「戦争だろうがァ~!」
ギルドに来てみると、チャックがなんか鳴いていた。
夏に限らず彼は時折このような鳴き声をあげます。無視しましょう。
「モングレルゥ! お前のことだぜお前ェ~!」
「あ、俺なの。なんだよいきなり。俺今から都市清掃の報告するんだけど」
「おうおう良い子ちゃんぶりやがってよぉ~! だったらテメェがちゃっちゃと報告済ませてからにするぜ~……!」
「あ、待ってくれるの。悪いね、用件は知らんけど」
いやどうせしょーもない話だってのはわかってるんだけどよ。
都市清掃のみみっちい報酬金を受け取り、ついでにギルドの酒場カウンターでエールを一杯貰ってからチャックのいるテーブルに座った。
同じテーブルでは“収穫の剣”の精鋭メンバーが酒盛りしている。チャックと同じ、腕は立つけどお調子者カテゴリの若者連中である。
「モングレルよぉ~……聞いたぜぇ~……」
「何をだよ。俺が30になったことか?」
「マジかよテメェ~おめでとう。いやそれはそれだぞオイ! 聞いたってのはよぉ、お前がジョゼットちゃんに贈り物して気を引いたって話のことに決まってるだろうがよぉ~!」
いや知らんて……釣り竿のロッドガイドとリールの鋳造やってもらったお礼ってだけだぞ。
別に浮いた話もなかったし……次もまた何か面白い注文があるならくれって感じのこと言われただけだ。
「ていうかチャックはそれ誰から聞いたんだよ」
「向かいの店のオリエッタ婆さんが見てたって証言は取れてんだよォ~!」
「またよくわからん婆さんの人脈かよ……」
「モングレルよりチャックのそういう所のほうが女たらしだよな」
「それな。こいつ婆ちゃんに好かれるんだよな」
「うるせぇ~! 俺は若い子にモテてぇんだよ~!」
チャックの叫びがなんか切実で可哀そうだわ。まぁこいつがモテないのはこいつの性格がアレな所あるからなんとも言えないけど……。
「なぁモングレル。チャックのことはどうでもいいんだがよ」
「オイッ!」
「なんだよ?」
「ちょっと前に“死神”がレゴールに来てただろ。どうもまだ貴族街の方じゃあの真っ黒な軍馬がいるんだってよ」
「あーあの格好いい軍馬か。もう来てから3日だろ? まだレゴールに逗留してるんだな」
“月下の死神”は国直属の特殊部隊みたいなものだ。だいたい常に慌ただしく国内を駆け回り、それ以外では王都にいるような連中のはずなんだけどな。
「聞いた話じゃ、レゴールの衛兵や兵士に訓練をつけてやってるらしい。その光景を見たわけでもないからこっちはあくまで噂だけどな。実際はどうかは知らん」
「ほー、“死神”が直々に戦闘訓練をつけてやってるのか。良いねぇ、厳しそうだが身につくものもありそうだ」
「ケッ、兵士のお上品な剣術なんざやってられねェぜ俺は」
「ケケケッ……チャック、お前は対人戦弱いからなぁ。“大地の盾”の奴らと模擬戦するといっつも負けてるもんなぁ」
「うるせっ! 俺は魔物に強いから良いんだよォ!」
兵士、そして衛兵というのはどうしても対人戦闘を重視するからな。
街中の犯罪者だとか、あるいは戦争で敵兵士との闘いを想定しているのだから当然ではある。チンピラに対して強くなきゃ衛兵なんてやってられん。
“大地の盾”のメンバーはその辺りの剣術を齧ってる奴らが多いからそりゃ強い。チャックも結構っていうか大分強いのは間違いないんだが、魔物向けの闘い方とはかなり違うからどうしてもな。
「しっかしよ。実際の所“死神”ってのはどんくらい強いんだ? あいつらは騎兵だろ? 軍馬から降りたらあのデカいグレートハルペって武器も使えないんじゃないか?」
「モングレルもあの武器持ってるんだろ? そこのところどうなんだよ」
「いや、俺はあの武器実戦で使ったこと無いからわからん」
「え!? なんで買った!?」
「観賞用に決まってるだろうが!」
「バカがよぉ~!」
バカにバカって言われたわ。バカって言う方がバカなんだぞバカ。
「いやでも“死神”はその辺り関係ないと思うけどな。だってあいつらグレートハルペを片手で横に構えたままピクリとも揺らさないんだぜ。強化は一級品だしスキルの数も6個以上はあるって話だ」
「マジかよぉ!? 衛兵の強い奴らだってスキル4個くらいなもんだぜぇ~……!?」
「そんなにスキルあって魔力が持つのか……あ、魔法使いならそれなりに魔力もあるのか……?」
「化け物だな……」
実際の所化け物だと思う。グレートハルペの槍スキル、斧スキル、そして鎌スキルもあるはずだ。それらを素早く切り替え、適した場面で適したものを使ってくるわけだ。大型武器を支える身体強化も備わっているし遠距離用の魔法も持っている。はっきり言ってチートか何か貰ってるような連中だと俺は思ってるよ。あいつら転生者かもしれんな。俺は自分の事を転生者だと思い込んでいる一般ギルドマンなのかもしれん。
「チクショ~……でも一度は模擬戦って~の? やってはみてぇよなぁ~……今の俺の実力がどんなもんかってのを知りたいしよぉ~」
「お、チャックもなかなか殊勝なこと言うじゃないか」
「あったりめぇだろぉ! 俺はゴールドいくからよゴールド!」
「チャックがいくなら俺もいってやるぜ! まぁ先にシルバー3だけどな!」
「3ですら遠いよなー」
こういう案外まっすぐな向上心がある所は良いんだけどな、こいつら。
なんだって“大地の盾”みたいな爽やかさが備わっていないのか……。
「模擬戦で“死神”に片膝でも突かせてやれたらよォ~! ひょっとしたら次の昇級審査で加点材料にしてもらえるかもしれねぇよなぁ~!」
「いけるかぁ片膝?」
「チャックじゃ無理だろぉ俺ならできるけど」
「なんだとぉ!?」
「チャックは夢見る前にまずモングレルに勝てるようになってからだな! ガハハハ」
「モングレルてめぇ!」
「いやいや俺今の一連の話に一切口挟んでなかったぞ」
「俺と勝負しろ!」
いやマジで何の流れでそうなるんだよ。
「別に良いけど……暇だし……」
「よっしゃ! 修練場行くぞぉ~!」
「酔ってるんだからコケるんじゃねえぞー!」
「観戦するぞ観戦!」
よくわからない流れだったが、こうして俺はチャックと模擬戦をすることになったのだった。
「一発良いのを当てたら勝ちだぜぇ! 寸止めも有りだけどなぁ!」
「まぁいつものルールだな。うへぇ……貸出用防具くっせ……俺外してやるわ」
「オイオイ! 防具はつけろよモングレル! 怪我するだろうが!」
「良いよどうせチャックの攻撃は当たらねーし、当たってもこの剣痛くねーから」
修練場の地面はよく踏み固められた土だ。転ぶとちょっと痛いが街中のレンガやタイルのような場所ほど悲惨なことにはならない。素直にステップが出来て、怪我もしにくいいい塩梅のフィールドってわけだ。訓練には都合がいい。
「モングレル……テメェ、あまり俺を舐めないほうが良いぜ」
「お、少しは酔いも醒めたか」
「おいおい、モングレルの野郎チャック挑発しすぎだろ」
「二人ともマジでやるのは駄目だからな?」
「わかってるって」
「……モングレル! 木剣はそいつで良いのかァ!? 盾も持てるしロングソード握れんだろうが!」
「普段と違う得物を持って訓練になるかよ。それに、俺はバスタードソードさえあれば世界最強の男だぜ?」
木製の細身の剣にある程度布を巻いた修練用の木剣。しかし布とはいえ分厚くなるほど巻かれてはいないし、ちょっと強めに当てれば普通に痛い。本気で殴れば人が死ぬような、立派な武器だ。少なくともゴブリンが時々握っている粗末な棍棒よりは上等な武器だろう。
「……前々からその舐めた武装は気に入らなかったんだ……モングレル今日はロングソードの強さを教えてやるぜェ……!」
俺が1m程度のバスタードソードサイズの木剣なのに対し、チャックの方はロングソードの木剣。俺の武器よりも30cmは長いだろう。
向こうも盾はないが、篭手をつけて両手で操るロングソードは攻守共に優れている。この世界の剣士らしい、オーソドックスな武装だ。
「なぁ見ろよ、あっちでチャックさんが模擬戦してる!」
「相手モングレルかよ、面白そうだな!」
「やっちまえチャック! シルバーの実力を見せてやれ!」
「モングレル防具つけろよ!」
「臭いから嫌だ! お前らも使ったあとちゃんと洗って干しておけよな!」
「何言ってんだこいつ!」
正面に立つチャックは既に精神を研ぎ澄ませている。
チンピラじみた鋭い眼つきだが、チャックの実力は本物だ。対人戦が苦手とはいえ、伊達にシルバーの認識票をひっさげてはいない。試合が始まれば猛然と襲いかかってくるだろう。
……久しぶりだな。昇級の試験官としてじゃない、普通の模擬戦の場に立つのは。
「よぉーし、くれぐれも怪我だけは気をつけて……はじめッ!」
審判役の声がかかり、チャックの目が見開かれた。
「ぅおおらァッ!」
「っしゃぁ掛かってこいッ!」
上段からの振り下ろしに対し、俺も上段で応えた。力任せの鍔迫り合い。向こうは剣がデカいし長い。振り下ろしの一撃の威力で言えば、普通は勝てるものではない。普通なら。
「お、おおおッ……!?」
「どうしたチャック! 酔ってんのか!?」
「馬鹿野郎この程度……!?」
だが俺は強いぜ。チャックも全力で来たんだろうが、俺と力勝負して勝てるわけもない。剣を打ち合わせたら俺は負けねえぞ! ロングソード使ってるんだからリーチで戦えリーチで! 俺の土俵で戦うな!
「お上品な試合にするつもりはねえ、ぞッ!」
「ぐっ!」
俺は前蹴りを入れたが、すんでのところでチャックは膝でガードした。
お互いの距離が離れ、勝負は振り出しに戻る。……周りの歓声がうるせー。見世物じゃね……いや見世物みたいなもんかこれは。
「この野郎ォ~……ふざけた力しやがって~……!」
カッカしてそうなセリフの割に状況は見えているのか、剣を構え直してリーチで勝負する体勢に入った。今度は勢いではなく、間合いを気にしながらゆっくりと近づいてくる。
「おいおい、ブロンズ3の俺に膝を突かせられないようじゃ“死神”相手なんて夢のまた夢だぞ?」
「……!」
挑発の口車には乗らず、チャックは遠間から剣を素早く横薙ぎした。
ロングソードのリーチを生かした闘い方だ。この距離感を保っていれば一方的に勝てる。普通であれば。でも俺は普通じゃない。
「いや本当にチャックお前、対人戦は苦手なのな!」
「ぐっ!?」
相手の剣の攻撃に対し、こっちは向こうの剣に当てるように振るう。
遠くから安全に攻撃できる腹積もりだったんだろうが、そんな気持ちでぬるく振るのは許さない。剣をブチ当てて、向こうの体勢を崩していく。
「オラァ打ち合いだ! 俺も技術は無いからなぁ! 力勝負といこうぜチャック!」
「ぐ、おお……! ふざけッ……!」
そのまま距離を詰め、向こうの攻撃を強引に弾き続ける。
この動きに剣術とかそういう繊細なものは一切ない。ただ距離を詰めながら、相手の剣をこっちの剣でぶん殴っているだけ。
俺の力に物を言わせた、ただただ強引な戦術だ。
……いやまぁやろうと思えば剣術っぽい闘いはできるけど、みんな見てるしな。やらんて。
「どっせいッ!」
「あっ!?」
チャックも辛抱強く堪えたが、二十合ほど打ち合ったところで俺の横薙ぎがチャックの木剣を気前よくすっ飛ばしてみせた。とても拾える距離ではない。これでチャックの武器は無しだ。
「勝負あり! 勝者モングレル!」
「はっはっは! どうだぁ参ったか! 酔っ払った若者にやられるほど俺は弱くねーぞぉ!」
「くっそーッ! なんだこの力任せな闘い方は! マジで技術もクソもねー!」
「勝てば良いんだよ勝てばな! はっはっはっ!」
チャックは痺れた手をプルプルさせながら吠えているが、まぁ一方的な試合だ。内容は超シンプルな塩味って感じだが、だからこそ勝敗は周りから見てもわかりやすい。
「モングレルの力つえー」
「お前普段の任務もそうやってるんだろ!」
「あったりめーだ。力こそパワーだよこの世界は」
「うおお……まだ手が痺れてやがる……! なんだあいつの剣戟……! ちっとも弾ける気がしねえ……!」
「お疲れチャック。お前が負けるとはなぁ……でも仕方ねぇ」
「相変わらずモングレルは馬鹿力だな……」
いやまぁ俺もそういうキャラでやってるから良いんだけどさ。
本当は結構インテリなところもあるからな。脳筋ではないからな。そこらへん勘違いするなよ!
「チャック、俺に勝ちたかったらもっと対人用の剣術を勉強しておくんだな」
「くっそ~……妥当な説教しやがってよォ~……剣術修めてないやつに言われたくねェ~……!」
「はっはっは! あ、俺勝ったからエール一杯奢れよな」
「ぁあ!? そんな約束してねぇだろがよぉ~!?」
「勉強代だ勉強代!」
「後出しするなよ~!」