Fate/Zure   作:黒山羊

15 / 39
015:The declaration of war by the Kings.

 冬木市新都にある、蝉菜マンション。新築ホヤホヤの高級マンションである其処を一人で買い占めた男こそ、英雄王ギルガメッシュその人であった。幸い分譲開始直後のことであったから、追い出しの憂き目にあった者はいなかった。しかし、マンション一棟を買い占めるというその暴挙の被害は確実に一人の青年の胃を苦しめている。

 

 その青年の名はウェイバー・ベルベット。ギルガメッシュことサーヴァント・ライダーのマスターであり、最近ストレスでハゲるのではないかと本気で心配し始めた魔術師見習いだ。そのストレスの原因たるサーヴァントは今日は家でのんびりとする気分らしく、宅配寿司の特上を摘みに昼間から酒を飲んでいる。その傍らで相変わらず水晶玉を眺めるウェイバーは、今日も今日とて、冬木の街を観察していた。とはいえ、ウェイバーは所詮魔術師見習いでしかない。――――故に、彼がそれに気付けなかったのは致し方のないことであった。

 

 

【015:The declaration of war by the Kings.】

 

 

 轟音と共に、蝉菜マンションが崩落していく。

 

 白昼に起こったその惨事に、多くの冬木市民があんぐりと口を開けてその様を見ていた。自重により垂直に落下するその崩れ方は、発破解体と呼ばれる高層ビル解体工法の特徴である。だが、そんな事を一般市民が知る由もなく、一瞬の沈黙の後新都は大混乱に包まれた。キノコ雲のように舞い上がる粉塵、逃げ惑う人々、泣き喚く子供達。そんな惨状を少し離れた路地裏から観察していたのは、セイバーのマスターである衛宮切嗣である。古今東西の破壊工作に精通する彼は、発破解体にも当然精通していた。

 

 今まで捕捉できていなかったライダーのサーヴァント。そのサーヴァントをたまたま発見できたのは、切嗣が昼食を採りに新都のファストフード店を訪れた時のことだった。マスター固有の透視力により、切嗣はたまたま街中を出歩くライダーを捕捉したのである。そのステータスは確実に最底辺。マスター諸共容易に屠ることが可能と判断した彼は、ライダーを使い魔で追跡し、電話回線を傍受した。あとは暗示によって「寿司の出前」とすり替わった舞弥と共にマンション内部に侵入し、発破解体の仕込みを行ったのである。

 

「舞弥、ライダーのマスターが逃れた痕跡はあるか?」

 

 携帯電話にそう呼びかけた切嗣に、電話先の舞弥は「いいえ」と短い答えを返してきた。舞弥も魔術使いの端くれである以上、その程度の事を見逃すはずもない。つまり、ライダーはマスター諸共地上に撃墜した訳だ。瓦礫の中のマスターの生死は不明だが、もし生きていた場合はまた別の手で殺せば良い。

 

 切嗣はくるりと踵を返し、現場から速やかに離れていく。魔術師殺しと呼ばれた魔術使いは、全盛期の感覚を徐々に取り戻しつつあった。

 

 

* * * * * *

 

 

 粉塵がもうもうと立ち込めるその中で、英雄王ギルガメッシュは立っていた。その手に掲げる盾は紛れも無い宝具の輝きを放っており、彼と彼が首根っこを掴んでぶら下げているウェイバーを守るように球状のバリアを形成している。その盾で、ギルガメッシュは爆発の難を彼のマスター共々逃れたのである。

 

 彼はそのまま空間の揺らぎから『黄金の船』に似た飛行宝具を取り出すと、ウェイバーをポイと上に乗せ、自身も操縦席らしき玉座に腰掛けて浮上させる。その船体は粉塵の中を上昇しながら『光学迷彩』と共に『魔術・物理・電磁ステルス』を展開。粉塵から抜ける頃には完全なる『不可視』の空中戦艦として冬木の大空を舞っていた。

 

 その船を駆るギルガメッシュは、気の弱いものがみれば心臓麻痺で死にかねない程の憤怒の形相を浮かべている。――――首が絞まって気絶したウェイバーがそれを目撃していなかったのは、実に幸運なことだろう。

 

「天上に仰ぎ見るべき我を地に墜とすとは、どうやら余程死にたい阿呆がいるらしいな……!!」

 

 憎々しげにそう吐き捨てたライダーは、気絶しているウェイバーを蹴り起こすと声を張り上げて宣言する。

 

「おい! いつまで寝ている溝鼠! 観戦を決め込もうかとも思っていたが、事情が変わった。――――聖杯なぞには興味は無いが、このまま我が舐められたままでは居れぬ故、参戦するとする!」

「うぐぉぇ……わかった、分かったから具足で踏むなっ! 死ぬ!」

「む。……そうか、貴様は鼠であったな。鼠が人に踏まれれば、命の危機もあろうよ。我が悪かった、飴をやろう」

「……いい加減に慣れたけど、オマエ、謝ってんのか煽ってんのかどっちかにしろよ。……で、参戦するって言っても、今は昼だぞ。夜までは戦われちゃ困る」

「たわけ。それは魔術師の都合であろう。――――魔術なぞ使わずともなんとでも戦えるではないか。宇宙に出て手頃な小惑星を探して叩き落とせば、この街にいるマスターなぞ皆殺しにできる」

「宇宙に行けるわけないだろ。酸素がないと死ぬってぐらい、さすがに科学に疎い魔術師でも知ってるぞ。……それよりオマエ、今晩どこで寝るつもりなんだよ。僕は最悪マッケンジーさんの所に潜り込めるけど、お前はどうせ民家に下宿は嫌なんだろ?」

「……溝鼠」

「なんだよ?」

「忠言褒めてつかわす。……我としたことが、あのあばら屋が吹き飛んだのを忘れていたな。些事であった故、致し方無いが、さすが鼠、小さい事にも目が届くではないか?」

「お前、自分が落下したことのほうがマンション吹っ飛んだのより大事なんだな。……あと、高層マンションは普通あばら屋とは言わない」

「鼠の基準でものを語るでないわ。あんな安物、王たる我にはあばら屋以外の何物でもないではないか」

 

 そんな風に、いつもの調子で漫談する英雄王とウェイバー。だが、彼は怒りを夜に持ち越しただけであり、収めた訳ではない。英雄王の怒りを招いたことにより、戦局はより大きく乱れることになるのだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 ――――さて。視点は切り替わり、蝉菜マンション崩壊より少しの間をおいた新都。しばらく現場を観察して任務を終えた舞弥は、切嗣からの次の指示が来るまで少々時間を持て余していた。ライダー陣営が現場を脱出した様子は『見受けられなかった』為、舞弥の仕事がなくなったのである。もし脱出していれば舞弥はそれを追撃する必要があったのだが、丸々その時間が浮いた形になる。

 

 その時間を利用して、舞弥は栄養補給に努めることにした。兵士たるもの採れる時に食事を採っておかねばならないのである。そして、栄養補給と言うからには極力高カロリーなのが望ましい。そう、例えばケーキ、或いはブリオッシュ、若しくはプリンアラモード。ブドウ糖は細胞のエネルギーとして最もポピュラーなものであり、必要不可欠なものである。

 

 故に舞弥は甘味を食すべく、深山町にある商店街『マウント深山』にある甘味処へとやって来ていた。目当てはこの店が提供する『ギガンティック・クリーム白玉フルーツあんみつ』である。小豆餡、白餡、うぐいす餡の三種の餡のハーモニー。ふんだんに使用されたカットフルーツ。そして止めとばかりに天辺に鎮座する自家製アイスクリーム。二千六百キロカロリーという破格のカロリーと総重量三キログラムのインパクト。カラフルなプラスチックバケツに入れて提供されるそれはまさしくカロリー爆弾である。これ程のカロリーであれば、兵士の過酷な任務を賄う事が十分に可能だろう。――――そう、これは効率的なカロリー摂取であって、舞弥が甘い物を食べたいだけという事は、全く、一切、これっぽっちもあり得ないのだ。

 

――――――という訳で、兵士の職務に対する義務感を胸に甘味処を訪れた舞弥であったのだが。

 

 彼女は現在、少々気まずい事になっていた。無論、自身の精神を完全に制御する能力を切嗣から仕込まれた舞弥はそれを表に出す事は無いし、普段は内心ですら感情を動かさない。だが、流石にこの事態は舞弥でも内心穏やかではいられなかった。

 

 甘味処は大変な人気であり、満席となっていた。これは、仕方がないことだし舞弥としてもむしろ期待に胸が高鳴る状態――――いや、義務感を再燃させる重要なファクターであると言えるだろう。その結果として舞弥が店員にどうにか席は無いかと訊き、一人で来店していた別の客と相席する事になったのだがこれにも不満は無い。自分が言い出した事だし、相手方も実に寛容に相席を了承してくれた。そして、相手方も『ギガンティック・クリーム白玉フルーツあんみつ』を求めて此処に来た甘党の同士――――ではなく同じく効率的なカロリー摂取を求めてこの場を訪れた者だった。此処まで全く問題は無い。むしろ良いことまみれである。

 

 

 問題なのは、相席相手が、ゴシックロリヰタファッションに身を包んだバーサーカーであるという事であった。

 

 

 結果として、怪しまれる訳にもいかないので自分から提案した相席を断れない舞弥は、気まずい状態でバーサーカーと対面しながら二人仲良くバケツ入りあんみつを食す羽目になったのである。そうなるとテーブル席を形容しがたい沈黙が覆うのは、もはや自明である。黙って無表情で馬鹿デカいあんみつを黙々と喰らう美女二名。しかも片や無国籍な装いのピッチリハイネック謎スーツ、片やガチガチの金髪ゴシックロリヰタファッションである。異様な空気を放たない訳もなく、そして二人が「流石にこれはどうなんだ」と思わない訳もなかった。が、タイミングが見いだせず、沈黙の中で『ギガンティック・クリーム白玉フルーツあんみつ』を食べ終わってしまった二人。――――その何とも言えぬ空気を打破したのは、バーサーカーである。

 

「――――この店の『ギガンティック・クリーム白玉フルーツあんみつ』を食べきる者がよもや私以外にいようとはな? ……あの蟲どもは人間が食える量ではないなどとぬかしておったが、女の胎には無限に甘味が入る様に出来ている。――――貴様もそう思わんか? ――――店主。お代りだ」

「……まぁ、その意見には同意ですね。――――店員さん、私にも追加を」

 

 そんな簡単な会話ではあったが、空気を和ませるのには一役買ったらしく、お互いに甘味に関する無難な会話などを行う事で舞弥はどうにかバーサーカーとの接触を穏便に済ませる事に成功した。結局舞弥は二杯、バーサーカーは三杯を食べた所で会計となり、二人は共に甘味処を後にする。

 

 その去り際に、バーサーカーと舞弥が交わした会話は、商店街の喧騒に飲まれて消えた。

 

 

「――――貴様は聖杯戦争の関係者だろう? どの陣営かまでは流石に私の鈍った勘では分からんが、あのマンションは私が今夜にでも消し飛ばそうとしていたのだ。――――手間を肩代わりして貰い感謝すると貴様の味方に伝えておけ」

「聖杯戦争? 陣営? 何の事です?」

「――――まぁ、白を斬るならそれも良し。立ちはだかるならば消し飛ばすのみだ。――――ではまた、何れかの夜に逢おう」

 

 

 バーサーカーとの接触。当然ながらその報告は舞弥を通じて切嗣へと伝わった。――――ずば抜けた直観力をもつそのサーヴァントに、衛宮切嗣が難しい顔をしたのはいうまでも無い。この聖杯戦争、衛宮切嗣最大の障害となりうる候補は、目下のところ間桐陣営という事になりそうだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。