苛性ソーダを混入するところが映っているかもしれない、と先生のお父さんたちが録画された映像を確認している横で、蜜香はずっと腕を組んで目を閉じていた。
言い出しっぺの割には興味がないらしい。
立ったまま机に寄りかかって、じっとしている蜜香に、そっと近寄った。
「ねえ、蜜香……毒物の処置を覚えたのは、翠星のため?」
蘭には聞こえないように小声で訊ねると、パッと顔を上げた蜜香は少し驚いたように目を見開いて、く、と口の端を持ち上げて苦く笑った。
「園子、それ以上踏み込むな。知らないままで居てくれ」
蜜香はゆるく首をふる。
密やかな声なのに、しっかりと耳に届いた。
「そうじゃないと、園子が危ないんだ。アタシらにあの家はもう手が出せないから、やるなら周りが標的になる。その時に真っ先に片付けられるのはあの家のことを知ってる人間になるだろう。だから、知らないほうがいい」
「蜜香……」
蜜香があたし達の名前をちゃんと呼ぶときは、必ず意味がある。
それに気づいたのは渡会家のことを軽く調べたとき。
そういえば蜜香は約束は必ず守るし、嘘をつくことは絶対にしない。嘘になってしまいそうだったり、約束できないことは最初から約束できないという。
「ごめん、軽率だったわ」
蜜香がこんなに強く拒絶するなら、従ったほうが良いんだろうけれど。
そんな不満が顔に出たのか、蜜香はふ、と疲れたように笑った。
「謝らないと行けないのはコッチ。何も話せなくてごめんな」
そういって蜜香は腕を開き、あたしの腰を抱き寄せた。
人懐っこくて、寂しがりで、甘えん坊の蜜香は、いつだって人肌を恋しがる。相手の性別関係なく距離が近い蜜香は、顔の良さからそれ相応にトラブルにも巻き込まれるくせに、距離感だけはずっと変わらない。
こてん、と首をあたしの肩に預けて、蜜香はその長いまつげの目を伏せた。
目を閉じていても腹が立つほど整った容姿はブレない。
「いつか、いつかさ。アタシも翠星も、なんにもなくて、ただの子どもになれたら」
夢見るように、うわごとのように、蜜香はふわふわとそういった。
「ああ……」
そのまま口を閉じてしまった蜜香は、泣きそうな顔をしているのに一滴も涙を流さないどころか、瞼を開いたその瞳は渇ききっていた。
「聞かなかったことにしてくれ」
夢すら口にできなくなってしまったの、蜜香。
やるといったことは全て叶えてきたアンタだから、それを口にしたら実現できそうなのに。
そんなに、口にしづらいことなの?
蜜香が腕を緩めたので、逆に抱きしめる。
「いいわ。園子サマは寛大だから、みんなで遊ぶ約束で手を打ってあげる。幼馴染みんなよ、もちろん翠星も、工藤くんも含めて」
また腰にまわった腕に力がこもった。
「……ふ、仰せのとおりに女王様」
「そこはお姫様にしてよ」
「残念、アタシのプリンセスは一人だけなんだなぁ」
頭をコツンと寄せ合って、くすくす笑い合う。
「はいはい、相変わらずラブラブね」
「大事な半身だからね」
知ってるわよ、そんなこと。
全身で翠星のことが大事だと叫ぶ蜜香の、全霊をかけた奪還作戦。今はまだその途中なのだと、知ってしまった。
「手伝えることはなんでも言って、蜜香。あたしだって、大事な幼馴染助けたいのよ」
「ありがと、園子。いい友達を持ったな」
そう柔らかく笑う蜜香は、一枚の絵画のように美しかった。
残念なトコばっかり見てると、この子がとんでもない美人だって忘れそうになるわ。
「さて、それじゃ、あのボウヤがソワソワしてるから確保するかな」
「え?」
蜜香はあたしの背をぽんぽんと軽く叩いて離すように促すと、蘭のとこに転がり込んだ小学生に近づいた。
抵抗も許さず子供を抱えると、腕に座らせる。
「うわわっ!?」
「はは、そんな驚く?さ、答え合わせといこうぜ、シェリングフォード。キミが答えを出すまで待ってたんだ」
「蜜香ちゃん、最初から気づいてたんじゃない?なんで止めなかったの」
「ごめん、これは油断したアタシが悪い」
「蜜香ちゃんのせいじゃないとはわかってるよ」
「そう言ってくれてありがと。失態は今取り返してるから待ってくれ、最良の結果を約束しよう」
「は?」
ガキンチョは不思議そうに蜜香を見上げ、蜜香はそれに不敵に笑い返した。
「さぁさぁ!皆様お立ち会い〜お立ち会い!」
よく通る声が控室に響く。
演劇ばりの発声をした蜜香は、きょとんとする腕の中のガキンチョを置き去りにして、凄絶に笑う。
注目を集めた蜜香は、とん、と一歩踏み込んだ。
「自白するなら今のうちだぜ。今ならまだ、アタシは赦してやれる。どうして花嫁がこんな苦しい思いをしなきゃいけなかったのか、全て説明し終えるその時までに自白してくれ。じゃなきゃ、小百合ちゃんが報われなさすぎる」
また、とん、と一歩踏み込む。
子ども一人抱えていても芯がブレない美しい姿勢のまま、蜜香は部屋の中央へ足を進める。
「み、蜜香ちゃん……?」
「なあ、そうだろ。そうじゃなきゃさ、気づいてたのに自分から飲んだりしねーよな。折角叶えた初恋の、思い出のレモンティーに入れられた、毒物を」
え……?
「お願いだから、アタシに暴かせないでくれ、こんなこと。アタシから口にしたら……容赦できなくなる」
「蜜香くん、それはキミ、犯人がわかっているということかね」
刑事さんがそういうのを、蜜香は一瞥すらくれずに口の端をあげた。
「じゃなきゃ、自分で定めた
そのときようやく気がついた。
蜜香、あなた、本気で怒ってたのね。