後ろ暗い背景があることは良く知っている。
だけどビジネスの世界で悪いウワサが出回ることがないのは、その背景を出してくることが一度もなかったから。
そういうところは誠実なのだと、わたし達はよく知っていた。
だってあんなに双子の姉が大好きで大事にしてる蜜香が、翠星を裏切るような真似をするわけがない。
「園子」
「蘭!蜜香も!」
「ノコちゃん来ーたよっ」
「エッ!?翠星!?蜜香いるし翠星よね!?やだッ、久しぶり〜っ!」
「お久しぶり園子さん」
「ねえ今すげー確認のされ方しなかった?」
「西山さんもこんばんは!」
「こんばんはッス」
同じ顔が並んでいるのを見て見比べちゃった。高さが違う位置にあるのは蜜香がヒール履いてるからか。
相変わらずそっくり。翠星はいつもどおり和服だし蜜香はドレスで服装が違うからわかりわすいけど。
「本当に久しぶりね。翠星が来てくれると思わなかったわ」
「ずいぶんな数のお誘いを袖にしてしまったからね。それでも招待状を贈ってくれてありがとう、会いたかったわ」
「当たり前じゃない、大事な幼馴染に会いたいのはあたしも一緒。でも本当に珍しいわね、翠星がこういう場にこれるなんて」
渡会家が許さないんだと思ってた。
あの家は格式の高い行事か、旧華族のお家柄のパーティじゃないと顔を出さない、って有名だから。
「今日は蜜香が都合をつけてくれたのよ。蜜香には感謝しないと」
「任せてよ〜!あいつら困らせるのもゴネるのも超得意。イヤそ〜な顔見れてすげー楽しかった!」
「ああ、相変わらずなのね……」
翠星が引き取られていった渡会家と、彼女達の折り合いが悪いのは良く知っている。
一時期すごく痩せてしまった翠星に怒り狂った蜜香は、二人とも見ていられなかった。警察も簡単には介入できないお家だから、仕方ないなんて言いたくないけど。
「ま、こんな楽しくねーもん外で言う話じゃねーし、今日はパーティなんだから楽しい話しよーよ」
「そうね。ああ、ホテル新規開業おめでとうございます」
そう。今日はうちの新しいホテルの開業パーティ。
取引先やお得意様の招待客がメインで、各種マスコミも呼んでいる。
「ありがとう。でもやめてよね、あたし達の間でビジネスの話なんてしたくないわ。そういうのはパパたちとやって。蜜香は今日そっちでの招待なんでしょ?パパに止められたのよ、蜜香に招待状贈るの」
「そうなんだよねー。お気楽に女子高生やってたかった」
「土台無理な話ね、わたくしたちには」
「父方はまだしも母方がねー、あれじゃねー」
「えっ、逆じゃなくて?」
蘭は驚いているけれど、社交界では割と有名な話だ。この子たちの名乗る渡会家がどんな家なのか。
そっか、あたしはこうして知っちゃったから翠星がどれだけ大変なのかわかるけど、蘭には本当に何も知らせてないんだ。
そういえば、双子の口から渡会家の内情はほとんど聞いたことがない。
あたしもちゃんと知っているのは、翠星が酷い目にあっているかもしれないと蜜香が嘆く姿だけ。
「父方はなんとかなっても母方はマジでどうしようもない。アレで親爺は自主性尊重してくれるから、割と放任主義だし見逃してくれるけど」
「ずいぶん耳触りのいい言葉で飾ったわね。単純に興味がないだけでしょう」
「そうともいう」
く、と口の端を持ち上げて笑う双子のその笑い方は好きじゃない。
昔からその笑い方をするときは、目の奥が底冷えするほど冷たいから。
「ねえそれよりさ、西山さんのお隣のイケメン紹介してよ!さっきから気になってたの!」
長身で穏やかそうな見た目のイケメン!
長めの黒髪を横に流して結んでるけれど、女性的な見た目のシルエットにはならないようスタイリングされてる。
スーツのセレクトはたぶん蜜香ね、トータルコーディネートは得意だもの。
ニットにループタイってあたりが外しにきてていい感じ。でも爺臭くならないように小物で遊んでる。
西山さんの派手な見た目に誠実さが同居するような、スリーピースのクラシカルなコーディネートと対になるように組んだんだわ、きっと。
「も〜、園子ってば」
「だってさ恒次、良かったなイケメンだってよ」
そういったきり蜜香は笑顔のまま黙り、代わりに翠星がため息をついた。
「蜜香がどうも紹介する気ないようだからわたくしがするわね。こちらは唯野恒次。蜜香の子飼いだけれど、普段は京都でわたくしの付人をしているの。こちらで蜜香の仕事を手伝うこともあるから、顔を覚えておいて頂きたくて連れてきたのよ」
翠星の付人!?でも蜜香の子飼いなのよね?ってことは渡会からの遣いじゃない……?
「はじめまして、唯野恒次です」
「はじめまして、鈴木園子です!いいわね翠星、こんなイケメン連れてるなんて!」
「園子さん、前々から言ってるけれど顔のいい男なんて大抵の場合で信用ならないものよ。肝心なのは性格と相性なんだから」
あ、あれぇ?探りを入れるつもりだったんだけど、この反応はどっちだろ。
首を振る翠星は割と真剣に見える。蜜香は黙ったまま。ええ〜?
「西山、私はもしかして姫さんとお嬢に嫌われてるのかな」
「お嬢はただ単に、蘭お嬢さんと園子お嬢さんに男が近寄るのが気に食わないだけなんで、気にしなくていいっス。姫さんは筋金入りの男嫌いだけど、気に入らなければ名前すら呼ばないんで安心してください。傍に置いたりしません」
「余計なこと言うなポチ。恒次のことは信用してるけど女子高生に手出すなよ」
「そんなことを疑われてたんですか。お嬢と姫さんの大事なお友達に不届きな真似するわけありませんよ」
あ、なんだ。そういうことか。蜜香も大概あたし達のこと大好きよね。
スッと翠星のほうに寄って耳打ちする。
「渡会家の人じゃないのよね?」
「ああ、違うわ。蜜香が拾ってきたのよ。身元もクリーンだから安心して頂戴、本当に蜜香の子飼いなの。清生も関係ないわ」
「そうよね、じゃなきゃ蜜香が翠星の傍に置くわけないもの」
「心配してくれたのね、ありがとう」
「もうあんなに痩せた翠星見たくないのよ、あたし。今は元気そうで良かった。身体には本当に気をつけてね」
「うん」
ちょっと幼い頷き方をした翠星は、嬉しそうに頬を緩めていた。いつも落ち着いて大人っぽい翠星じゃないみたい。
「それなら翠星の護衛もしてくださるってことですよね?」
あたしが唯野さんに向かってそういうと、唯野さんは一瞬驚いて、すぐに真剣な顔で頷いてくれた。
「もちろん、姫さんの身に危険なことがないようお護りするのが私の仕事ですので」
仕事。蜜香なら翠星の身を護るためにいくらでもお金は積むだろう。
それなら、あたしからも出資したっていい。
「どうぞ翠星をよろしくお願いします」
「ノコちゃん?」「園子さん」「園子……」
お金で翠星の安全が買えるなら安いもんよ。
だって蜜香なんて本当に命懸けで必死に翠星を守ってる。
そのために似合わない社長業なんてやって、あんなに会社を大きくした。
それがどれだけ大変なことだったのか、あたしには想像もつかない。同い年の、大好きな幼馴染たちが、あんなに苦しんでたのに。
「園子お嬢さん、頭を上げてください」
顔を上げると、唯野さんは穏やかな顔で笑っていた。
「大丈夫です。姫さんは絶対に護ります」
ほ、と力が抜けた。
隣に翠星と蜜香が立って、二人から抱きしめられる。
「ほーんと、ノコちゃんは友達思いなんだから」
「ふふ、わたくしたちいい友人をもったわね」
くふくふ、と両側から幸せそうな笑い声が聞こえてきて、懐かしくなった。