それは、ベルがヘスティアとチェスに勤しむのと同じ時間のこと。
「たまには
ダンジョンの3階層に降りていたフガクは、割れた壁から生まれ落ちたコボルト10匹に囲まれながらも余裕の表情を浮かべ、緩く拳を握った。
背後から一体のコボルトが襲い掛かるが、体を反転させ鋭い爪による刺突を躱し、遠心力を乗せた肘をがら空きの後頭部に叩き込んで意識を刈り取る。
その隙を縫うように左右から挟み撃ちで2体の爪牙が迫るも、意識を失ったコボルトの毛を掴んで引き寄せ盾とする事で防ぎ、背後から襲い掛かる一体を後ろ蹴りで牽制し、更に盾にしたコボルトに前蹴りを叩き込む。
蹴りによって吹き飛ぶコボルトの体に隠れ、体重を前方に掛け、倒れ込もうとする勢いに逆らわず足を前へ。地面を蹴るのではなく、摺足で…相手の呼吸を読み、吸う瞬間に合わせて接近する。
一瞬で接近したように錯覚し、驚愕の表情を浮かべるコボルトの顔面に拳を叩き込むと、殴ったものとは思えない重たい打撃音とともにその顔はひしゃげ、砕けた牙と血が宙を舞う。
鋭い爪の一閃をほんの僅かに体をずらして避け、地面が陥没するほどの踏み込みと共に体重を乗せた肘を見舞い、牙による噛み付きを半身をずらして躱しつつ懐に潜り込み、踏み込みと体重を乗せた体当たりで吹き飛ばす。
回避から反撃までの間にさほど時間はなく、放つ一撃は重く、鋭い。
瞬く間に一体、また一体とコボルトの数は減っていき、最後の一体に一足で接近すると、その胸部に拳を軽く当てて静止する。
「ふんっ!」
そして、撃ち込む。
足から腰、上半身の捻りによって生じたエネルギーは腕に伝達し、拳を握りこむ力に上乗せされ、その一撃はコボルトの胸元にくっきりと痕を残す。
それだけに留まらず、衝撃は体内の奥深くに浸透し、魔石を砕かれたコボルトは微かに体を痙攣させたのち、その体を塵へと変えた。
「…コソコソと覗いてないで、いい加減出てきたらどうだ?」
「…驚いたな、上手く隠れたつもりだったんだけど」
コボルトとの戦いを終え、呼吸を整えながら通路の端にフガクが視線を送ると、1人の冒険者が姿を現した。
一見少年にも見間違う容姿の小人族…フィンが驚いたように声を掛けるも、フガクはその様子を鼻で笑う。
「あからさまに気配を晒しといてよく言うぜ…で?ただ覗いてた訳じゃねぇだろ」
「あはは、バレてたか…実は、君と話がしたくてね」
ダンジョンから出たフガクは、日が沈み始めたオラリオの街をフィンと共に歩いていた。
オラリオを代表する二大ファミリアの一つを纏める団長が団員ではない男と歩く光景はさぞ珍しいようで、街の人々が奇異の目を向けるが気にした様子もなく2人は一軒の酒場に入る。
人の居る場所が嫌いなのか、はたまた人に聞かれては拙い話なのか…個室を用意してもらい、フガクとフィンは向かい合うように座った。
「まずは自己紹介といこうか…僕はフィン・ディムナ。ロキ・ファミリアの団長だ」
「ほぅ、あの二大巨頭の…それで、勇者と名高い団長様がわざわざ何の用件で?」
店員に飲み物を頼み、その姿が見えなくなるのを確認すると、改めてフィンが名乗る。
ファミリアの名前とフィンという名前にピンと来たのか、目の前に居るのが如何なる人物か理解したフガクは目を見張りながら自身の顎を撫でた。
「君の話を団員から聞いてね、色々と気になって調べてみたけど…」
「望みの情報が手に入らなかったから、こうして会いに来た…ってか?」
「偶然、バベルの入り口で団員達が言ってた姿に一致する君を見つけてね。結果として
ダンジョンで出会うまでの経緯を話しながら笑うフィンの姿に、フガクは溜息を吐きながら呆れたように口を開いた。
「何が結果として尾行した、だ。覗いてる時といい、ワザとらしいにも程があるっての」
「まぁ、ちょっとした遊びみたいなものだから大目に見てくれ…おかげで、良いものも見れたしね」
軽く言葉を交わした所でタイミングよく飲み物が運ばれた所で一旦2人は会話を切り、それぞれ頼んだ酒で喉を潤しながら、気取られないよう、互いに相手の動きを観察した。
「…で、得た情報ってのは?」
「ヘスティア・ファミリアという新興のファミリアに所属するレベル1…って所かな。ただ、些か疑問があってね…怪物祭のことは覚えているかい?」
酒器をテーブルに置き、フィンは探るように口を開く。
「あの日現れたモンスターの中には中層の個体も居たし、君やアイズ…僕の所の団員が倒した新種に至っては推定でもレベル3以上。レベル1では相手をする事はまず不可能だ」
「なるほど…つまり、俺がレベルを偽ってる可能性がある、と?」
言葉を聞き終えたフガクがフィンを見ると、彼は肩を竦めながら言葉を続けた。
「僕も初めはそれを考えた…公平でなければならないギルドがレベルの詐称を黙認しているのではないか、とね。でも、それは違うと思ったんだよ」
「ほぅ…?」
「レベルの詐称はファミリアにペナルティがあるし、ギルドの不信感も集まって互いにデメリットしかない。では、何を隠しているのか…そう考えた時、幾つか仮説が浮かんでね」
そう語ると、酒で喉を潤したフィンは肘を机について顔の前で手を組み、酒を飲みながら耳を傾けるフガクに再び口を開く。
「ギルドがレベル1の冒険者の為にわざわざ情報規制を敷くのには、何らかの理由がある。例えば…そうだね。何らかのレアスキルを有しているか、あるいは…」
「荒唐無稽な話だけど、恩恵を刻む以前から既に第一級冒険者と同等の強さに至っているか」
遠くで喧騒が聞こえる中、テーブルに酒器を置きフガクは口を開いた。
「俺個人としちゃ、話しても別に構わんが…ギルドや主神が面倒事の火種になりかねんって煩くてな…悪いが、話せる事は殆どねぇな」
「…そうか、それなら仕方ないね」
「第一、教えを請う訳でもあるまいし…それを知った所で何の得がある?」
フガクにとって、目の前の男は読めない存在だった。
澄ました顔の下に隠したものも、何の目的で自分に接触してきたのかすら不明。
戦いの中での読み合いには長けていても、こういった計謀を巡らせる事は苦手な部類であった。
「打算がないと言えば嘘になるね。新種を圧倒する程の力を持つレベル1…仮にそれが真実だとしたら、仲良くなっておいて損はないだろう?」
「…後ろ盾になろうってか?」
フィンの言葉を手掛かりにフガクは深く溜息を吐いた。
後ろ盾…とは聞こえが良いものの、要は手元に置いて監視がしたいのだろう。己の刃が自分達…そして、街へと向かぬように。
「良い話だと思うけど、どうかな?」
フィンはフガクの呟いた言葉を否定する事もなく再び酒を口にする。
その姿に再び、深く溜息を吐くと、フガクは残った酒を飲み切って席を立った。
「お断りだ。首輪をされる趣味もねぇし、何より…順序が違うんじゃねぇのか?」
「順序、かい?」
「分かってんだろうに…お前達が取り逃したモンスターに襲われて殺されかけた奴に筋を通してから出直せってんだ」
呆れたようにフィンを一瞥すると、フガクは懐から自身が飲んだ酒代をテーブルに置いてその場を後にした。
酒場を後にしたフガクが宿屋に向かう道中、人気のない路地を歩いていたところ、ふと足を停めた。
「…で?お前はいつまで隠れてるつもりだ?」
「…やはり気づいていたか」
誰も居ない路地…その横道に声を掛けると、1人の男が姿を現した。
その身長はフガクより高く、屈強な筋肉によってより大きく見える。
頭部には猪の耳という、亜人族の中でも猪人の特徴とも言える其れを備えた男こそ、先程酒場で話したフィンが率いるロキ・ファミリアと双璧を成すフレイヤ・ファミリアの団長…オッタルだった。
「久しぶりに会ったが…まさか、お前まで俺の後ろ盾になろうとか言うんじゃあるまいな?」
「あのお方にそのつもりはない…お前を訪れたのは、別件だ」
初対面では無いような口振りでフガクはオッタルに話しかける。
2人は同郷…と言うわけでは無い。
オラリオを訪れるよりも以前、まだ旅をしていた頃にある出来事を機に出会い、一度は刃を交えたものの互いを認め合った関係だ。
「白髪の冒険者…お前の所属しているファミリアの者だな?」
「あ〜…大体察した。余計な事はするなってか?」
オッタルが切り出した話を即座に理解したフガクは、一柱の女神を想像して酒場での一件の時よりも深く、盛大な溜息を吐いた。
2人が出会ったのも、全てはその女神の気紛れによるものだったが故に。
「お前が鍛えれば、試練にならなくなる…そうお考えだ」
「ったく、クラネルの奴も災難だな…俺が教えるのは体の鍛え方と武器の扱いだけ、それならどうだ?」
「…その程度であれば、大丈夫だろう」
かの女神の狙いを聞き、今頃ホームに居るであろうベルに内心同情しつつ、妥協案を提案すると、一考したのち頷いて路地を後にするオッタルの背中を見送り…フガクは凄まじい疲労感を感じながら今日だけで何度目になるか分からない溜息を吐いた。
「…とりあえず、帰って寝るか」
これからの事を考え憂鬱な気分になりながら、フガクは再び宿屋へと足を運ぶ。
その背中は、何処か哀愁が漂っていた。
殤・フガクメモ
フレイヤ・ファミリアの幹部達とは主神を含め顔見知り
主神の気まぐれに巻き込まれた事で知り合い、一度刃を交えたが共通の敵が居たため共闘した