お父さん、と蘭に呼ばれて振り返ると、よく見る顔と同じだが、珍しい顔があった。見慣れたピンク頭と知らない顔も連れている。
「おじちゃまー、こんばんは!」
「お久しぶりですわ、毛利の小父様。覚えておいでかしら、渡会翠星です」
きゃっきゃと話しかけてくるコレはいつも見る方、礼儀正しく挨拶をしてきた娘は珍しい方。一目瞭然だった。
「おっ、えっ、翠星ちゃん!?久しぶりだなぁ綺麗になって!蜜香はおまえ本当にわかりやすいな……」
「なんでぇ!?みぃだって今日は綺麗でしょ褒めてよ」
「蜜香、一人称。ここは公共。気を抜きすぎよ」
「あ、はい。ごめんなさい」
「相変わらず翠星ちゃんの言うことはよく聞くなおまえ」
双子の変わらない姿に少し安心した。
保育園児の頃から知っている子どもたちだ。片方は遠方の親戚に引き取られていったから中々会えなくなってしまったが、たまに挨拶に来てくれるのは嬉しいもんだな。
「しかしこうしてみると、おまえさんたち本当に父親に似てきたな」
ぱち、と揃って目を丸くして、顔を見合わせる双子はそうしていると本当にそっくりだ。普段の言動が間逆なぶん、揃った行動をとるとまったく同じに見える。
「おじちゃまに言われるとマジなんだなって思うね」
「本当に。母に似てるところがあまりないものね」
こくこくと頷きあう双子は、もしかしたらもう両親の記憶が薄れてるのかもしれない、とそのとき初めて思った。
「どうしてお父さんに言われると納得するの?」
「あー、あのね。ママの方あんまり家族仲良くなくて、ママの写ってる写真マジでないのよ、一枚も」
「火事で全部焼けちゃったから、わたくしたちの幼い頃のものもないの。清生のほうには父の写真が残ってるんだけど」
そうか、こいつら写真が一枚もないのか。両親の写真すら。
帰ったら蘭のアルバムに写っているか探そうかと思ったが、蘭がメインだ、こいつらの両親が写っている可能性は低い。
父親にそっくりと言われ続けるたびに、母親の面影を探していたのだろうか。
悪いことをした。
「若い頃のばっかりで今のアタシらと同い年かちょっと上くらいの写真だからなのか、パパと顔が一緒なんだよね」
「本当に、蜜香が服装似せて同じポーズをした写真を撮っていたけど、そのままだったわ」
「何してるのみっちゃん」
「なんか昔の家族写真と同じ構図みたいなのSNSで流行ってて」
「どうしてそれがパパと同じ構図をとることになるの」
「今なら同じ写真撮れると思ったらやらなきゃいけないような気がしてきた」
蜜香の行動をいちいち理由考えてたら疲れる。
それがわかっているので大体はスルーだが、ときどきこういう変化球を投げてくるからいけない。
昔の家族写真がないから、できなかったのか。
「ったく、相変わらず突拍子も無い。おまえらは髪の色も質もそっくりだよ、琅玕ちゃんに。父親のほうは栗毛のくせっ毛だったろうが」
母親の琅玕ちゃんは相当な美人だった。光が当たると赤とも青とも反射する不思議な艶の黒髪は神秘的で、ストンと落ちるようなストレートの長い髪を揺らしながら、バーで歌っていたのを思い出す。
それ以上の美貌だった父親の瑩龍はめちゃくちゃトラブル吸引体質だったが、蜜香はそれを思いっきり引き継いでいる。
事件現場にいくと大体いるし、大体犯人にされかけている男だった。まあ生まれ育ちがヤクザだから仕方ない、と本人は笑っていたが。最近では蜜香もそうだ。
警察官時代にやたら顔を合わせたヤクザだった。
「翠星ちゃんはお母さんに似たんだな。蜜香はやることなすこと全部父親そっくりだから」
そういうと、双子はキョトンとした。
そうしてクスクス笑い出す。
「たしかにママがパパ叱るときとおんなじ叱られ方してる気がする、すぅちゃんから」
「ああ、言われてみればそうね。そうよね、母さまも、渡会の女だったのよね」
「んふふ、意外なトコ似てたね。すぅちゃん完全に気性はパパ似なのに」
「隠し事が上手いのはあなたもでしょう、蜜香」
「あは、どこまでいっても双子だねぇ」
「いつも二人ではんぶんこ、だものね」
ああ、そういえばそうだ。
何をするにも二人一緒に、いつも二人ではんぶんこ。
オヤツをあげても、絶対に二人で分けていた。一つ食べてもいいんだぞ、と言ってもそれは変わらず。
一人っ子の蘭が羨ましがって、よく鈴木のご令嬢と真似をしていた。
「みっちゃんが隠し事することなんてあるの?」
「んー、あるっちゃある」
「そうね。この間あなた、わたくしに黙って大きな買物をしたわね」
蜜香はスンッと真顔に戻り深呼吸して項垂れる。
「ッッッッスーーーー……はい。買いました。なんでバレた……まだ納車してないのに……」
「は!?お嬢また車買ったんスか!?最近海外行かねえし大人しくなったと思ったら!」
今まで後ろに控えて黙っていた西山が、聞き捨てならないとばかりに吠える。今の一言でこいつ意外としっかりしてたんだなと認識を改めた。
「珍しく国産車にしたからバレないと思った?拝島から電話してきたわよ」
久しぶりに拝島の名前聞いたな、まだ蜜香の保護者やらされてんのかあの組長。
しっかしこいつ、本当に車好きだな。そんなとこまで瑩龍に似たのか。
「裏切ったなアイツ……!い、いいじゃんよぉ……ちゃんと稼いでるしお小遣いで買ってるもん……」
「バイク二台買った直後でしょうが!」
「あ゛ッ」
蜜香の顔色がサァッと変わる。
お小遣いの桁がちげーんだよなぁ。金銭感覚大丈夫なのかこいつ。まあ自分で稼いだ金だろうけどよ。
「蜜香?わたくし聞いてないのだけれど」
「アレ姫さんにも黙ってたんスか!?」
「バイクは必要経費でしょお!?」
「ンなわけねーでしょ、何のためのオレだよ」
「バイク三台もあるってことじゃないの、どこに置くつもり?」
「マンションと本家と屋敷に一台ずつ置いときたかったんだよぉ!ねえ、この流れだから白状するけど、フェラーリ一台とドバイに家買った」
「このッ……バカ!お嬢のバカ!」
「今夜寝られると思わないことね」
「ッべー……早まった……」
西山と翠星ちゃんの二人掛かりで叱られている蜜香を見て、懐かしいな、と少し意識を飛ばした。
「蜜香は本当にやることなすこと全部瑩龍と一緒だな……。牧と瑩龍と琅玕ちゃんのやりとりそのものじゃねえか」
こんなにそっくりだってのに、こいつらはそれを知らないんだもんな。
なあ、瑩龍、琅玕ちゃん、牧。おまえらが命懸けで守った宝物は、おまえらそっくりに育ったよ。
もうすぐ、命日だったな。
「あの……お説教は後でちゃんと聞くので……ちゃんと反省するので……恒次の挨拶を……」
息も絶え絶え、という焦燥具合の蜜香は、もう一人黙って後ろに控えていた男を引っ張り出した。
こっちは随分訓練されてるようだ。
動きに隙がない。
「ああ、そうね。ごめんなさいね恒次」
「いえ、姫さんとお嬢の宜しいようにして頂ければ私はそれで」
西山より身長があるから180以上はあるだろう。
たぶん服装は蜜香の見立てだろうから除外するとして、ジャケットをオープンフロントにしていることから十中八九護衛だ。無駄な力が入っていない立ち方だが、少し脇に空間ができるようにしているからホルスターか何かつけてるな。
ったく、鈴木財閥のパーティにチャカ持ちのヤクザ連れてくるなんてのは本当にこいつくらいだよ。
「紹介いたしますわね、小父様。こちらは唯野恒次。蜜香が拾ってきた子飼いの部下なんです。普段はわたくしの付人として運転手をさせておりますが、度々蜜香からも遣わせますから、顔を覚えておいて頂きたくて連れてまいりましたの」
「唯野恒次と申します。以降お見知り置きください」
慣れた動きで懐から名刺入れを出す。少し警戒したが、本当に名刺入れか。
差し出された名刺を受け取り、オレも懐から名刺を出した。
「タダノ、な。まあ知ってるだろうが、私立探偵の毛利小五郎だ。双子はうちの娘と保育園が同じで、父親の方は当時の仕事上顔見知りだった」
「聞き及んでおります。警視庁の捜査一課にいらっしゃったとか」
どっちだ、と見ると翠星ちゃんがにこりとした。よく覚えてたもんだ。
「昔の話だよ。それよりアンタ、名刺に蜜香の会社のマークが入ってるが……」
「おじちゃま、恒次は本当にアタシの子飼い。一応名前だけ秘書課に入れてんの。給与の支払いもそっち」
「おめー会社を私物化してんじゃねえよ、これだからガキは」
はー、と半目で蜜香を見ると、ムッと口を尖らせる。
「アンブル・グリはクリーンでホワイトな会社ですぅー。ポチも秘書課だもん」
「は?西山が?」
「オレこれでもお嬢の秘書なんですよ。秘書検定もちゃんと準一級持ってるんで」
「おまえがァ?本当かよ」
「やるときはやるんだよ、ポチ。すげー勉強させたけど」
「あのときは大変だったわねえ」
えへー、と気の抜ける顔で笑う西山は本当にそうは見えない。こいつ馬鹿だしなぁ。
「でも会社に本物の秘書いるんで、オレあんま仕事ないっス」
「そりゃそうだろうな」
確か瑩龍の異母兄弟でカタギの男が蜜香の秘書についていたはずだ。谷岡とかいう。
「そういえばさぁ、リラちゃんトコに転がり込んできた小学生どうしたの?今日連れてきてるかと思ったのに」
「えっ、コナンくんのこと知ってるの?」
バーカウンターから新しい飲み物を貰い、テーブルの近くへ移動する。
おじちゃまはコレね、と渡されたものはジンジャーエールだった。飲み過ぎるなってか、どいつもこいつも。
「昨日リラちゃんの家の前で会った。ちっちゃい頃のイッくんそっくりで笑っちゃった。あれ何処の子?イッくんついに隠し子発覚した?7歳だから……年齢合わねーな、どっちかか?」
「ありえないでしょう、あのご夫婦よ」
「それはそう。あの夫婦に限っては絶対に有り得ないわな」
冗談だとわかりきってる気安さで双子が笑う。
双子は昔から全力であの探偵坊主をからかいに行っていたが、今も変わらずだったか。
「阿笠博士の遠縁の親戚らしい。海外に連れていけないからってちょっとウチで預かってんだ。あのボウズなら今日は阿笠博士のとこだよ」
「へえ?阿笠さんの親戚なんだ」
「元は新一が預かる予定だったみたいなんだけど、ほら、居なくなっちゃって」
「ああデートの途中で消えたっていう。次会ったら歯の一つか二つは諦めてもらおーね!」
「蜜香、あんまり虐めないであげるのよ。もう夢見は悪いはずだから」
「アッ、イッくんかぁいそ……」
チッ、あの坊主もどこで油売ってんだか。
はーっ、気に食わねえな。
「ふーん、じゃああのボーヤ、今日はいないんだ。すぅちゃんに見せたろって思ってたのに。まーいーや、恒次の顔見せはできたし」
「そうだ、蜜香。あなた新店の話は?」
「あっ、そうだ。アンブル・グリで新しい事業やるんだ、その一環で今度新店出すから来てよ」
「おめーのとこ高えんだよ。いい酒は揃ってるが」
「今までの店は人生を華やかに彩る特別な日がコンセプトだったからねー」
アンブル・グリの一番店は隠れ家のような創作料理店だった。
和食がメインだがフレンチのようにコース化された芸術的な創作料理は全て蜜香の監修で、蜜香が認めたもの以外は出さないという徹底ぶりであることから今でも一日限定五組までときいている。
その後に開いた店も高級店でフレンチやイタリアン、洒落た店が多く敷居が高い。
「今度の新店はイタリア産ワインとコーヒーがメインの気軽なカフェバーなんだけど、ちょっとお洒落な立ち呑み屋って感じのとこだからおじちゃまも入りやすいと思うよ。料理はアタシの監修だから今まで通り味の保証はする。リーズナブルだしノンアルコールも出すから、立ち呑みが嫌じゃなければリラちゃんもおいで。これチラシ」
「へえ、素敵なお店」
蘭に渡されたチラシを覗くと、昼間の外観と夜の店内の写真が写っている。店の名前は……アックア・ベネデッタ。
本当に洒落てんな。おっさんにこんな小洒落た店で立ち呑みしろってか。
「オープンは再来週。セレモニーは混むから嫌だろうし、好きなときに来てよ。おじちゃまが美味しいって言ってくれたツマミ、いっぱいあるから。行くときは蜜香に言われてきた毛利小五郎って言ってね。最初の来店は奢り」
「言ったな?店中の酒飲み干してやる」
オレがそう言うと、蘭の目が半目になった。
「お父さ〜ん?」
「ジョーダンだろ冗談!」
「あんま飲みすぎないでよ、おじちゃまワインはあんまり強くないでしょ?マジでアルコールはワインとワイン使ったカクテルしかないから」
蜜香はなんでこいつオレの酒の許容量まで把握してんだ。
「それと、新規事業で貸衣裳を始めたんです。今日のわたくし達の粧いはその一つ。アンブル・グリの店は格式高くて着ていく服に気を遣う、と言われたのでレンタルすることにしたんですのよ」
「だから汚してもいいんだよ、これ。小物もクリーニング代も込みで一泊レンタル一万五千円。どう?デザインは全部アタシとすぅちゃんだからアンブル・グリでしか着られないドレスと着物なんだ。ポチと恒次の今日のスーツもそう」
なんだこいつら、今日は宣伝に来たのか。
ちゃんと社長業やってんじゃねえか。小娘が会社なんか経営できるかよ、と思っていたがどうもそういう商才があるらしい。
「えっ、そうなの?今日の二人、オーダーメイドの衣装なのかなって思ってたの。よく似合ってたから」
「ふふ、ありがとう」
「リラちゃんが次の月曜開いてるなら、貸衣裳の撮影やるからノコちゃん誘って見においで。リラちゃん好きだと思うよ、キラッキラで」
「いいの!?わあ、見たい見たい!」
ま、蘭が喜んでんならいいか。
こいつらも蘭を危ない目に合わせないようにかなり気を遣っているようだし。