今日は鈴木財閥主催のパーティで、それに出席するために翠星ちゃんは昨日から東京に宿泊していた。
蜜香ちゃんとはエステサロンで合流する予定で、このあと蜜香ちゃんが個人所有しているリムジンに乗り換える。
リムジンはキャデラックのロングホイールベースで、蜜香ちゃんが好き勝手したいからとかなり内装を弄ったもの。清生龍応がこのリムジンを気に入っているらしく、普段は清生の本家に置いているという。
たまには祖父孝行しないとね、と嘯いていた。全くそんなこと思ってなさそうだったのが怖い。
今乗っている車はロールス・ロイスのファントム・エクステンデッド・ホイールベース。ショーファードリブンカーの代名詞と言ってもいい超高級車だ。
ロングタイプの標準より長いボディは後部座席の快適性に表れ、路面がきちんと整備された街中を走行するとその静粛性が遺憾なく発揮される。
名目上は専属の運転手がついた翠星ちゃんのために蜜香ちゃんが購入したもので、オレが運転することを前提に色々と仕込んでもらった。
蜜香ちゃん、外車大好きなんだよな。
ポンティアック・ソルスティスとシボレー・カマロの5代目、それからコルベット・スティングレイ6代目とアウディR8初代。
全部スポーティな2ドアで、クーペが好きなのか、唯一オープンカーになるソルスティスですらほとんど幌は外さない。
国産車は確か日産の新しいフェアレディZだけだったはずだ。しかも特別塗装のイエロー。
女の子で車好きというのもそこそこ珍しいけど、さらにこの台数のスポーツカーを所持してると考えると女性ではかなり珍しいはずだ。
今は私有地で乗り回してるけど、免許取れたらもっと台数増えるかもな。名前をつけて可愛がっているようだから、本気でペットの代わりの可能性もある。
エステサロンで翠星ちゃんと蜜香ちゃんがきちんと合流したのを確認し、オレは蜜香ちゃんが駐車のためだけに建てた家にファントムを置きに行った。
確か、火災で焼けた家を取り壊して新しく立て直すついでに魔改造ガレージハウスにしたって言ってたな。
「魔改造ガレージハウス……」
毎度声に出して思うけど、パワーワードだよなぁ。
その名に相応しく中は機械化されていて、地下に掘った機械式駐車場はエレベーター型フォークリフト形式を採用。
阿笠博士という発明家に依頼して作ってもらったという専用のセンサーで自動的に車庫が動く形になっており、ガレージのパネル部分に車を乗せて車外に出ると勝手に車が仕舞われる。
中で車を見たいときはタッチパネル操作で好きな車を出せるらしい。
蜜香ちゃん、どれだけ稼いでるんだ……。
「ツネさーん、おはよっ!」
ガレージを見るためのリビングの窓から顔を出してきた西山は元気よく挨拶してきた。
「ああ、西山くん。おはようございます」
「あ、さっきちゃんと目と耳の確認したんでシャッター降ろしたら普通にしてもらって大丈夫っスよ」
「ありがとう、助かる」
いや本当に助かる。演技しっぱなしって緊張するんだよなぁ。
「ツネさんも大変だよね。ケーサツなのにケーサツっぽくないからオレ的には一緒にいて楽だけど」
今日は会場に西山とオレも同行するが、西山はまだ着替えていなかった。
かくいうオレもここに衣装が用意されているときいているから和装のままだ。
唯野恒次は翠星ちゃんの御付きだから和装、と言われて普段から着ている。
確かに渡会家で洋装は浮くし、一年経つ今じゃ袴や着流しのほうが楽でいいとすら思う。色や柄の合わせ方は毎日翠星ちゃんが採点してくれるし、ちょっと楽しい。
「はは、ちょっと複雑だけどそのお陰で西山が仲良くしてくれてるなら良かったと思うことにするよ」
2階に上がると、スチール製のハンガーラックにニ着、礼服がかかっていた。
ダークグリーンの方はネクタイがピンクだし、西山用かな。ということはもう一着のチャコールグレーのジャケットがオレか。
たぶんこれ蜜香ちゃんセレクトだ。このジャケットにバーガンディのニット合わせるのかぁ。タイはループね、了解。
ということはそんなに格式張ったパーティじゃないんだな。
「マジでツネさんケーサツなの?オレ未だに疑ってんだけど」
「マジだよ、ちゃんと警察学校卒業して任官されてる」
「えっ、ケーサツってなるのにガッコーいくの?マジ?」
「そこからか〜。そうだよ。試験受けて、学校で警察官としての心構えとか技術を勉強して、それでようやく任命されるんだ」
リムジンは清生の本家から運転手付きで来るらしく、迎えの時間は二人のエステが終わる三十分前。あと2時間はある。
オレは外で食事が出来ないから、軽く何か作るか。西山も食べ盛りだし、作ったら食べるだろ。
「へ〜。オレ勉強とか無理。だから高校行かなかったし」
「でも高卒認定とってたよな?」
開けるよ、と一言断って冷蔵庫を覗く。
ここに住んでいるのは西山一人だが、きちんと料理はするらしく、使いかけだが食材は揃っていた。たぶん蜜香ちゃんに躾けられたんだろうな、というところが生活の端々に見える。
西山は、そんな憎めない男だった。
「あーなんかお嬢と姫さんが取れって言うから取ったけど、別にいらねーのに。急に大学行きたくなるかもしれねーから取っとけって、姫さんが」
「ちゃんと勉強して取ったんだろ?偉いよ、凄いな西山は」
「そっかな。でもお嬢が勉強見てくれるって言わなきゃぜってー取んなかったと思う」
本当に弟みたいなんだよなぁ。
可愛がりたくなる雰囲気があるというか。
「ナポリタン、好きだったよな?」
「好き!えっ、作ってくれんの!?食べる!へへ、人の作ったメシって嬉しいよね。ツネさん料理うまいから楽しみ」
「煽ててもスープくらいしかつかないぞ~」
「一品増えたじゃん!やったぁ!」
西山は児童養護施設出身だった。
海外の血が入っているらしく地毛が金髪で、教師から散々小突き回されたのが嫌で中学をサボるようになったのだという。サボっている間に素行の悪い連中とつるむようになり、派手に喧嘩して少年院入り。
龍桜会に引き込まれたのは、蜜香ちゃんが拾ったからだというが、その詳細な経緯は知らない。
「ねーツネさん。お嬢が言ってたけど、朝から事件に巻き込まれたってマジ?」
そわそわと対面式キッチンから覗き込む西山は本当に待ち切れない犬のようで面白い。
蜜香ちゃんと作るなら手伝うんだろうが、オレ相手だから我慢しているのだろう。立場を理解してくれている証拠だ。
「ああ。姫さんが常宿にしてるホテルの、いつも担当してくれていたホテルマン、西山はわかるか?」
「瀬尾サンっスよね。わかるよ、何度か顔合わせてるし。あの人、オレの頭と格好みてもカオ崩さないからスゲープロ根性って思ってたけど、殺されちゃったんだね」
「ああ、そこまで知ってたか」
ツン、と唇を尖らせた西山は幼気で、どこか寂しそうだった。
「オレあの人好きだったのにな。お嬢と姫さんのことも見下さないし。オレが何も知らないバカでも、ちゃんと説明してくれた良い人だったよ。なんでそんな人ばっかり死んじゃうんだろ」
……驚いた。そうか、だから翠星ちゃんが。
「……人に恨まれて、とかじゃなかったよ。西山も、瀬尾さんがあの世で心穏やかにいれるように祈ってやってくれ」
ずず、と鼻を啜る音が聞こえた。西山の頭は伏せられて、腕に顔を押し付けていた。
「……うん」
「明日は姫さんとお嬢を誘って、蛍を観よう。瀬尾さん、蛍を守りたかったんだって。自慢らしいよ、ホテルの」
「っ、うん。行く」
少し幼い、と言った翠星ちゃんは正しい。
西山はまだ情緒が大人に成りきれていないんだ。
西山の頭をかき混ぜるように撫でた。
「できたよ、西山。机に運んでくれるか?」
「うん」
どうして彼女たちは西山をこんなに大切に育てているんだろう。
蜜香ちゃんの中学入学と同時に、龍桜会から引き離すように西山を連れて本家を出た。
彼女自身は個人所有のマンションで生活している。西山にはこのガレージハウスを与え、一人で生活できるように家事を一通り仕込まれ、行儀作法の矯正まで受けていた。
まるで、いつか巣立たせるために。
「うまそー。いっただっきまーす」
「はい、どうぞ。召し上がれ」
オレもそうだ。
蜜香ちゃんと翠星ちゃんは、潜伏に必要なスキルと潜入に必要なスキルを両方教えてくれている。
彼女たち自身は、まだ高校2年生になったばかりなのに。
「なあ、西山」
「ん?なに?あ、美味いよ。ツネさんのナポリタン甘いよね。オレ、お嬢が作るのよりツネさんの甘いナポリタンの方が好き」
「おうありがとう、黙っててやるからそれお嬢に言うなよ」
「言わないよぉ!作ってくれなくなるもん」
「そうだな、それがわかってるならいい。あと口の端赤くなってるぞ」
「うぇ、恥ず……まだ食べ方汚いのかなオレ」
「たぶん一回に巻く量が多いんだろ。いっぱい口に頬張るからだ」
「あ、それ姫さんにも言われた」
そう、その『姫さん』という呼称。
西山がそう呼ぶから、蜜香ちゃんが『おひぃさん』といっているのも『お姫さん』が訛った言葉だと思っていた。
でも、渡会蜜香は偽名だ。本名は清生琥珀。なら、渡会翠星は?
「なあ、どうして西山は翠星ちゃんのことを姫さんって呼ぶんだ?」
「え?イマサラそこ?いやだって、姫さんは姫さんじゃん」
食事を終えてティッシュで口を拭いた西山が首を傾げる。
「あ、じゃあ姫さんが何してるのかもツネさんは聞かされてない感じ?」
「それは聞いてる。占いだろ?」
渡会家の資金繰りが順調なのは、翠星ちゃんの占いがあるからだ。
二週間に一度、政治家や資産家が翠星ちゃんを目当てに渡会家へ来る。
そのために翠星ちゃんは渡会の宗家へ呼び出されていた。
オレはその間、護衛として襖を隔てた隣で控える。
会話内容が聴こえるように翠星ちゃんが取り計らってくれたからできることだ。
動いてもいいが一言も声を出してはいけないと言われ、塩水をその間ずっと口に含まされている。その後吐き出すのだが、アレ地味につらいんだよな。
「なんだ、知ってんじゃん。ミコ姫ってやつなんだよ、姫さん。占いとか呪いとかお祓いとか、そういうことができるんだって。お嬢も占いやるよ、すげー当たる。でも姫さんは正確さが段違いで、ほとんど未来予知なんだってさ」
「未来予知……」
だからあんなに必死になって翠星ちゃんに会おうとする政治家や資産家がいるのか。
「オレさ、最初はワタライで姫さんの護衛をする予定で仕込まれてたんだよ。でも急に姫さんがお嬢に連絡してきて、オレをお嬢の方に置いておけって言ったんだ。その直後、お嬢は爆弾騒ぎに巻き込まれた。確かにあのときのお嬢はオレが居なきゃ死んでたかもしれねー」
「それは三年前の観覧車爆発のことか」
「よく知ってんね?ってそりゃそうか、ツネさんケーサツだもんな」
三年前、杯戸町のショッピングモールにある観覧車に爆弾が仕掛けられた。
警視庁刑事部に暗号文のファックスが送られてきて、居合わせた民間人一名と警察官一名が退避時に高所から落下して負傷している。
その警察官が仲の良い同期で前日に会っており、事件については当然調べた。民間人の名前がなかったのはそういうことか。
「姫さんが言ってたけど、自分のことは占えないんだってさ。だからお互いがお互いを守るために離れて暮らすのは正解なんだと。洗い物オレがやるよ、作ってもらったし」
「あ、ああ。ありがとう」
手際よく片付けてシンクに皿を置いた西山は、眉を下げて、翠星ちゃんや蜜香ちゃんと良く似た笑い方をした。
「でもよくわかんねーよなぁ。お嬢はあんなに必死になって姫さんを取り返そうとしてんのに、姫さんは離れてた方がいいっていう。未来が見えてるから擦れ違うんかね」
……ああ。それなら少し、オレにもわかるかもしれない。
二人とも、お互いを大事にしすぎてお互いが見えてないんだ。
名前のことは考えすぎだったのだろうか。
でもこれでよくわかった。
蜜香ちゃんと翠星ちゃんは、未来に何かを見た。そのためにオレたちを鍛え、育てている。
それが何なのかわからなければ、オレはただ彼女たちに守られ続けるままになる。
本当なら占いなんて、未来予知なんて要らないんだ。
彼女たちが生まれとその能力だけで茨の道を歩まされて来たというのなら、オレたち警察官はその茨を取り払ってやらなきゃいけない。
あの哀れな子供たちを、ただの、普通の女の子にさせてあげなければ。
同じように願ってくれたのに、大人として情けなさ過ぎるだろう。
それに、大切な同期の頼みだってあるし。
なあ、萩原。
おまけ
「ひろクンの名前どうしようね」
「数珠丸恒次ではダメなの?」
「……それはダメだね?まんま天下五剣じゃん?」
「そうね……では日蓮恒次」
「いや宗教〜〜〜〜〜!もろもろ含めてダメです!」
「はは、流石にそれはダメかな。翠星ちゃんとしては名前は恒次で決定なのかな」
「というより、違和感なく呼べます。あなたのその声なら」
「それならおひぃさんの御付きだし、ひろクンが良ければ恒次は確定でいい?」
「ああ、構わない」
「ねー、名字さぁ、よければタダノとかどう?唯一のユイに野原のノで唯野」
「俺はこだわりないし良いけど……何か理由あるのか?」
「言祝ぎだよ。唯一無二の、ただの、そのままのあなたを、いつか野へと解き放てるように。願掛けのほうが近いかな」
「……ありがとう、それがいいな。唯野恒次か、立派な名前になったな」