星辰が厨房を任せられるのにはさほど時間は掛からず、というよりも昼食を作った段階から名誉シェフとしての地位が確立したと言ってもいいだろう。パトロール上がりなのもあり、報告書などの作成やCM出演に関する事もあったので暫くは事務所内でジッとしている事になったので今の内にと夕食の買い出しに出たりもした。
「でもいいのかな~こんなので、だって職場体験っていうか完全にお手伝いさんじゃない?」
「俺は良いと思いますよ、職場の体験はしてますし」
「そう言われればそうだね、不思議だね~」
ねじれと共に買い出しに行っている最中、ヴィランに遭遇したりもした。一応リューキュウにヴィラン遭遇時の個性使用許可は貰っているので変身して対応。結果、ヴィランは確保、民間人への被害はなし―――但し
「あ~あ、安かった卵が台無しだ……ついで大根がボッキリいっちゃってる……」
「今日の夕ご飯の卵の献立、中止……?」
タイムセールで安かった卵2パックと大根1本が犠牲となった。ねじれ的には夕食にも出るであろう美味しい献立の一部が駄目になったかもしれない事が深刻のか、少ししょんぼり気味だった。
「何処かで代わり、調達しないとダメですね。遂に他のも調達し直しに行きましょうか、セ~ンパイ」
「―――そだね♪」
既にねじれの扱い方を心得たのか、直ぐに機嫌を直した彼女と共に事務所へと戻りがてら運よくタイムセール中のスーパーで別の卵などを調達出来た。
「それにしても、本当に人の心を掴むのが上手いわね石動君」
「星辰で良いですよ、というか此処ではエボルなのでは?」
少しばかりからかうように笑みを湛えているリューキュウの言葉を受けながらも調理を続けていく星辰。テンポよく玉ねぎを刻んでは大きなフライパンで丁寧に炒めてボールに分けつつも残りは大きな鍋へと突っ込んで調味料を加えてかき混ぜて行く。
「ヒーロー事務所って如何しても疲れるから力が出るメニューが良いと思いまして。それは女性でも同じだと思って」
「フフッそうね、こういう仕事だからこそお肉を食べたいと思うわね」
夕食のメニューは如何やらハンバーグがメインらしい、リューキュウも好物だがハンバーグというのが嬉しい。ヒーロー活動をしているとどうしてもガッツリとしたものが食べたくなるし肉などはその筆頭。だが女性としてはステーキなどの物は目を引いてしまうし色々と問題がある、だがハンバーグなら問題はない。そう言った気遣いはリューキュウとしても有難い。
「付け合わせはナポリタンにポテトサラダ、玉ねぎのスープかコーンスープの選択でいいかな。後はほうれん草のソテーかな」
「そんなに大丈夫なの?」
「慣れたもんですよ、ハンバーグランチはカフェで人気メニューでしたから」
平然と言葉を返しながらも複数の調理を行っている姿は酷く頼もしい、このままこの事務所に就職して貰えない物だろうか……と素直に思ってしまった。そう思っているとねじれがキッチンに入って来て星辰の後ろから抱き着いた。
「ご飯まだ~……?」
「もう直ぐ出来ますよ、あっそうだ小腹が空いてるならこれの味見してくださいよ」
遠慮なしに後ろから抱き着いているのに星辰は全く気にしない、それ何処かしょうがないなぁっと言いたげな雰囲気まである。そう言いながらトースターからある物を取り出した。
「わ~ナニコレナニコレナニコレ!?」
「俺流カルツォーネです。夜勤の皆さんにお出ししようと思って久しぶりに作ったんですけど、味見して貰え―――「おいひぃぃぃ!!」ってもう食べてるし……」
何時の間にか手に取って食べているねじれに苦笑しつつも自分もそれを手に取る、そして口へと運んだ。
「んっ……これ美味しいわね、中にたっぷりのチーズもトロトロで味もしっかりってああ零れちゃう!!」
「あわわわっ勿体ない勿体ない~!」
「う~ん……エクレールピザって名前にしてカフェでも出すかな?」
職場体験後、nascitaのメニューに新しくエクレールピザが加わったとか。
「こほん!!本当に美味しいわ、是非とも二日後の保須出張にはお弁当を作って欲しいわね」
「ほしゅ?ほしゅっふぇあにょほしゅ?」
「セ~ンパイ、口の中に残ってますよ。はいお茶」
「ンクンク……プハ~アリガト♪保須ってあのヒーロー殺し云々のあの保須?」
「ええ、あの保須よ」
保須。あのヒーロー殺しによってインゲニウムが再起不能となった街、今その街には多くのヒーローが注目を向けていると言っても良いだろう。ヒーローとしての決意に燃えて街を守る為、インゲニウムを倒したヒーロー殺しを捕らえて名を上げようとするものと、ある種の群雄割拠状態。そこへ行くというのだろうか、担当エリアというかこの事務所からはそれなりに離れている。
「保須には既に事務所があるけど、前例が前例だけに有力なヒーローに来て欲しいのよ。抑止力としてって所かしらね」
「そう言えば……」
そう思ってスマホのチャットアプリを見てみると焦凍からのメッセージでこんなのがあった。
【これから保須市入りする】
それを見せるとリューキュウも頷いた。
「ええそうよ、あのエンデヴァーもサイドキックを連れて保須入りしてる。それだけヒーロー殺しを重く見ているという事ね、ねじれ何時も通りに頼りにさせて貰うわよ」
「任せて~!!」
フンスとやる気満々をアピールする彼女に頷きながらも真剣な顔つきで星辰をジッとリューキュウは見据えた。
「是非あなたの力も貸して頂戴、きっと貴方なら立派な抑止力の一翼を担えるわ」
「抑止力……」
それを聞いて連想したのは核抑止だ。強い力には強い力を誇示する事で警告し、結果的に共倒れを防ぐ。自分が行く事でそれを成す事が出来るのかという不安もあるが、もしもそれが不発になったとしても何かの役には立つ事が出来る事だろう。
「分かりました。仮面ライダーエボル、保須出張了解しました!!」
「助かるわ。宜しくね」
「ええ、それじゃあ―――当日のお弁当の前に夕食を確りと作りましょうか」
「あ~いい匂い過ぎてまたお腹空いてきた~……」
「もうねじれったら」
「フ~……ちょっと休憩っと」
夕食も所員やまだ数少ないサイドキックからも大絶賛だった、洗い物も済ませた星辰は早めに休んで良いと言われたので自分に割り当てられた部屋へと入ってベットに腰掛けた。ヴィラン退治もしたが、どちらかと言えば家政婦としての比重がずっと大きかったような気もするが……気にしないでおこう。
「みんな頑張ってるんだな~」
チャットアプリに目を向ければ皆からの近況報告がたくさん来る。こんな事をした~とか、そっちの活動いいなぁ~と羨む声もある。やっぱりトレーニングやパトロールが一番多いらしいが、峰田は完全に家政婦扱いだったのかこんなのは求めてない!と怒りの声を上げていた。
「そんな事でも、笑顔を作るのがヒーローの仕事だよっと」
そんな文章を送ってから夕食中に取った楽し気な写真を添付する。するとすぐに反応が返ってくる。
【てんめぇ石動ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!オイラが望んでもねぇことしてる時に何羨ましい事やってんだぁぁぁぁぁぁ!!!!!】
「あ~……まあねじれちゃん先輩だからこればっかりはねぇ……」
写真は所員の人に取って貰ったのだが、後ろから抱き着いてくるねじれと隣で微笑みながらピースサインのリューキュウ。そして他の所員さんといった構図。峰田からすれば美女から抱き着かれているという羨まし過ぎるなのだが……星辰からすればそれ程でもない。致し方ないと捉えているねじれの相手、同じテンションでやらないとやってられないのである。
『ったく漸く一人か……よくもまああの女と一緒に居れるもんだな……』
「(随分とテンション低いな)」
『たりめぇだ、なんだあいつ幼稚園児か』
とエボルトの声は酷く疲れている、何処かげっそりとしているように聞こえる。ねじれの勢いには全くついていけないのか、今日一日ずっと一緒だったせいかエボルトは一度たりとも顔を出してこなかった。
「(苦手なのか?)」
『苦手っつうか慣れねぇっつうか……兎も角なんか疲れたから俺寝る』
そう言ってエボルトは引っ込んでいった。意外な天敵が発見できたようで星辰は嬉しかった、これからは雄英でもねじれとは絡むようにしよう、と心の中で決心するのであった。そんな時、アプリから通話申請が来た事に気付く。
「あれ、耳郎さんからだな。はいもしもし」
『……ウチだけど』
「うん聞こえてるよ、如何したの耳郎さん?」
疲れているのか声が酷く低いというかテンションが低い。何かあったのだろうか。
『楽しそうな体験先で良かったね、ウチはパトロール中も鍛えるとかで大変なのに……』
「あ~……正直言ってそこまで楽ではないよ。先輩のテンション合わせるの凄い大変だから」
『ふぅん……写真からそうは思えなかったけど?』
棘がある言い回しをする彼女に少し苦笑する、辛い体験先を選んでしまった耳郎的には自分のそれは酷く楽な物にしか映らないのだろう。配慮が足りなかったかもしれないと反省しつつも姉に教わった危機的状況の回避話術を発動する。
「いや、でも俺的には気心知れてる人と一緒に居たいと思うよ。耳郎さんとかとね」
『―――へっ?ウ、ウチと?』
「うん。これ本当だよ、折角だからさこれから毎晩近況報告がてらというかさ、色々話して吐き出さない?そうしたらお互いの為にもなるし」
『う、うんそうだね!!ウチも色々言いたい事とかあるし!!』
「おっそれじゃあ早速聞くよ」
『え、えっとね~……』
相手を特別視しているように感じさせながら主導権を握らせたように思わせつつも、本当は自分が流れを作る。それによって耳郎は先程まであって棘が完全に抜けて、笑みを作りながらも星辰との会話を楽しんでいた。
『あっまずいもうこんな時間!?ゴメン長々話しちゃって……』
「いいよ気にしないで、俺も耳郎さんの話聞けて楽しかったから」
『そ、そうなの?そうかな……』
「これからも色々話そうね、それじゃあお休み」
『う、うんお休み……』
「ウチと話すのが楽しい……えへへっ……♪」
エボルトはねじれに弱い。星辰は新しい情報にテンションが上がった。