Fate/Zure   作:黒山羊

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明日は忘年会の予定が入ったためお休みです。ご了承下さい。


014:The vanguard.

 冬木ハイアットホテル三十二階。ケイネスの工房における居住スペースであり、同時に最も防御力が高いその場所で、ケイネスは渋めの紅茶を飲みながら下界を睥睨していた。冬木の街の凡庸さはケイネスにとってあまり好みではない。しかし、その夜景に関しては見るべきものがあると思わせてくれるものだった。この国の人間は、寝る間も惜しんで働くことを美徳とするアリかハチの様な連中である。その性質が、煌々と輝く夜景を形成しているのだ。そう考えればこの国の人間も悪くは無い、かもしれない。

 

 そんな風な事を考えながら、ケイネスは紅茶を啜る。僅かな時間ではあったが初陣を飾った事で、ケイネスは多少の自信を得ると同時に少なくない反省の念を抱いていた。例えば、月霊水銀。敵のサーヴァントがセイバーであったからこそ『一時的に術が解ける』だけで済んだが、キャスターであれば制御を乗っ取られていた可能性もあるのだ。いっそゴーレム化することで独立した礼装として運用し、ケイネスの魔力とは切り離しておいた方がいざという時安心だ。月霊水銀を強制的に解除された際に自身の魔術回路に駆け抜けた痛みは、予期せぬ術のキャンセルによって流れを乱したケイネスの魔術回路が引き起こしたモノだ。あれが土壇場で起これば重大な隙になるだろう。

 

 それに、ケイネスは頭で考えていた程この聖杯戦争が甘い物ではないというのも身に染みて体感している。ランサーによって戦場から強制退避させられた後も、ケイネスは使い魔越しに戦場を観察していたのだ。バーサーカーが仕掛けた問答無用の不意打ちとそれに応戦するランサーの戦いは、ケイネスの考えていた聖杯戦争のイメージを覆すには十分だった。――――彼は知ったのだ。この儀式は断じて魔術師同士の神聖な決闘の類ではない、本物の『戦争』なのだと。

 

 決闘の作法など考えていては次の瞬間に自身はバーサーカーに消し炭にされてしまうだろうし、戦争である以上不意打ちは許容される。現にケイネスは昨晩の戦いの後にランサーを伴って外出した際、ボウガンによる奇襲を受けていた。決闘であれば許されないその行為に、本来ならばケイネスは激怒していた事だろう。だが、初陣後のケイネスはその襲撃に対して不愉快さを露わにこそすれど、怒りを示す事は無かった。――――優れた頭脳を持つ彼は、意外にも素早く思考の切り替えに成功していたのである。

 

――――これは戦争であり、どんな横紙破りも起こりうる。

 

 最初からその前提でどっしりと構えていれば、いざという時に慌てて無様を晒す事もない。結局のところ『最終的に勝ち残り、聖杯を勝ち取る』というたったそれだけの聖杯戦争の目標に勝手に決闘のイメージを抱いていたのが悪いのだ。これは単なるバトルロワイアルなのだから、そんな考えは邪魔なだけである。

 

「――――得るモノは存外多い、か。極東の辺鄙な街の儀式だが、参加した価値はあった様だな」

 

 思わずそうこぼしたケイネスの横に、ぬっと現れたのはランサーだ。何が気に入ったのか世界地図のマークをその胸板にでかでかとプリントしたシャツを着ている彼は、ケイネスの所有するワインの内一本をまるでコーラの様にラッパ飲みしている。その態度に当初のケイネスはよく激怒したものだが、最近では諦めて好きにさせている。酒や喰い物であの戦闘力が賄えるならばケイネスにとっては安い買い物だ。

 

 そんなランサーは、ケイネスの座っている横のソファにどっかりと座り、ラッパ飲みを続けながらケイネスに問うた。

 

「ケイネスよ。お前さん、随分機嫌が良いようだがどうかしたのか?」

「む、ランサーか。……そう言えば此度は貴様の槍捌き見せてもらったぞ。征服王の名に恥じぬ奮戦、見事だった。――――速度面では些か不満が無くは無いが、宝具による面制圧は使い勝手が良く凶悪だったな」

「よせよせ、照れるではないか。――――まぁしかし、貴様こそ中々面白い武器を持っとる様だな、ケイネス。あの水銀、まるで生きておる様に動くではないか? ありゃ一体どういうタネだ?」

「ああ、『月霊髄液』か。あれは私の得意分野である『流体操作』で以て、水銀を操作するというシンプルな礼装だな。シンプルであるが故にコストもそれほど掛からず、感覚的な操縦が可能なのだが……。今晩で改良の余地がいくつか出て来た」

「――――セイバーの槍、か。確かにありゃぁ魔術師殺しだわな」

「うむ。……取り敢えずは私の魔術回路から切り離しても制御できるように小型の魔力炉を内蔵する事で急場を凌ぐ。それに、私の礼装はあれだけではないのだよ、ランサー。そうだな……例えばコレだ」

 

 そう言ってケイネスが自身の魔術回路を励起させると、たちまち一振りの剣が現れた。――――どうやらケイネスは自身の工房内でなら自在に礼装を召喚できるらしい。現れたそれは一見何の変哲もないロングソードだが、宙にプカプカと浮いているという点で、異彩を放っていた。

 

「――――これは?」

「先程言っていた新型月霊髄液の試作品だ。今日作ったモノなので些か詰めが甘いが、使い勝手が良いので保存してある。コレのよい所は、内蔵してある小型魔力炉でも十分駆動する点と、一度命令すれば後は放置で良いという点だな。命令で指定された物を『自動で叩き切る』というだけのものだが、インスタントな礼装としては悪くない」

「成程。これであれば確かにあのセイバーに妨害されてもどうにかなるか。破壊はされるだろうが、今日作ったというからには量産も容易なのであろう?」

「基本的に只の鉄だからな。――――操作も容易であるし、これならばソラウの護身用にも悪くない」

「そりゃ良いかもしれんな。……だがなぁ、ケイネス」

「どうした?」

 

 口ごもるランサーに、ケイネスは問いかける。戦闘の専門家であるサーヴァントの意見を無視するという選択肢は、あの化け物じみた戦闘を目撃したケイネスには無い。彼は格下は眼中にも入れない人間であると同時に、自身と同格以上のものには素直に敬意を払う事のできる人間なのだ。

 しかし、ランサーの答えは、ケイネスの予想とは思いっきりずれていたのだが。

 

「その、なんだ。余は女に送るならば、武器以外のモノもこさえてやった方が良いと思うのだが。……お前さん、何と言うか、色恋沙汰が不得手過ぎやせんか?」

「………………忠言と受け取っておこう。しかし、そこまで言うのならば案はあるのだろうな?」

「む。余を誰だと思っておるのだ、征服王イスカンダルだぞ? 色恋沙汰の百や二百経験済みよ。――――そうさなぁ、ソラウ嬢はスミレ色を好んどるようだし、魔術を込めた紫水晶でも一つ贈ってやればどうだ?」

「……スミレ? 赤ではなく?」

「むぅ、お前さん、本当に女慣れしとらんのだな。――――女というのは、好みの色を目立つモノよりアクセントやら小物やらに使いたがる。女の感覚が良く分からんのは余も同じだが、知識で知っていて損は無い。ソラウ嬢は確かに赤を押しだしとるが、あれは髪色に合わせとるだけだろうさ。よくよく見れば香水瓶などはスミレ色だぞ?」

「――――言われてみればそうだが、そういうものなのか?」

「そういうもんだ。…………もうちっと、魔術以外も容易くこなせる様になれば、ソラウ嬢も心動かされるだろうに」

「……善処しよう」

 

 しょんぼりとするケイネスは、冷めかけの紅茶を啜る。天才と持て囃されてきた彼だが、『不測の事態』と『色恋沙汰』には脆い。そのどちらもを絶妙にフォローする兄貴分じみたサーヴァントに対して、ケイネスはそれなりに感謝を寄せていた。昨晩の戦いではバーサーカーの脅威から瞬時に救助された事もあるし、自身の初陣を飾るべく、ランサーがわざとセイバーを敵マスターから引きはがしてくれたのも承知しているのだから、当然ではある。

 そして、マスターの落ち込みに活を入れてくれるのもまた、このランサーの良い所であった。

 

「そう肩を落とすな、ケイネス。初戦でお前さんは敵マスターをあと一歩という所まで追いつめたんだぞ? 取り敢えず男を見せたってわけだ。それに、バーサーカーさえ来なけりゃアレはお前さんの勝ちだった。初陣で勝利を飾れるやつは少ないがな、初陣を生きて帰るってのはそれだけで勝利なのだぞ、ケイネスよ」

「――――ふん。そんな事は分かっている。次は必ず仕留めるに決まっているだろう。……まぁ、貴様の称賛は受け取っておくが」

「素直じゃないよなぁ、お前さん」

 

 そう言って苦笑するランサーに、ケイネスはもう一度鼻を鳴らすと席を立ち、ティーセットで茶のお代わりを淹れる。二人分(・・・)の茶が、湯気と共にその香りを漂わせる中で、ランサー陣営の夜は更けていった。

 

 

【014:the vanguard.】

 

 

 言峰綺礼は『表向き』では、既に敗北したアサシンのマスターという事になっている。であるからには、彼は遠坂の計画遂行の為にも教会から足を踏み出す事は出来なかった。無論、代行者として磨き上げた彼の腕前を持ってすれば監視の目を逃れて敵マスターを暗殺することも不可能ではない。だが、それは些かリスクの大きい判断である。それ故に彼は、質素に誂えた私室で時臣からの命が下るタイミングを待っていたのだが。――――現在そこに、一人の客人が訪れていた。

 

 ジル・ド・レェ。時臣の召喚した真のアーチャーたるその英霊が、酒持参で綺礼の部屋を訪れた際は流石の綺礼も驚いた。初めは師である時臣からの命かとも思ったが、アーチャーが『個人的な用事』であると告げた事で、綺礼は困惑を深める事となる。

 

 そして現在、「まぁ、何はともあれ一献如何ですか、綺礼殿」というアーチャーの誘いに乗る形で酒の席を共にしているわけだ。――――取り敢えずはアーチャーの持ち込んだワインで唇を湿らせた後、綺礼は彼に来訪の理由を問うてみる事にした。

 

「――――で、結局何の用だアーチャー」

「アサシン殿から綺礼殿が何やら悩んでおられるようだ、と聞きましてな。此処は一つ相談に乗ってしんぜようと参じた次第です。――――彼から、貴殿の悩みは少々根が深そうだと聞きましたので」

「……なぜ、アサシンがその様な事を?」

「サーヴァントとマスターはお互いの記憶を夢に見ると言うでしょう? アサシン殿は図らずも綺礼殿の記憶を覗いてしまったようですな」

「…………そしてお前が要らぬ節介を焼いた、という訳か。」

「要らぬ節介にはならぬかと思いますぞ。何せ――――」

 

――――私は綺礼殿と同じ性質の人間ですので。そう告げたアーチャーの言葉に、綺礼は思わず目を剥いた。その反応を見たアーチャーは、綺礼が言葉を紡ぐよりも早く、トドメの一手を投げかける。

 

「酒に溺れようとも満たされず、如何なる学問を収めようとも満たされず、苦行の果てでも満たされない。無感動で、無関心で、無気力。自分がどうしてこんなにも空虚なのかを理解できない。自分は何を以て快楽とすればよいのだ。――――そう、思っているのではありませんか」

「な、にを……」

「その表情、どうやら私の推測は当たっているようですな。綺礼殿、やはり貴殿は私に似ている。――――さて、改めて問いましょう。『先達として』御相談に乗らせて頂きたく思うのですが、如何ですかな?」

 

 ニコリとほほ笑むジル・ド・レェに、綺礼は恐怖と希望が綯い交ぜになった様な強い感情を抱いた。一つはかの「ジル・ド・レェ」に同類とみなされた事への恐怖。もう一つは自分の同類、引いては理解者が現れたのかもしれないという希望。その狭間で揺れる綺礼の感情は、代行者にあるまじき混乱を見せている。そこから、何とか精神を持ち直すのにたっぷり三分。酒を一息に呷って漸く落ち着いた綺礼に、ジル・ド・レェは優しげな声音で言葉を投げかけた。

 

「綺礼殿、貴殿は聡明だ。その顔色から察するに、私が言いたい事が分かっておられるのでしょうな」

「……私が、お前の様に成るというのか? 世紀の大殺戮者に?」

「ええ。このままではいずれそうなるでしょうな。今のところ、貴殿は生前の私と似たような道を歩んでおられるが故に。ですが、御心配召されるな。そうならぬ為に私が此処に来たのですから。――――私の二の轍を踏みたくは無いでしょう?」

「……お前に、私が救えると言うのか」

「かつて『救われた』者が、未だ苦しむかつての自身に手を差し伸べるのは当然でしょう?」

 

 そう言って差し伸べられたジルの手を、綺礼は逡巡の果てに掴んだ。まさしく、藁にもすがる思いだ。

 

 そうして、果ての分からぬ道を歩み続けた求道者はその日、予期せぬ旅の先達を得たのであった。


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