とある双子の奔走劇   作:すぎざき凉子

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変装中の警視庁公安部の警察官からみた姉のほう①

 

 

 

「まあ、方違(かたたがえ)したんじゃなかったの?ふふ、それで巻き込まれてれば世話ないわね。それならわたくし達だけで先に向かうわ。遅れると伝えておきますから、後からいらっしゃい。ええ。わたくしも愛してるわ、唯一のあなた。じゃあまた後で」

 

 そう言って切られたスマートフォンを受け取り、バッグへとしまう。

 掛けていた長椅子から立ち上がるのを手伝い、そのまま腕へとエスコートの形にした。

 

 今日も翠星ちゃんは中振袖で、蜜香ちゃんが選んで贈った裾に向かって緑青が色濃くなる落ち着いた柄の物を着ている。

 金色が川の流れを表すその着物は、たぶん蜜香ちゃんが自分の瞳の色を入れたくて選んだのだろう。

 

 この双子、本当にわかりやすく独占欲が強い。

 たぶん今日の蜜香ちゃんは宝飾類が翠星ちゃんの瞳の色に近いはずだ。

 

「お電話だとそのようにお話されるんですね」

「ふふ。お友達にはよく吹き替えの海外ドラマを見ているようだと言われますけれど、あなたもそう思ったかしら」

「ああ……言い得て妙とはこのことですね」

 

 努めて穏やかに、冷静に、それでいて暖かく。

 声のトーン、身体の使い方、体重の動かし方、呼吸の仕方一つすら丁寧に、脳内のイメージをなぞる。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、恒次(つねつぐ)。上手くなっていますから」

「……そうでしょうか。私は粗忽者でしたから、いくら練習しても足りないような気がいたします」

「謙虚なのはよろしいけれど、過ぎるのは卑屈よ。もっと堂々とおし。格好悪く見えますよ」

「はい」

 

 今の会話ならエスコートが上手く出来ているか不安な青年と激励するお嬢様、といったところか。

 実際は演技の話なんだが。

 

「言ったでしょう、コツはイメージするものに成り切ること。格好良くエスコートする唯野(ただの)恒次はどうやるの?」

「……こう、でしたね」

 

 そう。唯野恒次は『少し自信がなくて、そんな自分を変えたいと考えて、拾ってくれた渡会蜜香に叩き直されている背伸びした一般人』だ。

 背中が丸まってても、直せばいい。

 

 龍桜会清生一家の渡会蜜香に見出された一般人を直々に鍛えている最中で、それに応えられる逸材ではあるがメンタル面が内向気味。家族を亡くしたばかりであることも拍車をかける。

 

 そういうふうに上手いこと背景を考えてくれたから、ボロが出てもなんとかなるのは気持ちが少し楽だ。

 演技指導がスパルタだから、あんまり気は抜けないけれども。

 一年やってても求められるレベルが高くて、追いつけてる気がしない。

 

 匿い先がヤクザっていうのも警察官としては複雑だが、実際にいる場所は京都にあるお公家様の分家筋の家。

 こうして定期的に翠星ちゃんの御付きとして東京に来れるのも、本当によく考えてくれている。

 

 これが全て中学三年生だった蜜香ちゃんの采配なんだから、本当に天才だな。

 ヤクザの血筋に生まれたのが勿体無い。できれば警察官に欲しかった。

 

 そのかわりに公安の非公式な協力者という立ち位置に居てくれるのは有り難い。

 未成年だから非公式で、というわけではなく本当に登録できないから非公式なわけだが、登録済協力者より影に日向に助けてくれている。

 

「恒次、顔が強張ってますよ。余所事に囚われるのもほどほどになさい」

「はい」

 

 本当にすいません、エスコート中は気をつけます。

 翠星ちゃんも目敏いんだよな〜。

 

 

 セレブ御用達ホテルのロビーに丁度足を踏み入れたところだった。シャンデリアがきらきらひかり、足元は絨毯にかわっていた。

 ドアマンに出迎えられ、フロントにいたスタッフが翠星ちゃんに気づいて近寄ってきていた。

 

「翠星様、ようこそおいでくださいました」

「こんにちは、瀬尾さん。今回は二泊ですけれど、いつものお部屋は空いていたかしら」

「蜜香様より事前にご連絡を頂きまして、ご用意が出来ております。本日はこのあとラウンジにてアフタヌーンティーのご予定と伺っておりますが」

「それなのだけれど、少しトラブルがあって、蜜香が遅れてくるそうですの。悪いけれど、予約時間はずらせますかしら」

「確認いたします。どの程度か目安はおわかりでしょうか」

「そうね、あの子のことだからきっと一時間で済むと思うわ」

「かしこまりました、少々お時間をください。その間にチェックインをよろしいでしょうか。こちらへどうぞ」

「ありがとう」

 

 す、すげえ。ほぼ顔パス。

 

 確かに東京の滞在は殆どこのホテルだから常宿といって差し支えないだろう。

 しかも前回宿泊した部屋は和室がついたスイートルームだったはず。今回も同じ部屋ならあの部屋は確かオープン価格で十六万。

 一、二ヶ月に一度宿泊してるから年間最大十二回として、諸経費も含めると二百万オーバーの計算になる。それに気分で連泊することもあると聞いてるから、もっと使ってるな?

 一流ホテルのフロントは予約情報と顔が一致するらしいが、これだけ頻度高く使ってればそりゃ覚えるか。

 

 今まで一般庶民と同じ感覚の金銭の使い方だったから油断してたけど、そういえばお公家様の宗家に嫁ぐために用意された子だもんな……。

 

 普段は良いものを長くって感じだからほとんど買い物をしない、というか滅多にお出かけしないから気にしてなかった。

 なんなら買い物は外商が来てたから、顔を覚えられないよう傍に控えなくてもいいと言われて下がってたし。

 外商が来る時点で凄いんだけど!

 

「恒次、覚えたかしら」

「はい。彼が滞在中の担当者ですね。前回はお休みされてたんでしたか」

「いつもは彼よ。名前は見れた?」

「抜かりなく」

 

 Makoto Senoo、か。

 蜜香ちゃんが背景は洗っているだろうが、こちらでも一応見ておいたほうがいいか。

 念には念を入れろと翠星ちゃんもお達しだし。

 

「彼の接客、とても気に入っていたのだけど、残念だわ」

「……え?」

「あら、わからなかった?そう、それならいいのよ。わたくしにはどうにもできないから、蜜香が来るまでに何も起きないといいわね。あなたは目立たないように、わたくしの後ろに控えていなさい」

「何か起きそうなんですか……?」

 

 翠星ちゃんがこう言ったときは100%何か起きる。

 たぶん勘とかそういうのなんだろうけど、八割方犯人か被害者を名指しして気をつけるように言ってくるので、事件が起きる前に対処することすらあるのだ。

 何が起きるかわからない。だからこそ防ぎようがないからあまり気にしなくていいとは翠星ちゃん本人の言だが、蜜香ちゃんは出来る限り防いでやってくれという。

 

「そうね。何か、起きるかもね」

 

 わかるからこそ心に澱が溜まるから、と。

 

 オレもそう思うから可能な限り目星をつけた人物は気にかけるが、自由度が高くフットワークが軽い蜜香ちゃんや西山ほど動けない。

 そもそもオレは制限付きの身だ、演技しながらというのはかなり動きづらい。

 ……早くなれないとなぁ。

 

「恒次、焦らないのよ」

「はい」

 

 いや本当になんでわかるんだろうなこのお姫さん。

 

 

 

 

 

 

 翌日、ホテル自慢の庭園の中、瀬尾さんは亡くなっていた。

 たまたま泊まりに来ていたという白馬警視総監の息子、探くんが犯人を特定し、警察に引き渡しているのを遠目で確認してからホテルを出る。

 

 痛くない腹は探られたくない、と言いたいところだが、後ろ暗いことはある。

 アリバイ確認だけの簡単な事情聴取で済ませてくれたのは正直助かった。ホテルがスイートルームの防犯対策に最新式のカードキーを採用していたから、入退室記録が残っていて証拠も揃っている。

 翠星ちゃんが嫌な感じがするから出歩くなと言ってくれていなければ、こうも素直に解放されなかっただろう。

 

 一応事件に巻き込まれたということは風見さんに報告したし、あとは何とかなるだろう。警視庁の管轄内で起きたことだし、情報の統制はとれる。

 色々と、警察官としては情けない限りだが。

 

 

 運転席からルームミラー越しに翠星ちゃんの様子を確認する。

 

 事件に巻き込まれることは彼女も初めてじゃないし、オレも幾度か立ち会っている。しかし、生い立ちや家庭環境があの劣悪さで普通じゃないとはいえ、高校生の女の子であることに変わりはない。

 何か起きるだろうと本人も言っていたし、その通りに瀬尾さんは被害者となってしまった。

 気分は良くないだろう。

 

 何か気分転換になる話題を、と思うけれど、結局オレは気の利いたことは何も言えない。

 確認したいことだけ、さり気なく聞いておくか。

 

「……高校生探偵って流行ってるんですか?」

 

 確か、双子の交友関係にも二人居たはずだ。

 

「新一さんと服部家のご子息のことを言っているのなら、アレは病気とだけお伝えしておきますよ。一過性の、よくこれくらいの年齢の青少年が罹る特有のものです」

 

 窓から外を眺めてそう言う翠星ちゃんの顔は、呆れ返って冷めていた。

 

「よ、容赦がない……」

「蜜香も似たようなものでしょう」

 

 パキ、とペットボトルの蓋をあけストローをさした水を一口含んだ翠星ちゃんは、やはりルームミラー越しにこちらを見た。

 

「親しみやすく少し背景に影のあるキャラクターの『渡会蜜香』と、わかりやすく冷徹で残忍な『清生琥珀』。あれを演じ分けているのは、たぶん趣味ですよ。そのほうが面白いから、とかそのあたりの理由じゃないかしら」

「えっ、あれ演技なんですか?」

「そうよ。ああ、昨日のお茶の間は割と素のままでしたけれど、あなたは行義指導の間ずっと素の蜜香に師事を受けてたから気が付かなかったのね」

 

 確かに、渡会蜜香として話すときの特徴的な脱力感のある発音のクセが昨日は全くなかった。

 清生琥珀として動いているときの、あの別人かと思うほどの様変わりの仕様も、翠星ちゃんに言わせれば全部演技。

 そういえば渡会蜜香の表の仕事で商談をする際に臨席させてもらったことが一度だけあったが、あの渡会蜜香のクセも清生琥珀のような威圧感もなかった。

 

「ちょうどいい勉強になるだろうから、こちらに滞在中に琥珀と蜜香の仕事を両方見させてもらったらどうかしら。以前は仕事の方に集中していたのでしょう?身体の使い方、呼吸のタイミング、視線の向け方、声の出し方、語彙や発音、どれ一つとっても別人に見えますよ。変装されるとわたしでも蜜香を探し出せないことがあるもの。あの子、徹底的にやるから」

 

 しかも変装技術もあるのか。

 ああいや、オレの顔を別人に認識させるって言ってメイクを教えてくれたのが翠星ちゃんだった。蜜香ちゃんも出来る可能性あるよな、そりゃ。

 

「お嬢ってできないことないんですか……?」

「そうねえ、さすがにプログラミングとハッキングはできないって言ってたかしら。あと年齢的に車の運転だけれど、私有地で乗り回してるからこれはあまり関係ないわね」

「……もしかして、私に言うと障りがあるけれど、能力として出来ることもありますか?」

 

 翠星ちゃんはいつもの人形じみた完璧な微笑みではなく、それはそれは楽しそうに笑った。

 

「ふふ、答えられないわ」

「その言い方だとあるんですね……」

 

 何が出来るんだろ……。

 ただでさえ下手な工作員よりスキルが高くて、非公式とはいえ協力者で良かったと胸を撫で下ろすことが多いのに……。

 

 というかマジで生まれ育ちがヤクザじゃなければ公安に欲しい人材なんだよな。

 正義感がそこそこあって清濁併せ呑めて、身体能力も頭脳も優秀で勘も良く様々なスキルを持ち合わせている。

 惜しいな、本気で。

 だから公式な登録を(首輪付きに)したいって言われてるんだろうけど。

 

「まあでも、蜜香のアレと違って警察の皆様方はお困りになるでしょうね。あんなに堂々と介入を許しては、面目が保てませんもの。新一さんも服部のご子息も、少しは落ち着いてほしいものだわ」

「姫さんにかかると高校生探偵も形無しですね。今日の彼はご存知なんですか?」

「ああ……白馬さん、だったかしら。警視総監のご子息らしいけれど、わたしは存じ上げないわね」

「そう、ですか……」

 

 だが、白馬探の方は翠星ちゃんの顔を見て眇めていた。

 ということは。

 

「たぶん蜜香でしょうね。わたしの顔と姿を見て少し驚いていたから。名前を聞いて頷いていたことだし、双子だということに気づいたんでしょう」

 

 やっぱり翠星ちゃんも気づいていたか。

 

「……お嬢は確か、経済誌に写真が載ったことがありましたね」

 

 社交界の新星『渡会蜜香』と龍桜会の死神『清生琥珀』が同一人物であるというのは裏社会では有名なことだ。本人も隠していない。

 渡会蜜香の顔は一般社会に広く知られていておかしくないし、警視総監の息子とはいえ興味があるというかあの様子なら清生琥珀の名を知っている可能性もあるだろう。

 それなら渡会蜜香が吹聴してまわっているから、同じ顔の双子がいることも知っているはずだ。

 

「雑誌という括りでよろしいなら、ファッション誌にも出たことがあるはずよ。確か、街中で撮るコーディネートのスナップショットだったかしら」

「えっ、お嬢そういうの出るんですか?」

 

 確かに蜜香ちゃんモデル並みにスタイル良いし、顔はお人形さんのような造りの良さでなおかつ服のセンスがいい。下手なモデルよりも写真映りはいいだろう。

 でも意外だな、という気持ちが勝る。そういう軽い印象を受けるものはあまり好まないと思っていた。

 

「蘭さんと園子さんと一緒に居たときだったから、二人に押し切られたと言っていたわ。あの子、その二人には甘いから」

「ああ、幼馴染の」

 

 双子がやたら大事にしている女の子のお友達の名前を聞いて納得した。

 

「園子さんという方が鈴木家の御令嬢とお伺いしてますが、蘭さんと仰るのは空手の都大会で優勝されたって方でしたよね。一般のご家庭なんですか?」

「法曹界のクイーンだったかしら、弁護士の妃英理先生のご息女よ。お父様は元警察官で警視庁捜査一課にいらっしゃった毛利小五郎さん。今は探偵として事務所を開いてらっしゃるわ」

 

 どちらも一般人とは言い難いのか。

 だから蜜香ちゃんは西山に二人の周囲を警戒させているわけだ。

 

「わたしは暫く蘭さんのご両親どちらともお会いしてないけれど、蜜香は今も交流があると思うわ。毛利さんがかなり情に厚い方で、昔からわたし達を気にかけてくださっていたの。妃さんも法律の面で何度か相談をしたことがあるから、覚えてらっしゃる可能性はあるわね」

「面識があるんですか?」

 

 そうか。そういう繋がりがあるから、余計に蜜香ちゃんは自分がお友達に影響しないか気を使っているのか。

 

「今日あなたが気にすべきは蘭さんのお父様と園子さんのご両親よ。どちらもご挨拶に伺うわ。蜜香が招待客リストを持っているはずだから、ポチから受け取って頭に入れておきなさい」

「かしこまりました」

「ああ、それと」

 

 ルームミラー越しに合ったブルーグリーンの瞳は、優しかった。

 

「ポチのこと、気にかけてあげて頂戴。あの子、まだ少し幼いから」

 

 

 

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