パワードスーツの配布が終わった翌日、ハジメはハウリア族にスーツの慣熟訓練を命じ、シアに対しては今まで通りにマンツーマンで対応していた。
「よろしくお願いします!師匠!」
シアはいつものように元気のいい様子でハジメに挨拶し、一礼する。
「あぁ。では、スーツを装着してくれ」
「はい!」
ハジメとシアが同時に白い光に包まれ、バリアスーツの姿に変わる。ちなみに、シアの方の装着はハジメが完了した1秒後に完了していた。展開速度の差は、経験と精神力の差である。
「少し展開速度が遅いな。場合によっては、即座に展開しなければならないこともあるだろう」
「はい・・・善処しますぅ」
この瞬間、シアの気分はゼーベスの
量産型バリアスーツは、オリジナルのスーツよりも展開する際の精神力を要しない代物であったが、あくまで「比較的」という程度である。カム達のパワードスーツより展開の難易度はずっと高い。数秒で展開できただけ、十分に称賛すべきものだろう。
「だが、2回目の装着にしては上出来だった。いいセンスだ」
ハジメはシアのことを思って厳しくするが、褒めることも忘れない。かつてハジメを戦士として鍛えたレイヴンも、同じようにしていたからだ。
「いいセンス・・・ですか。えへへ、師匠に褒められちゃいました」
シアはそう言いながら体をクネクネさせて喜びを表現する。SF風なパワードスーツがそんな動きをしていることを考えると、中々に滑稽な光景である。
だが、そんなシアの側頭部を1発の光弾が掠った。装甲に掠ったというより、エネルギーシールドに掠ったというのが正解なのだろうが。
「し、師匠!?」
無論、撃ったのは敵ではなくハジメである。
「すでに戦闘訓練は始まっている。実戦では、一瞬の油断も命取りになるぞ」
スーツを纏った時点で、訓練は始まっていた。
「俺は飛び道具を一切使わない。何処からでもかかってくるといい」
「今日こそ、師匠をぶちのめします!」
シアは戦鎚を構えると、背部のスラスターを吹かして突進する。そのまま、ハジメに向けて戦鎚を振り下ろした。
だが、青くスーツを発光させたハジメがバックする形で後方へ数メートル高速移動したことで、空振りに終わり、地面が激しくひび割れる。
これは、オルクス大迷宮を攻略したことで入手したエーテルアビリティ、フラッシュシフト。前後方向への短距離高速移動を3回まで連続で行えるアビリティであり、その際にはスーツが青く発光する。
「まだですぅ!」
戦鎚の一撃が空振りに終わったシアだったが、まだ諦めていない。地面に食い込んだ戦鎚を手前に力強く引くことでハジメの方へと飛んでいき、構えなおした戦鎚を横薙ぎに振るった。
「やるな。だが・・・」
ハジメはその場で屈んで戦鎚を回避し、振り上げたアームキャノンで戦鎚を弾き飛ばす。シアの注意が上空の戦鎚に一瞬向いた瞬間、ショルダータックルを食らわせて吹き飛ばした。
「うわっ!?」
「気を取られるな」
スラスターの噴射を併用し、シアへ向けて一気に踏み込むハジメ。その右腕は弓を引き絞るように後ろに下げられており、放たれる瞬間を待っている。
遅れて反応したシアは左腕を振りかぶっており、クロスカウンターを狙っているのだろう。直後、両者の拳が放たれた。
「あっ、参りましたぁ・・・」
結果はハジメの勝利だった。シアの横っ面にアームキャノンの先端が当たっており、シアの拳は体を傾けたハジメに躱されていた。
「武器を失った時は、格闘戦への移行をスムーズに行え。自分の体こそが最大の武器だからな」
「はい、師匠!」
そして、当たり前かのように2人はもう一戦しようとして向かい合うのだが、それは1本の通信で中断される。
「お父様、シア、緊急事態。ハウリア族が・・・」
それは、ユエからの連絡。ユエにはスマホ型の通信機を持たせており、スーツとの間で通信できるようになっていた。そして、ユエはハウリア族の監督をしていたのだが・・・
「父様達に何かあったんですか?!」
真っ先に反応したのは、当然ながらシアだ。
「ハウリア族が帝国軍を襲撃しに行った」
「帝国軍を襲撃・・・目的はもちろん復讐のためだろうな。ハウリア族が負けるとは思えないが、様子を見に行くぞ。ユエ、すぐにそちらへ向かう」
「ん・・・待ってる」
ハジメとシアは、取り敢えずユエとの合流を目指して移動を開始した。
「貴様ら、一体何なんだ?!」
帝国軍の部隊長である男は異形の鎧を装着した集団に包囲されていた。黒い刃の刀剣類で武装し、緑の装甲に身を包んだその集団は、少しずつ包囲の輪を狭めていく。
彼の配下は既に全員が死体と化しており、どの死体もバラバラ殺人事件の様相を呈していた。そして、流れた彼らの血によって地面は赤黒く染め上げられた。
「我々は、貴様ら帝国軍のクズ共によって同胞を奪われた者」
そう言いながら出てきた1人が、尻餅を付いている部隊長の前に立ち、前面が半透明な素材で覆われた面妖な兜を外す。
兜の下から現れたのは、濃紺の髪とウサミミが特徴的な初老の兎人族。ハウリア族族長兼司令官のカムである。
「兎人族だと?!くっ、貴様らのような獣風情が帝国に楯突くなど、到底許されることではない!いつか貴様らは裁きを受けることになるぞ!」
相手が亜人であると気付いた帝国軍の部隊長は喚き散らす。自分が追い詰められているにも関わらず、出てくるのは亜人に対する蔑みの言動である。
「そうだ、今から私を解放してくれるのであれば、寛大な処置を約束してやる!認めたくはないが、貴様らは強い。雇ってやってもいいぞ!」
そんな様子の部隊長に呆れたらしいカムは、ため息を吐くと同時にコンバットナイフを引き抜き、部隊長の首に突き立てた。
「仇は取ったぞ・・・」
今殺された男は、直接的な仇というわけではない。しかし、帝国軍であることには変わらないため、カム達からすれば仇を取ったことに等しかった。
カム達は喜びの声を上げるようなことはせず、全員が俯いている。ヘルメットを被っているため、その表情は見えない。唯一分かるのは、帝国によって奪われた仲間のことを想起しているということだろう。
急に、ザーッと雨が降り始める。降り注ぐ天然のシャワーは、装甲に付着した返り血と地面に染み込んだ血を洗い流す。そして、雨に打たれながら接近してくる3体の人影と1体の浮遊する影があった。
「カム、全て説明してもらおうか?」
影の正体はハジメ達だった。ハジメとシアはバリアスーツを装着し、ユエは予備のパワードスーツを着用することで雨を防いでいる。なお、ベビーは雨ざらしの状態である。
「はっ、大将・・・」
カム達が帝国軍を襲撃した理由は、やはり仲間の仇討ちであった。あの時、帝国軍に捕まったハウリア族は商品価値の有無で振り分けられ、価値無しとされた者はその命を奪われているのだから。そして、残りは帝国に連行されていった。
今までのハウリアなら、敵から逃げるだけで復讐を考えることは無かっただろう。だが、ハジメによって鍛えられ、装備を与えられた彼らは、敵を返り討ちにできるだけの力を手に入れた。
誰しも、力を手に入れたら振るいたくなるもの。帝国軍に対する復讐が主目的である彼らだったが、純粋に力を振るいたいという意思もあったのだとカムは正直に語った。
「いかなる処罰も受けるつもりです」
「いや、今回は不問とする。いずれは、帝国軍を相手に対人戦をやらせるつもりだったからな。そのタイミングが早まっただけだ」
ハジメは、カムに罰を与えなかった。
「これ以降は不用意に力を振るうことを禁じる。その力は、自らを守る力。それを振るっていいのは、自分や家族に危機が迫った時のみだ」
「了解しました、大将。寛大な処置に感謝いたします」
この日、ハウリア族は初めての対人戦を経験し、力を振るう目的を改めて認識した。
次回、ようやくフェアベルゲンに行きます