とある双子の奔走劇   作:すぎざき凉子

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潜入先から拉致られた警視庁公安部の警察官からみた双子

 

 

 

 時は遡って二年前。七月の半ばのことだった。

 組織でスコッチとして動いていたオレは『龍桜会のシマを荒らした』として、清生琥珀に捕まった。

 

「よォ色男ォ。ウチのシマで随分好き勝手してくれたみたいだけど、龍桜会敵に回す覚悟はできてんだよなァ?」

 

 白昼堂々の犯行だった。

 やたらスタイルのいい、派手な格好で肌を露出したサングラスの女とすれ違いざまに服の首元を後ろに引き倒され、たたらをふんだところに首をとられ、流れるように意識を刈りとられてしまった。

 

 目をさましたら六面コンクリの部屋の中、何故か敷かれていた絨毯に、結束バンドで後ろ手に縛られたまま転がされていた。

 ご丁寧に猿轡までされていたが、目元がそのままだったのは起きたかどうかを確認しやすくするためだったのだろう。

 

「おっ、お目覚めかな。手荒な真似をして悪かったね、ちょっとキミを派手に拉致した証拠が必要だったんだ。おかげできっちり防犯カメラに写ったし、安心してくれていいよ……ってできないか。無理言ったね、忘れて」

 

 目の前に置かれた赤い革張りのソファにはほとんどそのままの格好の美少女が座っていた。 

 

「暴れられたら困るから拘束してるけど、その態勢で大丈夫そう?あと5分くらいで来ると思うけど、キミのお仲間に説明してもらうまでそのままでもいいかな。ああでも身体痛くなりそうだな、起こしてあげるから暴れないでね」

 

 サングラスを外した目が、近づく。

 その特徴的な黄金と橙が混じり合った瞳の奥、焔がちらつくような燃える石(ベルンシュタイン)。色濃い琥珀色(アンバー)をもつ美しい少女。

 透き通るような肌とどのパーツを切り取っても形がいい顔のつくりに、どうしても視線が引き寄せられる。

 

「んふ、見惚れちゃった?さて、自己紹介といこうか。改めまして、私は清生琥珀。日本の裏社会に触れたことがある人間なら一度は聞いたことがある名前だろう?」

 

 広域指定暴力団、関東龍桜会清生一家代表、第一四代組長清生瑩龍の遺児、次期代表筆頭候補と噂される清生琥珀。

 

 表では実母の姓である渡会と、偽名なのか蜜香と名乗る。

 龍桜会のフロント企業と目される『アンブル・グリ』グループの代表取締役として複数の飲食店経営をこなし社交界へ進出。

 交友関係に著名人が多く、政財界にもパイプがあると噂される弱冠十五歳の美貌の天才少女。

 

 立場上事件に巻き込まれることが多く、その際には類稀な慧眼で見事に解決してみせるが、警察官に華を持たせるという。

 ヤクザの娘なんかが目立って警察に良いことなんかないだろうから、と。

 

 しかして、裏の世界で清生琥珀といえば『龍桜会の死神』として有名だった。

 

 目をつけられたら痕跡すら残さず消される。

 そう言われているし、その噂は公安内では事実として認識されていた。

 

 だから、オレは。

 

「待ちくたびれたよ、おまわりさん」

 

 少女がそう言った直後、オレの背後であいたドアを勢いよく振り返ると、男が三人連れ立って入ってきた。

 顔に見覚えがあるのは二人、上司の風見さんとその同期で山田さんだ。もう一人は派手なピンクの髪をした若い男だった。

 

「良かった、無事だったか……!」

 

 ピンクの髪の男が少女の背後に控えるように立ち、風見さんと山田さんがオレの拘束を外してくれる。

 

「な、なんで……」

「よしよし、これで安全確保できたね」

 

 キュウ、と細められた琥珀の瞳は、優しげな色をしていた。

 ああ、ああ、やっぱり。やっぱりキミなのか。

 

「さて、本題に行こう。スコッチ……いや、諸伏景光サン。キミにはこれから、清生琥珀に殺されてもらう」

「なんでだよ、なんでなんだよ、だってキミは────……!」

 

 ふ、と清生琥珀は目元を緩めて、眉尻を下げた。

 泣きそうな顔で、微笑む。

 

「貫きたい正義があるなら、悪は切り捨てて然るべきだろう。間違えてはいけないよ」

 

 そうして改造ハイエースに押し込められ、5時間。

 

 連れてこられた先で見たのは、美しい人形だった。

 夜色の髪は光の加減で赤にも青にも反射し、宇宙を思わせるほど輝いて流れ落ちる。

 ともすれば青白く見えるほど透き通った肌は荒れ一つなく、赤い唇が乾燥など知らぬとばかりに艶めいている。

 閉じられた瞼の形の良さと放射線状に伸びる睫毛の長さから、きっとその目を開いても美しいだろうことが容易に想像できた。

 

 足元から立ち上るような山百合の描かれた、京友禅を着た美しすぎる人形の目が開く。

 

「お待ちしておりました」

 

 無機質に光を反射する翠の瞳。

 神の手で創られた奇跡の造形物は、にっこりと微笑む。

 

「歓迎いたしますわ、諸伏景光さん。……いいえ、スコッチさん、と今はお呼びしたほうがよろしいかしら」

 

 穏やかで静謐な声だった。感情があまり乗らない声は、本当に人形が喋っているよう。

 顔はそっくりだが、雰囲気がまるで違う双子だ。

 

「どちらでも構わない。どうせ捨てる名だ」

「あら、そんな哀しいことを仰らないで。名というものはヒトにとって、とても大事なものなんですから」

 

 指先を添えて首を傾げる。

 衣擦れの音すら浮世離れしていた。

 

 優しく甘い香りが漂う。

 

「お疲れでしょうから、中へどうぞ」

 

 示された屋敷への入口は、まだ20メートルほどあった。

 立派な門構えとここから見える範囲の敷地内がかなり丁寧に整えられていること、そして屋敷の奥行きが全くわからないことから、随分と金がかかっている。

 周辺の山から個人資産で携帯の基地局が近辺に一切なく、衛星電話か有線の電話回線しか使えないとは説明された。無線機はあるがアマチュア無線だから機密性がない、とも。

 

 陸の孤島。だからこそオレはここに連れてこられた。

 

 視線を戻す。

 動いてすら人形のようだと思わせるのはその生気の薄さのせいだろうか。

 十数年前に万博で見たアンドロイドの受付嬢がこんな感じだった気がする。

 やたら滑らかに動くが、その動作に無駄が無さすぎて生きてる人間とは違うな、と思った記憶がある。

 

「これからの予定は聞いておられますかしら?」

「いいや、実は全く。ニシヤマさん……だっけ、ここに来るまでずっと無言か車内カラオケ楽しんでたし」

 

 ニシヤマ ケイスケ、ピンク髪の男だ。

 清生琥珀の子飼いで、ボディーガードを兼ねた専属運転手。

 本人は清生琥珀にポチ呼ばわりされていたが、隙がない身のこなしはさすが死神の右腕だった。

 

 たぶん傍聴対策だろうというのはわかっているが、かなりハイスピードで運転しながら機嫌良く歌うヤクザのチンピラはマジでちょっと遠慮したい感じだった。

 

「あら、それはとんだお耳汚しを。西山はとんでもない音の外し方をするでしょう。都心からここまで4時間半もあんなのを聞かされて、西山の代わりにお詫び申し上げます」

「いや、まあ……ウン」

 

 スッと音もなく下げられた頭をながめて、ちょっと遠い目をしてしまった。

 いや本当に忍耐の時間だったな……。BGMにちゃんとした音源流されてなければ下手な拷問よりキツかった。

 

 しかし、広いし複雑だ。

 居間まで案内すると言われたが、五分程度歩いている。まだつかないのだろうか。

 

「この屋敷はあの子が設計から組み上げた城です。施工自体は龍桜会の息がかかった建設会社にやらせたそうですけれど、現場監督はあの子が行いました。その甲斐あってか、あの子の理想とするものになったようですわね」

 

 清生琥珀、建築の知識もあるのか……。

 飲食店の経営でインテリアのデザインから拘るとはきいていたが、まさか設計までしてるのか?空間デザインでよく雑誌に取り上げられるから一応目を通していたが、そんなに多才だとは。

 

「さあ、つきましたよ。玄関からこの部屋までは覚えられましたかしら」

「えっ、あっ、一応」

「ふふ。どうぞ、お入りになって」

 

 そう言って開かれた襖の向こう、部屋から見える絶景に息を呑んだ。

 

「す、げえ……」

 

 ほう、と溜め息がもれる。

 ちょうど朝日がのぼり始めたところだった。

 山々の緑に薄雲がかかり、幻想的な浮世離れした美しさだった。朝露に濡れたまだ蕾のままの花もきらきらひかり、どこをどう切り取っても絵になる。

 

「下手な旅館より良い眺めでしょう?ここもあの子の拘りなんですよ。地獄廻りの間の慰めにしてくださいな」

「……地獄めぐり?」

 

 お人形が人間らしい顔をした瞬間だった。

 

「ここは杜若の間。あなたにはここ杜若ともう一部屋、蝋梅の間で基本的に授業を受けてもらいます。期間は二ヶ月。それまで扱きますから、覚悟してくださいね」

 

 にっこり。そんな擬音がつきそうなほどお手本のように微笑んだ彼女は、とてもいい笑顔だった。

 

 

 

 

 そりゃあもう、本当に地獄だった。

 

 立ち方、座り方、歩き方の確認から始まり、筋肉の使い方、発声の方法、所作と行儀の確認、喧嘩に巻込まれたときの戦い方、知能テストと、初日は全て諸伏景光のパーソナルデータの収集に当てられた。

 

 そこから二日、まずは身体の矯正をする、と言われて蜜香ちゃんによる筋肉を一度解して均等にしやすくするマッサージと歯科医師の元で歯の治療を受けた。

 射撃のときに無意識に歯軋りしていたらしく、歯がすり減っていたらしい。マウスピースを渡された。

 マッサージは拷問かと思ったくらいキツかった。大の大人が泣き喚くくらい痛いってもうマッサージじゃないんだよ。

 

 次は立ったり座ったり歩いたりするだけのトレーニング。

 これが地味にキツい。

 下手な筋トレより緊張するし、どこをどう意識するかをずっと指摘され続ける。

 その後またマッサージを受け、身体の使い方にクセがあることを学ぶ。必要な筋トレを言い渡されたが、これも地味でキツい。

 

 それから和室や洋室での行儀指導と、茶道や華道の所作指導。立ち居振る舞いを自然に身に着けるのに、これが一番手っ取り早いらしい。

 着物の着付と着たときの所作、畳の歩き方、襖の開け方や力の入れ方、一から十まで全部指導された。

 

 知能テストの結果で足りないと思われたらしい箇所を所作と行儀指導の合間に受ける。

 ついでに取りたい資格などはないかきかれた。

 秘書検定と簿記とフランス語とイタリア語をとった。ロシア語と中国語も復習したら、蜜香ちゃんと翠星ちゃんがついでに指導してくれた。

 暇になったらドイツ語も仕込むね、と笑顔で告げていった蜜香ちゃんは何ヵ国語話せるんだろうか。

 

 これらを行い一ヶ月半、諸伏景光として幼少期から無意識についていた癖をすべて消した、と双子に太鼓判を押され、ようやく新たな人物を作ることになった。

 

 

 唯野恒次、二十七歳。誕生日は2月7日。

 東京の下町で生まれ育ち、幼少期に両親とも事故で亡くした。親戚を転々とし、今は母方の祖父のもとで二人暮らしをしている。

 その母方の祖父は元ヤクザで龍桜会の息がかかっているが、足抜けして長いため現在の龍桜会にほとんど顔見知りはいない。

 

 ほぼ一般人のような立ち位置のその人の元で、半年暮らしてヤクザの振る舞いを見て覚えろと言われた。

 実践はしなくていい、とも。

 

 老人は穏やかで、本当に元ヤクザか?というくらい温厚な人だったが、ポリ公と生活することになるなんて人生わからんもんだな、と笑っていた。

 蜜香ちゃんはこの老人が一人暮らしだったのが心配なようで、病院の付き添いや生活の手伝いをすればいいらしい。

 

 なぜ半年と言われたのかはきっかり半年後に半グレ集団にその老人がターゲットにされたことでわかった。

 

 その老人のために半グレ集団に歯向かいその途中で清生琥珀に拾われる、というシナリオがほぼ何もせずに出来上がっていた。

 ついでにその半グレ集団を潰すの手伝ってくれ、と言われて多少手荒な真似をしたくらいだ。

 

 龍桜会が吊し上げたって噂流すから一週間放置してくれればあとは警察でどうにかしていいよ、とのことだったので警察に匿名の電話を入れたが、あの様子じゃ助かったかどうか。

 

 本当に、蜜香ちゃんは『清生琥珀』なんだと思い知った。

 

 

 老人は末期の癌だったらしい。その半月後に病院で亡くなった。

 

 葬儀は身内のほとんどいない老人だったため、友人数人が来たくらいで終わってしまった。

 その友人たちはどうも老人が龍桜会のヤクザだったことを知らないらしく、半年前に突然来たオレをいかに老人が可愛がっていたかを語っていった。

 

 本当に、孫がいたらしい。

 生きていればちょうどオレくらいで、ほとんど会えなかった孫が。その孫は、娘夫婦の事故のときに一緒に亡くなっていた。

 

 葬儀が終わり、墓の前で立ち尽くしていた。

 喪服を着た蜜香ちゃんが、隣に立つ。

 

「こんなこと頼んで悪かったね。あの人には世話になったから、最後くらい幸せな家庭を思い出させてやりたかったんだ。喜んでたよ、本当に大きくなったあの子が帰ってきたみたいだって」

「……まさか娘夫婦の事故から本当のことだと思ってなかった」

「ほんの一滴の真実が虚構に現実味を齎す。協力をお願いしたときに、そうしろと言ったのはあの人からだった。因みに血が繋がらないことにも気づいていて、周囲にはそう話していたそうだよ。きちんと孫が死んでいることにするために」

「……じゃあ」

「親戚に孫と似たような境遇の子がたらい回しにされていたのに気づくのが遅れて、今更になるけど自分の遺産を渡すために無理矢理引き込んだ、っていう筋書き。本人は本当に祖父だと思って慕ってくれているから、黙っていてほしいってフォローまでつけてた」

「……そっか」

 

 楽しかったなぁ、この半年。

 色んなことを教えてもらって、色んな思い出を作った。

 

「あの人のために泣いてくれてありがとう。良かった、最後にあの人の身内が増えて」

 

 そう言って腕を引き、オレの頭を蜜香ちゃんは肩口に引き寄せた。花の香りがする。

 

「キミ、ほんと潜入捜査官向いてないね。街のお巡りさんしてたほうがよっぽど似合うよ」

 

 蜜香ちゃんは、寂しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

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