Fate/Zure   作:黒山羊

12 / 39
012:All too bad.

 黒いごんぶとビームが倉庫街を綺麗に直後吹き飛ばした直後。その一撃を放った張本人であるバーサーカーは、冬木大橋の上でつまらなさそうにフンと笑っていた。その脇ではマスターたる間桐雁夜が血反吐を吐いているのだが、彼女にそれを気遣う様子は無い。伝令用の蟲数匹を引き連れて、彼女はマスターを放置したまま橋から倉庫街へと川面を駆ける。――――挙げ句に、置き土産とばかりに雁夜と通じる伝令蟲に向けてこう言い放つのだから、かの英霊はクラス通り「狂って」いるのだろう。

 

「出力が低いぞ雁夜。とっとと再生して魔力を寄越せ。全く、『不死身になった』というのに情けない。どうせ再生するのだから骨の髄まで魔力にしてしまえ」

『……ッ』

「ほう。やればできるではないか。その調子だ。――――さて、臓硯よ。貴様の指示通り『挑発』してみたが、この後はどうする? 敵も此方を警戒しているようだし、威力偵察がてらこのまま一戦交えようと思うのだが」

『……普通は挑発で宝具を放つもんなのかのぅ』

「ブリテンでは挑発と言えば私の剣かガウェインの剣を敵軍に放つ事を指すのだ。蛮族相手ではこの程度はせねば話にならん。奴らは宝具の一発二発程度では死なんぞ?」

『蛮族というレベルではない気がするのじゃが、それ。……まぁ良い。バーサーカーよ、暴れるのは構わんが、先ほどの一撃を避けた以上並みのサーヴァントではあるまい。相手の出方が判らん以上は油断するでないぞ。今日のところは情報収集ができれば十分なのでな』

「心得た」

 

 

【012:All too bad.】

 

 

「……さて、そろそろ戻ってきてはどうだ? 有象無象のサーヴァント共よ?」

 

 焼け爛れ、ガラス化した地面に降り立ったバーサーカーの挑発。それに呼応して姿を現したセイバーとランサーは、どちらもマスターを伴っていない。この怪物を前にマスターを気遣う余裕はないと判断したためだ。既にセイバーは切嗣にアイリを引き渡しており、同様にイスカンダルもケイネスを彼の拠点に帰還させていた。

 

 その二騎を前にして、バーサーカーはようやく名乗りを上げた。

 

「どうせ気付いているだろうが、一応名乗ってやる。バーサーカークラスで現界した、騎士王アルトリア・ペンドラゴンだ」

「随分また気が短いヤツが来たと思ったが……まさかかの騎士王が女丈夫であったとはな。しかもバーサーカーの癖に口をきくとは」

「なんだ征服王。私が女だと不服か?」

「おうおう、そう怖い顔をするな。驚いただけだろうが。なぁ、セイバー」

「俺に振られても困る。……まぁ確かに驚いたが、先程の攻撃に比べれば大した衝撃でもないだろう。バーサーカーの身で会話するのには驚いたが、大方狂化のランクが低いのだと考えればそれ程異常なことではない」

 

 

そんな事を言いながら、セイバーとランサーはバーサーカーへと武器を向ける。この場において最も脅威たる存在を前に、二騎は自然と共闘の姿勢を取っていた。

 

 だが、バーサーカーの言う所の『挑発』は、冬木市全域にいる英霊を刺激したらしい。

 

 フードで顔を隠した不気味な英霊。ナチスの黒服に身を包んだアーチャー。脱落したアサシンともう一人を除いたほぼ全ての英霊が、この場に集結したのである。無言で遠くから見ているだけのフードのサーヴァントは戦闘に参加するつもりはないらしいが、アーチャーだけは武器を構えてバーサーカーに向き直り、戦闘に参加する姿勢を見せた。

 

 そんな中で、最初に動いたのはランサーである。

 

「ぬうんッッ!!」

 

 裂帛の気合いと共にランサーは長槍を振るう。と、同時に、バーサーカーの周囲の空間を突き破った無数の穂先が彼女に殺到した。直感によって一瞬早く魔力によるロケット推進を行ったバーサーカーに直撃させることは叶わなかったが、その一撃は彼女の四肢に無数の切り傷を生み出している。

 

「よくぞ避けた騎士王よ!」

 

 さも愉快そうに言うランサーだが、その槍は止まることなくバーサーカーを攻め立てる。彼が突きを放てば、無数の槍が突きを放つ。彼が槍で薙ぎ払えば、無数の斬撃が放たれる。そしてバーサーカーの反撃に対しては、無数の盾がそれを阻んだ。空間を突き破って現れる無数の武器による全方位攻撃。並みのサーヴァントならば数秒で屠りうるその武力は、先程のセイバーとの戦闘が手抜きに思えるようなもの。ーーまぁ事実、先ほどの戦闘では征服王はマスターに初陣を経験させるべく手を抜いていたのだが。

 

 だが、バーサーカーとて大英雄。その身に纏った魔力の暴風は迫り来る槍を悉く退け、漆黒の聖剣を振るえばその刃は盾を貫いて征服王に肉薄する。

 

 しかし、その拮抗は、征服王を援護する二騎のサーヴァントによって、徐々にバーサーカー不利へと傾いている。セイバーの剣撃、アーチャーの射撃。そのどちらもが必殺の威力で以ってバーサーカーに振るわれているのだ。徐々にバーサーカーが防戦一方となり、ひたすらに猛攻を受け続ける的と化すのは必然であった。

 

 だが、バーサーカーはそれに怯えることもなく、戦場から一歩離れた場所にいるマスターの名前を呼ぶ。

 

「おい、雁夜。ーー気張れよ?」

 

 その直後、バーサーカーは咆哮とともにその魔力を周囲に放出する。雁夜から絞り上げた魔力を竜の心臓によって増幅し、爆風として周囲に放出する。たったそれだけの動作で、攻め立てていた三騎は軽く十メートル以上吹き飛ばされた。

 

 そうして間合いを取ったところで、バーサーカーは髪の中に潜り込んでいる蟲に呼びかける。

 

「大体こんなところか。……臓硯。情報収集の調子はどうだ?」

『うむ。あのランサーの攻撃のタネは大方見抜いた。遠坂のアーチャーとアインツベルンのセイバーはランサーの火力を良いことに手の内を隠しておるようじゃが、漁夫の利狙いの輩もおるようじゃし今日のところはここが切り上げどきかの』

「そうか」

 

 そう答えるとともに、バーサーカーはまるで矢のように飛び上がり、間桐邸の方角へと空中を駆ける。先ほど見せた魔力の噴射を応用し、弾道ミサイルのように『飛ぶ』バーサーカーの後を追う事は、今まで戦っていた三人のスキルでは不可能である。あれほどの魔力放出を再現できるのは、竜の因子を持つ者だけだろう。いきなり乱入しておいていきなり消えたバーサーカー陣営は身勝手極まるが、威力偵察とはそういうものである。

 

 さて。乱入者も去った以上、本来であればセイバーとランサーの戦いが再開されるのが筋というものである。しかし、征服王もセイバーも、これだけ他のサーヴァントがいる中で戦い始めるほど命知らずではなかった。

 

 誰からともなく、一人、また一人と霊体化して消えるサーヴァント達。

 

 彼らが去った後に残るのは、先頭の余波でもはや原形をとどめない程に破壊された『元』倉庫街だけであった。

 

 

* * * * * *

 

 

 その一部始終をまるで映画の様に見ていたのは、ウェイバーだけではない。倉庫街に居たフードの英霊こと『キャスター』のマスターである雨生龍之介は、キャスターの一人であるザイードがハンディカムで撮影してきたその映像を、興奮と共に鑑賞していた。

 

「すげえよヤスミンちゃん!  これ、特撮でもVFXでもないマジの映像なんでしょ?」

「はい。龍之介殿から頂いたビデオカメラでザイードめに撮らせました。……しかし、この映像をどうするのですか?」

「いや、まぁこれを撮ってもらったのは俺が見たかっただけなんだよね。……でも、ヤスミンちゃんは、こいつらの名前当てないといけないんだっけ?」

「はい。聖杯戦争において、敵の情報は非常に重要な武器になります。搦め手でしか戦えない我々にとって、彼らの真名が得られることは作戦立案に非常に役立ちますね」

「なら、俺が調べてみようか?」

「……お気持ちはありがたいのですが、どのように調べるので?」

「そりゃもう、インターネットで調べるに限る。ヤスミンちゃんのお陰で拠点に電話線引っ張り込めたし、パソコンも盗んできてもらった。これを使わない手はないでしょ? さてと……英雄、美男子、黒子、槍、剣、っと。えー、ケルト神話研究……これかな? ヤスミンちゃん、あのセイバーって奴、ダーマッドって言うらしいよ」

 

 龍之介が指差すブラウン管に映し出されるのは、個人サイトと思しきホームページ。魔術師でもなんでもない龍之介にとってはネットで調べるという発想は自然なものだが、その威力は聖杯戦争においてバカにはできない。とりあえず名前という手がかりを得られれば、後は図書館なり何なりで調べれば良いのだから実に容易い。いちいち英霊の情報を脳味噌に叩き込まずとも、現代文明の集合知は名前程度なら容易く調べてくれるのである。

 

「じゃ、明日は一緒に市民図書館でも行こうかヤスミン」

「はい。……龍之介殿、お力を貸していただきありがとうございます」

「いいよいいよ、気にしないで。……あ、でもそうだ。明日のデートのついでに、何人か獲物捕まえてきてよ」

「了解しました。生きの良いものを捕えておきます。……『兵士』の数もまだまだ必要ですので、それもついでに揃えておきましょうか」

「あ、また『アレ』売るの? 足つかないように気を付けてね」

「無論です」

 

 冬木の外部から一切の証拠なく獲物を回収する回収班。冬木を偵察する諜報班。キャスターとしての任務を果たす呪術班。そして龍之介の世話を焼く生活班。もはや組織として動きつつあるキャスター陣営は、その集合知で以って冬木を手中に収めんとする。

 

 戦争による物理的被害と、暗躍する幾多の魔術師による人的被害。のちに語られる冬木の大災厄は、この夜から始まった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。