とある双子の奔走劇   作:すぎざき凉子

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14番目①

 

 屋上にみっちゃんのご機嫌な鼻歌が響く。

 聞いたことのないメロディだけれど、アイドルソングだろうか。珍しくポップス系だ。

 

「そういえばあんた、南泉さん帰ってきたの?」

 

 園子の一言に、ああそれかも、とみっちゃんのご機嫌の理由が思い当たる。

 

 ゴールデンウィーク中のほとんどを南泉さんは帰省していたらしい。

 みっちゃんもかなり仕事が忙しかったのか、「アタシも当事者なのに一人で行かせちゃった」とため息をついていた。

 

「ん?うん。卒業単位は足りてるらしーけど、選択で取ってるからね」

「ああ、大学生だったっけ」

「うん。なんか今年は興味ある内容の授業があったらしくて、真面目に大学生してる」

「今年はって、去年は?」

「前期はバンド、後期はゼミと飲み会の愚痴ばっかりきいたかな。ゼミ行ってるなら大学には顔出してたんだろうけど。アタシも忙しくてあんまり会わなかったから、聞いてないな」

「あんたが忙しくないときなんてあるの?」

「うーん、ここ2年くらいはめちゃくちゃ働いてるかも。特に去年の年末から異様に忙しい」

 

 ゴールデンウィーク中、一日だけのお休みに一緒に遊んだけれど、何度か呼び出されて席を外していたし、戻ってくる度に疲れた顔をしていたのを思い出す。

 今年に入ってから、あんまり落ち着いてるところをみないような気がする。

 

「みっちゃん、今日はゆっくりできるの?」

「うん、珍しく完全オフ。だからにゃんくんがドライブ連れてってくれるらしくて、ちょっと楽しみ」

「いいわねー、ドライブデート!年上カレシって感じじゃない!あ、婚約者か」

「はは、変わんなくない?」

 

 ちょっとはにかむように笑ったみっちゃんが幸せそうで、こっちも嬉しくなる。

 婚約指輪が首元でキラキラ光ってみえた。

 

 お誕生日のときに貰っていた婚約指輪は、普段指輪をつけられないのでチェーンに通してネックレスにしているらしい。

 これは南泉さんからの婚約指輪で、家の繋がりでの結婚だからと別にも婚約指輪がもう一つある、ときいたときは驚いた。

 

「あーあ、あたしも素敵な彼氏ほしーい」

「ノコちゃんには案外すぐ出来るんじゃねーかな。多分夏頃」

 

 いつものお重を食べ終えたみっちゃんが、小さな保冷バックから試作品らしいスイーツのカップを取り出す。

 

「えっ!?」

「ノコちゃん、今年かなり星の巡りがいいよ。でもそのぶんトラブルが多いから、気をつけてな。リラちゃんもそうだけど」

 

 はい、と渡されたのは真っ白なパンナコッタ。

 ソースの食べ比べしてほしいんだよね、と小さなジャム瓶を3つ取り出す。色鮮やかできれいだ。

 

「こないだちょっと日取り決めるのに、久々にホロスコープ覗いてさぁ。星は西洋も陰陽も専門じゃないからそこまで詳しくないんだけど。その日かなり調子良くて、よく見えたから色々占ったんだよね」

「……そういうの、翠星の専売特許かと思ってたわ」

 

 園子がびっくりした顔で、パンナコッタとスプーンを受け取る。

 みっちゃんはそれを見て、ちょっと苦く笑った。

 

「これが出来なきゃたぶん渡会名乗れてねーかな。派手に名前売っててもアタシが渡会に潰されてねーのは、渡会が求める巫の素養がアタシにもあっからだよ」

「そうだったの……」

 

 ジャム瓶の蓋をあけて、そちらにもスプーンをさす。

 

「右からオレンジのコンフィ、真ん中がアプリコットジャム、こっちはメロンのジャム。メロンのほうはブランデー入ってるけど、アルコールは完全にとんでる」

「へえ、珍しいわね。じゃあ最初はメロンにしようかしら、パパがよくメロンはブランデーかけると美味しいっていうの」

「さすが、良い食べ方知ってるね〜」

「私はアプリコットがいいな」

「はいよ」

 

 みっちゃんはオレンジからにするらしい。

 それぞれかけてくれて、一口目を食べる

 

「すぅちゃんは基本何でもできるけど、アタシは結界とか呪詛返しとか、はね返すカンジのが得意分野。占いもやるけど、精度はソコソコって感じかな。それでも今の渡会なら上から3番目くらいによく見えてる方らしいんだけど。1番はすぅちゃん」

「へえ……分野とかあるんだ」

「あるある、深淵だから覗かない方がいいよ。味はどう?」

 

 ははは、と軽く笑ってから首を傾げるので、慌てて味わった。

 そうだ、これ試食だった。普通に美味しく食べちゃった。

 

「パンナコッタが甘いから、ちょっとアプリコットジャムだと男の人には甘過ぎるかも。でも酸味もあって美味しいよ、女性向けっていうのかな」

「メロンは大人の味ね。甘過ぎなくて丁度いいわ。でもメロン自体が甘いと、そうもいかないかも」

「ん、ありがとう。アプリコットは要改良、メロンは会議に出すか……。他も食べてね」

 

 仕事用のスマホを取り出して、メモを入れているみっちゃんは行儀悪くスプーンをくわえたまま動かした。

 気が抜けてるんだなあ。

 

「みっちゃん、行儀悪いよ」

「はーい……ん?うげ、ちょっと待って」

 

 スプーンを口から外したみっちゃんは、人差し指と中指の間に挟んでそのままプライベート用のスマホに持ち替えて何か調べだした。

 

「蘭、ここんとこ夢見悪いとかあるか?何か周りで事故起きたり、小父様が具合悪かったり、あるいは小母様がクライアントとトラブってるとか」

 

 視線をスマホに固定したまま、真剣な声できいてくるので、園子と顔を見合わせる。

 名前をしっかり呼ばれるの、久しぶりかも。

 

「なにもないと思うけど……」

「OK。それじゃこれからだ。蘭、髪の毛一本……いや、念の為二本くれ。悪いね、対価が必要なんだ」

 

 言われたとおり髪の毛を2本抜いて渡すと、両手をあけたみっちゃんは、それを指先にくるくると巻いて捩った。口元を空いた片手で隠して、「あー、どっちも遠いけど陽光は足りるな、行けるか……?」といいながら何か口にいれて咀嚼した。

 

「みっちゃん!?」

 

 ぱたん、と背中から一気に後ろに倒れ、みっちゃんは目をつぶったまま腕を開いた。

 

「────────我が名と血をここに。供物は我が胎内に。」

 

 ふ、と目を開けたみっちゃんは、瞳の色が濃く光っていた。

 

「ん、おわり。やっぱりアタシじゃ精度悪いな、詳細までは見えなかった」

 

 おもむろに腹筋だけで起き上がり、みっちゃんは乱れた髪の毛を手で撫でながら座り直した。

 口をもう一度手で隠して何か吐き出したようだった。ティッシュに包まれる直前のそれがチラッと見えて、私の髪だと気付く。

 

「蘭、よく聞け。一週間以内に周囲で事故が起こる。それは蘭には直接関係ないが、蘭の周囲の人間に被害が出るものだ。それから幾日もしないうちに蘭に水難の卦がある。これに関しては回避ができない。できるだけ水辺に近寄ってほしくないが、たぶん無理だ。確実に呼ばれる(・・・・)

 

 みっちゃんは胸ポケットから名刺入れを取り出して、そこから紙マッチを出した。手慣れた様子で火をつけて、ティッシュを燃やす。

 

「たぶんこれ、先に小五郎小父様が巻き込まれてるな。そうすると英理小母様もか。蘭に連なる血縁しか見れなかったけど、英理小母様のほうが危ない気がする」

 

 手の上で燃えるティッシュを最後までみて、握りしめたみっちゃんは、私に視線を合わせた。

 

「翠星ならもっと詳細がみれるんだろうけど、アタシじゃここが限度だ。気をつけろよ、蘭」

 

 射抜くようなその視線の強さに、思わず頷いた。

 

「……あんた、手の上で燃やしたりして、熱くないの?」

 

 園子が口を開くと、うへえ、とみっちゃんが顔をゆがめる。

 

「そりゃ熱いよォ!普通の人がやったら火傷どころじゃすまねーと思う。アタシは手の皮めちゃくちゃ厚いからできるだけ。燃えカスなんかあったら怪しまれるじゃん?」

 

 ウェットティッシュを取り出し、あちー、と言いながら手を拭く。

 

「あ、マッチ持ってることせんせーたちにバレたら怒られるからナイショね」

 

 人差し指を立ててシーッといたずらげに笑うみっちゃんに、ようやく肩の力が抜けた。

 

 気をつけよう。

 みっちゃんがここまで真剣に忠告してくれたんだから。

 

「今週末、お母さんと食事の予定があるの。そのときに気をつけてって言ってみるね」

「おん、それまでは大丈夫だと思う。なんかあったら言ってきな、出来る限り力になるから」

 

 翠星にも祈願してもらうか、とまたプライベート用のスマホを取り出してメッセージをいれたみっちゃんは、食べかけのパンナコッタにアプリコットジャムを入れていた。

 

「リラちゃん、そういやお食事ってどこいくの?ウチ?ウチ?」

 

 顔を上げてニコニコと聞いてきたみっちゃんには悪いけれど、今回は違うので首をふる。

 

「ううん、ごめん。お母さんとお父さんの思い出のお店なんだって」

「そりゃ勝てねーわ!謝んないで!思い出の店なら仕方ない」

 

 たはー、と指先を額にあてて残念そうに肩を落とした。

 園子がその様子をみて笑いながら、私に顔を向ける。

 

「へー、素敵じゃない。どこのお店?」

「ラ・フルールってフランス料理のお店。わかる?」

「あー、銀座のとこ?カツレツ美味しかった」

「なんでそう、すぐ出てくるのよ……」

「みっちゃん行ったことあるんだ」

「んー、まあ視察の一環。くぅちゃんが連れてってくれたんだよね。くぅ、あんな四角四面の堅物ヅラしてんのに、女が喜びそうな店は大体抑えてんだよ。光忠のせいなんかな」

「ごめん、誰の話してる?」

「え?ああ、谷岡。秘書の」

 

 ちょっと空気が止まった。

 

「あれ、名前知らないっけ?旧い漢数字で9つの龍って書いて玖龍っていうんだけど」

 

 きょとん、としているみっちゃんは食べたりなかったのか、鞄を漁ってショートブレッドを食べだした。

 

「あんたプライベートだとそんなカワイイ呼び方してるの!?谷岡さん相手に!?」

「怒られないの?あ、でも身内だしそうでもないのかな」

 

 ああそっち、と笑ってイチゴミルクにストローをさす。

 

「何度か言われたけど今は諦められてる。最終的に対面保てばいいって言われた。成人したら容赦しないとも言われたけど」

「でしょうね」

「谷岡さんそういうところ厳しそうだもんね……」

「いーじゃんねぇ。あんな鉄面皮、呼び方くらい可愛くしないと親しみづらいでしょ。嫌がってたらもっと拒否るの知ってるし、満更でもないのに形だけそう言ってくるんだから」

 

 あはは、と軽く笑っているけれど、園子と私には結構衝撃だった。

 そりゃあ叔父にあたる人なわけだし、プライベートでも名字で呼び捨てにはしないだろうと思ったけど……。

 

「あんた身内に対して遠慮ないとこあるわよね」

「清生にも渡会にも図々しくいかないとこっちが割を食うからね。あと谷岡兄弟はそろって捻くれてて素直じゃないからってのもある」

「すぅちゃんは谷岡さんのことなんて呼んでるの?」

「普通に名前にくん付け。玖龍くんって呼んでたはず」

「まあ翠星ならそうよね」

 

 そんな会話を覚えていたからだろうか、あの事件でもすぐに谷岡さんを思い出したのは。

 

 




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