とある双子の奔走劇   作:すぎざき凉子

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花嫁の悲劇 終幕

 

 

「松本先生はレモンティーお好きなんですか?」

 

 まだ蜜香が他人行儀に松本先生のことを呼んでいた頃。

 あたしたちの前でそう問いかけた蜜香は、たぶんあたしたちからの評判をきいて松本先生のことを値踏みしてたんだと思う。

 

「いつも飲まれてますよね、その銘柄」

 

 蜜香はもうその頃にはかなり忙しくて、学校に来てもあまり授業に出られず、うっかり寝落ちすることもあって自己嫌悪で凹んでいたのを覚えている。

 松本先生はそのことをひどく心配していて、でも蜜香はかなり周囲を警戒していたから、お互い距離感を測っていた。

 

 

「そうなの、これがないと落ち着かなくて」

「へえ……覚えておきます」

 

 ああ、そっか。

 蜜香もいつも、同じ紙パックのいちごミルクだった。

 百円もしない、自動販売機で売ってるようないちごミルク。

 一人暮らしするようになってから招かれたマンションには、専用の小さな冷蔵庫いっぱいに詰まっていた。

 

「じゃあ、さゆちゃん先生。そのレモンティーがまた(・・)特別なものになったら、一曲プレゼントさせてください」

 

 だから、あのレモンティーが特別なものだって、蜜香は知ってたのね。

 

 

 

 

「ん」

「気がついたか」

「……ごめん、心配かけた」

「突然倒れたんですから当たり前でしょう」

 

 谷岡さんが蜜香の頭を撫でる。

 蜜香が倒れたときに間一髪で抱きとめた谷岡さんは、そのまま蜜香を抱えあげて、椅子を借りて膝に乗せたままずっと抱きしめていた。

 

「どれくらい時間経った?」

 

 蜜香は瞬いて、それでもぐったりと身体を谷岡さんに預けている。

 まだ怠そう。顔色も悪い。

 

「まだ十分程度かと」

「おー、久々にしちゃあ上出来じゃん?アタシやっぱ天才だな」

「まだ寝てるのかこの阿呆」

「今回めちゃくちゃ頑張ったんですけど。褒めてよ」

 

 う゛~ッと低く唸りながら谷岡さんの胸に頭を押し付ける蜜香は、甘えたのさびしんぼで末っ子気質だったあの頃のまま。

 ああ、谷岡さんと本当に伯父と姪なんだ。

 

「馬鹿か、どこに褒める要素があった。毒物を摂取したと思われる患者に口移しした時点で、俺は翠星に連絡したからな」

「うわ、嫌なトコつくね。ちょっとくらい容赦してよ」

「一番効くだろう、清生の龍(・・・・)なら、尚更」

 

 ガバッと蜜香が身体を離し、目を見開いて谷岡さんを見る。

 谷岡さんはずっと真顔で無表情だった。

 

「サイアク、なんで自分が言われて嫌なこと言うの?」

「おまえも嫌だろうから」

「イ゛ーーーーッ!腹立つゥ〜〜〜〜〜〜!」

 

 バシバシと谷岡さんの胸を叩いて、蜜香はグルグル唸った。

 

「それだけ元気ならもう大丈夫だな」

「はーーーーッ、ムッカつく!せーちゃんに告げ口したろ!」

「芋蔓式におまえがやらかした内容がバレるがいいのか」

「まぁ!イヤミなコねッ!失礼しちゃうわッ!」

「おい、母の物真似はやめろ」

「残念いろはママ公認出てまーす!ちょーウケてた」

「だろうな」

 

 蜜香が膝から降りると、谷岡さんは立ち上がった。

 

「お姫様は?怒り狂ってる?」

「さっきからずっとスマホが震え続けてる、取ってきていいか」

「包み隠さず話していいよ。もう今日は帰ろ、悪いけどリスケ頼んでいい?」

「当たり前だ馬鹿。電話してくるから少し休んでおけ」

 

 谷岡さんは部屋から出て行き、蜜香はイスに座り直した。

 蘭とあたしが寄り添うと、蜜香は眉を下げて困ったように笑った。

 

「春休みで良かったよ……これが普通の平日だったら死んでた」

「忙しかったんでしょ、あんたが倒れるなんて……」

「気分悪くない?まだ顔色悪いよ、みっちゃん」

「ん、へーき。心配かけて悪い、あんがとね」

 

 そうは言うけれど、翠星みたく青ざめた肌色をしている。

 ふぅ、と息をはいて首元を緩めた蜜香は、鬱陶しいとばかりに前髪をかきあげた。眉間にシワがよっている。

 

「蜜香くん」

「あれ、目暮サン?あー、ごめん。アタシのせいか」

 

 太っちょの刑事さんが声をかけると、蜜香とは顔見知りなのか心配げにこちらをみていた。

 

「谷岡さんが救急車を呼ぶなというから、心配でな」

「ありがとう、大丈夫。元々忙しくしてて、少しオーバーワークだったんだ。疲れが出ただけだと思う。谷岡もそう思ったから救急車呼ばなかったんじゃないかな」

「そうか、社長業と学生の二足の草鞋は大変だ。春休みの間もそれじゃあ心が休まらないだろう」

「ふふ、もう慣れたよ。それに、自分で決めたことだから」

 

 にこ、と笑った蜜香の顔は、翠星によく似ていた。

 なんでこの子たち普段はあんなに表情が違うのに、こういうときはそっくりに見えるのかしら。

 

「君たち、小百合の教え子だったな」

 

 先生のお父様が、刑事さんの後ろから声をかけてくる。

 

「今さっき娘の意識が戻ったそうだ。処置が迅速で的確だったから、回復も早いだろうと病院から連絡があった」

「良かった……!小百合先生、意識もどったんですね!」

「本当に良かった……!」

 

 あたしと蘭が蜜香に抱きつくと、蜜香はあたしたちを抱いて安堵の息を吐いた。

 

「あー、安心した……」

 

 目を瞑ったその顔は、本当に穏やかで。

 だから、反射的に睨んでしまったのだ。

 

「清生……いや、今は渡会だったな」

 

 それは、渡会蜜香(・・・・)の平穏を壊す。

 蜜香はあたしが睨んだのがわかったのか、肩を抱いたまま安心させるように軽く指先で叩いて、それから立ち上がった。

 

「ご無沙汰しております、松本警視。今は渡会蜜香と名乗っています。先程は無礼を働き、大変申し訳ございません」

 

 一歩進み、綺麗な角度でお辞儀をする。

 知り合い、だったんだ。

 

「気にしていない。……あれから十二年か」

 

 その一言で、どういう繋がりなのかわかってしまった。

 

「はい。その節は大変お世話になりました。先日、十三回忌も無事に終えました。当時は警察の皆様方に、大変なご迷惑をおかけしたと聞き及んでおります」

「そちらは私の管轄ではなかったが……君のせいではないだろう。君はあのとき、正しく被害者で、ただの子どもだった」

 

 背中しか見えないから、蜜香がどんな顔をしているかわからない。

 こういうとき、あたしたちは隣に立ってあげられない。

 蜜香の隣に立てるのは、どうしたって翠星だけだから。

 

「それでも私達は……私が、清生であることには変わりないので」

 

 ああ。

 それが、アンタたちの覚悟だと知っているけれど。

 そんなこと一生、言わせたくなかった。

 

 

 

 





 だから、警察のことが……好きになれない。
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