Fate/Zure   作:黒山羊

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018:The etymology of the Assassin.

 結論から言おう。鍾馗のモダン焼きは、確かに美味であるとケイネスも納得するものであった。

 

 ジャンル的には具を練り込んだパンケーキの一種なのだが、蒸し上げられた中華麺を生地の繋ぎとして用いる事で独特の食感とボリュームを保持。さらに店主の目利きによって厳選されたキャベツの甘みと豚肉の肉汁がその生地にたっぷりと染み込み、その上から止めとばかりに採れたての卵を目玉焼きの様に落としてある。それに自家製ソースと手作りマヨネーズをトッピングしたその一品は、当初はその庶民派な外観から内心落胆していたケイネスが、ランサーに勧められて食した瞬間に一秒前の自身を恥じた程。

 

 口の中でソースと絶妙に絡み合う豚肉とキャベツ。目玉焼き状態の卵は表面はカリッとしていながらも、黄身は半熟。麺入りの生地はふんわりとして柔らかく、何よりパンケーキ状なので外国人のケイネスでもフォークで食べられる。

 

 そんな訳で、ケイネスはランサーがやたらと推して来た理由を理解すると共に、今度はソラウを連れてこようと思う。————何せ、ケイネスもソラウも上流階級の出身だ。下町に降りて庶民ならではの美味を味わうなどある意味初体験だった。この国に来た当初は西洋の猿真似ばかりだと思っていたものの、どうやらこの国は食文化に於いては西洋を凌駕する程に奥が深いらしい。

 

「然り。————信じられん事だが、この国の連中はタケノコやらキノコやらを象った菓子に対して喧々囂々の大論争を繰り広げ、一部地域では夏の台風襲来で『これでうどんが茹でられるな』などと天災よりうどんを茹でる水の不足を心配しておるらしいぞ。余がかつて征服した国にも此処まで食い道楽に走った国は無かった」

「イギリスとは真逆、という訳か。————街並みやその歴史こそ文化の映し鏡だと思っていたのだが、何にでも例外はあるらしいな」

「そこが、余が世界を征服しておった頃の楽しみよ。様々な国には様々な文化がある。砂漠の民には砂漠の民の、海の民には海の文化があるのだ。それ故に、まっこと、この世は征服し甲斐がある!」

 

 そう言ってガッハッハと笑うランサーを引き連れて、ケイネスはハイアットホテルへの帰路につく。————と、その途中で、ケイネスはある一団が気にかかった。

 

 

 冬の街に似つかわしく無い、薄い木綿のカンドゥーラ——アラビアの男性が着る白いワンピースのような服——に身を包んだ青年達。その各々が犬か何かの骨で作ったらしい獣骨の仮面を付け、冬木の街をスタスタと歩いていく。————その行き先は、ケイネスが事前に調べた土地に関する知識に当てはめればアインツベルンの森がある方向だ。

 

 だがそんな事よりもケイネスが驚いたのは、彼ら自身についてであった。

 

「ランサー、アレをどう見る。————どうにもキャスターが何か動いているようだが」

「む? まぁ確かに異様だが。……いや待てよ、ありゃ、全員————」

「ああ。信じられんが急造品の魔術師だ。————こんなことが出来るのはキャスターしかおるまい。追うぞランサー。奴らの向かう先が何であれ、今まで情報が無かったサーヴァントが動いたのだ」

「おうとも。————霊体化せねばならんのは気に入らんが、仕方あるまい」

 

 そんな会話を小声で交わしながら、ケイネスとランサーは白装束達の後を追う。夕暮れの近い冬木の街は、ここ数日で三度目の不穏な気配を帯び始めていた。

 

 

【018:The etymology of the Assassin.】

 

 

 ザイードには魔術や呪術の才はあまり無い。呪殺が得意な『兄妹』もいるし、使い魔を操る兄妹もいる。そんな訳で当然彼にも魔術を使用すること自体は可能である。だが、その腕前はへっぽこと言うしかない腕前であった。彼の場合、魔術よりも投げナイフで仕留めたほうが早い、というのも原因である。

 

 だが、彼等の名の由来にもなっている『ソレ』の調合は、ハサンの名を継ぐものとしていつでも調合できる。————暗殺教団の長のみが調合できるその秘薬の名は『ハシシ』。

 

 そしてその伝説を元に生み出された宝具こそキャスター達が持つ『秘術夢幻香(アサシーニ)』であった。肉体を強化し、感覚を鋭敏化させ、常人を強靭な意志を持つアサシンへと変貌させるその秘薬で以って、歴代のハサン達はその教団を維持してきたのだ。————この宝具は、厳密に言えばキャスタークラスの道具作成スキルに近い。ハサン達の脳内に刻み込まれたレシピに沿って宝具レベルの秘薬を製造する能力、というのが正確な表現である。

 

 そしてキャスター達は見込みのありそうな不良達に片っ端からこの秘薬を売りさばいていた。吸引して良し、食べてよしなその『ドラッグ』を摂取した人間には、素晴らしい力と同時に『ハサンへの忠誠』が強制的に刻み込まれる。彼らこそ、キャスター達が集めていた兵士の正体であった。

 

 そして現在。兵士達の内でザイードの手下になっている十名の内三人は、あえて目立つ白装束姿で冬木の街を彷徨いたのち、アインツベルンの陣地に向かっていた。彼らはザイードの手下の内、魔術回路を保有するメンバーである。無論、高位の魔術は使えないが、魔術による身体強化という初歩の初歩であれば、彼らは使用できる。————その上、彼等の肉体はキャスターの宝具によって強化されている。サーヴァントのステータスと比較すると全能力オールEといったところだが、それでも常人とは比較出来ないほどの戦闘力を持っていることに違いはない。————そんな彼らが身体強化と共に森を駆ける。当然ながらその動きは、森の結界を管理するアイリスフィールによって完全に捕捉されていた。だが、彼らは一向にアインツベルン城へとは向かう事なく、ただ森の中をひた走っている。

 

 謎の魔術師らしき集団による謎の行動に疑問を覚えた切嗣とアイリスフィールが困惑するのは当然であった。————だが、その困惑を一瞬で忘れさせるような存在が現れた事で、アインツベルン陣営はそちらに意識を集中させざるを得なくなった。

 

 サーヴァント・ランサーとそのマスターたるケイネス・エルメロイ・アーチボルト。この戦争における最強角の一つが攻め入ってきたのである。

 

 正確に言えば彼らは白装束を追ってきただけなのだが、アインツベルン陣営にそんなことがわかるはずもない。直ちに切嗣の命によりセイバーは迎撃に出る事になり、アイリスフィールと舞弥は裏門から逃走を開始する。白装束達はアイリスフィールの感覚で容易く回避出来る為、保険として舞弥を伴えば十分に脱出できるだろう。————そして切嗣は、彼女達の脱出と同時に城内に武器爆薬の類を設置する。ケイネスを前にしては足止めにすらならないだろうが、その起爆は『鳴子』の役割を果たし、切嗣にケイネスの位置を知らせてくれる。無論切嗣は自身が設置した罠にかかるような間抜けではない為、罠まみれの城内でも自由に動き回ることが可能だ。

 

 万全の防備で以って侵攻してくるケイネスを迎え撃つ。その覚悟を決めた切嗣は、要塞化した城でセイバーの戦いを見守ることとした。————彼がランサーを足止めしてくれれば、切嗣がケイネスを打倒する勝算は十分にある。

 

 

* * * * * *

 

 

 セイバーは一陣の風と化してランサーに斬りかかる。その手に握るゲイ・ジャルグとモラルタは、対ランサー戦において有利な武装であった。————ケイネスの魔術を無効化し、ランサーの防御や攻撃を斬り払う。今の斬撃でランサーの長槍をセイバーは難無く切断した事からも、この手段はランサーと相性が良いのは間違いない。

 

 とはいえランサーは容易く倒せる相手ではない。空間を切り裂いて現れたランサーの軍勢がセイバーを包囲し、苛烈な攻撃を浴びせてくる。跳躍する事でその攻撃を回避したセイバーはモラルタの斬撃で鎧ごと兵士を叩き切るが、次々に溢れ出す軍勢は減る様子を見せなかった。その乱戦の中でなお、ケイネス以外(・・・・・・)を城方面に行かせないセイバーの技量は驚嘆すべきものがある。

 

「ほう。倉庫街では邪魔が入ってよく分からなんだが、セイバーというだけあって随分と達者な剣技ではないか。————それにその剣、かなりの業物だな」

「そういう貴様は随分とランサーらしからん。サーヴァントがサーヴァントを召喚するとはな」

「余の臣下は死してなおも余に仕える果報者ばかり。そして王が臣下を戦に引き連れていくのは当然の事よ!」

「……滅茶苦茶だな。その理論が罷り通るならば俺の愛犬を俺が召喚できる事になる」

 

 そんな会話を交わしつつも、ランサーとセイバーは戦いを続行する。幾人もの兵士を纏めて一刀両断するセイバーと、兵士達と共に長槍を振るうランサー。先程切断した槍では無く兵士から借りた長槍を使っているランサーだが、時空を超える槍衾を問題なく展開できている辺りアレは槍では無くランサー自身の能力なのだろう。

 

 セイバーはそれらを斬り伏せてはランサーをその紅槍でチクチクと突き刺していく。傷は浅く、鎧を通すには足りないが、挑発には十分。ランサーが隙を見せれば即首を獲りに行くと言わんばかりの猛攻に、さすがのランサーも足止めを食わされている。また、森の中というこの地形も、森に馴染み深いケルトの英霊には有利に働いている。大英雄たるランサーはともかく、周囲の兵士達は森の中で槍を扱う事に慣れてはいない。時に樹上から、ときに藪の中から。現れては消える縦横無尽なセイバーの三次元機動は、確実にランサーを足止め出来ていた。

 

 

* * * * * *

 

 

 さて。視点は白装束達に移る。わざとランサー陣営をアインツベルン城に誘う事で戦闘を誘発させた彼らは、森の中である程度駆け回った後に脱出し、ザイードが拠点としている廃屋に帰還していた。当然ながら白装束は森を出た瞬間に廃棄済みである。

 

「ザイード様。指示通りセイバー陣営の領域にランサー陣営を誘導してまいりました」

「ご苦労。……後は残りの連中が『聖杯』を捕捉できるかどうかだな」

「アインツベルンの女ですね? 我々も追跡任務に就いたほうが良いのでは?」

「いや、お前達はアインツベルンに魔力パターンを識別された。以降は他陣営との接触は避け、私のマスターとして振舞え。我々はキャスター陣営(・・・・・・・)なのだから、マスターが居なければ話になるまい」

「畏まりました。————ところでザイード様。アインツベルンの陣地にてこのようなものを発見したのですが」

 

 そう言って手下が差し出したのは、クレイモア。対人用指向性地雷である。ワイヤートラップとして設置されていたそれはワイヤーの引っ張り力で起爆する信管が取り付けられている。丁寧に回収されているため起爆はしていないが、まだ生きている地雷だ。当然ながらザイードにもその仕組みは分かっても、安全に解体する方法はわからなかった。

 

 だが、解体できないならば使ってしまえば良い。ワイヤートラップ程度であれば、ザイードにも心得があった。そしてその技術を部下に伝えていたことが、この地雷の獲得につながったのだ。コレを使わないという選択肢はあるまい。

 

「数は幾つだ?」

「移動の際に撤去する必要があった物のみを回収しましたので……十二個ですね」

「上出来だ。衝撃を加えないように安全に保管しておけ。————何かに使えるやもしれん」

 

 ザイードはそう言って、次なる計画を練る。ランサー陣営を用いた小聖杯の燻り出しは今の所順調。ならば次はどのタイミングでその女をさらうかだ。————よりキャスターらしく、といった思考から典型的なアラビアの富裕層と言うべき姿に変装した彼は、ひたすら知恵を巡らせる。

 

 確かにザイードはキャスター中最弱だ。だが、それでも山の翁である以上、彼もまた並大抵の暗殺者を凌駕する暗殺の手腕を誇っている事を、忘れてはならない。その蛇のような狡智は、『暗殺』の為に磨き上げられてきたものなのだから。


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