難産だった・・・
「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!神の息吹よ!全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!神の慈悲よ!この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――“神威”!」
頭部の角から炎を吹き出すトリケラトプスのような魔獣、ベヒモスに対して光輝は最大の威力の技を放つ。その後方には、香織によって治療を受けているメルド団長達の姿がある。
団長達は障壁を張ってベヒモスの突進を防ぎ続けていたのだが、先ほど破られた際に怪我を負ってしまっていた。なお、この怪我は光輝が「自分たちも戦う」と言って聞かなかったことで押し問答となり、撤退のタイミングを失ったことに起因している。
詠唱の時間稼ぎのために前に出ていたハジメ、雫、坂上の3人は、“神威”が発動する直前に離脱する。ハジメ以外の2人は、ボロボロになっていた。
ベヒモスに向けられた聖剣の切っ先から、極光が放たれる。宇宙戦艦の砲撃を彷彿とさせる強力な光の砲撃は、石畳を抉り飛ばしながらベヒモスへと向かい、真正面から直撃した。
ホワイトアウトのように周囲が白い光に包まれ、橋には大きな亀裂が入った。光輝は思わず「やったか?!」と言うのだが、それはフラグである。
やがて光が薄まり、ベヒモスがいた場所を覆っていた煙が吹き飛んでいく。そこには、無傷のベヒモスがいた。
「嘘・・・だろ?!」
光輝は動揺する。それもそのはず、先ほどの攻撃は彼の魔力の大半を使用した最大威力の自慢の攻撃だったのだから。
「グルァァァァァアアアアア!!」
ベヒモスは咆哮を上げると、頭部を赤熱化させる。そのまま屈強な足で跳躍し、その頭を下に向けて急降下してきた。ハジメ達は咄嗟に飛び退いて回避するが、その衝撃波によって吹き飛ばされ、地面に激突する。
「お前ら、動けるか?!」
治療が完了していた団長は、4人に声をかける。ハジメは立ち上がったが、他の3人は呻き声を上げるのみ。
「ハジメ!香織と光輝を連れて下がれ!」
メルド団長は、自らを犠牲にしてでも光輝達を逃がそうとしていた。だが、そこでハジメはとある提案をした。それは、ハジメが一番危険に晒される方法であった。
「いいのか?」
「はい。このままでは全員死んでしまいます」
団長はハジメの真っすぐな眼差しに圧倒され、許可を出す。
「任せるぞ、ハジメ」
次の瞬間、ハジメは”飛躍“によって高く跳躍し、ベヒモスの頭部に向けて降下すると、右脚を高く掲げる。そして、踵落としがベヒモスの頭部に直撃する。それによってベヒモスの片方の角は半ばからへし折られ、頭部は地面に強く叩き付けされた。
本来ならば、身体能力がいくら高いといってもここまでの威力の攻撃はできない。だが、“神威”によって若干のダメージが入っていた上、踵落としが直撃する直前にバリアスーツの右脚を部分展開しており、威力が上がっていたのだ。勿論、ハジメ自身の体によって遮られていたため、その瞬間は見られていない。
追い打ちをかけるように、今度は右腕を頭部に振り下ろす。今度は直前にアームキャノンのある右腕を部分展開しており、アームキャノン自体を鈍器としていた。それによってもう1本の角もへし折られ、ベヒモスの頭部は少し地面にめり込む。
「“錬成”!」
熱い頭部に手を当て、錬成を行う。
地面にめり込んだ頭部が隆起した地面によって拘束され、ベヒモスは頭部を引き抜こうと藻掻いた。だが、亀裂が入ったとしても錬成によって修復されてしまい、さらには脚部までもが拘束されてしまい、地面に沈み込む。
ベヒモスの力は凄まじく、ハジメは何度も拘束を解かれかけたが、錬成の繰り返しで維持できており、ベヒモスは間抜けな格好となっていた。
「待ってください!まだハジメ君が!」
他の騎士団員や香織と共に光輝を担いで離脱しようとしたメルド団長だったが、そこに香織が待ったをかけた。
「これはハジメの作戦だ!あいつがベヒモスを押さえている間に下がり、ソルジャーを突破。あいつが離脱すると同時に一斉に魔法で攻撃し、怯んだ隙に撤退する!」
「だったら私も!」
「ダメだ!香織は光輝を治療してくれ。光輝がいなければ、ソルジャーを突破できない!光輝を助けることは、ハジメを助けることに繋がるんだぞ!」
「ッ――」
流石に香織も従うしかなかった。そして、治療によって動けるようになった光輝と共に撤退し、トラウムソルジャーと戦う味方の支援に向かった。
「万翔羽ばたき、天へと至れ――“天翔閃”!」
回復した光輝の光の斬撃がトラウムソルジャー集団のど真ん中を吹き飛ばす。それを皮切りに反撃が始まり、階段への道は開けた。
「お前たち!後はハジメを助けるだけだ!」
その言葉を聞いたクラスメイト達はベヒモスの方向を見る。そこには、たった1人でベヒモスを足止めしているハジメの姿が。
メルド団長の指示により、遠距離の攻撃魔法が使える者が並んで一斉砲撃の準備をする。前衛の者は、いまだに残っているソルジャーの足止めを行う。
砲撃準備を始めるクラスメイトの中に檜山大介もいた。檜山は自分のせいでこんな状況になったとはいえ、すぐにでも逃げたいという気持ちが心の5割を占めていた。
残りの5割は、南雲ハジメと白崎香織に関することだった。
檜山大介は、中学生の頃から白崎香織に好意を抱いており、香織と同じ高校を受験した上で告白しようとしていた。だが、そこに南雲ハジメが現れた。
ハジメは香織の幼馴染であり、行方不明になっていたことは香織について調べたときに知っていたし、2人の様子を見れば両想いであることも理解できた。
だが、いきなり帰ってきたハジメが香織と親しくし、香織に受け入れられているのを見て、香織を奪われたと考えてしまい、一方的に恨んだ。
ハジメに対する恨みはそれだけではなかった。カツアゲをしていた時、清水に集団で暴力を振るった時。いずれも、ハジメの介入を受けた。その恨みも全て檜山自身に原因があるのだが、香織のこともあって自分に原因があるとは考えていない。
異世界に来てから、檜山の考えに「どうにかして南雲を殺せないか?」というものが追加された。そして、清水の一件から明確にハジメに対する殺意を持った。
そして今、バレずに殺せそうなタイミングが訪れた。
俺は、あらゆる属性の攻撃魔法が頭上を飛んでいく中で走っていた。当たれば唯では済まない魔法が頭上を通るのは恐ろしいものであったが、クラスメイト達を信じて進む。
攻撃魔法の雨による足止めにより、ベヒモスとの距離は開いていく。
「!?」
突然、殺気のようなものを感じる。常人を越えている視力を駆使して感じた先を見れば、1人の男子生徒・・・檜山の姿がある。ハジメを見るその顔は、醜く歪んでいた。
そして、檜山が火球を放つ。ベヒモスへと飛んで行ったように見えたその火球は、急に軌道を変えてハジメの方へと突っ込んできた。
すかさずハジメは回避する。だが、進行方向に着弾した火球は範囲攻撃となる強烈な爆発を巻き起こし、ハジメは爆風を浴びて体勢を崩す。それだけではなく、ハジメに足を止めさせた。
その状況に、ベヒモスは黙っていなかった。足止めによって自身を間抜けな格好にさせたハジメを鋭い眼光が捉える。そして、ハジメを叩き潰すべく跳躍すると、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように突っ込んできた。
爆風を浴びた影響からギリギリで回復したハジメは、すんでの所で回避する。しかし、今までの戦闘によって脆くなっていたこともあって、ベヒモスが突っ込んだ場所を中心に大きい亀裂が入る。
亀裂は広がっていき、ついには橋が崩壊を始める。ベヒモスはすぐに暗黒の奈落へと落ちていく。そして、ハジメも崩壊に巻き込まれてしまう。何とか復帰しようとしていたものの、“宙躍”による空中ジャンプを使っても間に合わなかった。そのまま、ハジメは瓦礫と共に奈落に吸い込まれていく。
「離して!私にはハジメ君がいないとダメなの!私はハジメ君の後を追うから!だから離してぇ!」
悲痛な叫びを響かせて飛び出していきそうな香織を、光輝と雫が羽交い絞めにして必死に引き留める。今の香織はその細い体が限界を迎えそうな程の力を出しており、このままでは体を壊してしまうだろう。
「香織っ、ダメよ!香織!」
雫が必死に声をかける一方で、光輝は狂気に包まれた香織に何と言葉をかけていいか分からず、無言でいるしかなかった。その直後、メルド団長の手刀が首筋に打ち込まれたことによって香織は気絶した。
ハジメは、頭を下にする形で奈落を自由落下していた。そして、その目は閉じられている。その姿は、まるで精神統一しているかのように見えた。
突然、ハジメの両目が見開かれたかと思うと、ハジメの体が白い光に包まれ、瞬時にバリアスーツが装着される。そして、逆三角形のバイザーが黄緑色に発光した。
次の瞬間、ハジメはロープ状の青白いビームであるグラップリングビームを壁に撃ち込むことで、壁にしがみつくことに成功した。