バスタード・ソードマン   作:ジェームズ・リッチマン

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地上の泳がせ釣り

 

 俺はシーナと二人で管理棟までやってきている。

 舟は一人一隻。積み込んだ鳥肉や、帰りにもらうであろう荷物を考えると一人で漕ぐ他なかったのだ。

 

 もう夕暮れになる。暗くなる前にさっさと舟を漕がないと湖で海難事故に遭いそうだ。

 

「へえ、一日でこんなに! はー、若いギルドマンだってのにやるもんだねぇ!」

「ふふ。お約束したリードダックです。我々だけでは食べきれないので、どうぞ貰ってください」

「おーおー、嬉しいねぇ! ヘッヘッヘ、代わりに野菜あるからよ、持っていきなぁ」

「あら、どうもありがとうございます」

 

 穫れすぎた水鳥肉もおすそ分けして余りあるほどだ。

 幾つかは管理棟の爺さんに譲り、こちらはその代わりとして沢山の野菜を頂いた。

 玉ねぎのようなもの、ししとうのようなもの、カブ、そして芋。ただでさえ食いきれないのに色々もらってしまった。鳥はそもそも食いきれないほど大量だったがこっちもこっちで処理に困るぞ。

 

「はい、これそっちで食べてなさい。肉ばかり食べてると粗野なギルドマンになるからね」

「どこ情報だよ。まぁもらっておくわ」

 

 野菜ありがてえ。特に玉ねぎ最高。

 

「今日は私とナスターシャは小島にいるわ。そっちは……まぁ、今日は好きになさい。ただし、もし手を出すならしっかりと責任を取ること。逃げたら撃ち殺す」

「出さねえよ……小島はどうだ、魔物はいないか?」

「安全よ。離れ小島くらいだったら何かが泳ぎ着いててもおかしくはないけれど……あの小さな場所で生きるには窮屈でしょうね」

「そりゃ良かった。いい場所取ったな」

「ええ。水鳥も狙いやすくて良い所よ」

「よくもまぁあんな大量に仕留めたもんだ」

「ズルしてるから」

 

 シーナはニヤリと笑っていた。

 ……ズルねぇ。ズル……。

 

「前にナスターシャが零してたぜ。俺は聞きたくなかったんだけどな」

「ギフトのことでしょう。別に良いわ。知ってる人は知ってるから」

 

 二人で並んで舟を漕ぐ。シーナは案外こういうことに慣れているようだった。

 

「私は別に、モングレル。貴方の持っている力を知ろうとは思わないわ。それがギフトであれ、スキルであれ……」

「奥ゆかしいね」

「力を隠すことは間違っていないから。人に知られたら良くない力も、この世にはある」

 

 ……これは俺に対して、聞こえの良い言葉を選んでいる……というわけではなさそうだ。

 シーナの横顔はどこか憂いを帯びている。

 

「でも、覚えておいて。私達アルテミスは、そんな力の持ち主であっても受け入れる。はぐれ者同士で身を寄せ合えば、少しは安全でしょう」

「はぐれ者ね。なるほどな……」

「一匹狼より、集団の狼になった方が狩りは上手くいく。きっと、人生もね」

「はは、俺は狼ってガラじゃない」

「じゃあ犬?」

「ただの雑種犬だよ」

 

 変な病気を持ってるかもしれないから近づかないことをおすすめするぜ。

 まぁ、雑種犬は病気に強いけどな。長生きしてやるぜ。

 

「お前たちのパーティーには入らないけどな。困った時は俺を呼べ。報酬さえ用意してもらえれば、俺は尻尾振って駆けつけてやるからよ」

「……だったら報酬は生肉が良いかしら」

「高い店の厚切りステーキなら間違いはないな」

「高くつく犬ねぇ……」

 

 陽が傾き、湖面が眩しく反射する。

 そろそろ寝支度もしなきゃならない時間だな。

 

 

 

 舟を岸につけた後、シーナはナスターシャと一緒に小島に戻っていった。どうやら既にそっちで仮拠点を作っていたらしい。

 予めじっくり時間かけて焼いていたリードダックの丸焼きを持っていったので、十分腹は膨れることだろう。野菜だってあるしな。

 

 こっちの岸で一晩明かすのはライナ、ウルリカ、ゴリリアーナたちだ。

 既に各々が毛皮のロールを広げてマットにしたり、マントを羽織って防寒対策を整えている。

 夏とはいえ、夜はちょっと冷え込むのだ。野営となれば普通に寒くて風邪引きそうになる。

 

「いやー、釣りも結構良いもんスね」

「ねー。お腹にはあまりたまらないけど、楽しかったなー」

「……餌を付けた後は待っているだけで良い、というのも悪くないですね……」

 

 多分穏やかに微笑んでいるのだろうゴリリアーナさんの顔は、薄暗い中で焚き火の光に照らされ怖い影を作っていた。良い人なのにな……。

 

「釣り竿三本も持ってきたのによー。結局俺が釣る時間ほとんどなかったなー」

「あはは、ずっと羽根毟りと料理だったねー。ごめんってばー」

「明日は私、ちゃんと弓で狩りしてるんで……モングレル先輩、釣り頑張ってくださいっス」

「おう。まぁ今日のでなんとなく針の適正サイズはわかったからな。明日は普通にやってりゃ入れ食いだろ」

「自信たっぷりだなー」

 

 そりゃ自信あるわ。この湖の魚全然スレてなさそうだもんよ。

 針が合うなら問題なくいけるやろ多分。

 

 

 

 晩飯はダックの丸焼き。ハーブと塩を効かせたシンプルな猟師飯だ。

 ナイフで適当に切り分けてひたすら食う。うまいうまい。肉の色がレバーみたいに濃かったけどエグい味はなかったし、思っていたより柔らかくて良かった。

 

 付け合せは薪ストーブの上で鍋被せて蒸し焼きにした芋。シンプルで普通に美味い。少なくともレゴールの安い店で出てくるボロボロの芋スープよりは上手な芋の食い方だと思う。好みはあるかもしれないが……。

 

「割れ矢は砕いたスラグと粘土で作るんスよ。型の上に散らしたスラグの上から粘土を押し付けて焼き上げてー、って感じっス」

「へー、そうなんだー。すごいなー」

「……知り合いの煉瓦屋さんが、作っているのを見たことがあります。型が多くないので、普通の焼き物と一緒に少しだけ焼くといった感じ……でした」

「もっと量産してほしいなぁ……狩人向けの高級品で割に合わないんだよぉー」

 

 焚き火を囲んでの狩人トークを聞きながら、テントの中であくびをする。

 もう外は暗い。暗いとなんもやる気が出ない。どっかに魔道具か何かでランタンの代わりになるアイテムとか売ってないもんだろうか。高級品だろうなぁ……金持ちすらロウソクを使う世界だ。

 

「モングレル先輩、おねむっスか」

「俺は寝る」

「えーもっと話そうよー」

「俺はお前たちみたいに若くねえんだ。そっちもさっさと寝とけー。釣り人の朝は早いんだぞ」

「猟師の朝も早いっスよ」

「……確かに……」

 

 そんなバカバカしいやり取りを最後に、俺の意識は薄っすらと闇に沈んでいった。

 結局最後の最後まで、若者たちは楽しそうにお喋りを続けていた……気がする。

 

 

 

 朝、目が覚めると隣でライナが寝転がっていた。

 

「……あ、おはようございます」

「……いや、暑いな!」

 

 野営とはいえ夏場に人と並んで寝てられるかよ! 近くで薪ストーブもついてるんだぞ!

 

「わぁあああ!?」

「ふう、目が醒めた」

 

 チャージディアのラグマットでライナを簀巻きにして、立ち上がって伸びをする。

 外はまだかなり薄暗い。丁度そろそろ日が昇るって頃合いだ。しかしじんわりと輪郭が見える程度であれば十分に活動できる。ここはそういう世界だ。

 

「あー……でもこの格好なんだか落ち着くっス……」

 

 簀巻きにされたライナがなんか穏やかな顔になっている。

 いたよ、小学校の頃そんな感じでカーテンにくるまるのが好きな奴。気持ちはちょっとわかるけど。

 

「ふぁああ……あ、モングレルさん起きてたの……って、ライナどうしたのそれ……」

「このまま寝れそうっスね……」

「……はい、毛皮の枕追加ねー」

「おー……」

「あははは、本当に気持ちよさそう……あー、顔洗ってこなくちゃ」

 

 ゴリリアーナさんはまだ毛皮の上で寝息を立てている。

 起こしたら寝相で殺される可能性もなくはないので静かにしておこう。

 

 火を焚いて、適当に玉ねぎを切って、余ったバターを使ってリードダックの肉やキノコと一緒に炒める。これが朝飯だ。

 ししとうみたいなやつも入れようかと思ったけど想像以上に辛くて諦めた。どう使えっていうんだこいつを。野菜ってかスパイスじゃねーか。

 

「じゃ、私も狩りに行ってくるっス。フレッチダック狙ってくるんで、楽しみにしてて欲しいっス」

「おー、デカいの仕留めてきてくれ。多分食ったことないから一度食ってみたいわ」

 

 狩人組は飯を食った後すぐに狩りに行った。

 ウルリカとゴリリアーナは舟に乗って少し遠くへ。今日は散弾は使えなくても単射でなんとかするらしい。

 

「さて、ようやく集中できそうだな」

 

 残されたのは俺一人。そして手元には釣り竿が三本。

 二本を餌釣りに使って、もう一本でルアー釣りを楽しむとしよう。

 

 餌釣りで普通に釣れるのはわかった。

 でもせっかくルアーを使うのであれば、どうせなら大物を狙いたい。ということでこっちの投げる方はデカ目の針でやる。

 

 日の出すぐだ。今なら魚の活性も高いはず……。

 

「うーん」

 

 と思ったが釣れない。30分くらいやってるがうまくいかんな。

 竿先の感触的に小さいのがつついては来てる……ことも少しありそうだが、どうにもまるごと食らいつくって感じがない。

 置いといた餌釣り用の竿は一匹だけラストフィッシュを釣り上げたが、小魚を釣り上げてもな。今は鍋に苔石と一緒に水入れて生かしてある。あとで食うつもりではいるが……。

 

 昼前には一度、モモから預かった試作品の足ヒレを試してみたいんだよな。

 温かい時間帯にやるのが一番だ。夏とはいえ日本みたいにめっちゃ暑いってわけじゃないから、多分結構寒い思いをする気がするぜ。上がったら焚き火必須だろうな。

 

「お」

 

 そんな事を考えてると、近くの葦がガサリと音を立てた。

 ライナが来たかな、と思ったが声掛けがない。

 

「ギィ?」

「……ライナ……随分雰囲気変わっちまったな……」

「ギッギッ」

 

 茂みからゴブリンが現れた。現れたけどちょっと待て、今投げたばっかなんだ。これ巻き取らせてくれ。

 

「ギィイイ……? グギッグギッ!」

「おい? おいなんだ? あっ、お前それ俺の釣ったラストフィッシュだぞ。やめろよ?」

 

 ゴブリンが“しめしめ”って顔をして魚の入った鍋を見つめている。

 馬鹿マジでやめろ。やめてください。もうちょっとで巻き終わるんでマジで少し待って。このまま竿離すと根掛かりしそうなんです。お願いします。

 

「ギャッギャッギャッ!」

「あーっ!? お前! あーっ! お客様! いけません!」

 

 手づかみで取られたぁあああ!

 

「ギッギッ!」

「お客様困ります! お客様ぁー!」

 

 食われたぁああああ! てめ、おま、おまマジでおま……!

 

「今まで遭ったゴブリンの中でトップ3に入るレベルで許さん!」

「グギャァ!?」

 

 ようやくリールを巻き終えた俺は、素早くバスタードソードを引き抜いてゴブリンの上半身をぶった斬った。

 

 ……だが遅い。もう何もかも遅いんだ……。

 俺が釣ったラストフィッシュは咀嚼され、ゴブリンの胃の中に……クソックソッ……。

 

「……しょうがねえ。俺はもう怒ったぞ。ゴブリンを餌にして釣ってやるわ……」

 

 鳥のレバーでも釣れるのであれば、ひょっとするとゴブリンの肝臓でも餌になってくれるかもしれない。

 これは実験的な検証でもあるが、大部分は俺の復讐でもある。

 ちょうど良くさっきの斬撃で肝臓がポロリして土の上にイヤンしてるから、これを使わせていただくとしよう。

 俺のために死んでも囮になってもらうからなぁ……。

 

 ああ、後で死体を遠くに捨てないと……金にならないくせに仕事の増える魔物だぜ……。

 





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いつも「バスタード・ソードマン」を応援していただきありがとうございます。

お礼ににくまんが踊ります。

( *-∀-)zZZ

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