殤・フガク…冒険者になって間もないうちに前代未聞の事をやらかした彼に関する事は、当日のうちに緘口令が敷かれる事となった。
オラリオでもトップクラスの実力者である【象神の杖】と互角…もしかすると、それ以上の実力を持つ事は他言無用とされ、その過程で、フガクの背中を見たロイマンとエイナが再び気を失ったことはさておき。
腕試しを経て、漸く大手を振ってダンジョンに潜れるようになったフガクは、早速ダンジョンに向かう…事はなく、オラリオの街を散策していた。
飲食店のみならず、服屋や青果店の他、ポーションを扱う薬舗など様々で、訪れる人々もまた、冒険者から市井に生きる者まで様々だ。
これまで日銭を稼ぎながら生活を送ってはいたものの、ちゃんとオラリオの街を見た事が無かったフガクは肩の荷が降りた今、ゆっくりと街を歩く。
「ホント、この街にゃ色んなものがあるんだな…」
辺りを見回しながら歩いていると、ある店の前で立ち止まった。
店先には刀剣の類が並び、店の奥…裏では金属を叩く音が響く。
「…ふむ」
ショーケースに整然と陳列された刀剣を見て小さく息を吐く。
どれも一級品、業物が揃っているが、その値段も相当。駆け出しの冒険者では到底手に入る代物ではない物ばかりだった。
「…こっちはそれなりか」
視線を移し、店内に並ぶ品々を見れば、値段は一気に求めやすい金額まで落ちる。
出来映えも様々だが、売り物として出すには及第点と呼べる。
中には目を見張るものもあるが、ショーケースに並ぶ業物と比べれば見劣りする。
「…ま、得物は事足りてるし関係ねぇか」
名のある剣でも、担い手の腕が伴わなければ鈍も同然、とは師の言葉。
店の武器から興味を無くすと、フガクは次の場所へと移動する。
「はぁ…」
「またダンジョンでお金稼がなきゃね〜」
途中、数人の少女がフガクの横を通り過ぎる。
(今の奴ら…強いな)
僅かな時間ではあったが、少女達の歩く姿…その立ち振る舞いから熟練された武芸の腕前を察して感嘆するが、同時に考える。
「勿体ねぇ…って思うのは、傲慢が過ぎるか」
あの強さが、恩恵に頼らないで培ってきたものなら、どれだけ良いかと思うが、頭を振った。
強さを求める方法は人それぞれ…彼女等には、アレが合っているのだろうと考えを改めて次の場所へと向かっていった。
街を散策してから数日後。
ホームを数日留守にするというヘスティアの伝言をベルから聞いたフガクは、ダンジョンに降りて魔石を稼いだのち、オラリオの街を歩いていた。
「怪物祭ねぇ…」
人で賑わう街中を歩きながら言葉を漏らす。
ダンジョンのモンスターを地上で、衆人のもとで調教するとは、変わった催しもあったものだとフガクは思う。
「も、モンスターだぁ!」
そんな中、これまでとは毛色の違う声が何処からか響いた。
辺りを見回すと、恐怖で疼くまる少女にアルマジロに似たモンスター…ハードアーマードが鋭い爪を振り下ろそうとしているのを視界に捉える。
(走って行くにも、逃げ惑う人が団子になって邪魔…だったら!)
軽く舌打ちをするや、その場で跳躍したフガクは近くの人々の肩を足場にモンスターへと駆ける。
足場にされた人々は急な事に驚くが、フガクが乗ったにも関わらず、その重みを殆ど感じさせない。
軽身功…気功により体を活性化させ、身軽になる事を目的とする技、それが人々の肩を足場に動き、なおかつ重さを感じさない正体。
達人ともなれば、宙を舞う木の葉や羽根を足場に跳躍し、水の上を疾走る事を可能にさせる技は、怯える少女の下へフガクを走らせる。
「フッ…!」
一気にモンスターに近づき、外套を投げ少女の視界を奪うや居合の一振りでハードアーマードを両断する。
「怪我はしてねぇな…せっかくの祭りだってのに、服まで汚れたら目も当てられんからな」
軽く血糊を振るい、少女を隠す外套を羽織り直したフガクは身体の何処にも…それこそ、着ている服にも血が付いていない事を確認したフガクは、少女の頭を撫でた。
「殤氏!」
「アンタは、ギルドの…」
礼を言い、母親に駆け寄る少女を見遣るフガクのもとへ、1人の女性が息を切らせ駆け寄ってくる。
声のした方へ視線をやれば、そこに居たのはエイナと名乗るハーフエルフだった。
「モンスターが逃げた?」
「はい、闘技場から数体のモンスターが放たれたと…」
エイナから事の顛末を聞かされたフガクは辺りを見る。
今、ガネーシャ・ファミリアだけでなく他のファミリアの冒険者達が協力しているそうだが、まだ街では悲鳴が聞こえる。
「なんかキナ臭えが…仕方ねぇ」
「あっ…殤氏!」
小さく溜息を吐くと、フガクは一足で建物の屋根に跳び移り、悲鳴の聞こえる方向へと駆け出した。
「…ねぇ、エイナ。あの人、大丈夫なの?」
「…うん。詳しくは言えないけど、腕は確かだから」
エイナから話を聞いてから少し経って。
フガクは4体目のモンスターを難なく退治していた。
モンスターのレベルとしては中層より少し上辺り、レベル1では骨が折れるが、フガクには物足りない相手だった。
「さて、と…次は…?」
軽く息を整え一歩踏み出そうとした矢先、土煙と共に大蛇のような巨体が街の一角に見えた。
アイズ・ヴァレンシュタインとティオナ、ティオネのヒリュテ姉妹、レフィーヤ・ウィリディスは闘技場から逃げ出したモンスターの討伐中、新種と思われるモンスターと相対していた。
レベル5の攻撃を通さない堅牢さに加え、蛇の頭部と思っていた場所は花のそれ…後に食人花と呼ばれるそのモンスターに、苦戦を強いられる面々。
更に、魔法を詠唱しようと試みたレフィーヤは食人花の不意打ちに倒れ、魔力に惹かれる性質による執拗な攻撃を躱し続けていたアイズも、物陰に隠れていた少女を庇った末に囚われてしまった。
「く…っ」
食人花の蔓の強さにアイズは身動ぎするも、振り解く事は難しい。
不利な状況にヒリュテ姉妹が歯噛みし、レフィーヤの流した悔し涙が地面に落ちた時だった。
「やれやれ、ダンジョンにはこんな変わった奴まで居るのか?」
まるで場違いな、呑気とも取れる声が広場に響いた。
その場に居た全員が視線をやった先には、極東の服を纏った男…フガクが、指で顎を撫でながら食人花を一瞥する。
「誰?」
「知らないわよ。それより…って!」
初めて見るだろう冒険者の姿にティオナとティオネは警戒するも、2人を他所にフガクはゆっくりと食人花へと足を進める。
新たな獲物の登場に、食人花は蔦をフガクへ向け放つ。
その鋭さ、強さを身をもって理解している2人は駆け出そうとして…目を見開いた。
「嘘でしょ…」
並の冒険者では目で追う事が難しい食人花の、鞭のように軌道の読めない蔓の一撃一撃をフガクはその目に捉え、最小限の動きだけで回避する。
時には翻った蔦を足場に跳躍し、鞘ごと引き抜いた質素な剣で攻撃を弾く。
「…成る程、だいたい解った」
再び鞘を腰に差すと、抜き放ち一瞬の内に自身に迫る蔦を切り裂き、返す刃を振るう。
彼我の距離は5M、刃の到底届く距離ではない。
しかし…フガクが刃を振るう度、その軌跡に沿って光が刃を形作り食人花に襲い掛かる。
「何あれ?!」
「斬撃を飛ばすって…どんな魔法よ?!」
「凄い…」
アイズ達の声を置き去りに、フガクの放った光の刃は十を越え、その全てが鋼をも弾く太い茎に決して浅くない傷を刻む。
対する食人花も案山子となる訳ではなく、蔦を伸ばしてフガクを襲うが悉くを斬り払いつつ、頻りに視線を動かし…その頂点に開いた人に似た口を持った花に狙いを定める。
「…其処か!」
足を止めフガクが剣を構えると食人花を襲った光の刃が宙で動きを止め、その鋒を視線の先にある花へ向けた。
「腹が減ってんならコイツでも喰らってな…丹輝劍訣・流陽凌日!」
剣を振るい印を結んだ瞬間、光…フガクの練り上げた気で作り出された刃が一斉に食人花へ牙を剥く。
狙いを本能で察知し、蔦を使い防御を試みるが、その抵抗も虚しく刃は蔦を切り裂き、食い破り…そして、怪しく咲く花の喉笛に喰らい付いた。
蹂躙劇とも呼べる、あまりにも一方的すぎる食人花の討伐劇を目撃したロキ・ファミリアの面々は一際警戒心を強め、突如乱入した男…フガクを睨みつける。
「アンタ、何者?」
「何者って、冒険者に決まってるだろ?」
刃を納めながら、殺気と警戒心を隠す気もないティオネの姿に肩を竦める。
その様子に苛立ちを隠せず舌打ちをすると、ティオネは質問の内容を変えた。
「そうじゃなくて…私達も手こずったあのモンスター相手にあんな一方的にやってのけるなんて、何処のファミリアよ?」
「ヘスティア・ファミリア…なんて言っても、零細なんざ知る訳ないわな」
フガクの呟いたファミリア名を聞き、ティオネはティオナやアイズに視線を向けるも、彼女達は首を横に振る…聞いた事がないファミリアである事は間違いないようだ。
だが、これだけの実力者が所属するファミリアが零細な訳がない…ティオネがそう思っていると、まるで興味を失ったようにフガクは踵を返してその場を後にしようとする。
「…待って」
「生憎俺はアンタらに用がない…ま、この街に居りゃいつか会えるだろ」
アイズが声をかけるが、問答無用とフガクは屋根へ跳び移りその場を後にした。
こうして、怪物祭の日に起きた一連の事件は幕を降ろしたが…その日以来、和装の男を目で追う剣姫の姿があったとか、なかったとか。
キャラクター情報
殤・フガク
幼い頃から見続けている夢の中に現れる男達の技から、使えそうなものは動きを目で見て盗み、実践を重ねて習得した
技を教える師が居ない為、中には技名を借りただけの物も