「恒次、蜜香から電話よ。スピーカーにするわ」
「はい」
学校からの送迎の運転中、翠星ちゃんにかかってきたと思った電話はオレへのものだったらしい。
翠星ちゃんがセンターコンソールへスマホを置く。
『運転中ごめんね恒次。キミがいた古巣のほうで確認したいことがある』
ああ、だから運転中だとわかっててオレ宛に翠星ちゃんへかけたのか。
古巣とは、蜜香ちゃんたちがカラスと呼ぶ組織のことを指す。
盗聴器や発信機の類は乗車前に必ず確認するし、走行中は口唇が読まれにくい。スマートフォンも定期的に蜜香ちゃんの手で分解やメンテナンスをして傍聴対策をしている。
それでも徹底して行われる情報秘匿のために、違和感のない連絡方法をいつも選んでいた。
「わかりました、なんでしょう」
『宮野明美という名前、覚えがあるか?』
急ブレーキを踏みそうになった。
意図的に深呼吸して整える。
「……組織に関連しているわけではありませんが、個人的に覚えがあります。十数年前に幼馴染の前から姿を消した友人の名前だと記憶していますが」
その名は、確かゼロの探し人に関連する名前だったはずだ。
『その言い方だとキミとの関わりは間接的なんだね?十数年前ということは、宮野明美の家族がカラスと何らかの関係があり巻き込まれたというふうに見たほうがいいな。ポチ、追加だ。宮野明美の家族情報漁ってこい』
『かしこまりー』
西山の声が遠くで聞こえて、ああ近くにいたのか、と冷静に判断した。もしかしたら蜜香ちゃんも移動中なのかもしれない。
「あの、どうしてそれを?」
『ああ、ごめん。それで恒次から連絡してほしいんだけど、先日起きた10億円強盗、その宮野明美が犯人グループの一人っぽくて。カラスの資金源になるとこっちも困るから、今独自に追跡してる。カラスに戻られる前に身柄をこちらで確保するから、ハムで欲しいなら迎えを寄越して欲しい。予定は今夜ね』
っは〜〜〜〜〜!
これだから蜜香ちゃんは!なんでそう唐突にデカい案件持ち込んでくるかなぁ!
ありがたいけど!ありがたいんだけど!
「ずいぶん急な話ね、いつカラスと繋がりがあるとわかったの?」
『ついさっきだよ。宮野明美って名前を手に入れたのもそのとき。あいつら堂々とホテルのラウンジ使うなよな、ビビったわ』
ああ、蜜香ちゃんが商談かなんかで使ったホテルに居たのか。
わかる〜。あいつらあんな怪しい格好してるのに堂々としすぎててツッコめねーんだよな〜。
「あらまあ、大胆ね」
「お嬢はなぜ、その宮野明美が10億円強盗の犯人だってわかったんですか?」
『たまたま犯行現場近くにいて見てたんだなぁ、これが』
「ミラクルすぎる……」
そういうとこあるよなぁ、この双子。
今回はその場にいたとかじゃないから大丈夫だったんだろうけど、事件に巻き込まれる率が高すぎて本当に心配になる。
翠星ちゃんはアクティブに外出しないから巻き込まれないだけで、たぶんトラブル遭遇率でいったらふたりとも同じくらいだ。むしろ母数が少ないぶん、翠星ちゃんのほうが確率としては高いかもしれない。
『顔隠してたけど覆面脱いだときにたまたま顔見えて覚えててさぁ。ここまでくるといっそのこと笑えてくるよね』
「その時点で通報してくださいよ」
『やだよ、アタシに信用度無さすぎてイタズラだと思われるだろ』
言うほど信用されてないわけじゃないだろうが、大多数から見れば暴力団関係者の証言だと確かに信用なく見えるだろう。
こういうとき、フォローしてやれないのが嫌になる。
「確かにあなたじゃねぇ」
『ちょっとくらいフォローしてよすぅちゃーん。ま、そういうわけだから。恒次あとよろしくぅー』
「かしこまりました、手配します」
『安全運転しなよー。まあ恒次はそこらへん大丈夫か。じゃあちょっと忙しくするから、また電話するわ。すぅちゃん愛してるよー』
「はいはい、わたくしもよ」
なんでか今日はおざなりな、お決まりの挨拶を聞いて通話は切られた。
「あの子、ちょっと苛立ってたわね」
「私には普段通りに聞こえましたが……だから最後の挨拶がおざなりだったんですかね」
双子だから通じ合うものでもあるんだろうか、それとも家族ならではの観察眼か。両方かもしれない。
蜜香ちゃんの機嫌はわかりやすいようで、全部パフォーマンスだったりするから全く当てにならないと最近学んだ。
「昨日から会社のトラブルで学校にも行ってないようだし、今日の商談相手が気に食わなかったとかそんなあたりでしょう。そこへきてコレですもの、今日はあの子寝れないわね」
「ああ……」
蜜香ちゃん学校行けないと不機嫌になるって西山が言ってたしな……。
2日連続じゃあさらに機嫌悪いだろう。最悪明日も休みになるだろうから尚更。
「今日は荒れますねえ……」
「そうね、あまり酷くならないといいけど」
天気の心配のような口振りだが、蜜香ちゃんが荒れると大変面倒なことになると知っているオレとしては今夜向かうだろう公安の同僚たちに手を合わせるしかなかった。
☆
宮野明美が保護されたらしい。
蜜香ちゃんからではなく、山田さんから連絡が入った。
翠星ちゃんが「嫌な予感がするからわたくしたちも向かいましょうか」と言ってくれたおかげで、オレ達は東都に向かって車を走らせている。
「そういえばあなた、幼馴染がどうとか先程言っていたけれど、その幼馴染さんはカラスに潜入しているという方かしら」
「そうです。……お話ししたことありましたか?」
「ふふ、さあ?」
くすくす笑う翠星ちゃんは穏やかだった。
しばらく無言の時間があったので珍しく寝たのかと思ったが、歌声が聞こえてきた。
「“明けるのが惜しい程の、美しい夜、麗しい月”」
答える気がないのだろう、翠星ちゃんが歌うのは初めて聞く。いや、二度目か。
「なんだか寂しい歌ですね」
「……そうね」
なんだか、夜に一人だけ取り残されてるような歌だ。
「雲に隠れようと月はそこにあるのに、わたくしはそんな簡単なことすら知らなかった。知らないから、愚かにも欲しがってしまったのよ。でも、今は違う」
抽象的な言葉だった。翠星ちゃんはあまり自分の気持ちを吐露しないが、極稀にこうして本音を零す。
月は、何を指すのだろう。
「わたくしは月の正体を知ったもの。今度こそ、間違えない。あの子を、あの子だけを犠牲にしたりなんてしないわ」
バックミラー越しに見る翠星ちゃんは、あくまで穏やかに微笑んでいる。
しかしその目は、初めて見る、だけどどこかで見た色をしていた。
「もし、許されるのなら、お願いしたいことがあります」
車は高速道路を走る。
まだ19時台とはいえ、平日夜の東名高速道路はトラックの走行が多い。
「あら、わたくしに?珍しいわね、恒次。蜜香の機嫌取りなら力になれなくてよ」
「いいえ、そうではなく」
そもそも翠星ちゃんは蜜香ちゃんの好きにさせる傾向が強く、滅多なことでは口に出して止めたりしない。ご友人方の前では蜜香ちゃんを諌めているように見せているが、本当に見せかけだけだ。
「叶うなら、また歌ってください。姫さんとお嬢に歌ってもらった祝いの歌、また聞きたいんです」
翠星ちゃんは思わずといったふうに目を見開き、破顔した。
その眉尻を下げた泣きそうな笑顔は、あまりにも普通の女の子だった。