六面コンクリートに覆われた寒々しい部屋。
ラピスラズリに似た鮮やかな青の織り込まれた絨毯の上、アンティーク調の飾り彫がされた猫脚の黒革ソファが、背を向けておいてある。
肘掛けから脚と首を投げ出している蜜香ちゃんは、目を瞑っているのが見えた。
寝てるだけなのにこんなに濃密な威圧感あるって、本当どういうことだよ……。
「起きてるよ恒次。何をしにきた、翠星」
目を瞑ったまま口を開いた蜜香ちゃんは、ぱち、と目を開けて背もたれに手をかけた。起き上がる動きは常になく重たげだ。
「あんまり機嫌が良くないときに近づくなって、前に言わなかった?」
背を向けた蜜香ちゃんは、重苦しい溜息を吐いた。
翠星ちゃんが近寄り、左側に膝をつく。
「あなたはわたくしの傍にいてくださるのに、わたくしはあなたの傍にいてはいけないの?」
並ぶと本当に絵画のような姉妹だ。どこを切り取っても絵になる。
そこにいるだけで惹きつける無視できない存在感そのままが、息苦しく感じるほど意識を持っていく。
「は、考えたな。そう来たか」
重たそうにのばされた左手の甲が、翠星ちゃんの頬を撫ぜる。それに嬉しそうに擦り寄り、手を包み、微笑んだ。
「わたくしはあなたの
背もたれに隠れて、蜜香ちゃんの表情は伺えない。
「そうだね」
ときどき彼女らは不思議なやりとりをする。
渡会家特有のものなのかと思ったが、『龍』はどちらかといえば清生の象徴だ。
龍桜会の成り立ちは、遡れば戦国時代まで辿る。
地方の豪族であった清生が、食い扶持を失った破落戸を纏め上げたのが最初なのだという。
そしてその清生はもっと時代を遡り、御伽噺の頃に、龍と巫女の伝説が残る地から始まった。
その龍と巫女の子孫が、清生らしい。
龍桜会は必ず、清生の血縁で直系の
あまりそういう話を聞かないのは十四代だけ。それも組長として立った期間が短いだけで、若頭の頃は見目がいいことも相まって相当派手にやっていたようだ。
「ねえ、わたくしの唯一。どうしてそんなに苦しんでいるの。何があなたをそんなに苛立たせたの?」
思考に沈みかけていた意識が、ハッと浮上する。
いつのまにか視線は床を向いていたらしい。翠星ちゃんの顔を見るために首を上げたことで気がついた。
蜜香ちゃんは今、清生琥珀なのだろうか。
「……私の望みは、キミの自由。ただそれだけだ」
────ああ。そういうことか。
だから蜜香ちゃんは、そんなに。
「なんでだろうね、何度繰り返しても私達はこうして縛られる」
握りあっていた手が、蜜香ちゃんから解かれていく。
そうして、やはり重たげに翠星ちゃんの輪郭を指先でなぞる。
「こんなに容姿が似ているのに、私達はいつだって対極の位置にいた。徐々に距離を詰めてきたけれど、数回前からは進捗が見られない。どうしたらいい?どうしたらキミを自由にしてやれる?どうしたら私は────」
ふ、と腕が落ちた。
「ごめん、翠星」
そう言って蜜香ちゃんは立ち上がる。
顔は一切見えなかった。
「宮野明美の身柄を屋敷で保護できないかと打診があった」
まっすぐに伸ばされた姿勢。その背中はいつもより小さく見えた。
「宮野明美について調べさせたが、妹がいることはわかっている。妹の名は志保。宮野明美いわく、カラス共に教育をされて研究を行っているそうだ。その話が事実ならこちらで受け入れよう」
振り返った蜜香ちゃんの顔に、もう表情はない。
「恒次、キミには一時的に諸伏景光に戻ってもらう」
その怜悧な美貌に感情は見えず、ひどく冷たく見えた。
「安室透……いや、降谷零に会っておいで」
うっすらと上がった口角さえも、笑顔には見えなかった。
どうか、どうか気づいてほしい。
蜜香ちゃん、きみの隣りにいる翠星ちゃんは、そんなふうにきみが身を削ることを、望んでいないんだ。
ようやく前提が終わりました