とある双子の奔走劇   作:すぎざき凉子

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まだ今年のコナン映画観に行けてないです


14番目②

 

 夢見が悪く起きてしまった朝、母に電話して、無事を確認したところで思いだした。

 

「お母さん、あのね、みっちゃんが……」

 

 母は黙って私の話を聞いて、深い溜息とともにこう言った。

 

『渡会の名は、伊達ではないのね。わかりました、気をつけるわ』

 

 ……お母さんも、知ってるんだ。

 渡会家ってどんなところなんだろう。

 

 みっちゃんはふざけたように悪く言うけれど、本当に、本当に嫌っているのを知っている。

 すぅちゃんがあの家に殺されかけたのに、それでも離れられずにいる。

 それでも二人は、渡会だから仕方ない、という。

 

『蘭、お友達との縁は大事になさい。きっと大変な目にも合うと思うけれど、あの子達を支えてあげて』

「うん。大事な友達だもん」

 

 友達でいてくれてありがとうね、とみっちゃんは笑った。

 あの安心したような笑顔を、忘れたくないから。

 

 

 

 

「サイン会って初めて来たけど、こういう感じなんだね」

「書店主催のサイン会じゃ盛況なほうよ。すごい人気」

 

 料理エッセイストの仁科さんが書いた本を持ち、サイン会に並ぶ。

 みっちゃんのお仕事のことを少し詳しく知りたくて、どんな業界なのか少し詳しく書いていると聞いて読みはじめたけれど、とても面白かった。

 新刊の“パリのレストラン”はどのお店も美味しそうで、行ってみたいなぁと思う。

 たぶん載ってる料理のこと聞いたら、みっちゃんなら知ってるんだろう。なんならレシピくれるかもしれない。

 

 そんなことを考えていたからなのか、「これからもおいしい本をたくさん書いてください!」なんて言ってしまって、仁科さんに笑われた。

 

「“おいしい本”は良かったね。お嬢さんは食べるのが好きなのかい?」

「あ……幼馴染みがレストランを経営してる社長さんなんです。その子の趣味が食べ歩きで、色んなことを知ってるから、少しでも話についていけるようになりたくて」

「へえ、レストランを。差し支えなければ店名を聞いても?」

「アンブル・グリとスクレ・ドゥ・リュナです。ご存知ですか?」

「あ、アンブル……!?そりゃすごい、ご存知なんてものじゃないよ。僕はまだ機会に恵まれなくて行けたことがないんだ。行ってみたいものだね」

 

 やっぱり有名なんだなあ、アンブル・グリ。

 みっちゃんが一番、手をかけて大事にしているお店。

 

 また行きたいな。

 冗談だろうけど、お母さんとお父さんに頼んで連名で申し込んだら、本当に抽選の優先してくれたりしないかな。

 

 今日頼んでみようか、なんて考えながら先に行った園子と合流した。

 

 

 

 コナンくんにソムリエのことを説明していると、当のソムリエである沢木さんから補足を受けた。

 ワインって奥が深いんだなぁ。そういえば前にみっちゃんも『酒のことは味にうるさい大酒飲みどもに一任してる』って言ってたくらいだから、楽しみ方が色々あるのかも。

 

「しかし、なんだな。蘭もそういうことに興味が出てくる年頃になったか」

「この間みっちゃんからリュナに招待されたとき、テーブルマナーがちょっと不安だったから、最近勉強してるの。みっちゃんはそういうの気にするより食事を楽しんでくれればいいよって言ってたし、たぶんそのために個室にしてくれたんだけど、緊張しちゃって」

 

 楽しくお話出来たし、迷ったときはみっちゃんが教えてくれたけど、あの席にいた人はみんなマナーが身についているようだった。会社の新人研修に組み込まれてるんですって。

 園子はお嬢様だから戸惑うこともないんだろうし。

 みっちゃんはああいうところだと社長らしく振る舞うから、見惚れるくらい綺麗な所作で食べる。

 迷ったのはコナンくんと私くらいだったのだ。

 

「リュナ……もしかして、スクレ・ドゥ・リュナですか?」

「そうです!ご存知ですか?」

 

 お母さんにもワインを注いだ沢木さんが、穏やかに笑う。

 

「ええ、何度かお伺いさせて頂きました。良いお店に行かれましたね」

「ソムリエの方にそう言っていただけたら、みっちゃん……渡会さんも喜ぶと思います」

「スクレ・ドゥ・リュナのオーナーがこの子の保育園からのお友達なんですよ。御厚意でたまに招待を受けているみたいで」

 

 お母さんが補足してくれて、沢木さんは驚いた顔をした。

 

「渡会さんと?ああ、彼女も高校生でしたか。素晴らしいご友人をお持ちですね。一度お話させて頂きましたが、感服いたしましたよ。私などまだまだと思わされました」

 

 そういえばみっちゃん、ここのお店のこと知ってたし、沢木さんと会ったこともあるのか。納得。

 本当にカツレツが美味しい。みっちゃんのオススメだけある。

 

「いるんですね、ああいう彗星のような天才が」

「彗星、ですか?」

 

 沢木さんを見上げると、苦く笑っていた。

 

「眩い輝きを放ち、瞬きの間に駆け抜けていく。燃え尽きることを知らない彗星のようでしょう、彼女は」

 

 そういった沢木さんは、なんだか少し、疲れたような目をしていた。

 

 

 

 

 ────掛けまくも畏き伊弉諾大神

 

 産湯に浸かるような心地、とは、こういうことを言うのだろうか。

 やさしく、やさしく、あたたかい。

 

 ────祓え給え清め給えと白すことを聞食せと恐み恐み白す

 

 ふ、と身体が軽くなる。

 それまで苦しくて痛かったことにようやく気付いた。

 

 ────諸々の禍事、罪、穢あらむをば、祓え給え、清め給えと、

 

 穏やかな風が身体を撫でる。

 薄い膜が剥がされていく。

 

 ────祓え給え、清め給え

 

 は、と目をあける。

 識っている。

 

 ────祓え給え、清め給え

 

 やわらかでつめたい声だった。

 水のように流れていくその声に、聞き覚えがあるはずなのに思い出せない。

 

 ────祓え給え、清め給え

 

 でも、識っているのだ、この声を。

 

 ────祓え給え、清め給え

 

「…………ろう、かんちゃん」

 

 ああ、そうよ。

 琅玕ちゃん。

 

「琅玕ちゃん、ありがとう────……」

 

 優しい、優しい声。

 双子を呼ぶ、あの、美しい髪の。

 

 

 

 

「お母さん!」

「英理!」

 

 目を覚ますと、娘と夫がいた。

 病院に運ばれたことは覚えている。

 

「らん、アナタ……」

「すぐに吐き出してくださったので回復も早いでしょう。念の為、今日は病院に泊まってください」

 

 掠れる声で二人を確かめるように呼ぶ。

 スクラブ姿でマスクを外した医師らしき男性がそういうのを、ぼうっと眺める。

 

「蘭」

「なに、お母さん、無理しないで」

 

 縋り付いてくる娘の顔を少しだけ撫でて、胸が痛くなった。

 もう、こうやって触れることすら、あの子達は、ずっと。

 

「……あのこに、ありがとうと。おかあさんと、まちがえてごめんねって」

「……え?」

「すいしょうちゃんに」

 

 ごめんね、ごめんなさい。

 それが、どんなに酷な事か、知っているのに。

 

 あの子たちに、酷いことを。

 

「たすけてくれて、ありがとうと」

 

 虹色に輝くあの美しい黒髪も、後ろ姿も、声も、何もかも似ていた。

 ああ、本当に酷いことをしてしまった。

 

 あの子達は同じであることをずっと願っていたのに。

 もう、あんなに、違うなんて。

 

 

 

 

 

「……って、お母さんが」

『あーね、そりゃしゃあないわ。そうかぁ、英理ママが間違っちゃうくらいか。ははは』

 

 お母さんが言ったことがよくわからないまま、みっちゃんにそう伝えるとなんとも言えないような乾いた笑いが聞こえた。

 電話越しだと表情がわかりにくいけれど、なんとなく、あまり良い顔をしていない気がする。

 

『本人には伝えとくけど、英理ママには気にしないでっつっといて。母娘で似ないほうが無理だよ。それに、たぶん喜ぶと思うよ』

「そう、かな」

『そうだよ。悪いね、わざわざアタシに電話させて。翠星ちゃん今忙しいからさぁ、繋がんなかったんだろ?』

「うん、メールは入れたんだけど……」

 

 すぅちゃんに直接言えなかったのは、電話をかけたら『おかけになった電話番号は電波の届かない所にあるか……』というアナウンスが流れたためだった。

 みっちゃんがそのことを知ってるのか不安になって連絡してしまった。

 

『それでいーよ。たぶん明日まで返ってこねえけど、気にしないで。今ちょっと電波入んねーとこいるんだわ。覚えてっかな、森谷邸に招待されたときコナンにはチラッと話したけど、山奥に持ってる屋敷の話』

「あ、覚えてる。みっちゃんが車の運転そこでしてるっていう」

『あは、やべえ覚え方されてる〜。そこ。マジの山奥で基地局の範囲外でさ、衛星電話じゃないと通じないんだ。回線は引いてるけど、電波に関してはマジで陸の孤島なんだよ。心配させたんだったらごめんな』

「ううん、みっちゃんが大丈夫っていうなら安心できるから。勝手に心配してるだけだし……」

『ん、あんがと。嬉しいよ、それも伝えとく……気付くのはっや、返信来たわ。はは、すぅちゃんもありがとってさ。英理ママにもやっぱり、気にしないでーって来てる』

「ふふ、うん。わかった。伝えておくね」

 

 連絡取れる手段あるんだ。

 回線ってことは、パソコンのメールかな?

 

「でも、なんでお母さん、すぅちゃんにって言ったんだろう」

 

 お母さんに伝えたのは、みっちゃんの忠告だけ。

 すぅちゃんにどこかで会ったのかな。

 

『ん?ああ、難しく考えないでいーよ。言ったろ?すぅちゃんにも頼んどくって……言ってないな?頼んだの祈願だけだな、アレ?』

「うふふ、よくわかんないけど、すぅちゃんとみっちゃんが守ってくれたことはわかったよ。ありがとう」

 

 きっとそういうことなんだろう。

 よくわからないけれど、昔からお父さんもお母さんもよく「双子の言うことは信じろ」というから。

 

『んー、礼を言われるのはまだ早いんだよなぁ……。覚えてるよな、言ったこと』

 

 顔が見えなくてもよくわかる。

 すごく真剣に心配してくれている。

 

『翠星がアタシに連絡してきてないなら、たぶんまだ平気だ。でも、翠星が焦って連絡取ってくるってことは、それほど危険が迫ってるってことだ。なにせ私が視えるほど(・・・・・・・)だからな、もう既に近すぎるくらいだ』

 

 みっちゃんの声が、段々低くなっていく。

 

『蘭、生きろよ』

 

 ほとんど吐息のような、掠れた声が耳に残る。

 

『どんな状況になっても、絶対に諦めるな。そしたら、助けてやれるかもしれない。可能性の話で悪い、約束してやれないけれど』

「ううん……ううん、大丈夫。心強いよ」

 

 祈りのような声だと思った。

 うん、大丈夫。

 

「ちゃんと、ただいまって言うよ」

 

 小さい頃、ちゃんと覚えてないほど昔、みっちゃんと会えなくなったことがある。

 すぅちゃんが渡会家に引き取られたのと、同時期の話だと思う。

 

『……懐かしいな、覚えてたのか。そうだね。私はちゃんと、おかえりって、言ってもらえたもんね』

 

 ため息のような、長い呼吸音が聴こえた。

 

『わかった。待ってるから、無事に帰っておいで』

「うん。待ってて」

 

 

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