ヤマト2198 第二次火星沖海戦 The ORIGIN 作:岩波命自
無限に広がる宇宙。
漆黒の宇宙とそこに煌めく数多の星々。
無数の星々が浮かぶ宇宙の海を、緑色に塗られた宇宙艦艇が何百隻も航行していた。
なんて数だ、とその宇宙艦艇の群れを見た彼は額に汗を浮かべる。
緑色の宇宙艦艇、ガミラスと呼ばれる異星人の宇宙艦艇の群れは、大きく分けて二つの群れ、艦隊を成していた。
一つは超弩級戦艦が二隻、戦艦が一〇隻、巡洋艦が二四隻、駆逐艦が四〇隻。もう一つは揚陸艦が三〇隻に戦艦二隻、空母が二隻、巡洋艦が一〇隻、駆逐艦が三〇隻。
ガミラスの大規模侵攻艦隊と見て間違いないだろう。
コールサイン・ソード3と呼ばれる偵察機を駆る彼は、急報を後方の味方に入れようとして思いとどまった。
今通信を発すれば、傍受した敵が近くの敵空母から迎撃機を上げて追撃しに来るかもしれない。
ガミラスの攻撃で多くの観測ステーションを喪って、広域索敵網が破綻しかけている今の自分達にとって、味方に確実な情報を知らせる事が出来るのは自分しかいない。
そう考えなおし、彼は通信機の発信ボタンに伸ばしかけていた指をスロットルレバーに戻すと、スロットルレバーを押し込み、操縦桿を倒して急旋回した。
安全宙域まで離脱してから味方に急報を入れよう。
索敵機、ソード3から「我敵艦隊を発見」の報が国連宇宙海軍特別混成艦隊司令部が置かれるコンゴウ型宇宙戦艦キリシマのCICに届いたのはそれから間もなくの事だった。
「敵異星人艦隊は現在、デイモスの沖合二〇万キロに位置しています。
敵艦隊は大きく二つに分かれており、その構成は戦艦、巡洋艦、駆逐艦からなる前衛部隊と、揚陸艦を含む遠征打撃部隊です。
敵の狙いは火星本土への上陸作戦でしょう。火星に新たな橋頭保を築き、地球侵攻及び攻撃へのさらなる足掛かりとするはずです」
作戦参謀の一人である五十嵐速雄(いがらし・はやお)一等宙佐がスクリーンパネルに表示されるガミラス艦隊をポインターで示しながら艦隊司令官沖田十三宙将を始めとする艦隊参謀らを相手に彼の予想するガミラスの意図を説明する。
「揚陸艦を後方に艦隊に従えている時点で、異星人側が上陸を目的とした作戦に出ているのは明らかでしょうな」
腕を組んで聞いていた作戦参謀の風見優斗(かざみ・ゆうと)一佐も同意だと頷く。
敵艦隊の総数は一五〇隻。
対する国連宇宙海軍は戦艦三、巡洋艦五四隻、駆逐艦七〇隻の一二七隻。
数では国連宇宙海軍側が少ないが、最大級の問題は数よりも武器の質にあった。
国連宇宙海軍の艦艇の主力武装の高圧増幅光線砲ではガミラスの艦艇の装甲を撃ち抜けないのである。
実弾兵器である魚雷やミサイルであれば、ある程度のダメージを与えられるのだが、有効打を得る前に迎撃されたり、発射母艦や母機が撃破されてしまう事もしばしばだ。
テクノロジーの面で大きく差が付けられている事は七年前のファーストコンタクトの時点で分かっていた事だったし、これを強引に補おうとしてガミラス艦隊の倍の艦隊の量で戦いを挑んだ六年前のカ号作戦でも結局国連宇宙海軍は敗北している。
開戦から七年。国連宇宙海軍は各宙域でガミラス軍との戦いに全て敗れ、艦隊戦力は次々に消耗していった。
唯一互角の戦いをすることが出来た戦闘機を搭載する空母は軒並み戦争序盤に失われてしまい、国連宇宙海軍は常に航空支援無しの戦いを強いられた。
ガミラスによる地球本土への遊星爆弾による本土爆撃まで始まってからは失われた空母を始めとする戦没艦艇分の新造補充すらままならなくなり始め、今この火星沖に展開する艦隊はありったけの稼働戦力を動員した結果だ。
艦隊は日本、ロシア、アメリカの三宇宙軍を軸に構成されていたが、中でも数が多く主力部隊を務めているのは日本だった。
日米露の宇宙軍が保有するコンゴウ型宇宙戦艦、ムラサメ型宇宙巡洋艦、イソカゼ型突撃宇宙駆逐艦、それに火星の大地でモスボール保管されていた第二次内惑星戦争の生き残りの旧火星自治政府海軍オリンパス・モンス級巡洋艦二四隻まで動員した国連宇宙海軍史上最大級の大艦隊。
結局は数だけ増したような艦隊だったが、国連宇宙海軍も開戦以来から全くガミラスに対抗できる術を探るのを怠っていた訳ではない。
コンゴウ型宇宙戦艦三隻、日本艦隊のキリシマ、アメリカ艦隊のアリゾナ、ロシア艦隊のクレムリン、それに三〇隻のムラサメ型巡洋艦には最新鋭の陽電子衝撃砲が一門ずつ備えられていた。
シミュレーション結果では高圧増幅光線砲を遥かに上回る大火力を発揮し、その威力はガミラス艦艇の装甲をも射抜けると試算されている。
ガミラス艦艇に対抗出来る術を持ち合わせた国連宇宙海軍だが、この陽電子衝撃砲、通称ショックカノンには一つ大きな問題点があった。
それは発射時には全動力をショックカノンに回さないといけない、と言う点だった。つまりショックカノン発射の際は主砲はおろか主機すらまともに動かす事も出来なくなるのである。
しかも発射までのエネルギー充填にも時間がかかり、どんなに機関に負荷をかけて時間を短縮させても一発撃つのにチャージ時間は六〇秒は必要だった。
それはすなわち最低でも六〇秒間は攻撃はおろか身動きすらままならなくなると言う事だ。
姿勢制御スラスターだけは別腹なので回頭程度なら一応出来るし、主動力を切っても慣性航法で艦は進むので前進だけなら問題はないが、ショックカノン発射体制に入れば敵からの攻撃への機敏な回避運動はほぼ出来なくなる。
ショックカノン発射まで敵艦隊に発砲されない、実質はずれが許されないだけに精確さそのものを要求される射線確保、敵の正確な位置の評定。
この三つが国連宇宙海軍側にとって重大な要素だった。
ここで敵の侵攻艦隊を食い止めなければ、地球はさらなるガミラスの攻撃に晒される事になる。故に国連宇宙海軍将兵の士気は否応なしに高まっていた。
国連宇宙海軍は火星に絶対防衛線を敷き、ありったけの数の艦艇を動員して再編した艦隊戦力をもってガミラスの侵攻艦隊との決戦を挑もうとしていた。
地球の国力は既に遊星爆弾の影響もあり限界に近く、ここで艦隊を喪ったらもう地球を守る方法は無い。何としてもここでガミラスの侵攻艦隊を撃退しなければ、地球本土陥落は確実だ。
ここで自分達が死力を尽くしてでも絶対防衛線を死守しなければ自分たちの故郷が侵略者によって奪われ、失われる。その現実が将兵の間で高まる士気と共に共有されていた。
作戦の指揮を執る沖田宙将もその思いは同じだった。
切り札を搭載した艦艇で揃えられた国連宇宙海軍きっての大艦隊をもってガミラスの侵攻艦隊を迎え撃つ。
しかし迎え撃つにあたり、ガミラスの侵攻艦隊をどのようにして迎え撃つか、これが最大級の問題であり焦点だった。
ガミラス側にショックカノンの事を悟られて対抗措置を取られたら、その時点で国連宇宙海軍に勝ち目はないだろう。
確実にショックカノンの有効射程内にガミラス艦隊を引き付け、一隻ずつ確実に仕留める。
せめて主力艦である戦艦や巡洋艦は一隻でも多く撃沈しておきたかった。
「既に敵艦隊の進行を妨害するための機雷敷設及び意図的なデブリ群の放出は完了しています。
今のこの宙域はかなり汚れています。敵艦隊がそれをどこまで把握しているかは定かではありませんが、仮に分かったとしてもその数にすべて対応出来るとは思えません。
一方のこちらはホームグラウンド戦です。侵攻する敵側と違ってこの宙域の事は知り尽くしている。
我が方のショックカノンの射界に敵艦隊を何とか誘引できれば、なのですが」
五十嵐の言葉に司令部幕僚たちは顔を曇らせる。どうやって敵艦隊を必中の射線上に引きずりだすか、あるいは射撃の機会を確保するか。
するとそれまで黙っていた参謀の一人が「意見具申宜しいですか?」と口を開いた。
オリンパス・モンス級巡洋艦二四隻からなる「オリンパス戦隊」の指揮官でもあるフレデリック・フィリオン大佐だった。
沖田が無言で意見具申を認めると、フィリオンはポインターを駆使してスクリーンパネルに表示される「オリンパス戦隊」のマーカーを国連宇宙海軍艦隊から分離表示させた。
「我がオリンパス戦隊全艦をもって、異星人艦隊の打撃部隊を強襲し、敵艦隊を本艦隊へ誘引するのです」
「艦隊を二分すると言う事かね?」
静かに尋ねる沖田にフィリオンは頷く。
「どの道、我が戦隊はコンゴウやムラサメ等と適切な艦隊運動を行える設計が出来ていません。いざ戦闘になった時、艦隊運動で思わぬ失敗をして、決戦兵器ショックカノンの射撃機会を逃してはこの戦いで我々は何度となく味わってきた敗北をまた味わう事になります。
たった二四隻しかいない艦隊ですが、どの艦も再復帰に当たって整備や準備は万全です。その機動力で敵艦隊を本艦隊のショックカノンの射線に引きずり入れて見せましょう。
敵艦隊は我が方が事前に敷設した機雷やデブリでおのずと進撃するルートは限られてきますし、そこを我が戦隊がその選択肢を更に狭めると言う事です」
機動力、と言う言葉に沖田は内心苦笑を浮かべていた。彼自身、オリンパス・モンス級巡洋艦相手に内惑星戦争の時相まみえた経験があるからだ。
第二次内惑星戦争の時は強力な火力を持つことで恐れられた国連宇宙海軍のコンゴウ型やムラサメ型の火力に対して、オリンパス・モンス級を有する火星自治政府海軍がとったのは機動力を生かした遊撃戦だった。
物量ではやや劣勢の火星自治政府海軍は遊撃戦をもって国連宇宙海軍と戦争を繰り広げた。その機動力を生かした戦い方に追随できるイソカゼ型が多く投入され、さながらドッグファイトの様な艦隊戦が第二次内惑星戦争で何度も繰り広げられた。
最終的には国連宇宙海軍の戦略とその物量に屈する形で火星側が敗北し、生き残ったオリンパス・モンス級は国連宇宙海軍に接収されモスボール保管される事となった。
今国連宇宙海軍艦隊に加えられたオリンパス・モンス級の乗員は、第二次内惑星戦争後に国連宇宙海軍に編入されていたかつての火星自治政府海軍の生き残りで構成されている。フィリオンも元火星自治政府海軍の兵士だった。
艦の運用は国連宇宙海軍よりも熟知している者達の手で運用されるオリンパス・モンス級は一種の数合わせ的な側面での動員だったが、こういう運用でしか生かせないのも事実だ。
オリンパス・モンス級とて主砲は連装高圧増幅光線砲二基しか無いし、その火力はムラサメ型と大差はない。
一途の望みを託せる実弾兵装である魚雷発射管も二門しかなく、巡洋艦でありながらコンゴウ型やムラサメ型の整備を優先した結果ショックカノンも装備されていないのでガミラス艦に有効打を与えられる保証は殆どない。
唯一の希望は艦の機動力とムラサメ型並みにある抗弾性だけだ。
この機動力を用いてショックカノンを備えた本艦隊の射線上にガミラス艦隊を引きずり出す。
「誘引するとなると敵に背中を見せて航行する可能性は高いぞ。後部に指向可能な兵装がないオリンパス・モンス級では一方的に背中から撃たれて全滅もありうる。何か作戦はあるのか」
オリンパス・モンス級の兵装の問題点からの危険性を指摘する風見に、フィリオンは自身の考える作戦を説明する。
「敵艦隊は火星の赤道上に向けて進行中です。まだこちらの存在に気が付いていないか、或いは片手間で倒せる敵と見て無視を決め込んでいるかです。
敵の進路上近辺には破壊されたスペースコロニーのデブリ群が多数漂っています。今次戦争によるものもあれば、前の第二次内惑星戦争の時のモノも。
これを隠れ蓑にして敵艦隊を強襲します。敵艦隊が本艦隊のショックカノンの射線上に出ればあとは一斉射撃で撃退出来ましょう」
「そうなれば、問題はタイミングだな」
スクリーンに目を落として五十嵐は呟く。
風見と沖田、フィリオンら幕僚らもスクリーンパネルに投影される火星近海の宙図に目を向ける。
そこで幕僚の一人でありオリンパス戦隊の次席指揮官でもあるマイケル・ライア中佐が組んでいた腕を解いて沖田に意見具申を求めた。
「意見具申宜しいでしょうか?」
無言で沖田が頷くとライアは自分のノートPDAを操作して宙図にマーカーを出現させた。
「これです。第二次内惑星戦争で破壊されたコロニー『サイド4』の残骸。この残骸は半径一〇〇キロ圏内に大小一〇〇〇個近いデブリとなって火星沖合に漂っています。一日周期で火星も周囲を一周しており今から三時間後には我が艦隊の現在位置から七〇〇〇キロの場所を通過します。
これを利用します。このデブリ群にオリンパス戦隊は機関停止してロケットアンカーで艦体をデブリに固定。敵艦隊が同デブリ群の近辺に差し掛かったところで戦隊は偽装解除し一撃離脱の奇襲を仕掛けます」
「戦隊が隠れたデブリ群が敵艦隊に一番接近するまでにかかる時間は?」
質問する五十嵐にライアはPDAで算出した時間をスクリーンパネルに表示させる。
「今から戦隊を移動させて、間もなく接近するデブリ群に隠した場合最短で二〇時間後です。
敵艦隊が現在の進撃速度を維持した場合、デブリ群が敵艦隊に一番接近するのは敵の艦隊の中でも前衛となっている打撃部隊の後背を突くことが可能になるタイミングになるでしょう」
「敵艦隊も馬鹿ではない、デブリにも警戒を払っている筈だ。僅かな熱源も見過ごさないだろう。それに関してはどうするのだ?」
重ねて問いかける五十嵐にライアはサイド4のデブリの状態をスクリーンパネルに共有する。
「御覧の通り、『サイド4』にはソーラーパネルがまだ付随している残骸も多数あります。敵前衛艦隊の後背に位置する頃には太陽の光が丁度反射するタイミングで、ある程度の大きさが保たれているパネル一群でスラスター程度の熱源と同レベルの熱量を発します。
それにこういうことも想定してオリンパス戦隊各艦にデブリに偽装する多目的偽装シートが装備されています。
戦隊全艦が隠れ蓑にするには充分なサイズのデブリが多数浮遊しているので、問題は無いと思われます」
説明を終えたライアが言い終えるのを待って、それまで黙って聞いていた沖田が威厳のある声で全員にオリンパス戦隊を陽動部隊とする作戦案を下命した。
「よし、フィリオン大佐の作戦を採用する。我が主力艦隊は時間調整の為現在位置から五万キロ後退する。
オリンパス戦隊は直ちに『サイド4』のデブリ群にて偽装開始。敵艦隊の後背にデブリ群が位置する時を待ってから奇襲。一撃離脱戦法に徹して主力艦隊のショックカノンの射線上に敵艦隊を誘引せよ。
主力艦隊はショックカノンのエネルギー充填と最終チェックだ。土壇場でショックカノン発砲不能と言う事が無い様各艦入念に準備せよ。
ショックカノンは連射が効く兵装ではない。一撃必中を心掛けよ」
「了解」
司令部幕僚達の唱和した返事が沖田に返された。
解散別れが下った後、沖田はフィリオンを呼び止めて「一つよいか?」と伺う。
「何でしょうか司令?」
真剣な眼差しで自分を見る沖田にフィリオンも改まって向き直る。
自分に向き直るフィリオンの肩に沖田はおもむろに両手を置くと、彼の目を見て厳かな声で胸の内に抱えていた思いを口にする。
「一隻でも多く連れて帰って来てくれ。一隻でも一人でも多く生きて帰って来られれば明日の地球、火星の未来に繋がる。君も含めて全員生きて帰る思いで頼む」
沖田の言葉にフィリオンは軽く驚きを覚えた。今次戦争が勃発する前、第二次内惑星戦争の後から火星に人は住んでいない。
マーズノイドと呼ばれる火星の民は第二次内惑星戦争後地球に、新たな内乱を防ぐ目的から強制的に新天地から地球に連れ戻され以来火星の地を踏んだ者はいない。
地球政府からすれば今となっては火星など地球を守る為の拠点の一つ程度にしか見ていない。
しかし、沖田は違った。いつの日か火星に再び人が住まう日を見越して、マーズノイド達の心の故郷火星の未来も彼は考えて、「地球と火星の未来」と敢えて言った。
皮肉なものだとフィリオンは胸中で苦笑した。沖田は第二次内惑星戦争で火星自治政府海軍との艦隊決戦で国連宇宙軍を勝利に導いた英雄だ。火星、マーズノイドの未来を打ち砕いた宿敵とも言えた。
そのかつての宿敵から地球だけでなく火星の未来の為に、生きて帰って来いと言われた。
「私が言うのはおこがましいと思うだろう。だが私はいつの日か再び火星の大地に人が住まい、地球と再び手を携えて平和な世界を築くことを望みたいのだ。
同じ人間として、一人の男が願う明日の平和の姿だと思ってくれ。過去の事を忘れろとは言わん。私を恨みたいなら恨んでも構わん。私は火星の民の理想の未来を奪った人間の一人だ。
だからこそ、もしやり直していく事が出来るのならまた一からやり直したいと私は思っている。
地球と火星が手を携えて再び反映していく地球圏の平和。その為には君たちの様な若い人間が一人でも多く重要になって来るのだ」
「お気持ち確かに受け取りました。司令のお言葉、私の口から全戦隊の将兵にお伝えしましょう」
深々と頷いて承諾するフィリオンに沖田は「頼むぞ」と託す思いの目で見つめた。
「こんな宙域にも拘らずデブリが多いな」
ガミラス航宙艦隊少将のギンター・リッテンスは旗艦ガイデロール級二等航宙戦闘艦(航宙戦艦)ゲルマルクのブリッジから見える宇宙空間を見て呟いた。
「何度かこの宙域で艦隊戦や我が軍の攻撃等で敵のコロニーや防衛拠点、艦艇を破壊しているので、その際に発生したデブリ群です」
リッテンスの副官兼ゲルマルクの艦長ヴォルスト・ヴィンデマン大佐がスクリーンパネルを操作して説明する。
冥王星に拠点を置くガミラス空間機甲旅団は全員純ガミラス人ではなく、二等臣民であるザルツ人で構成されていた。
しかし火星侵攻作戦に当たって「二等臣民のザルツ人が栄誉を立てたと言うのはつまらん」と言う銀河方面作戦司令長官のグレムト・ゲール少将の個人的な差別思想から、一等臣民である純ガミラス人指揮官であるリッテンスが作戦の直前になって送り込まれた。
着任当初はザルツ人部隊である空間機甲旅団から嫉妬の目を随分向けられたリッテンスだったが、リッテンス自身はザルツ人への偏見や差別意識は皆無であり、一緒に大規模作戦となる今回の作戦に励もうと率いる事になる空間機甲旅団のメンバーに働きかけていた。
リッテンス自身はゲールとは違ってザルツ人に差別意識も偏見も何もなく同じガミラスの民として、戦友として見てくれていると言う事に空間機甲旅団の将兵が認識するまでさほど時間はいらなかった。
意思疎通が問題ないレベルに良好な関係を築けるに至るまでリッテンスはゲールに作戦開始を渋った。
ゲールとリッテンスは同じ少将ではあるが、厳密に言うとリッテンスの方は下級少将でありゲールより下ではあった。
それでもザルツ人とは違って同じ青い肌のガミラス人であり、尚且つほぼ同じ階級のリッテンスにごねられると流石のゲールも強引に従わせる訳にもいかず、結局一等臣民の顔が立てばいいと言う結論に至ったゲールから「しくじるなよ」とだけ言われて後は自由にやれることになった。
急かすゲールを退けたリッテンスは空間機甲旅団のザルツ人メンバーとの意思疎通や指揮系統の入念な確認に精を上げ、空間機甲旅団の司令官シュルツ大佐からもはっきりと艦隊を任せられる信頼を得てからようやく艦隊を発進させた。
艦隊指揮官としての経験は相応にあるリッテンスだったが、対テロン戦(ガミラスでは地球はテロンと呼ばれる)そのものは今回が初めてだった。
それだけに事前準備は入念にしてきたリッテンスだが、いざ実戦に出て見れば情報で聞いて来ただけだった現場の状況に驚かされるところが多かった。
初めて訪れる対テロン戦の最前線の風景に驚きながらもリッテンスは上手く艦隊を指揮して歩を進めていた。
既にレーダーで敵艦隊の姿を捉えていた。総数はこちらよりやや少ない程度。
ガミラス側の大規模な侵攻作戦を前にテロン側も総力を挙げて迎撃にかかってきたと言うところだろう。
一つリッテンスが気がかりにしている事があった。それは偵察機や光学カメラで確認されていた「未知の敵艦」の存在だった。
敵テロン艦隊には四種類の艦艇が確認されている。宙雷艇程度の小型艦、ガミラスのクリピテラ級航宙駆逐艦程度の中型艦、ケルカピア級航宙高速巡洋艦よりやや小さい程度の大型艦。その大型艦をベースにしていると思われる空母の四種類で、空母を除く三種の艦艇はガミラス側では小型艦を駆逐艦、中型艦を巡洋艦、大型艦は戦艦として認識していた。
特に戦艦は配備数が少ない様で艦隊旗艦を務める事も多い事が傍受したテロン艦の無線から判明していた。
これまでのガミラス側の戦術は艦隊旗艦である敵の戦艦を撃沈してテロン艦隊の指揮系統を混乱させている間に確たる技術力の差を生かして砲撃戦で敵艦隊を蹂躙すると言うモノだった。
テロン艦隊も決して侮れる存在でもなく、肉薄して来る駆逐艦の砲弾系の攻撃で少なくない艦艇が損傷を受けているし、一〇隻程度はガミラス側も廃艦処分を決定する程の大損害を受けている。
特に航空機の打撃力は侮りがたく、ガミラス側の戦闘機と性能面は大差がなかった。空中戦となれば互角の勝負を仕掛けて来るだけあって敵艦隊にいる空母は優先攻撃目標となった。
幸い敵空母は早期に全艦を仕留める事が出来たらしく、開戦初期に確認出来るだけで二〇隻の空母を沈めて以来テロン艦隊に空母の姿は見られない。
戦時急増艦も出張って来るかと思われたが、遊星爆弾による長距離爆撃でドックが破壊されたのか今回の敵艦隊に空母の姿は無く、今この宙域の航空優勢はポルメリア級航宙母艦を引き連れているガミラスが確保していると言ってよかった。
そんな中で「未知の敵艦」が確認されただけあって、リッテンスを始め参謀達は警戒心を高めていた。
開戦から七年が過ぎている今、テロン側が火器、装甲面でつけられている差を埋めにかかっているのはリッテンスにも予想していた。空間機甲旅団のシュルツ司令達は戦局を変えられるほどの技術力もないテロン人だから問題ないと楽観視してはいたが、リッテンスは違った。
七年も過ぎればどんな文明でも多少の変化は訪れる筈だとリッテンスは考えていた。だから新兵器がそのうち投入されるかもしれないと言う危惧を彼は抱えていた。
その予想が半分当たったかの様に今回「未知の艦艇」が確認された訳だった。
「偵察機の光学カメラで確認した敵艦隊の最新の映像です」
参謀がモニターに偵察機が入手した最新のテロン艦隊の映像が表示された。
「戦艦三、巡洋艦三〇、駆逐艦七〇。未知の艦艇の艦影は見当たりません」
「確か二四隻はいた筈だが、どこへ行った?」
そう呟くリッテンスにヴィンデマンが「補給艦などの支援艦艇だったのでは?」と自身の考えを述べる。
「一二七隻の大艦隊です。支援の艦艇も相応に必要になるでしょう」
「しかし、それに該当する艦艇がこれまでに確認されてこなかったのはおかしい。それに一〇〇隻を上回る艦隊に補給艦等の支援艦艇が二四隻と言うのもいささか少ない」
「敵は我が方の遊星爆弾爆撃で戦力の補填が間に合わなくなり、老朽化して保管されていた二線級の艦艇を引っ張り出して来た、と言う可能性は無いでしょうか?」
一等臣民のガミラス人乗員だらけのゲルマルクに乗り込むザルツ人参謀のガルガ中佐の発言に、リッテンスはそれかもしれんと頷く。
「あり得る話だ。旧式化した老朽艦も動員する程向こうは逼迫していると考えれば辻褄が合う。
これまでの艦隊戦で諸君らの活躍もあってテロン艦隊は常に大損害を被って来た。当然艦艇や人員の補充は必要だが遊星爆弾による爆撃でその補填も満足に行き届かなくなり始め、貴官の言う通り致し方なく保管していた老朽艦も駆り出したと言うところだろうな。
問題はその老朽艦の性能を我々は全く知らないと言う点にある」
「既に渡り合ってきたテロン艦の火力は砲弾系を除けば我が方の艦艇の装甲で完全に防げます。
砲弾系も命中精度自体は低いのか接近して撃ち込むのがテロン艦のやり方ですから、肉薄する艦艇を狙撃していけば防げます。
つまりその程度の戦術しか取れない現用艦艇よりさらに古い艦艇となれば火器も機関も装甲もさらに劣るものになるでしょう」
そう語るガルガの言葉にリッテンスが同意の頷きをする事は無かった。
どうにもこの空間機甲旅団のザルツ人将兵はテロン人を見下すがあまり、敵を正確に推し量る目に欠ける嫌いがある。
ガルガ中佐もそれに漏れずいささか楽観視を通り過ぎている面があった。
無理もない。日頃からゲールに見下され、こき使われてきた二等臣民部隊だ。劣等民族と蔑まれてきた自分達よりも劣る人種が出ればそれに勝りたいと言う愉悦感に浸りたくなるのも致し方ないのかも知れない。
リッテンスとしては私情を現場に挟まず、常に誠心誠意軍務に励んで欲しいところなのだが、テロンとの戦いで優勢に戦局を進めてきたせいもあってか、この空間機甲旅団の意識は若干弛緩して油断している節が感じられた。
油断大敵と言う言葉はガミラスにもある。リッテンスが好きな言葉でもあるがこの言葉が今とても重要に思えて来た。
とにかく今この宙域にいる敵艦隊には未知の艦艇が含まれていない、と言う事実は確かだった。
老朽化した二線級の艦艇も動員したが、結局は二線級故に足手まといと分かって艦隊から切り離したか、それとも何か奇策を考えて別行動に移したか。
「後方の空母部隊に索敵機を増やすよう要請を出せ。それと各艦索敵警戒を厳に。敵は何か隠し手を持っているかもしれん」
「少将は心配性ですなあ」
参謀の一人が苦笑交じりに返しながらも後方の空母部隊へ通信を繋ぎ、索敵機増派要請を出した。
ポルメリア級航宙母艦(空母)からFG156スマルヒ偵察機が発艦し、リッテンスの指示通りに索敵警戒に当たる。
同時にDWG229メランカ戦闘攻撃機も戦闘空中哨戒機として何機か上げさせた。
テロン艦隊に空母はいないから航空優勢はこちらのモノだ。何かあったらメランカ隊の航空支援で支えられるだろう。
今回は揚陸艦を多数引き連れて来ているだけあって、今リッテンスが率いる前衛艦隊七六隻で敵艦隊を撃破しておく必要があった。
空母部隊から索敵機と戦闘機が上がるのをモニターで確認していたリッテンスはふと何気なくモニターに表示されるあるモノに目を止めた。
デブリ群だ。人工物と分かる形状のものが比較的広範囲に密集して浮かんでいる。ただ浮かんでいると言うよりは今回の侵攻先の惑星の周囲をぐるりと回る軌道で周回しているモノだった。これは以前から確認されていたデブリ群なので目新しい発見でもない。
デブリ群は前衛艦隊の後方に接近していた。別に回避運動を取らずともこのまま前進していれば後方をデブリ群が惑星の引力に引かれた軌道をそのまま通るだけだから気にする必要はない。
後方の揚陸艦隊にも問題が発生するものではない。しかしリッテンスはなぜかこのデブリ群に妙に胸騒ぎがするものを感じた。
「偵察機に指示を出せ。あのデブリ群を偵察せよと」
「しかし、デブリが多い上にあのデブリ群のデブリの密集状況まで把握しておりません。偵察機を飛ばすと最悪思わぬデブリと衝突して墜落する可能性も」
「デブリ群の周りからでもいい、とにかくあそこの情報が必要だ」
「は」
ゲルマルクからスマルヒ四機にデブリ群への偵察飛行指示が下される。パイロット達は飛んだ経験のないデブリ群の中では無く外から偵察せよとの指示にほっと胸をなでおろした。
運動性の高いスマルヒ偵察機とは言え、少なくない数のスマルヒパイロットがデブリとの衝突事故で死亡している。同僚がたどった悲惨な事故を自分達が味わうのはスマルヒパイロット達にとっては勿論御免だった。
「こちら右ウィング。敵偵察機と思しき機影を確認」
報告する見入り員の声は傍受される心配は無いとは言ってもどうしても小声になりがちな声量だった。
偽装シートを被せて各デブリに身を隠すオリンパス戦隊のオリンパス・モンス級巡洋艦二四隻は少しずつ、ガミラス艦隊の真背後にデブリに身を乗せて忍び寄りつつあった。
二〇時間ほど前に主力艦隊から分離してデブリに身を潜めてからこっち機関停止して補助電源だけで各艦は動いていた。
通信も制限し、必要であれば各艦の間をリレーする形で伝令がデブリの中を器用に掻い潜って伝達して回っていた。
「まもなくゼロ・アワーです」
オリンパス・モンス副長の囁くような言葉にフィリオンは腕時計を見て無言で頷く。
事前に敷設した機雷源とデブリ源の位置の再確認は既に終わっている。
後は時間が来たら行動に移すまで。
無線封鎖に入る前にフィリオンは沖田の言葉を戦隊の将兵に約束通り伝えていた。
この戦争後、再び火星の大地に人類が住まうのその日が来ることを夢見て、その未来の実現の為に生き延びる努力に努めよとフィリオンはオリンパス・モンスのブリッジクルーの一人一人の目を見つめながらマイクに吹き込んだ。
そして最後にマーズノイドが第二次内惑星戦争で口にしていたスローガンを基にフィリオンは締めの言葉とした。
「『Mars Aeternum.Tellus Aeternum』(火星よ永遠なれ、地球よ永遠なれ)」
前者は第二次内惑星戦争でのマーズノイドの標語であり、後者はフィリオンによる造語だったが、これを聞いたオリンパス戦隊の士気はぐんと上がっていた。
オリンパス・モンス級の火力ではガミラス艦艇に太刀打ちは出来ないが、機動力ではガミラス軍や国連宇宙海軍艦艇にも全く劣らない、寧ろ一番優れていると言う自負すらあった。
そわそわする若いオリンパス・モンスの通信長を見て、歳嵩のオリンパス・モンス戦術長がその肩に手を置く。
「落ち着け」
「武者震いが止まらんのですよ」
「目の端っこに映るその震え方が見えるとこっちが落ち着かなくなる」
そのやり取りを見たフィリオンがふっと笑みを浮かべた時、時計を見ていた副長がはっきりとした声で「時間です」と作戦開始時刻を報じた。
「ようし、やるぞぉ。全艦に発令。偽装、通信、電波管制解除、機関始動。
方位二時一六分、全艦最大戦速! 各艦、離れずに着いてこいよ!」
凛と張った声でヘッドセットに吹き込むフィリオンの号令に応える様に二四隻のオリンパス・モンス級巡洋艦のエンジンに火が入った。
劇中のオリンパス戦隊を構成するオリンパス・モンス級巡洋艦は「時代」で新規登場した火星自治政府海軍の宇宙艦艇です。
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