、主に煙や火の粉を浴びるのを防げるという理由で持ってきている。あとは安定した火力。これも大事。

 

「まぁこんなもんだろ」

 

 いつもの三角テントを立て、ついでに頂点としたポールから更にもう一枚分の拡張天幕を伸ばして設営した。前室タープって感じだな。

 アルテミスはこの湖に最低でも二日ほど泊まるそうだから、今回はいつもより豪華にしてみた感じだ。

 こういうキャンプをやってると次第に食えるものが肉だけになってきて飽きるんだよなぁ……美味くても同じ肉をずっと食ってるのは普通にしんどい。クーラーボックスでもあれば生鮮食材を持ち込んで彩りも豊かになるんだが。それはもう完全に普通のキャンプだな。

 

「しかし水鳥か。雉撃ちなら知ってるけどなぁ。弓ってのはどんなもんなんだか」

 

 俺の中では鳥の猟ってのは散弾銃を使ったものだ。なんか色々やって鳥を驚かして空へ飛ばし、そこに向かって散弾銃をぶっ放す。脆い鳥は細かい粒のような弾のどれかに当たって墜落ってやり方だ。

 水鳥といえば鴨だが、あれも似たような感じで仕留めるんだろうか。

 前世では知り合いの爺さんがたまに自分で獲った鴨肉をおすそ分けしてくれたものだが、肉の中に混じってた弾の粒を噛んで嫌な思いをした記憶が強く残っている。その時に出来上がった肉も固かったな……いや、固くしたのは俺の調理の拙さのせいだったんだが。

 

 そんなことを考えながら近くの木をバスタードソードで枝打ちしていると、どこか遠くでドンという衝撃音が聞こえてきた。

 

「おー……?」

 

 湖の方からだ。……ああ、多分スキルだな。ウルリカの強射(ハードショット)か、それとも他の誰かのスキルか。

 まだ来て早々だってのに、もう仕留めてたりして。……あり得ない話じゃないな。全員腕は良い連中揃いだから。

 

 ちなみにライナは今、隣の茂みに踏み入って射撃ポイントを探しているところだ。

 結局こういう狩りは、人間は姿を入念に隠しながら獲物を狙う他無いらしい。

 つまりまぁ、俺と一緒にいると上手く狩れないんだろう。申し訳ない。けど逆に俺がそっちに追い立ててやれば少しは役立てる……のか? 知らんけども。

 

 

 

「ギェー」

「おっ、良い悲鳴だ」

 

 設営を終えて暇した俺は、餌釣りと並行しつつ無目的にルアー投げに挑戦しているところだった。

 すると5投目くらいのタイミングで、やや近い場所から鳥の悲鳴が聞こえた。

 おそらく近くでつるんでいたのだろう水鳥がバサバサと飛び立ち、遠くの水面に向かって逃げてゆく。逃げ立った水鳥たちの居た場所に目を向けると、そこには一羽のリードダックが腹から矢を生やして浮かんでいた。……どうやらライナがきっちり仕留めたようだ。

 岸からは少し離れている。こりゃ舟で回収するしかないな。準備しておくか。

 

 俺が竿を地面に置くと、茂みからほくほく顔のライナが戻ってきた。

 

「モングレル先輩、当てたっス」

「おお、見たよ。やったじゃないか。どこから撃ったんだ?」

「あっちの葦のところの奥っスね。やっぱ水鳥は矢の落下を予測しやすくて楽っス」

「そういうもんか。じゃあどうする? 俺が舟で回収しに行ってやろうか」

「そっスねぇ。近くにいたダックも逃げていなくなっちゃったんで、回収した方が良いっスかね。お願いできるスか」

「おう、任せとけ。その間そっちのルアー投げてていいぞ」

「わぁい」

 

 ライナに釣り竿を任せ、俺はボートを漕いで哀れなリードダックを回収しに行く。

 リードダックはプカプカと水に浮かび、既に息絶えていた。矢は背中側から胸の上辺りを豪快に貫き、矢羽の部分で引っかかって止まっている。

 後ろから当てたのか。当たる面積少ないけど難しくないのかねこれ。

 

「先輩先輩、モングレル先輩。これ前みたいに引っかからないっス」

「そうか、やりやすいか?」

「はい! 結構楽しいっス!」

 

 岸に戻ると、ライナは上機嫌に竿を振っているところだった。

 ひゅーんと遠くに飛ばして巻き取る作業がお気に召したようだ。だがまぁ、その果てしない繰り返しを楽しめるかどうかにこの釣りってやつの素質はかかっているがな……新鮮に感じる今を楽しみたまえよ……。

 

 さて、俺は羽根でも毟ってるか。この作業も死んですぐにやらないと面倒くさくなるからな。死後硬直かなんか知らんけど、羽根が抜けにくくなるんだ。

 

「そういやさっき派手な音がしたけど、あれは誰のスキルだろうな」

「あー、多分ウルリカ先輩っスね。割れ矢に強射(ハードショット)使ったんじゃないスか?」

「割れ矢?」

「脆く出来てる専用の鏃を使った矢のことっス。ウルリカ先輩のあれは鏃に負担がかかるらしいんスよね。それでわざとバラバラになりやすい鏃を使って、いくつも破片を飛ばして狩るんスよ。威力はあまりないんスけど、鳥くらいなら仕留められるんスよ。密集してる群れとかなら一度に何羽か穫れるんじゃないスか?」

 

 おいおい、散弾じゃねーかよ。

 やべぇな強射(ハードショット)、そんな使い方もできたのか。

 専用の道具が必要とはいえ、使い分けできるのは便利そうだ。

 

「私もあと何回か投げたら弓に戻るっス。向こうで先輩たちが追い立ててくれたのがこっちに来そうスから」

「おう。ライナはメインがそっちだし弓に集中したほうが……は、はひ……へっくし!」

「あ、羽根が鼻に入ったんスか」

 

 畜生、ふわふわと憎たらしい羽毛だぜ。

 

 

 

 それから俺は主に釣りを、ライナは狩りをして時間を過ごした。

 ライナ曰く今の湖にいる水鳥は警戒心が薄いらしく、想像以上に簡単に仕留められるとのこと。俺が一匹も釣れないでいる間に早くも更に二羽を仕留めてきやがった。畜生、俺はまた釣果でライナに負けるのか。いい加減こっちも何か当てたいぜ。

 

「モングレル先輩、これリードダックとか餌にしても魚って釣れたりするんスかね」

「鳥を餌かー……いや、案外いけるかもな」

「マジっスか」

 

 ライナは今ルアー釣りを再開している。もう三羽も獲ってるもんな。余裕有りげだ。羨ましい。

 

「普通の肉とかだと正直わかんねーけど、肝臓辺りだったら食いつくんじゃないか? 魚って結構匂いのあるものを好むからな」

「はえー」

「水鳥の穫れた量に余裕があったら試してみるのも悪くないかもな。湖の主だったら普段からそんくらいのものを食ってるかもしれん」

「……今のところ主どころか平民すらいなさそうなんスけど」

「言うな。連中はシャイなだけなんだ」

 

 時間が半端だからかねぇ。活性の上がる夕時まで粘ってみるべきだろうが……この世界にライトとかねーからな。(ゆう)マズメから即真っ暗になるからそれはそれで調理するにも何するにも面倒くさいぞ。

 

 

 

 それから少しして、日も頂点に登った頃。

 小舟をアルゴノーツが如く雄々しく漕ぎ進めるゴリリアーナと、それに乗ったウルリカがこっちの岸へとやってきた。

 

「やっほー、見てみてこれー、じゃーん」

「あ、ウルリカ先輩……わ、めっちゃ仕留めてるじゃないスか」

「へへ。まぁねー。もっと割れ矢持ってくればよかったよ。鏃が無くなっちゃったから今日はもうおしまいー」

 

 ウルリカは長い針金に五羽の水鳥を数珠つなぎのように吊るしたものを嬉々として掲げている。おいおい、もうこの時点で八羽かよ。肉全部食いきれないぞ。どうするんだ。

 

「あ、モングレルさんそれって釣り? 釣りでしょ?」

「……ああ、これが……ライナさんの言ってた……」

「今のところちっとも釣れてないけどな……やってみるか?」

「やるやる! ゴリリアーナさんもやってみる?」

「は、はい。やってみたいです」

 

 二人に竿を貸し出して、初心者釣りレクチャーが始まった。

 とはいえ、この世界にも一応釣りはある。二人もある程度どういうものかは知っていたので、そう難しいもんでもない。リールの扱いはちっと独特ではあるけどな。

 

「あー……やっぱりモングレルさんの竿、私が今まで見たやつとぜんぜん違う……長さも、硬さとかも……」

「普通のやつのだとあんまり先の方は撓らないからな。でもこの竿が弱いってわけじゃないんだぞ。撓りを生かして魚を釣る竿だからな」

「その肝心の魚が引っかからないんスけどね……」

「いやいやこれからだから。まだ始まったばかりだから」

 

 ウルリカはルアーを思いっきり遠くに投げては楽しそうに巻き取っている。

 対するゴリリアーナさんはと言うと、見た目に反してひどく穏やかに餌釣りを楽しんでいる。物腰も穏やかだし、ゆったり楽しむのが好きなタイプなのだろうか。銛でカジキとか突いてそうな見た目ではあるんだが……。

 

「シーナは何をやってるんだろうな。まだ狩りか?」

「あー、団長は小島だからなぁ、どうだろ。まだ獲物狙えるんじゃないかなー」

「シーナさんは……ほとんど矢を外さない人ですから」

「二人は野営どこにするつもりだ? こっち側は地面もなだらかだし広いからまだいけるぞ」

 

 テントも奥の方に張ってあるし、夜は狩りをしないから手前側に余裕が出る。

 俺の近くで過ごすのが嫌だって言われたらしょうがないが、便利だとは思う。魔物が出たとしても集団なら対処しやすいしな。

 

「えーと……狭くならない? 平気かな?」

「大丈夫っスよ。今回の天幕はなんか豪華になってるっス。ほらあれ」

「えー? ……うわっ本当だ。すごーい、なんか前より広がってる!」

「……天幕。あれがそうですか……なるほど……」

 

 釣りに興味持ったりテントの方に吸い寄せられたり忙しい連中だな……。

 

「お、おおっ? ちょ、これ……いや、間違いないっス! なんか掛かったっス!」

 

 俺が呆れていると、ライナが声を上げた。

 竿先を見れば……グングンと水中に向かって引いているのがわかる。こりゃ間違いない。ヒットだ!

 

「よしきたライナ! そのまま竿を立てろ!」

「こ、こうスか!? 糸が千切れたりしないんスか!?水面に向かってまっすぐにしたほうが良いんじゃ……!」

「いやそれだと逆だ、立てて竿先を撓らせた方が良い。そのままゆっくり巻き取っていけ!」

「なになにっ!? ライナ何か釣れたの!?」

「……本当だ、引いてる……!」

「ふぬぬ……!」

 

 ベアリングの入っていない大径のリールをギシギシと不格好に回し、時折横に逃げようとする魚に逆らうように竿をさばき……ライナは初めてにしては非常に上手く、獲物との距離を近づけてゆく。

 

「こ、これ重いっスよ!? 絶対に大物っス……! 主っス! 国民じゃないやつっス!」

「おー主が来ちまったかぁ! 川虫で主が来ちまったかぁ!」

 

 ……が、ライナの腕力で、しかもこのお手製リールの固さで着々と糸を巻けている辺り、俺はなんとなく掛かったサイズを予感しつつある。

 わかる、わかるぜライナ。なんかすげーでかそうなの掛かったなーって思うよな。

 

「そろそろ……水面に、出るっス! ……って、あれ!?」

 

 ざぱっとルアーを引き上げた時、そこでビチビチと跳ねていた魚は……20cm弱程度の普通のラストフィッシュであった。

 主……ってサイズではもちろんない。まぁ小さすぎるってサイズでもないけどな。立派なもんだよ。

 

「ええ!? 引きはめっちゃ重く感じたのに!」

「あははは、でも釣れたじゃん! すごいすごい!」

「おめでとうございます、ライナさん……!」

「そうだぞライナ、良くやったぞ。この湖に魚がいるってことは証明されたんだしな。……ああ、スレ掛かりしてたか。いや、針を銜え込んではいるな……ルアーを啄もうとはしてたわけか……意外と獰猛なのかなこいつ」

「むう……こんな小さいくせに力持ちっスね……」

 

 ライナは釣れた魚のサイズにちょっとがっかりしたようだが、紛れもなくこれはライナの釣果第一号だ。

 見てくれは悪いラストフィッシュだが、ちゃんと食える魚ってのも良い。初めてがブルーギルとかフグだと盛り上がらねえからな。小さくても自分で釣った魚の第一号を食えるってのは良いことだ。

 

「でも、楽しかっただろ?」

「……はい!」

 

 ライナは興奮に頬を染め、いい笑顔で答えてくれた。

 

 ……まぁ、俺が釣ってないんじゃここでいい話で終わるわけにはいかねえけどな!

 このままじゃ、まだまだ満足できないぜ……!

 


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