話を考え、書くのはやっぱり楽しいですね
ダンジョン…それは、オラリオの中央に聳え立つ塔【バベル】の地下に広がる広大な地下迷宮。
神々から恩恵を授かり眷族…ファミリアの一員となった冒険者達はダンジョンに潜り、日命懸けの冒険を行っている。
当然ながら、ダンジョンには無数のモンスターが存在し、その強さは常人では太刀打ち出来ず、入る事が許されているのは神から恩恵を授かってファミリアに入った冒険者に限られていた。
「ったく、冗談じゃねぇぞ…」
バベルから離れた広場で深く溜息を吐く青年。
長い流浪の果て、漸くオラリオに到着したは良いものの、いざダンジョンに挑もうとした瞬間に出鼻を挫かれたのだ。
「ダンジョンに潜れんのは冒険者だけだぁ…?神様から施しを受けりゃ、あんなトーシロでも良いってのかよ…」
思い返すのは、足取り軽くバベルの門を潜ろうとした時の事。
象の仮面を被った男に呼び止められ、恩恵の有無を問われた青年は馬鹿正直にも答えてしまった。
その結果、門前払いとなった訳だが話はまだ続く。
不満たらたらにバベルを後にする自分をすれ違い様に嗤った1人の男…その動きが、余りにも御粗末過ぎた。
足の運びに体幹、一挙手一投足の何もかもが碌に鍛練した事のない素人のそれ。
挙句の果てに得物は男の体躯には合えど身の丈には合っていない。
そのような男でも、恩恵を授かりさえすればダンジョンに潜れる事を知って、青年は深く落胆した。
無駄足だったかと思うも、未だダンジョンに広がる未知なる強さとまだ見ぬ強者への未練から悶々としていた時だった。
「そこの君、どうかしたのかい?」
自身へとかけられた声に、青年は視線を動かす。
真っ先に見えたのは、一軒の小さな屋台。
揚げ物を扱う独特の香ばしい、食欲を促す香りを漂わせる其処には「ジャガ丸くん」の幟が風で靡いている。
次いで目に入ったのは、1人の人物。
屋台から出てきたその姿は青年の胸元より少し小さく、何処かあどけない顔立ちに黒髪のツインテール。
裾の丈が明らかに足りていない白い衣服を纏った少女とも呼べる見た目の女性であった。
「アンタ、女神か」
「うん、ボクはヘスティア。竈の灯と家庭、国家守護を司る女神さ」
「それで、どうかしたのかい?」
商い中の屋台の傍で愚痴を溢していた事に気づいた青年は、ヘスティアに謝罪をしてその場を後にしようとした。
しかし、ヘスティアは「悩んでいる子を放ってはおけない」と商いの手を一旦止め、青年の話を聞こうと隣へ腰を下ろす。
丁度休憩しようと思っていた、とヘスティアの話すように辺りを見回せば、人通りは掻き入れ時を過ぎたように疎だった。
初対面の人間…それも、自身とは無関係な奴の悩みを聞く。そんな女神のお人好しとも言える善性に初めは渋る様子を見せていたが、軈て、観念したようにこれまでの顛末を語り出した。
「あ〜…色々と大変だったね」
話を聞いたヘスティアは、思わず苦笑いを浮かべた。
上級冒険者ですら命を落とす危険があるダンジョンへ、恩恵を持たないまま挑もうとすれば突き返されることは明らかなのだから。
「腕にゃそれなりに自信はあるから問題ねぇって言っても聞きやしねぇし、いっそどっか侵入出来る隠し扉みたいなのを探すか…」
「女神の横で物騒なこと考えないでくれよ…」
バベルでの事を思い出し、再び眉間に皺を寄せて唸る青年にヘスティアはツッコむ。
知り合った子が恩恵を持たずダンジョンに忍び込み、死ぬなど寝覚が悪いにも程がある。
話の中でこれまで青年が辿ってきた旅路を聞いたヘスティアは、ふと考える。
オラリオに来るまでに様々な国を訪れ、更には道中に現れたモンスターを単身で討ち倒したと聞いた時は冗談だと思ったが、神には嘘が通じない事を思い出し、青年の話が紛れもない事実である事に戦慄したのは記憶に新しい。
しかし、青年が何故こうも冒険者に興味がなく、神から恩恵を授かることを嫌がるのかは全く聞いていなかった。
「…君は、冒険者が…ううん、ボク達神が嫌いかい?」
ヘスティアの口から出た質問に、青年は目を丸くした。
それから、どう説明したものかと悩み…ゆっくりと口を開いた。
「別にアンタ達神様や冒険者が嫌いな訳じゃねぇ。俺が気に入らないのは…恩恵って仕組みの方だ」
「恩恵を授かってモンスターと戦い、経験値を積んでレベルを上げりゃ今より頑丈になるし、腕っ節も強くなる…俺が今まで旅してきた中でも神様から恩恵を受けた奴は沢山見てきた。けどよ…恩恵を授けてくれた神様が居なくなったらどうなる?」
「今まで振るえてた力の一切が全く無くなりゃ、残るのはソイツの地力と今まで積み上げてきた技量だけ…恩恵を授かる前と比べて鈍重で非力な姿に今が当たり前だと思って胡座をかいてる奴等の心が折れるのは明白だ」
そう呟く青年は、地面に座る為に腰から抜いた一見すると杖にも見える其れ…鍔のない剣を握る手に力を籠める。
「神様に縋らなきゃ、俺達は強くなれねぇって言われてる気がしてならねぇんだよ。大昔の英雄サマは、恩恵もねぇ時代に自分達の力だけでモンスターを倒した…だったら、今の俺達に出来ない道理はねぇだろ?」
青年の瞳…その奥で燃える激情にヘスティアは息を呑む。
まだオラリオに、地上に降臨して日の浅い自分でも此処までの情熱を持った人間は見た事が無かった。
ヘスティアも、友神達のような家族…ファミリアに憧れている。
しかし、青年に声を掛けようと喉まで出かかった声を呑み込んだ。
青年の行先を見届けたい…それは、紛れもない自分の思いだ。
しかし、その為に青年の矜持に泥を塗るような真似は、話を聞いた自分には出来なかった。
「…と、悪いな。随分と話し込んじまった」
太陽が僅かに西へ傾いている事に気づくと、青年は立ち上がり、剣を腰に差し直す。
「世話になっちまったな。この借りは必ず返す」
「そんな、ボクは話を聞いただけだぜ?」
畏まった様子を見せる青年の姿に、ヘスティアは大袈裟だと首を振る。
だが、それでは気がすまない、と頑として意志を貫こうとするその姿に考えた末、ヘスティアは口を開いた。
「だったら…いつか、ボクに家族が出来た時。その子が困ってたりしたら、助けて欲しいな」
「おぅ、分かった」
ヘスティアの頼みを快諾すると、青年は寝泊まりする為の宿屋を探そうと歩き出す。
その様子を見ていたヘスティアだが、肝心な事を思い出し、再び青年を呼び止めた。
「そういえば、ボクはまだ名前を聞いてなかったよね?」
「ん?あぁ…そういや、そうだな」
「殤・フガク…それが俺の名前だ」