とある双子の奔走劇   作:すぎざき凉子

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花嫁の悲劇⑤

 

 

「さゆちゃんは何も悪くなかったはずなんだ。幸せな花嫁になれるはずだった」

 

 蜜香は俺を抱えたまま、モデルが歩くようにスッと脚を前に出す。

 視線は一点を見つめたまま。

 

「さゆちゃんに罪があるとするなら、それはたった一つ。犯人が毒を入れたことを知っていて、自分からレモンティーを飲んだことだけだろうよ」

「待って蜜香ちゃん!どういうこと?先生は毒を入れるところを見てて、自分から飲んだっていうの?」

 

 じっと見据える先にいる相手は、オレの言葉を聞いて顔が強張った。

 

「そうだよ、コナン。キミやっぱりまだガキだな、そういうココロの機微は難しいか?」

「な、なんで……なんでそんなことわかるの」

 

 オレに向ける声はいつもどおりで、それどころか優しくすら聞こえるが、蜜香はその人から視線をそらさない。

 口元は柔らかな弧を描いているが、蜜香の目は炯々としていた。

 

「アタシさぁ、本当にさゆちゃんには世話になったんだよ。だから、絶対にさゆちゃんには幸せになって欲しかったんだ。まあ自分でもちょっとやりすぎかなとは思ったけど、興信所より正確な情報取れる自信あったからね。新郎さん、少し貴方の身辺を調べさせてもらった」

 

 三年間、中学生だというのに過労死しそうなくらい働いて勉強して特に忙しそうにしていたコイツは、それでも時間が取れれば必ず学校に来ていた。

 その理由はきっと、蘭や園子に会うためだけではなく、松本先生と話す目的もあったのだろう。それほど蜜香は松本先生を気に入っていた。

 

「でもさ、さゆちゃんはアタシがそんなことしなくても全部知ってたんだよ。そうだよね、さゆちゃんのお友達。色々と調べたんだろう?」

 

 蜜香は竹中さんに話を振るが一切そちらは向かない。

 また足を一歩前に進める。

 

「その内容はそう、例えば……高杉俊彦の旧姓、もしくは幼少期に住んでいた場所の住所」

「え、ええ。まさにそうよ、小百合が、何度も言うくらい気にしてたから」

 

 竹中さんはぐっと自分の胸元を掴む。

 そして、高杉さんを睨んだ。

 

「初恋の人に、俊彦が似てるって!」

「そらそうだろうよ、本人だもんな。忘れられない思い出の、今も大切にしている初恋の記憶を、さゆちゃんが間違えるわけがない。あんなに毎日レモンティー飲み続けてるんだから」

 

 高杉さんは段々表情がなくなり、青褪めていく。

 

「さゆちゃんは優しい人だから、大好きで大事にしてきた大切な思い出の飲み物で死ぬなら、初恋に殉じてもいいとでも思ったんじゃねーかな。例えそれが、自分を使った復讐のためでも」

 

 蜜香はまた一歩進む。

 松本警視が高杉さんに掴みかかった。

 

「き、きさまが娘を……!言え、なぜ娘をあんな目に!」

「母親の復讐のためだよな。20年前に逃走中の連続殺人犯が起こした事故で死んだ」

 

 とん、と蜜香は進んで、高杉さんに掴みかかった松本警視の手をそっと抑えた。

 

「その事故に松本警視が関わっていたんだろ?」

「あ……まさか」

「フン、思い出したかよ……てめえが20年前に追ってた犯人の車が壁に激突したとき、巻き込まれて死んだ母さんのことを!」

 

 高杉さんが話し出した内容に、蜜香は目を伏せた。

 蜜香はオレをようやく降ろし、トン、と背中を押して蘭の方へ行くよう示す。

 

「あいつも、バカな女だ……俺が復讐のために近づいたとも知らないで」

「バカはあんたの方よ俊彦!」

 

 竹中さんが高杉さんを叩こうとするのを、蜜香が遮った。

 

「やめとけ、手を痛める。こういうのは」

 

 風を切る音と打撃音があたりに響き、ドサッ、と高杉さんが崩れ落ちた。鳩尾をおさえて咳き込む。

 

「慣れてるやつに任せるといい」

「蜜香!暴力沙汰は起こすなとあれほど!」

 

 谷岡さんが走ってきて蜜香を抑える。

 無抵抗の蜜香は両手をあげてこれ以上は何もしないと示した。

 

「見逃してよ、刑事さんたち。殺さないように手加減したんだ、一発くらいは許せ。かなり痛くしたから、それでチャラってことにしてやってくれないかな、松本警視殿」

 

 床に転がった高杉さんは、かなり痛がっているが意識はしっかりしているし吐いたりする様子もない。

 松本警視を見上げると、蜜香を見据えていた。

 

「清生琥珀」

「ここには渡会蜜香として来てるんだから、野暮なこと言わないで欲しいな。ま、殴ったのはアタシだから言い訳はしないよ」

「いや……すまん。ありがとう」

 

 あ……そうか。松本警視が殴りでもすれば、犯人とはいえ一般人に手を上げたとして問題になる。

 それで蜜香は、先に。

 

「お礼を言われるのはまだ早いんだよなぁ、大団円がまだだろ?」

 

 く、と蜜香は口の端を持ち上げた。

 

「警視!たった今病院から連絡が!」

 

 それが優しげな顔に変わって、それで。

 

「お嬢さんは手術の結果、一命をとりとめたそうです!」

 

 蜜香は、意識を失った。

 

「蜜香!?」

「みっちゃん!」

 

 谷岡さんに抱きとめられた蜜香の顔はいつの間にか土気色に変わっており、唇の色はルージュの上からでもわかるほど青ざめていた。

 

「しっかりしろ、蜜香!蜜香!」

「救急車呼んで!早く!」

「蜜香!」

 

 

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