彼が説教されるのが嫌な人はバックしてください。
ロールス・ロイスが近くに止まり、そこから降りた男は背が高いが着流しを着こなしていた。
「恒次、わざわざ着替えたの?」
「姫さんと一緒にいるときはできる限り和服で、と言われたので」
「随分手早く着れるようになったんだね。でも柄の選び方がマジで悪いのでマイナスポイントでーす」
「やはり流水はダメですよね……洋装のままのほうがよかったでしょうか」
「チャレンジポイントはあげるよ、一点な」
すげーいい声。ちょっと高めだけど、聞きやすくてサラッとしてる。
柄の選びが悪いっていうけど、どこが駄目なんだ?意味とかあるのかな。
「目薬持ってきてくれた?」
「ええ、いつもお嬢が使用しているものはわからなかったので調達しましたが」
「わたくしがやるわ」
目薬をそのまま渡し、翠星は一度手に出して舐める。
ん?なにして……?
「大丈夫そうね」
「姫さん自分の身体で試すのやめてくださいませんか、今ビニール包装の箱を開けたの見てたでしょう」
「ふふ、恒次を信頼してないわけじゃないわ」
「すぅに何言っても無駄だよ、身体張るのはアタシの役目だっていくら言ってもきかねーの」
憮然とする蜜香に穏やかに微笑んだままの翠星。恒次さんは少し肩を落とした。
「ね、ねえ、翠星ちゃん今なんでなめたの……?」
「ああ、毒見よ。大抵のものはわかるの、慣らしてあるから」
「強制的に慣らされたの間違いだろーに。アタシより詳しいよ」
「ええ!?」
知らなかった。どういうことだ。
翠星がなんでそんなことしてんだよ。
「お嬢も姫さんもそんな話、子どもに聞かせるようなものじゃないでしょう」
「恒次」
「……とりあえず耳は平気そうですよ」
こめかみを抑えるふりをして俯き、ツネツグさんは口元を少し隠した。
「すぅ、目薬さして」
「はいはい、甘えたちゃんね。どう?」
蜜香の目に目薬をさして、翠星は離れる。
く、と目を瞑って手で覆うように抑えた蜜香は、そのまま口を開いた。
「念の為恒次と行け、バイクを変える」
「かしこまりました」
「コナンさんはわたくしと一緒に向かいましょうね」
そっと翠星に手を引かれ、蜜香から離れた。
目を開けた蜜香は、手をひらひら泳がせ、そのままメットを被って発進する。
観音開きのロールス・ロイスに乗ったオレは、翠星にシートベルトを占めるのをワザと手伝ってもらいながら小声できいた。
「本当に車は安全なのか?」
「蜜香が改造を指示した特別製よ。恒次、いいわ。念の為あなたは口を開かないように」
「かしこまりました」
滑らかに発進した車はさすが高級車で振動が全くない。
「紹介がまだだったわね。今運転しているのは唯野恒次。偽名だけれど警察官よ。蜜香から聞いたわね?」
「うん」
「えっ」
ツネツグさんには寝耳に水だったんだろう。蜜香の独断専行だったんだろうが、翠星とは共有してるのか。
「黙って、恒次。コナンさん、あなたのことはどこまで話していいの」
「うぇっ、えっと、蜜香ちゃんからどこまで聞いてる……?」
「新一さんが国際的な犯罪シンジケートに首をつっこんで死にかけた話からきいてるわ。蜜香から隠すと更に危ないところに突っ込んでいくから全て喋っていいと言われてるの、いいかしら」
「……恒次さんは信用できるんだよね?」
「蜜香が信用できないならやめておきなさい。恒次のことはあなたがそうなったことにも関係する。変わりにあなたからも情報を開示してもらうわよ」
……蜜香は嘘を話さない。嘘になることもしない。
だからあいつは約束は必ず守るんだ。
それは、翠星も同じ。
「たぶんこの件に関しては蜜香のほうが情報持ってるはずだ、あいつ翌日には把握してたから」
「でしょうね、まずは摺合せをするわ。恒次、あなたが驚いてブレーキ踏む前にどこかで止めて頂戴」
「かしこまりました、そこの駐車場に止めます」
恒次さんがコインパーキングに車をいれ、完全に止まったことを確認して翠星は話しだした。
「恒次、この子は江戸川コナン。今はこの姿だけれど、先日から行方不明になっている工藤新一さんです」
「は!?待ってください姫さん、これオレ口開いていい感じですか?」
「一人称、口調、表情も。演技を崩していいだなんて一言も言っていないわよ」
こっわ。さすが翠星。伊達に蜜香叱り飛ばしてるわけじゃねーな。
「はい、すみません。直します」
「自信がないなら黙っていなさい。新一さんがこの姿になったのは、あなたが過去に潜入していた組織が今開発している毒薬を服用させられたことに起因します」
「えっ、ツネツグさん潜入捜査官なの!?」
だから偽名!しかも過去ってことはもう抜けたことになってるのか。
というか薬のことまで知ってんのかよ、蜜香は何なんだ本当に。
「その前にその子どもが工藤くんであるという証拠は……」
「蜜香がもう既に確認したわ、指紋とDNAが一致しているそうよ。あの子そういうこと早いのよ、知ってるでしょう」
「お嬢ほんとに何ができないんですか?」
はは、それオレも聞きてぇな。
なんか恒次さん苦労してそうな雰囲気がひしひしとする。
「というかこの事を工藤くんに話して危険はないんですか」
「新一さんはね、危ないってわかっててもどちらにせよ突っ込んで行くのよ。周囲のことなんて考えもしない子なの。蜜香がいつもキレてるでしょ、あの子にしては我慢してるのよ」
「ご、ごめんなさーい……」
完全に矛先がオレに向いた。
翠星は静かに怒るタイプだから本当に直前まで気がつけねえんだよな。蜜香は手前で忠告してくるんだけど、オレが無視するからさらにキレる。ごめんて、わざとじゃないんだ本当に。
「この際だから言わせてもらいますけどね、あなたが毛利家に転がり込んだせいで蘭さんや小父様は今とても危険な立ち位置にいるのよ。あなた今は小学生くらいまで幼くなって、どうやって毛利家に報いるつもりなの。ただでさえ力のない一般人で政治的権力もコネもなく、今じゃ武力行使もままならないくせに、危険に晒すだけ晒して尻拭いもできないなら隠れ蓑にするんじゃないわ」
う……言い返せない。すべて正論だ。
口数が多いとは思っていたが、この様子だと翠星はかなりキレている。
「それに工藤新一が組織に首を突っ込んだことによってロサンゼルスにいる優作小父様と有希子小母様にも危険が及んでいるのよ。そのことについてはどう考えているの?彼ら何も知らなかったけれど」
「えっ、親父とお袋に連絡したのか!?」
ス、と視線が冷たくなる。
「するに決まってるでしょう。あなたが何者かに襲われたことで危険な目にあっているから、行方不明扱いにして身柄は蜜香が保護していることにしてあるわ。毛利家にいたいなら、自分からご両親に全て説明して頂戴。蜜香があなたを引き取る打診を阿笠博士にしているわ」
「……ごめん、わかった」
ふぅ、と翠星が肺から息を吐く。気持ちを切り替えるとき、よくやる翠星の切り替え法だった。
「……これでも、あなたのこと心配したのよ、新一さん」
静かな声だった。落ち着いた翠星の声は、穏やかな喋り方も相まって、普段はとろとろと流れる水のように聞こえる。
「蘭さん、あなたが居なくなったことでわたくしにも連絡してきたわ。わたくしには蜜香という情報源がいたけれど、何も知らない蘭さんが不憫で仕方なく思えます。それでも蘭さんに本当のことを話せばもっと危険に晒してしまう。わたくしには蜜香のように物理的に彼女を助ける術がないし、どこまで言っていいか線引すらできない。嘘はつけないから黙っているしかないというのに」
気づくと翠星の手が固く握られていた。
「あなたも彼女を大事だと思うなら、せめてもう少し誠実になさったらどうなの」
耳が痛い、とはこのことだな。
「恒次、もう出していいわよ」
「かしこまりました」
あー、結構蜜香と翠星に負担かけてるんだな。蘭とおっちゃんにもそうか。
チクショウ、あのときちゃんと背後に気を配っていれば。
たぶん今夜中に続きあげますが倉庫なので期待しないでください