Fate/Zure   作:黒山羊

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休み明け初、一週間ぶりの投稿になります。


013:We are Legion.

 冬木市郊外の山道を駆け抜ける、一台の高級車。本来はアイリスフィールの移動手段として用いる筈だった、その車の名はベンツェ300SLクーペといった。現在セイバーの手によって運転されているそれに乗るのは、助手席の久宇舞弥、そして後部座席の切嗣とアイリスフィールというアインツベルン陣営御一行様である。バーサーカーの予期せぬ乱入によって合流せざるを得なくなった四人は現在、アインツベルンが冬木に程近い森一つを占拠して作り上げた拠点に向かっていた。

 

 地図を片手に案内をする舞弥の指示に従い、セイバーは流れる様なハンドリングで車体を滑らせていく。セイバークラスの騎乗スキルを持ってすれば道交法通りに車を操る事など他愛ないことである。故に彼は、運転の片手間に切嗣達と今後の打ち合わせをしていた。

 

「主、俺が不甲斐無いばかりにみすみすランサーのマスターを逃してしまい、申し訳ありません」

「……気にするな、セイバー。あの場ではあれが最善だった。……『あの』宝具があるとはいえ、あそこでイスカンダルとアーサー王を相手にするのは無謀だったからね。――――しかし、やはり間桐がアーサー王を召喚したのか」

「俺が見た時、あのバーサーカーは蟲の様なものを数匹連れていました。間桐以外の蟲使いが参戦していない限りは間桐のサーヴァントとみて間違いないかと」

「…………おじい様の勘が当たったってわけね。アーサー王にイスカンダル、よく分からないナチスのアーチャー。今回はまた随分な色モノ揃いみたいだけど……残りのサーヴァントはまともな事を願うわ」

「まともだろうとまともで無かろうと、どの道倒さねばならない事に違いは無いですよ、アイリ様。――――俺の役目は陽動と、隙あらば敵マスターの首級を上げる事。その方針に変更はありません」

「そうだな、アイリとセイバーには引き続き陽動に徹して貰おう。その隙に僕と舞弥でマスターを仕留める。セイバーの宝具はどれも対人宝具だが、対サーヴァントの足止めとしては強力無比だからね」

「はい主。いかなる魔術、如何なる防御も我が宝具の前には無意味だという事を敵に見せつけて御覧に入れましょう」

 

 そんな会話を交わしながら、切嗣は今後の予定を練る。既に舞弥のコウモリや街中に仕込んだ小型カメラによってランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの拠点がハイアットホテルである事は承知している。しかし、ホテルを丸ごと貸し切った上であそこまで改造されては、拠点を狙うのは大凡不可能だ。やはりサーヴァントなどの餌で戦場に引きずり出すしかないだろう。

 

 同様の理由で、間桐と遠坂も拠点に穴熊を決め込まれては手の出し様がない。間桐に至っては拠点から出て来た所で『殺せない』可能性すらあり得るのだ。遠坂時臣は切嗣にとって狩りやすい典型的な魔術師だが、間桐臓硯は下手をすればアハト翁を凌駕する『人外』の大魔術師だ。何百年も生きる彼を前に切嗣の奥の手が通用するかと言われると、微妙な話である。間桐臓硯だけは、セイバーの手で葬る必要があるかもしれない。――――だが、それ以外に関しては切嗣の礼装で対処可能な相手。詰め将棋の様に徐々に詰めていけば、自ずとチャンスは訪れる筈である。焦らず、慎重に事を進めていく必要があるだろう。

 

 そう切嗣が現状に結論を下した直後。セイバーは車体を緩やかに減速させて路肩に停め、全員に注意を促した。

 

「主、アイリ様、舞弥殿、俺の後に続いて下車して下さい。――――狙われています」

 

 その言葉を聞いた三人の反応は早かった。各々武器を手に取ると、セイバーの指示通りに速やかに下車。集合してアイリスフィールを防衛する形で円陣を組んだのである。

 

 そしてその直後、飛来した無数の『ボルト』をセイバーはひと振りの片手剣で以て残らず叩き落とした。全方位からの射撃を打ち落とすその離れ業は、セイバーの技量だけによるものではない。

 

――――セイバーの持つ四つの宝具の一つ、『大いなる激情』(モラ・ルタ)。かの剣が持つ逸話は『一太刀で以て全てを倒す』。その逸話の通り、この宝剣は剣として基本にして究極の能力を持っている。即ち『絶対切断』。どんなものでも斬れるというだけのその能力は地味ではあるが、あらゆる防御行動を無意味にする必殺の攻撃でもあった。そして、『どんなものでも』斬る以上、セイバーが矢を防ぐのは実に容易い。まるでバターか何かの様にアスファルトを切り取ったセイバーは、畳返しの要領でそれを蹴り上げ、即席の盾としたのだ。それでも防ぎきれないものだけをセイバーが叩き切った事で、アイリスフィールや切嗣に負傷は無い。

 

「……ボウガンによる攻撃とは随分と古風だな……? アーチャーか、或いはキャスターか。どちらにしろ――――次は俺の番だな」

 

 そう言うやいなや、セイバーは剣を振るいながら駆け抜け、周囲の林を容赦なく伐採する。ボウガンは装填に時間を要する代物であり、一度防ぎきった以上セイバーの行動を阻める訳もない。次々と木々がなぎ倒され、その陰に据え付けられていたボウガンは悉くスクラップと化した。だが、肝心のサーヴァントの姿はそこに無い。あるのは無数のボウガンのみである。そのボウガンも暫く後に塵と化し、周囲に残るのはなぎ倒された木々だけである。

 

「…………アイリ様。一撃離脱したのか、それとも単にトラップだったのかは判りませんが、サーヴァントの気配が消えました。――――直ちにここを離れましょう」

「ええ。そうした方がよさそうね」

「作戦の練り込みはまだまだ必要みたいだな……。トラップじみた攻撃をするキャスターか」

「切嗣。マスターの仕掛けたトラップの可能性も考えられます。魔術師らしからぬ戦法を採るマスターがいるとすれば、かなりの脅威になるかと」

 

 本日二度目の『襲うだけ襲って逃げる』サーヴァント。順当に考えればキャスターであろうそのサーヴァントの手がかりを得られぬまま、四人は意見を交わしながら再び車に乗って一路アインツベルンの森へ向かう。幸いにもタイヤにボルトが刺さっていなかったため、スペアタイヤを履く事も無く、ベンツェは夜の冬木を再び駆け抜けていく。

 

 

――――その姿を一羽のフクロウが遥か上空から見下ろしていた事に、セイバー陣営が気付く事は無かった。

 

 

* * * * * *

 

 

 セイバー陣営が奇襲を受けた場所から撤退したその直後、遠坂邸では真の『アーチャー』たるジル・ド・レェが時臣の用意した水晶玉を覗き込みながら思案を巡らせていた。

 

 新たに五十万程用いて用意した簡易トラップ。有効射程が三十メートルにも満たない安物ボウガン千丁という貧相なモノではあるが、マスターを庇う以上サーヴァントはそれを何らかの手で以て撃退する必要がある。その迎撃法を観察することで、ジルは敵の能力を読み取ろうとしていた。

 

 例えば先程のセイバー陣営の場合、防御法から鑑みるにあのサーヴァントは飽和攻撃に対応する事が困難であると思われる。わざわざ地面を盾にせねばならないというのは『防御用の宝具が無い』事と『範囲攻撃系の宝具が無い』事を示しているのだ。直接戦闘で以てあのサーヴァントを下すとなれば超速度で振るわれる斬撃刺突の嵐を掻い潜らねばならないが、マスター諸共に無数の砲火で鎮圧すれば先にマスターを仕留める事で勝利できるだろう。

 

 それに比べると、ボウガンの一斉射を自前の礼装で難なく防いだランサー陣営のケイネスや、ボウガンの一斉射を『全弾くらった』というのに意に介する事無くそのまま歩いて帰ったバーサーカー陣営の間桐雁夜、そして踊る様な動きで「他愛なし! 嗚呼他愛なし! 他愛なしッッ!」などと叫びながらクネクネと全弾回避したフードのサーヴァントなどの方は、アサシンとの連携で制する必要が出てくる。フードのサーヴァントはキャスターらしからぬ身のこなしから、エキストラクラスの可能性もあるため、注意が必要。ケイネスもサーヴァントのみならず自身が強いと言う厄介な相手だ。アサシンの宝具と自身の宝具の合わせ技を生かして闘わねばならないだろう。

 

 そんな考えを巡らせながら、アーチャーは水晶玉をにらみ続ける。チェスのプレイヤーの如く戦場を俯瞰するその眼差しは、獲物を狙うフクロウの様に鋭く光っていた。

 

 

* * * * * *

 

 

 第一回目の大規模戦闘から一夜明けた翌日。

 

 昼の新都で二人の男女が歩いている。豹柄のジャケットを着込んだ赤髪の青年とその脇を歩く「ギャル系ファッション」に身を包んだ女性。エレキギター用のケースを背負う青年の姿は、一見バンドマンの類に見える。ロックスターを目指す青年達が奇抜なファッションをするのは珍しくも無いことだし、もしも性格まで「ロックンロール」な人種だったら妙な言いがかりをつけられかねない。一般人はそういう手合いとは眼を合わせない様に、無意識に無視を決め込む物である。

 

 そんな訳で、冬木の一般市民達の注目を引く事も無く、龍之介とキャスターは買い出しを終えて帰路についていた。

 

「存外、気付かれないものですね。龍之介殿。……私は明らかに肌の色が濃いのでこの国では目立つと思ったのですが」

「あー、それでビクビクしてたんだ、ヤスミン。大丈夫、メイクのおかげで今はガングロギャルにしか見えないって。髪も金髪に染めたし。……で、本屋でお目当ての本は買えたの?」

「はい。怪しまれないようにファッション誌を数冊買うはめになりましたが、購入できました。……無用な出費をしてしまい、申し訳ありません」

「ギャルが神話とか伝説とかの専門書買うのは目立つからしかたない。だから、必要経費って思ってよ。……でも、現代っぽい格好しとけば街にも溶け込めるだろうし、案外ファッション誌は便利かもね?」

「……ふむ。確かに現状で私が目立たない以上、龍之介殿の言う通りかもしれません。……このクラスで召喚されたおかげでアサシンクラスと違い漆黒の肌ではありませんが、我々は基本黒人かアラブ系なので変装は必須ですね」

 

 そんな事をひそひそと話す龍之介とキャスターは、するりと何気ない路地裏に入るとマンホールの蓋をこじ開け、地下にもぐり込んだ。一般的に下水道と言えば臭いイメージがあるが、今龍之介達が入り込んだ下水道は極めて無臭に近い。キャスター達が魔術の残渣を隠す為に浄水設備を設置した為、新都周辺の下水道はかなり清潔になっているのだ。キャスターの説明によれば『下水中に流出した魔力をエネルギー源に下水を浄化する術式』が刻まれた石板を下水中に設置することで、魔力の流出と汚水の流出の両方を一挙解決するシステムらしい。僻地に居を構えたアサシン教団にとって水は重要物資だった為、浄水法が研究されたとのことであるが、水が豊富なこの国で生まれた龍之介にはいまいちピンとこない話である。だが、自分達のアジトが臭くないというのは素直に歓迎すべき事だったので、キャスター達の行動には多大な謝意を示しておいた。

 

 閑話休題。下水道沿いの点検道をテクテクと歩く龍之介達は途中数名のキャスター達と合流したりすれ違ったりしながら、拠点の深奥に向かう。地下放水路を改装したその場所はかなりの広さがあり、簡易の結界によって一般人の侵入は不可能になっている。床には薄く水が張っているが、精々雨の日の水たまり程度なので問題にはならない。更に周辺の下水道をキャスター達が掃除した事により雨が多少降った所で放水路に流れ込むまでもなくそちらに流れてくれる為、水没の心配もほぼ無い。

 

 そんな空間は、多数のキャスター達と龍之介によって地下に再現された、アサシン教団の城であった。彼方此方で作業に励むキャスター達によって日々発展していく地下空間。――――其処には不思議な事に、どう見ても一般人らしき人々の顔もある。多くは不良少年と思しきその面々は、恍惚とした表情でキャスター達にこき使われたり、筋力トレーニングの類と思しき運動に励んだりしている。正直に言えば、少々異様だ。

 

「ふむ。兵士もだいぶ増えてきましたね、龍之介殿」

「……うーん。あのキモイ顔どうにかならないかなぁ」

「まだ調整が甘いので、暫くはあの様な顔のままかと。……あと数日鍛えてやれば、多少はマシになるでしょうし、なんでしたら仮面の類を付けさせればよろしいかと」

「あー、仮面はカッコイイかもなぁ。……あ! 良いこと思いついた! ヤスミン!」

「はい、何でしょう?」

「骨の仮面にしよう!」

「骨、ですか? 確かに我らハサンは髑髏を模した仮面を付ける習慣がありますが……」

「それもあるけど、確かヤスミンの話だとアサシンってサーヴァントがそんな見た目なんでしょ? 偽装にならないかなぁ、と思ってさ」

「……成程。確かにアサシンに偽装すれば、疑いは我らではなくアーチャー陣営に向きますね。普通ならアーチャー陣営が何らかの手でアサシンを温存したと考えるでしょうから。……流石は龍之介殿です。我らはどうにも頭が固いのですが、貴殿がいればこの聖杯戦争もどうにかなりそうな気がしてきました」

 

 そう言って笑みをこぼすキャスターに、龍之介は照れたように頭をかきながら謙遜の言葉を述べる。

 

「いやぁ、俺もヤスミンには色々教えて貰ってるもん。ナイフで人を生きたままバラバラにする方法とか、痛いのに死ねない拷問法とか、逆に全く暴力的じゃ無いのに頭逝っちゃう拷問とか。だから、お互い様だよ。それに、ヤスミン達ハサンの皆と俺の目的は一緒でしょ? 持ちつ持たれつで、頑張ろ?」

「……そうですね。まぁ、その目的も龍之介殿からのご指摘で気付けたのですが」

 

 キャスターは笑みを深くすると、彼らの目指す目的が変化した瞬間を思い返す。

 

 

【013:We are Legion.】

 

 

 当初、彼女を含めたハサンの大半は『多重人格を治療する方法』を求めてこの聖杯戦争に参加したのだ。まぁ、ザイードなどのごく少数は「暗殺王に、俺はなるっ!」やら「僕は新世界の暗殺神になる」やらと言っていたが、概ね全員の目的は一致していると言ってよかった。だが龍之介からのある一言によって、ハサンの面々はその目的を変更する事になったのである。

 

「そういえばさ、ヤスミンの願いってなんなの?」

 

 そう尋ねた龍之介に素直に答えたキャスター。それを聞いた龍之介の言葉で、キャスターはその方針を大きく揺らがせる事になったのだ。

 

「なんだ、願いもう叶ってるんだ。……これからどうすんの?」

 

 そんな聞き捨てならないその台詞の意図を問うたキャスターに、龍之介はあっけらかんと回答した。曰く「だってさ。身体の方が増えたんだから、一個の身体に一個の人格でしょ? もう多重人格じゃ無いじゃん」。その言葉は、キャスター達にとって思いもつかない不意打ちであった。――――今まで一個人の一人格であった自身が、自分専用の肉体を持っている。その事実を、キャスター達は今まで深く考えて来なかったのだ。だが、確かに龍之介の言う通り。

 

 最早、我々は一人格ではなく個人なのではないか。その認識が広まる内にキャスター達の目的は自然と変化し、龍之介の目的と迎合する『聖杯戦争らしくない』目的へと進化したのだ。即ち。

 

「我々の目的は『現状維持』。現界し続ける事こそ我らの望み。……下手に受肉など願って『元の多重人格』になられても困りますからね。……それに、マスターである龍之介殿も筋が良い。貴方が我々と同じ信仰ならば、我が名を継いで頂きたい程に。龍之介殿の『成長』を見守るのは我らにとっては楽しみでもあるのですよ」

「あー、ありがと。でも入信は無理かなぁ。俺、日本人チックな思考だし。――――トンカツ好きだし」

「……そうですね。龍之介殿があのおぞましい物体を食べている時は、正直に言えば引きました」

「うーん、おぞましいっていうけど本当に美味しいんだよ? まぁ、この国では『信仰の自由』が謳われてるから、善良な市民の俺はヤスミンの信仰を否定はしないけどさ。――――入信しないだけで。ウチ、代々神道なんだよね」

「ふむ。…………信仰の話は喧嘩になりそうですので止めておきましょうか」

「そーだね。喧嘩になったらヤスミンに勝てる気しないし、そうして貰えればありがたいかなー」

 

 

 そんな他愛もない雑談を交わす二人。着々と友好関係を深めつつある彼らは地下に身をひそめ、今は静かに準備に励む。――――――聖杯戦争の終了を『自分達が被害を受けない』状態で迎える為に。

 


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