とある双子の奔走劇   作:すぎざき凉子

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任官したての警察官が会った双子
初任研修中の警察官が初めてあった妹のほう


 

 

 初めて出会ったときに聴いた歌声が、忘れられない。

 

「“散る、ひと、ひら、ひと、ひら”」

 

 日が落ち始めて赤く染まる公園。

 もうすぐ夜が来る。

 

「“……同じ花はない”」

 

 囁くようなその声と、ブランコを揺らす音が耳に入ったのは偶然だったと思う。

 職場実習最初の交番配置での巡回中、昼間も通った公園は位置関係でブランコが死角になる場所があることに気づいていた。

 

「湯川さん、公園の中見ていいですか?」

「ん?ああ、ブランコに誰かいるな」

 

 指導部長の湯川さんを呼び止め、自転車を公園入口に停めて中を覗く。

 

 小学生だろうか。長い髪を遊ばせて、カバンを背負ったままブランコを立ち漕ぎしている女の子がいた。

 

 透き通る、消えいく間際の泡のような声。

 綺麗だ。素直にそう思った。

 

「ああ、あの子か」

 

 湯川さんはそう呟いて、真正面から見えるように少し回ってブランコに近づいた。

 

「こんばんは、おまわりさんたち」

 

 声を掛ける前にこちらをみた女の子は、お人形さんのような、作り物めいて見えるほど整った顔立ちをしていた。

 キュウ、と細まった琥珀色の瞳が、夕陽に照らされて燃えるように輝く。

 

「こんばんはミツカちゃん。今日も遊びに来たんだね」

「うん」

「お迎えはもうすぐかな?」

「んー、日没まであと十分くらいだから、それくらい」

「そうか。心配だからお迎えがくるまで公園の外で見てて大丈夫かな?」

「ん、いつもありがと!」

 

 ぴょん、とブランコから飛び降りて、囲いの外に出てきたその子は、思っていたより身長が低かった。

 ショートパンツから伸びた脚がスラッとしていて長かったから、もっと大きいのかと思ったが130cmくらいか。

 

「おにーさんはハジメマシテだね」

「うん、はじめましてお嬢さん。萩原研二です」

 

 腰を落として視線を合わせると、驚いたように目を丸くして、そのあと破顔した。

 かっ、ッッッわい〜〜〜……。ええ、マジモンのお人形さんじゃない……?

 

「みぃはね、ミツカだよ」

「ミツカちゃんかぁ、可愛い名前だね」

 

 ふわ、と甘く爽やかな花の香りがする。この子のシャンプーの匂いだろうか。

 

「んふふ、そうでしょ。みぃの名前はおとーさんがくれたタカラモノなの。花の匂いがする子だから蜜の香りで蜜香なんだって」

 

 く、と蜜香ちゃんが背伸びすると甘い香りが少し増す。えっ、体臭なの……?

 やめやめやめ、事案になる!!!考えるな!!!!!

 

「ね、湯川のおじちゃま、みぃいつもみたいにすべり台にいるね。お歌歌ってるから、聞こえなくなったら助けてね」

「ああ、それじゃあおじちゃん達は外に行くよ」

 

 バイバイ、と手を振り宣言通りすべり台に登りに行った蜜香ちゃんは、ふんふんと鼻歌を歌い始める。どうやらイントロだったようで、続いてあの透明な声で歌が聞こえてきた。

 

「“教えて欲しい、一人見上げる空が、滲んだワケを”」

 

 寂しそうな歌詞の歌を歌いだした蜜香ちゃんを置いて、先輩はさっさと公園の外に出てしまった。

 こっち来い、と手招きされて小走りで先輩に駆け寄ると、先輩は声を潜めた。

 

「すまんな萩原、言うのを忘れていた。あの子は俺たちがいるとお迎えが来ないんだ」

「えっ?なんで……」

「あの子な、ヤクザの孫娘なんだよ。関東龍桜会って聞いたことあるか?」

「よくは知らないですけど、たしか関東一体を取り仕切るデカい暴力団連合ですよね」

 

 龍桜会系といえばよくニュースで聞く名前だ。警察学校でも主要な指定暴力団の構成をいくつか覚えさせられた。

 それに何年か前、敵対関係にある暴力団と抗争状態になって連日ニュースになっていたはずだ。

 

「そう。龍桜会のトップ団体が清生一家だ。江戸から続く任侠で、今は十三代目家長の清生龍応が龍桜会の会長に収まり直してる。その会長の孫娘にあたるんだよ、あの子」

「そんな子が護衛もつけずに公園で一人遊んでるんですか?」

「うーん、それはまた別に理由があるんだが、とにかく、世話係が下部団体の中林組で組長やってる拝島という男なんだ。その拝島以外が迎えに来ることはない。穏やかな男だし礼儀もあるから、ヤクザの組長だと身構える必要はないが、顔を覚えておいて損はないしな。この近辺に来るときは大抵あの子の迎えで、俺たちが離れて様子を伺っているのもわかってる。下手に刺激するなよ」

 

 いや刺激するなって言われても、俺たちが制服でその場に居るだけで刺激になるんじゃ?と疑問符を浮かべながら、蜜香ちゃんの歌声に耳を傾ける。

 

「“いつもキミを探してるよ────”」

 

 伸びやかな声が途切れて視線を向けると、蜜香ちゃんの近くに四十代後半に見える男が立っていた。左側の鼻の横あたりから首にかけて大きな火傷痕があり、それさえなければ神経質そうな雰囲気の一般人に見えただろう。いつの間にか公園の入口には黒塗りの車が停まっている。

 男はこちらを見ると一礼し、何事かを蜜香ちゃんに言った。

 

「お迎え来たから帰るねー、ばいばーい」

 

 こちらに大きく手を振った蜜香ちゃんは、男を見上げると両手を上げて抱っこを強請っていた。

 あのくらいの子にしては甘えん坊なのか、嬉しそうに抱き上げられたあとこちらを見てまた手を振る。

 

 それに振り返して、蜜香ちゃんと男が車に乗って発進するのを見届けた。

 

「顔覚えたか」

「覚えました。頬に火傷痕なんてあれば忘れられそうにないですね」

「ああ、アレな。火事から蜜香ちゃんたちを助け出すときに出来たやつだ」

「へえ……湯川さんよく知ってますね」

「俺も臨場したんだよ、当時の配属もこの近辺だったからな。ああ、あそこだ」

 

 自転車をとめ、制帽の鍔をあげて湯川さんが指差した場所を見ると、更地になった広い敷地。

 

「家族を火事で亡くして、双子のお姉ちゃんとも引き離されて、寂しいんだろうな。あの公園で家族とよく遊んでたから、時々来るんだよ」

「え、蜜香ちゃん双子なんですか?」

「ああ、そうなんだ。顔は瓜二つなんだが、性格が真逆で雰囲気が全然違うから、並んでるとわかりやすくて面白いよ。母方の親戚に引き取られてね、どうもそのお家が京都らしくて中々会えないんだろう。引き離された日は通報が来たくらい泣いていた」

「そう、なんですか……」

 

 諸伏のことを思い出した。確か年の離れた兄貴が長野に居たはずだ。

 あいつも犯罪被害者で、親戚に引き取られて東京に来ている。その時に兄貴とは離れたが今も仲がいいと言っていた。

 

「双子なら、余計寂しいでしょうね」

 

 だからだろうか、あんなに寂しい歌を歌うのは。

 

「週に一度くらいの頻度で来てるから、もし巡回のときに会ったら気にかけてやってくれ。あの子、誘拐されかけたことが相当な回数あるんだが、絶対に一人で来るのをやめないんだ」

「……立場に加えてあの容姿じゃ、そうもなりますよね〜……」

 

 先輩が苦笑いしているのを、俺も苦笑いで返した。

 

 

萩原研二は生きているか

  • 生存(健康)
  • 生存(植物状態)
  • 死亡
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