とある双子の奔走劇   作:すぎざき凉子

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天パグラサンの刑事からみた妹のほう①

 

 

 

「早く出たいンすけど、まだ終わんねーの?」

 

 堂々と脚を組み、我が物顔で居直るその女子高生は扱いづらい立場で有名だった。

 

 一般人とは言い切れない、その出生と後ろ盾は真っ黒で、それ以外はほとんどグレーゾーンの女。

 疑わしきは罰せずの原則通り、その実態をとらえることのできない灰色の空白地であり続ける子ども。

 

 それが俺たちにとっての渡会蜜香だ。

 

「もう少し待って貰えるかしら。関係者全員のアリバイと連絡先抑えたら解散にするから」

「シュガーちゃんがそーいうなら待つけど、早くして欲しいな。今アタシめっちゃ機嫌悪ィの、このあとの約束台無しにされたから」

 

 そりゃ見なくともわかる。あからさまに不機嫌な声。

 立ち寄った宝飾店で殺人が起こるとは思わなかったのだろう。

 

「ご、ごめんなさいね……」

「いやシュガーちゃんは悪くねーよ。悪いのは犯人っしょ、わかってる。ごめん、八つ当たりじみてたな」

 

 はあ、と溜息をついて頭を振った蜜香は、小さな紙袋を振り子のように揺らした。

 

「はーあ、こんなの人にあげられないじゃん。折角お揃いのピアスにしたのに」

「大変申し訳ありません渡会様。大事なプレゼントに……」

「いーよ、キミは悪くないでしょ。それより新しいもの見繕うから今度マンションの方にカタログ持ってきて。あ、それか伊崎クン連れてきてよ。直接デザイン見たい」

「かしこまりました。それではいつ頃お伺いしましょう」

「伊崎クンの都合がついたら連絡くれればいいよ。できれば一週間以内に連絡が欲しい」

「すぐに確認いたします」

 

 責任者だといった店員が警察に見える位置で電話するのを横目に、彼女に声をかける。

 

「これから会う予定だったのか」

「そ。明日使うお揃いのピアス作ったから今日受取にココ寄ったんだよ。ほーんとサイアク。気に入りのデザインだから使うけど、すぅちゃんには渡せないな」

「物は悪くねえだろ」

「そうは言っても相手は国家宗教絡みのお家に住むお嬢様だからさぁ、相手は喜んでくれても外野がうるせーのよ。あーあ、早くあんな家潰れねーかな」

「平安から続くお貴族様の一族をあんな家扱いするなよ、おまえのルーツだろうが」

「ハ、種類は違えどどっちも似たようなもんじゃん。じゃなきゃアタシみてーなの生まれてねーでしょ」

 

 心底バカにしたような目をして鼻で嘲笑った彼女は脚を組み換え、ソファの背もたれに腕をかける。

 

「そんで?どうせ毒殺でしょ、シアンの匂いしたから検死気をつけなよってちゃんと連絡した?」

「……おう、ありがとな」

「普通の女子高生はシアン化物の匂いとかわかんねーからね?感謝してよ、じんぺークン」

 

 だから助けらんなかったんだけど、と呟く彼女に望むことなどない。

 そもそもシアン化合物のビターアーモンド臭が嗅げるのは単一遺伝子によるもので、わかる人間とわからない人間がいるという。たまたまわかったからそのまま救命活動までしたという彼女は、本当にヤクザなのかと疑いたくなるほどに善性が強い。

 

「あとさ、混ぜられてたの、あのアイスコーヒーじゃねーんじゃねーかな。アレとおんなじもん出されてるよ、アタシ。そっちからは匂いしねーから、たぶん氷か、それか化粧品かな」

「化粧品?なんでだ」

「アイコ飲んでしばらくしてから口紅塗り直してた。人目のある店内でよくやんなって思ったんだよね。しかもココ、知名度のあるブランドの宝飾店だっつーのに。他に何も口にしてないなら調べたら?」

「佐藤!被害者の鞄あるか?」

「あるわよ、なに?」

「蜜香が口紅を気にしてる。被害者が塗り直したのを見てたらしい。そっちに毒物含まれてる可能性もあるだろってことらしいが」

「難しいわね、もしそうなら犯人探し難航するわよ」

「氷かもしんねーって言ったっしょ。タイミング的にはアイコより口紅のほうが近いと思ったんだよ、その人が苦しみだしたの。でも氷かもしんねーからちゃんと調べてよ。言われなくてもわかってっだろーけどサ、裏付けは大事なんだから」

 

 シアン化物は服毒してから呼吸苦に至るまで若干タイムラグがある。とはいっても劇的なため、ほんの誤差みたいなものだが。

 蜜香がそういうなら口紅のほうが可能性は高いだろう。

 

「はー、こりゃ間に合わないかな。目暮サーン、ちょっと電話してきたいから外出るけど誰か一人借りてっていいー?」

「構わんよ、悪いな蜜香くん。これから翠星(すいしょう)くんとお出かけだったんだろう?」

「そーよ、すぅちゃんとデートの予定だったの」

「そうか、本当に災難だったな……」

「ホントよ、滅多に会えないってのに」

 

 最愛の双子の姉、唯一の肉親と言って憚らない翠星は、母方の実家に無理矢理引き離されたときいている。

 確かに蜜香が引き取られた経緯を思えば、大人しく柔そうな翠星の方に目が行くのはわかるが。

 

「なんだかそれだけじゃなさそうね。なにかあったの?」

「それがさぁ!シュガーちゃんきいてよ!あのドブ嫌がらせに十八の誕生日にすぅちゃんと婚姻届提出するとか言いやがってさぁ!それ阻止すんのに今コッチ必死よ!」

「ええ?未成年後見人どうしたのよ」

「そんなのアッチの良いようにされてんに決まってんしょ。本家に嫁がせるために分家に引き取らせたのは知ってたけど!高校行かせるから卒業後だと思って油断してたアタシが悪いんだけどさぁ!不受理申出書はとうの昔に出したけど怪しいんだよなぁ、握り潰されてそう」

 

 ほーん、そりゃあ蜜香がブチ切れるわけだ。

 それでも無理矢理拉致してこないのは、翠星が未成年で身動きが取れないとわかっているからだろう。

 

「間に弁護士挟みゃいいだろ」

「何言ってんのじんぺークン、そんなことしてみなよ。早けりゃその日のうちにはその弁護士殺されるって。そういう家なんだよ、渡会も、清生も。だから未成年後見人は殺されても心が欠片も痛まないあの家のクズにしたっつーのに。どうせあの家の人間なら好きに出来るだろうし。血縁なんてすぅちゃん以外はどいつもクズばっかりでやんなるね」

 

 そう言い捨てた蜜香の目は険しかった。

 はぁ、と溜め息をついてその険しさを解く。

 

「ところで誰借りていいの?バーチー?ワタルン?」

「蜜香ちゃんその呼び方やめてぇ!?」

「いーじゃんよォ、カワイイでしょワタルン。JKに親しみこめて呼ばれてんだから泣いて感謝しな。んじゃ、アタシに口答えしたからワタルン借りるね」

 

 半泣きの高木の腕をとってとんでもねえ馬鹿力で引きずっていった蜜香に、うまく逃げた千葉が安堵で溜息をついていた。

 

「良かった俺、蜜香ちゃんのお気に入りじゃなくて……!」

「馬鹿言え千葉。高木より真っ先に名前挙げられてただろ。進行方向に居なくてよかったな」

 

 俺もこっそり離れてて良かった。高木、南無三。

 

 

 

 

「退けぇ!!!」

 

 任意同行の際に抵抗されて拘束を振り切られた。

 被疑者の男が向かった先には、蜜香。

 

「あ?」

「蜜香ちゃん危ない!」

 

 離れた位置にいた佐藤が叫んだ直後、蜜香が徐ろに持ち上げた左手が、犯人の首を掴む。

 グッと踏み込んで腰を落とした蜜香は、片腕だけで男を引き倒し、そのまま仰向けに倒れた男の腹に勢いのまま膝から脚を乗せた。

 

「おーおー、豪快なこって」

「顔面殴んなかっただけ褒めて欲しーんだけど?オラあんま動くとマジで首絞めそうだから動くんじゃねーよ、こちとらマッポと違って優しくできねーんだからさァ。ほら捕まえたよ目暮サン、確保しなくていーの」

「っ、確保!!!」

 

 我に返った目暮警部の号令に近くにいた白鳥と高木が抑えにかかる。

 被疑者を無理矢理引き立たせた蜜香が佐藤の方に脚を向けた。

 

「シュガーちゃん叫んでくれてありがとー!大丈夫かなアレ、受身取らせなかったから頭打ってるかも。逮捕術とか知らねーから普通にウチのと同じ扱いしちゃった。あとであのオニーさんにゴメンネって伝えといて、病院代コッチで出すから請求してよ」

「ん、わかった。病院代は大丈夫よ。それより危険な目に合わせてごめんなさい」

「こんくらい全然ヘーキ。逆に面倒かけて悪いね」

 

 やっぱ逮捕術とか覚えたほうがいいのかなぁ、とか首を傾げているが、アイツどこに向かうつもりなんだ。

 つーかあれ確実に“いつもやってる”動きだろ。

 

「咄嗟に出てくるヤクザムーブ見ると蜜香ちゃんやっぱお嬢だなって思いますね」

「シュガーちゃんバーチーの腹に一発入れていいよ」

「了解、任せて」

「アーッ、佐藤さん待ってください!蜜香ちゃんごめん!ごめんて!」

 

 余計なことを言った千葉に佐藤が青筋を立てて拳を握る。

 その様子にけしかけた本人はケラケラ笑っているが、はあ。

 

「んふふ。んな当たり前のこと言われて怒るわけねーじゃん、ジョーダンだって。ありがとシュガーちゃん、怒ってくれて。アタシはどーせ後ろ暗い女なんだから、気にすることねーのよ。バーチーも、ヤクザなんて利用するくらいの気概でいな」

 

 やっぱりな。

 

「おめーが渡会蜜香って名乗ってる間は一般人だろうが」

 

 俺がそういうと、蜜香は振り返って俺を見る。

 そんな寂しそうな背中するくらいなら、俺らの方向いて笑ってろよ。

 おまえがそうやって渡会蜜香を作ったんじゃねーか。

 

 く、と口の端をあげて泣きそうに眉尻を下げた蜜香は、目を細めた。

 

「んなわけねーでしょ。渡会に嫌がらせするための名前だっつってんじゃん」

 

 ああ、そうだったな。そうだった。

 おまえはアレから、そうやって俺たちに背を向けた。

 

 あの頃の哀れな子供のまま、大人になってしまうのか。

 大人に護られないまま。護ってもらえないまま。

 

「なんつー顔してんの、じんぺークン。だぁいじょーぶだよォ、アタシらは好き勝手するからさ。クッソ生意気なガキがなんかやってんなぁって、見守っててよ」

 

 要は手出しするなってことか。

 なっさけねえな。護るべき子供に立場を気遣われて、子供は矢面に立ち続けた挙げ句孤立していく。

 

 本当は寂しがりの甘えただったくせに、そんな顔すら隠していく。

 あいつになら……いや、それは言い訳か。

 

「んじゃ、おひぃさん待たせてるからいくわ。調書取るならまた連絡して」

 

 そう言ってクラッチバッグから出したスマホをふり、そのまま仕舞って小さなショップバッグを揺らす。

 

「おう、気をつけろよ」

「ハイハイ、簡単にはくたばんねーから安心していーよ。憎まれっ子世に憚るっつーじゃん?」

「またそんなこと言って……送っていきましょうか?」

「シュガーちゃんのFD!チョー乗りたいけど、エンリョしとく。ヤクザとあんま一緒に居ないほうがいいよ。アタシけっこーツラ売れてるし。ポチ呼んであるからヘーキ」

 

 ポチ、西山のことか。

 こいつが小学校を卒業する前に送迎に付いた護衛代わりで、当時は未成年だった。免許を取得してから専属の運転手をさせている。派手な頭をしたやつで、地毛で金髪らしい。金髪が嫌なのか、確かしばらくはピンクに染めている。

 俺らとも面識はあるが、警察の顔を見ただけで嫌そうに顔を歪めるやつだ。少年院上がりだからまあそうなるわな。

 

「あ?あのピンク頭、翠星についてんじゃねえのか」

「すぅちゃんにはボディーガードつけてんだよね、アタシのとこの若いのなんだけど。今度挨拶させるよ」

「……清生一家の若手に西山くんと同じ年頃なんていました?」

 

 千葉が首を傾げて突っ込んだ内容は、確かに記憶にない。組織犯罪対策課ほどしっかり把握してるわけじゃないが、渡会蜜香と交流があるならと龍桜会の目ぼしい人員は大抵覚えさせられている。

 

「ポチより年は上。たぶんじんぺークンと同い年じゃないかな。一年くらい前だったかなぁ、半グレに身内が騙されたんだかで、無謀にも一人で喧嘩売って追われてたんだよね。アシがもう一人欲しかったから半グレ潰したついでに拾ったんだ。そのうち挨拶させんね」

「待て待て待て、何て???」

「ん?」

「蜜香ちゃん?半グレ潰したってなにしたの?」

「え?いや組のシマで詐欺働いたからムカついてさ、頭が弱い上にクスリにも手出してたから全員ブタ箱にブチ込んだだけだけど。組対で大捕物あったっしょ?」

「アレおまえか!!!!」

 

 ようやくコイツが組対で『地獄の使者』だの『死神』だの散々な扱いされている原因がわかった。

 件の半グレ集団は匿名のタレコミが入り、慌てて組対が確保に走った。そのため生活安全課と厚生局の麻薬取締部も含めて上へ下への大騒ぎ。

 

「幹部連中軒並み病院送りにされてたぞ、何したんだ」

「あー、適当に半殺しにしとけって指示出したんだけど、やりすぎたかな。全員生きてた?」

 

 バツの悪そうな顔は演技に見えない。

 だがやってることは立派にヤクザだ。

 

「死んでた奴はいねえけど」

「良かった、見せしめに使うために放置したんだよね。衰弱もしてたんじゃない?一週間は長かったかー、余計な税金使わせちゃったな」

「あれじゃ裁判で量刑が軽くなる、警察に投げるんならその後のことも考えろ」

「うーん、次はないって親爺がキレてたからたぶん無理かな。アレの処理が甘いって言われてけっこー絞られたし。さすがに親爺にゃ逆らえねーのよ。あ、来た。じゃね」

 

 ちょうど入口にピンク頭の、それとわかりやすいチンピラが入ってきた。

 蜜香はもうこちらに興味がないようで、そいつに向かって歩を進め片手を挙げて軽く振った。

 

「お嬢、お待たせしてスンマセンっした」

「遅いよポチ、アタシが呼んだら五分で来いっつったろ。どこまでお散歩行ってたの」

 

 直角におろされた西山の頭を軽く小突き、そのまま首根っこを掴んで歩かせる蜜香はまさしく飼い主の姿だった。

 

「……JKに飼われるって夢ですよね」

「千葉、後ろ見てみろ。佐藤が青筋立ててっぞ」

 

 

 

 

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