今回も短めです
「戦い方を教えてほしい?」
怪物祭で起きたモンスターの脱走から数日、1日の疲れを労う冒険者達で賑わう酒場にて、フガクは訝しげな表情を浮かべた。
視線の先には、ファミリアの主神であるヘスティアと、白い髪に赤い目を持つ兎を彷彿とさせる少年…ベルが対面して座っている。
怪物祭のあの日、ヘスティア達もシルバーバックという大猿型のモンスターに襲われ、それをベルが辛くも討ち倒したという。
だが、ベルはまだ冒険者になって一月も経っていない駆け出し…その戦い方も僅かな経験とステイタスによる力押しに近いもの。
いずれ出会う強敵、格上相手では今のままでは限界が来る…というのがヘスティアの見解だ。
「そこで、俺…か」
「うん…ボクが知る中で、今教えを請える子は君以外に居ない。タケにも頼んではみたけどあっちも忙しいみたいだからね」
ヘスティアの言葉を聞いて、フガクは酒器を傾けながら改めてベルを見る。
体の線は細く鍛えた痕跡は見られない、立ち振る舞いも素人そのもの。
だが…だからこそ、鍛えたら化ける可能性を秘めている。
「解った。その頼み、引き受けるが…当然、ヘスティアにも手伝ってもらうぞ?」
フガクの言葉に喜色の笑みを浮かべるヘスティアとベル。
かくして、殤・フガクによるベル・クラネルの強化計画が行われる事となった。
「…はぁ」
時を同じくして、ロキ・ファミリアの拠点である黄昏の館。
団員達がそれぞれ夕食を摂る中、アイズ・ヴァレンシュタインが溜息を吐いた。
あの怪物祭の日以来、どうしても極東の服を着た男の姿を目で追ってしまう。
そして、あの日出会った人物でない事に落胆する日々。
その姿を、緑髪のエルフと小人族、ドワーフの男が見ていた。
「重症じゃな」
「春が来たと言われた方がまだ良かったな…」
ドワーフの男…ガレス・ランドロックの言葉にエルフ…リヴェリア・リヨス・アールヴは溜息を吐きながら顳顬を押さえる。
アイズは幼い頃の出来事から力を求める思いが強い…それこそ、渇望と称するに値する程だ。
そのアイズがこうも探し、人違いに落胆するという事は、色恋とは寧ろ程遠く…偏にその強さを知りたいが為だろう。
「しかし、ヘスティア・ファミリアか…アイズ達の話が本当なら調べてみる価値はあるかもね」
それだけの強者、オラリオで名が広まっていても可笑しくない…しかし、今なお誰も知らない事に何らかの作為が感じられる。
小人族…ロキ・ファミリア団長フィン・ディムナは小さく呟きながら自身の親指を舐めた。
ベルがフガクに師事する事が決まった翌朝、2人はヘスティア・ファミリアのホームである廃教会の前に集まっていた。
最初こそ装備を整えて待っていたベルだが、ダンジョンに潜る事はないというフガクの発言から、今は装備を外し動きやすい服装になっている。
「あの、ダンジョンに潜らないってどういう…?」
「今のお前は、例えるなら碌な基礎も無いまま建てられた家だ。一見ちゃんと建ってるように見えてもガタがあるし、そのうち耐え切れずに倒壊する…だから、まずは基礎を築く。体を作り上げ、戦いのいろはを学べば…少しはマシに戦えるだろうさ」
戸惑いのままベルは問い掛けるが、フガクの返答に納得せざるを得ない。
オラリオに訪れ、ファミリアの門戸を叩いたものの、誰もが弱そうな見た目と口を揃えた。それも当然だろう…英雄に憧れこそしたものの、鍛えるという事をしてきてないのだから。
「体を作るのも、技を磨くのもステイタスを上げるように簡単じゃねぇ。地道な鍛練は数字で見えないから実感が持てねぇし、成果も継続し続けて漸く見えて来る…道のりは長いが、それでも良いな?」
「っ、くぅ…!」
暖かさな陽射しのなか、ベルから苦悶の声が漏れる。
流れる汗が頬を伝うが、其れを拭う事さえ許されず、ただひたすらに耐えるのみ。
最初の鍛練…それは、足腰を鍛える事だった。
肩幅に足を開いて椅子に座るように腰を沈め、背筋は真っ直ぐと伸ばし、両腕は地面と水平になるよう前に。
空気椅子とも呼ばれるこの体勢は、一見すれば滑稽ではあるが姿勢を維持するのは非常に辛い。
更に、ベルの両腿、両肩には水の入った小さな湯呑みが置かれ、手には同じく、水の入ったバケツを持たされている。
「まだ2分しか経ってないぞ、せめて10分は保たせろ」
「ね、ねぇ…殤君。アレが特訓、なのかい?」
そんなベルの姿を他所目に焚き火を起こす準備をしているフガクに、おずおずとヘスティアが声をかける。
自身やベルの考えていた特訓とは余りにも違う…言ってしまえば地味な光景に戸惑いが隠せてないその様子に、フガクは口を開いた。
「何をするにせよ、肝心なのは足腰と体幹だ。足腰が弱けりゃ踏ん張りが効かんし、体幹が弱けりゃ体がブレる。滑稽にも見えるが、その両方を同時に鍛えるにはうってつけだ…それに、今日は水を入れた器だが、次からは熱湯に変えるし時間も伸ばすぞ」
「鬼か君は?!」
そうした方が溢れた時の緊張感が高まってより熱が入ると宣うフガクの姿にヘスティアの叫びが木霊した。
太陽が天高く昇る昼間の時間、アイズはオラリオの街中を歩いていた。
ダンジョンに潜る気分にもなれなかったのだが、街を歩くと度々すれ違う和装の姿をつい目で追ってしまう自分に気づいて気分は落ち込むばかり。
(何処にいるんだろう…)
思い出すのは、怪物祭でフガクが見せた力の一端。
舞と言っても良いほどに軽やかな動きに澱みの無い太刀筋、そして、見た事のない魔法にも見えた何か。
ティオナやティオネ、レフィーヤ達に邪推される事もあったが、どのようにすればあれだけの強さを手に入れたのか知りたい。
それだけがアイズの頭を占めていた。
「はぁ……ん?」
幾度目かも分からない溜息を吐くアイズの耳が、不意に異音を捉えた。
辺りを見回すと、その…何か、重たい物を引き摺る音が次第に近づいてくるのと共に、周囲の人が奇異の目を音の先へ向けながら道を開けていく。
「あ…」
そして遂に、自分の前に居た人が道を開け、視界が開けた先に…探し求めていた人物を、それも2人同時に見つけた。
「っ、ゼェ…ヒィ……」
先頭に立つのは白い髪に赤い目をした兎を思わせる容姿の少年。
嘗て、ロキ・ファミリアが起こした失態から時間が経ってなお謝罪が出来ていない相手…ベル・クラネル。
汗だくになり、息も絶え絶え。身体をふらつかせながらも足を進める彼の腰には太い縄が巻かれ、柱の残骸であろう四角に整えられた大きな石塊に繋がっている。
「ほれ、気張れ気張れ。こんな亀より鈍間な進みじゃバベルとホームを往復するまでに日が暮れるぞ」
そして、自分がずっと会いたいと願っていた相手…殤・フガクが石塊の上に座り、ベルを煽るように鼓舞していた。
互いの距離は徐々に近づき、そしてすれ違い、ゆっくりとだが遠ざかる。
アイズは自分の捉えた光景にただ呆然とするばかりで、声を掛けなかった事に2人が見えなくなってから後悔した。
「ぐ…っ、か、身体が…!」
初日から厳しかった修行の翌日、ベルは廃教会の地下室で、普段ヘスティアが寝ているベッドの上で身体を襲う痛みに悶えていた。
「今まで使って無かった筋肉も酷使したから当然だ。痛みが引くまでせいぜい2、3日ってとこだな…ヘスティア、回復薬は使うなよ?」
「うぅ…ベルくぅん…」
壁に背中を預けて立つフガクは、ベルの姿を見ながら至って冷静に言い放ち、回復薬を持って居たヘスティアへと釘を刺す。
「筋肉ってのは当然、酷使すれば傷つく…だがな、それが治る頃には今までより太く、より強さが増す。だが、我武者羅に痛め続ければ良いってもんじゃねぇ。しっかりと栄養を摂って休ませるのも修行だ」
典型的な筋肉痛の症状に苦しみながらも、ベルはフガクの言葉に耳を傾ける。
長年の修行で得た知識を基に語るその内容は、ベルには未知の世界だが強い説得力を持ち、不思議と頭に浸透していく。
「とはいえ、体を動かすのは辛くても頭は働くだろ?今日は頭を鍛えるぞ」
「っ、はい…」
「戦いにおいて必要なのは何か分かるか?」
ベッドからソファとテーブルのある部屋に移動したベルとヘスティアにフガクは問い掛ける。
対面するように、ソファに並んで座るベルとヘスティアは互いに顔を見合わせると頭を捻り、口を開いた。
「力と速さ…でしょうか?」
「あと、体の丈夫さに技術…」
ベルとヘスティアの言葉を聞きながら頷き、再び頭を悩ませ始めた2人にフガクは口を開く。
「そう言った肉体面の強さは当たり前だが、それだけならモンスターも出来る。だが…人間相手じゃ其れは通用してこない」
「人間同士の戦いは、結局は腹の探り合いだ。相手の動きを読んで、裏をかき、自分に有利になるよう動いて勝ちを掴む…その感覚を掴むのにうってつけなのがコレだ」
そういうと、フガクは持ってきていた木箱から盤と小さな箱を2つ取り出して2人の前に置く。
「コレは…チェス、ですか?」
「なるほど…」
升目の刻まれた盤と白黒の駒が入った箱をベルは興味深そうに眺め、フガクの言葉とテーブルに置かれた道具から意図を読み取ったヘスティアは改めてフガクを見る。
「2人とも知ってるみたいだからルールとかは省くが…この手の遊戯は読み合いと戦術が鍵だ。体を休める代わり、ヘスティアと2人で頭を鍛えろ」
「え、殤さんはどちらに?」
「俺は将棋なら解るが、チェスは解らん。手持ちの金も少なくなって来たからダンジョンに潜る」
踵を返し、地下室の出入り口へと向かうフガクにベルが声を掛けると、肩越しに視線を向けて返答してさっさと出て行った。
こうして、ベルはヘスティアとチェスを打つ事になり、互いに攻め方を変えながらヘスティアがバイトに行く時間まで打ち続けた。
サブタイトル、修行シーンのモチーフはそれぞれ有名なカンフー映画のパロディですが…知ってる人は分かりましたよね?