Fate/Zure   作:黒山羊

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010:Diversionary tactics.

 着古してクタクタになったコートに身を包んだ切嗣は、朝一番の便でドイツから日本へと渡り、冬木の街に入り込んでいた。現在彼がいるのはビジネスホテルよりは多少マシ、といった程度の安宿である。切嗣は此処で、先んじて冬木に潜入していた弟子兼助手の久宇舞弥と合流し、作戦会議を行っていた。

 

「昨晩の遠坂邸での展開、舞弥はどう見る」

「疑問点が二、三ありますね。アサシンが霊体化しなかった理由、遠坂がわざわざサーヴァントの姿を見せた理由、そしてアーチャーの正体です」

「そうだな。聖杯戦争に関して遠坂はベテランだと言って良い。そんな奴が、サーヴァントの真名に関する手がかりをわざわざ出してくる意図がわからない。昨日の戦闘だけでも、アーチャーからはあまりに多くの情報が得られているからね」

 

 聖杯戦争において、真名が看破される事は即ち死を意味すると言って良い。英雄というのはその弱点すらも有名なのである。例えば、ジークフリートを召喚した場合、真名がばれたが最後、只管背中を狙われるだろうし、クーフーリンの場合、犬の肉片を口に突っ込めば大幅に弱体化できる。

 

 中にはこれと言って弱点がない英霊と言うのも存在するが、その場合は逆にガチガチに対策されてしまうのがオチだろう。炎を操る英雄ならば炎対策を入念にすれば大幅に戦闘が楽になる。魔眼の類を持つ英雄ならば、磨き上げた銀の盾でも用意してやればいい。かくも真名と言うものは、発覚すれば非常に厄介な代物なのである。

 

 それを知った上で、遠坂はサーヴァントの姿を公開したのだ。それは即ち――――

 

「どうやら真名を知られても問題ないか、真名が絶対ばれない自信があるかのどちらかみたいだな。……僕は後者だと思う」

「そうですね。事実、ナチスのSS将校と言うのはヒントの様で全くヒントになっていない。なにしろ該当者が多過ぎ(・・・・・・・)ですし」

「ああ。それに、宝具も『判りすぎて意味がわからない』。ワルサーP38とパンツァーファウストってのはわかるんだが……あれに逸話なんてあるのか?」

「当時としては優れた兵器ですが、宝具になるかと言われると否ですね」

「だが、現にあれは宝具だった、か。……考えれば考えるほど混乱するな。もっと情報が必要だろう。……遠坂邸への監視を増加、それと教会もだ。言峰綺礼の動向も気になる。……代行者が指示したにしてはあのアサシンのやられ方は間抜けすぎるからね。何か策があると見るべきだろう」

「了解です」

 

 そう答えた舞弥は、コウモリを増員するべく部屋を退出する。その間に、切嗣は舞弥に準備させておいた兵装のチェックを行う事にした。これらの兵装で戦うのはかれこれ九年振りだ。事実、愛銃トンプソン・コンテンダーのリロードも、昔の倍は遅くなっている。一刻も早く勘を取り戻す必要があった。中折れ式の銃身を開き、薬莢を抜き出し、次弾を装填、銃身を戻す。たったこれだけの動きの速度が、命運を分ける事があるのだから。

 

 そんな訳でひたすらパカパカとリロードの練習をする切嗣。そんな彼の携帯に、公衆電話からの着信があったのはその直後だった。

 

『もしもし、斎藤さんのお電話でしょうか?』

「……はい。斉藤ですが」

『待ち合わせは"セブン"で良いんですよね?』

「…………セイバーか。そのままの口調で話せ。不自然にならないようにな」

『あー、わかりました。俺は今冬木入りしたところです。"彼女"も連れて来てますけど、大丈夫です?』

「ああ」

『あ、大丈夫ですって。俺は取り敢えず今回は"盛り上げ担当"なんで、"可愛い子誘っときます"。斎藤さんは遠慮なく"ハート射抜いちゃって"ください』

「了解。僕も"パーティグッズ"は準備した。いい忘年会にしよう」

『わっかりましたー。じゃ、また"夜に"』

 

 そんなセリフとともに切られた電話。ごく普通の会話に見せかけた『セイバーからの連絡』は、そこに込められた符号を読み解けば『アイリスフィールを連れて冬木に到着した。これより陽動として行動し、他のサーヴァントを釣り上げる。夜に開戦予定』となる。それに対して切嗣は『武器の調達が完了した』と返事を返したわけである。

 

 セイバーが意外にも暗号の重要性を理解してくれた事により、二人はある程度連絡を取ることが可能になっていた。

 

 加えて、セイバーは現在、切嗣の指示で現代風の装いに身を包んでいる。風邪予防用のマスクとマフラーで口元を完全に覆っており、読唇術は不可能。厚手のパーカーとコーデュロイのズボンを身に着けた冬としてはごく一般的なその着こなしは、冬木の街に問題なく紛れている。更に保険兼『魔貌封じ』の為に取り寄せた特殊なサングラスは、簡易の変装としては充分効果的だろう。

 

 いよいよ冬木に集結したアインツベルン陣営は、二手に別れて本格的に行動を開始する。最後の御三家が揃ったことで、聖杯戦争は大きな動きを見せようとしていた。

 

 

【010:Diversionary tactics.】

 

 

 連絡を受けた切嗣が部屋に戻ってきた舞弥と様々な準備をしている頃。セイバーとアイリスフィールの二人組は、冬木の街を散策していた。美男美女の取り合わせは道行く人の目を引くが、それを気にする素振りを見せずに二人は街をゆっくりと巡り、その姿を周囲に見せ付けていた。当然、冬木に跳梁跋扈する使い魔達は二人がアインツベルンの魔術師とサーヴァントであると見抜いているが、白昼堂々戦闘を行う訳にもいかないため今のところは監視に努めている。

 

 そんな状況に晒されている二人だが、自身の役目が陽動であると弁えているセイバーとは対照的にアイリスフィールは純粋に冬木の観光を楽しんでいた。彼女は誕生以来、アインツベルンの城から出たことがない。それ故、今回の冬木訪問は彼女にとって生まれて初めての外出なのである。切嗣が陽動作戦にアイリスフィールを組み込んだのはマスターの偽装の為だというが、そこに妻に一目でも世界を見せてやりたいという細やかな優しさが込められているのは明白であった。

 

「凄いわ、こんなに高い建物があるなんて!」

「観光ガイドによれば、冬木ハイアットホテルというそうですよ。三十二階建てで、ケーキバイキングが楽しめるとか」

「セ……アドニス、入ってみちゃだめかしら?」

「残念ですが、またの機会としましょうか。土地を一通り把握しておきたいので。……ところで、わざわざ俺を偽名で呼ぶのはなぜですか、アイリ様?」

 

 アドニス、というのはセイバーの偽名である。神話の美男子にちなんだこの名前は、一応真名のカモフラージュに成っているが、それを目的としたものではない。セイバーという人名は無くはないのだが、名字なのだ。故に、偽造パスポート用の名前として『アドニス・セイバー』なるトンチンカンな名前が採用されたのである。

 

「だって名字で呼び捨てって変じゃないかしら?」

「確かに欧州ではそうですが、日本においてはごく普通のことだとか。……なので、俺の事はセイバーとお呼び下さい」

「わかったわ、セイバー。それで、次はどこへ行くの?」

「はい。橋を渡り、深山町の方に向かおうかと」

 

 そう言って、セイバーはアイリスフィールをエスコートしつつ冬木大橋方面へと足を向ける。新都を巡っているだけでも十分に『手応え』は得られたものの、釣果が多いに越したことは無い。サーヴァントならではの清冽な闘気を周囲に撒き餌のようにばら撒くことで、セイバーは自身を囮にする。

 

 その囮が美味そうであればあるほど、釣り人は獲物に対して確実に針を突き立てられるのだから。

 

 

* * * * * *

 

 

 さて、アイリ一行がハイアットホテルを離れた直後のこと。その最上階で地上を睥睨していた一人の人物がつまらなさそうに鼻を鳴らしていた。

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。征服王イスカンダルを召喚し、時計塔から遠路はるばる冬木の地までやって来た高位の魔術師である。彼の隣では、同じように彼のサーヴァントたるイスカンダルが地上を睨みつけているが、此方は対照的に随分と楽しげに笑っている。

 

「ほほう。あの清冽な闘気、彼奴は今夜にでも打って出るとみたぞ。どうだケイネス、誘いに乗ってみんか? 余は俄然やる気が出てきたのだが」

「……好きにしろ。どのみち倒さねばならん相手だ。……しかし、あと一歩で我が工房の餌食となったのだが、随分と幸運なことだ」

「そう言えば、この館を丸々借り上げて工房とやらに仕立て上げたのだったか? 余にはよく分からんのだが、工房っつうのはどういうもんなんだ、ケイネスよ? 取り敢えず、拠点は天辺だけでなく丸ごと借りておけとは助言したものの、それ以外は結局どうなったかよく分からんのだが」

 

 その問いは、どうやらケイネスの琴線に触れたのか、彼は誇らしげに語り始めた。

 

「よくぞ聞いてくれたなランサー。……お前に言われて当初の三十二階付近のみから全館借り上げに移行した際、いっそ限界までこの館を強化してやろうと踏ん切りがついた。建物全体の構造強化はもちろん、建物自体に偽装結界を付加して外部からは変化を悟られない。さらに二十四層の結界により仮に隕石が直撃しようが、ビクともしない強度を誇る。……まぁ、構造強化だけでも爆破魔術の十や二十は容易く耐えるがな」

「それはまた、凄まじい城だな。……後で余にくれんか?」

「自分の城を切り売りする馬鹿がどこにいる。そもそも、此処はお前の拠点でもあるだろうが。……コホン。さて、このホテルはただ硬いだけではない。内部はこの最上階を除いて完全に異界化させており、番犬代わりに数百の悪霊を住み着かせており、魔力炉も十基据え付けてある。加えて、億を超えるトラップが……」

「……何と言うか、そりゃあやりすぎじゃあないのか?」

「お前がやれ爆撃機が欲しいだの、クリントン大統領がどうのと騒ぐからだろうが。…………まぁ、爆撃機の情報は一種の指標にはなったのだが」

「とすると、まさか!」

 

 ケイネスの発言に、ランサーはクワッッとその目を見開いた。只でさえ厳つい顔が一層厳つくなり、子供が見たら泣くような顔になってしまっている。……髭の大男の時点で泣かれそうではあるが。

 

「……このホテルは三トン爆弾の爆撃に耐えるということだ」

「おおおおッ! でかしたぞケイネスッ! 今まで半信半疑であったが、貴様は真に大魔術師であったか!! 余は優秀な臣下を持って鼻が高いぞ」

「だ・れ・が、臣下だ。お前はサーヴァント、私はマスター。お前が私の臣下だろうが」

「ハハハ、そういう事は嫁の一人でも作ってから言うものだぞ、ケイネス。なぁ、ソラウ嬢」

 

 そう言ってランサーはケイネスの婚約者であるソラウに無茶振りをする。それに対しソラウは紅茶を飲みながら気の無い答えを返した。

 

「……まぁ、そうなんじゃない? 知らないけど」

「ほれみろケイネス。余と覇を競うならばまずはそこからだ」

「ぐぬぬ」

「おいおい、そう顔を赤くするな。……そうだなぁ。貴様がもうちっと漢気ある男ならばソラウ嬢もクラっといくかも知れんぞ? ほれ、古来より益荒男はモテる。そうだろう、ソラウ嬢?」

「まぁ、そうかも知れないわね。 多分」

「そうだろう、そうだろう。……そこでだケイネス。今晩、余と共に戦場に立ってみんか?」

 

 征服王はそう言って、いじけたケイネスの尻をベシリと叩く。そこまで挑発されては否とは言えず、ケイネスは二つ返事で出撃を了承した。

 

 

 

 その姿を見たソラウがーーーーなんだか征服王に良いように丸め込まれてるわね、あの人。という感想を抱いているのだが、ケイネスがそれを知る由はない。

 


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