Fate/Zure   作:黒山羊

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019:Attacking each other simultaneously.

 森の中で繰り広げられるセイバーとランサーの激戦。始まってしまったそれを止める術は無く、故にケイネスは進路をアインツベルンの城へと向けた。――――既に敵対してしまった以上、アインツベルンを相手に戦闘せざるを得ないとの判断からである。先手を取られるよりは此方から仕掛けてしまった方が幾分有利だろうし、アインツベルンのマスターは倉庫街での一戦から察するに戦闘能力は低い。あの白髪のホムンクルスであれば、ケイネスは五分とかからず始末できる。自身の魔術に対するカウンターに成りうるセイバーは既に足止め済みとなれば、攻め込まない理由は無い。

 

 現在の礼装は魔術で圧縮して試験管に収めた月霊髄液と、同じく縮小してローブの袖口に仕込んである自動攻撃剣が六本。月霊髄液に魔力炉を搭載する事に成功したため、最高出力で起動したとしてもケイネスの魔力は以前に比べて七割程度の消費で済む様になっている。その代わりに月霊髄液内に魔力炉という固体部分が出来てしまったのが問題と言えば問題だが、その大きさは精々テニスボール程度。さして問題にはならないだろう。自動攻撃剣は、名前すら特に付けなかった試作品だが、使い捨ての武器としては優秀だ。搭載した魔力炉は低出力だが、それでも剣を振るうだけならケイネスは微小な魔力操作のみで行える。

 

「――――Fevor, mei sanguis(湧き立て、我が血潮)

「――――Saltatio mei gradio(踊れ、我が剣)

 

 起動キーを詠唱する事で、待機状態に突入するケイネスの礼装達。重ねて自律防御と自動索敵、指定攻撃の命令を入力したそれらで以て進路を塞ぐトラップの類を破壊し、ケイネスは遂に森の中の魔城へとたどり着いた。道中に仕掛けてあった地雷などの『魔術に依らない兵器』を見るに、アインツベルンが魔術師らしからぬ手段を用いているのは確実だが、それに関してはケイネスにさして怒りは無かった。――――これが尋常な魔術師同士の果し合いだという考えは、ケイネスにとって過去のものだ。そもそも街の一角を海に沈め、マンションを崩落させるような闘いが魔術師の決闘ならば、世界はとうに滅んでいる。決闘とはお互いにルールを決めた上で行われる、闘いによる儀式だ。だが、この街で行われる聖杯戦争は儀式のための闘い。ルール自体が「いかなる手段を用いても良いので、他のマスターを抹殺せよ」というふざけたモノな時点でケイネスの求める闘いとは毛色が違う。

 

 故に、ケイネスはアインツベルンが如何に下劣な手段を用いようと怒りはしない。ルールには違反していないのだから。――――しかし、別種の怒りはある。

 

「この私にこの様な小細工が通じると思われているとはな……」

 

――――即ち、ケイネスは自身がナメられているという事態に関して盛大に怒っていた。いっそ対戦車砲でも仕込んであればケイネスもある程度の脅威を感じつつ、それを自慢の礼装で粉微塵にしただろう。だが、仕掛けてあるのはどれもこれも豆鉄砲。例えるならば、『木刀担いで喧嘩を売ったのに、くたびれたスポンジでひたすらペシペシされた』というような気分である。――――せめてそこは釘バットとか持ってこいよ、という感覚になるのはご理解いただけるだろう。

 

 よって、ケイネスは自身のストレス発散も兼ねて、礼装の猛威を城にぶつける事とした。彼の指示に従って、鎌首をもたげる蛇のように無数の刃を生じさせた月霊髄液。超高速で振るわれる銀の刃は、城の正面玄関とエントランスを瓦礫の山へと変貌させる。更に内部に侵入した刃は目につく範囲のありとあらゆるモノを切り刻んで行った。流石にケイネスも城に押しつぶされるのは本意ではないので、柱だけは無事だ。だが、それは逆に言えば柱以外の悉くを月霊髄液が豆腐の様に切り刻んだという事実に他ならない。壁、ドア、内装、調度品。その全てが吹き飛んだ城は随分と風通しが良くなっている。その劇的なリフォームを行った事でケイネスは自身の中の激情を発散し、冷静な思考を取り戻していた。

 

 ケイネスは何も、考えなしに当たり散らした訳ではない。玄関は有力な侵入経路の一つなのだから、其処には無数のトラップが仕掛けてあるのが当然だ。現に、月霊髄液の攻撃に反応して無数の地雷が炸裂し、壁に据え付けてあった機関銃が火を噴いた。それらを事前に破壊するならば、玄関ごと粉砕してしまえば早い、というのがまず一つ。次の理由が、怒りを発散させることで冷静な思考を取り戻すためだ。

 

 子供が癇癪を起し、物に当たり散らすのは何故か。と考えた事はあるだろうか。――――多くの人はこの問いに関して間髪入れずにこう返すだろう「考えた事もない」と。

 

 その答えは単純だ。人類は多かれ少なかれ、破壊に対して快楽を感じる種族であるというだけの事である。それはケイネスとて例外ではないし、彼自身もそれを自覚している。故に、彼はこの場で怒りを発散する手段として破壊を行ったのだ。怒りは確かに人を強くするが、同時に人を阿呆に変えてしまう。ならば、この場で怒りは不要。戦争に生き残るのに必要なのは、『理性に飼いならされた暴力』なのだから。

 

 そうして、怒りを脳裏から追い出したケイネスは、瓦礫の山へと足を踏み入れ、周囲をぐるりと見渡してから静かに立ち止まる。どうやらこの攻撃でアインツベルンのマスターを巻き込んだ様子はない。ならば、この城の中をしらみつぶしに探すしかないだろう。――――立ち止まった彼の足もとから伸びる無数の触手。月霊髄液の探査端末であるそれが城内を調査するのを、ケイネスは静かに待っていた。

 

 

【019:Attacking each other simultaneously.】

 

 

 城を蹂躙する銀の刃。それを目撃していたのはケイネスだけではない。城内に配置された数多の監視カメラによって、二階にいる切嗣はケイネスの行動を見届けていた。――――とはいえ、監視カメラ諸共城のエントランスが崩壊した後の情報はない。より狙撃に適した位置へと移動する為の猶予は、残りわずかだろう。

 

 そう考えた切嗣は、素早く銃器を装備するとドアから廊下に出ようとする。――――だが、その手がドアノブに掛かるよりも早く、ドアの鍵穴から銀の触手が顔を覗かせた。自動索敵をこれ程の速度で行えるとは。そう驚嘆すると同時に、切嗣は懐からキャレコ軽機関銃を抜き放ち、床を斬り裂いて現れたケイネスに向けてフルオート射撃を叩きこむ。だが、その弾丸は薄膜化した水銀の壁に阻まれた。九ミリ弾の速度を凌駕する瞬間防御。それに驚くよりも先に、切嗣は自身の魔術を行使する。

 

Time alter(固有時制御)――double accel(二倍速)!!」

 

 彼の魔術は、衛宮家に伝わる固有結界。時間の流れを操作するというその能力を、切嗣は自身の肉体に限定して行使する。まるでビデオテープの早送りの様に不自然に加速するその肉体は、ケイネスが放った銀の斬撃を回避して床の大穴から階下に飛び降りる。そのまま速やかに廊下を駆け抜けた切嗣は、曲がり角に身を潜め、魔術を解除する。倍速移動の反動は彼の肉体に負荷をかけるが、『二倍』までなら肉体の崩壊は少ない。精々全力疾走で一キロほど駆け抜けたのと同等のダメージである。わき腹は痛み、動機が激しくなるが、鍛え上げた心肺機能はそのダメージから数秒で立ち直る。

 

 それと同時に、切嗣はあの水銀の能力について高速で思考していた。

 

 アレは恐らく攻防一体の万能型の礼装だ。展開速度のタネは恐らく圧力。高圧でその防御力、攻撃力、そして機動力を維持するならば、その力の根源は基部の水銀塊にある。先程の攻撃を目視したが、その攻撃は非常に直線的。であれば、回避は容易いだろう。そして、あの水銀という構造上、その索敵能力の仕組みは限られてくる。視覚、嗅覚、味覚などはより複雑な器官が必要な為、除外していいだろう。残るは触覚と聴覚。だが、先程あの水銀は切嗣に触れる前に切嗣の存在をケイネスに伝えた。――――となると、アレは恐らく糸電話の様に水銀の糸で周囲の振動を『聞き取る』事によって索敵を行っている筈だ。

 

 そこまで考えた切嗣は、小声で魔術を行使する。この場で用いるべきは、倍速ではなく停滞。魔術行使と同時に切嗣の肉体は周囲の三分の一の速度にまで減速した。それと同時に彼は呼吸を止める。たっぷりと吸いこんだ空気は、彼の低速化と合わさる事で通常の三倍の長さの『無呼吸』を可能とするのだ。

 

 その直後切嗣が潜む廊下に水銀で出来た触手がやってくる。が、目論見通りその触手は切嗣の存在を感知する事無くすぐに姿を消した。その後をツカツカと歩いてくるケイネスの前に飛び出して、切嗣はキャレコの掃射を浴びせる。――――当然の如くそれは水銀の膜によって弾かれ、ケイネスには当たらない。だが、それこそが切嗣の狙いだ。薄膜化した水銀に圧力をかけるのは至難。故に、九ミリ弾は防ぎきれても、その薄膜ではコンテンダーの大口径弾は防げない――――!

 

 響く銃声。その直後血を噴いたのは、『両者』の肩口だった。ケイネスの肩口を切嗣の放った弾丸が抉ると同時に、切嗣の肩もまたケイネスの自動攻撃剣によって斬り裂かれたのである。射撃直後の隙を突くようにケイネスの袖から飛び出してきたロングソードに、流石の切嗣も対応できなかった。首を撥ねられる事だけはギリギリで避けたものの、一撃を貰ってしまった事に変わりはない。すぐさまその場から『二倍速』で逃走した切嗣は、自身の肩に軽い治癒魔術を行使して止血を行う。――――その後を追ってくるロングソードを壁ギリギリで回避し、壁につき立った所をキャレコの乱れ撃ちでへし折っておくのも忘れない。想定外の礼装に一撃を貰ったが、どうやら強度は一般的な鉄と大差ないらしい。

 

 無論ケイネスも自身の肩を治療しながら全速力で切嗣を追い詰めていく。月霊髄液で周囲を切裂きながら進む彼は解体重機さながらの大破壊で以て城を崩壊させながら、切嗣の後を追う。今までの味気ない攻撃とは異なり、切嗣の拳銃は厄介だと判断したためだ。アレほどの威力を受け止めるには、月霊髄液をより複雑な構造にせねばならない。その為の術式制御を瞬時に脳裏で行いながら、ケイネスは切嗣を遂に城の一角へと追いつめた。

 

 振るわれる月霊髄液の刃を、切嗣は踊る様に回避する。その両腕には先程と同じ軽機関銃と拳銃の組み合わせ。――――火を噴く機関銃に対し、ケイネスは先程組み上げた術式を起動する。

 

「同じ手が二度も通じると思うなッッ!――――Fevor mei sanguis(滾れ、我が血潮)!!」

 

 剣山の様に地面から伸びあがる無数の水銀柱。その針の一本一本は強烈な硬さを誇り、九ミリ弾をはじき返した。だが、それだけで防げるほど切嗣の持つコンテンダーは生易しい銃ではない。ライフル並みの破壊力を持つその拳銃から放たれる弾丸の対策としてケイネスは月霊髄液の柱の一本に強力な負荷がかかった際に、『捩じり』を加えるようプログラムした。寄りあわされる無数の水銀柱は、一本の柱となってコンテンダーの一撃を受け止める。

 

 そう、受け止めてしまった。

 

 次の瞬間、ケイネスは激痛に身をよじり、喀血しながら地面へと崩れ落ちる。――――魔術回路の暴走。滅茶苦茶に繋ぎ合わされショートしたその魔力が、ケイネス自身の肉体を破壊した。衛宮切嗣が持つ唯一の礼装、起源弾。その芯材には彼の脇腹から摘出された肋骨が用いられており、弾丸に対して魔力で緩衝した者に不可逆の破壊をもたらす。ケイネスは、その有能さゆえに自身の首を絞める事になったのだ。切嗣の見立てではケイネスの水銀を全力駆動させるには、ケイネスはその魔力を一時的に全力にする必要がある筈だった。

 

 床で苦痛に悶えるケイネスは、このまま放っておけば死ぬだろう。――――だが、念のために此処で殺しておくべきか。

 

 そう考えた切嗣は、キャレコを構え、ケイネスの脳天へと照準を付ける。

 

 

 しかし切嗣が引き金を引くより早く、鈍い刃が切嗣の腕に突き刺さる。肩、二の腕、肘、前腕部、そして掌。五本の長剣で壁に縫い付けられた腕ではキャレコの小銃が付けられる筈もなく、九ミリ弾は壁にめり込んだ。

 

「な――――!?」

 

 まさか起源弾を受けてなお、ケイネスが魔術を行使するとは思ってもみなかった切嗣は、床で這いつくばるケイネスに目を向ける。血反吐を吐きながらも、そこに倒れるケイネスの眼は死んでいない。起源弾を受けてなお意識があるという事は即ち、彼はあの防御に『全力を出していなかった』という事になる。そして、壁に縫われた切嗣に、ケイネスが掠れた声で発する声を止めるすべはない。

 

「ラ、ン……サー」

 

――――その声と共に、ケイネスの手の甲から令呪が一画消失する。所有者の意思を正確に反映したその命令は空間を跳躍し、セイバーと戦っていた筈のイスカンダルをその場に瞬間移動させた。だが、切嗣のサーヴァント、セイバーもその転移を黙って見過ごす程抜けてはいない。一秒の差で壁を突き破って現れたセイバーは、切嗣を庇うようにランサーの前に立ちはだかる。そのタネは単純だ。――――セイバーは空気抵抗を無視するべく、『大いなる激情(モラルタ)』の真名解放で大気を斬り裂いて(・・・・・・・・)此処まで全速力で馳せ参じたのである。

 

 互いのマスターを庇うように睨みあう両雄。その緊迫した空気の中で第一声を放ったのはランサーであった。

 

「セイバーよ、此処は一つ停戦と行かんか? このままではどの道共倒れだぞ。――――それでも貴様が我がマスターの首を取るというのであれば、余は魔力の許す限り暴れまわる所存だが、どうする?」

「…………」

 

 沈黙のままに、セイバーは構えを緩める。それを見たランサーは、ケイネスと彼の『水銀』ごと空間の裂け目に消えていった。――――その気配が完全に消えると同時に、セイバーは切嗣の腕を壁から解放する。剣を引き抜けば失血死は免れない為、壁を斬り裂く形での救出だ。その後、切嗣のコートの一部を斬って圧迫止血を施し、彼を抱えて崩壊した城から脱出する。切嗣を横抱きにしたセイバーは、唇をかみしめて詫びる。

 

「主。俺が不甲斐無いばかりに、ランサーを喰い止められませんでした。申し訳ない」

「……いや、今回は僕の戦術的ミスも大きい。……それより、アイリと合流を。彼女なら僕の腕を治せる筈だ。……事前に僕が確保していた武家屋敷がある。そこで合流を」

「了解しました」

 

 夜の森で行われたマスター同士の激戦は、こうして両者痛み分けの形で幕を下ろした。敢えて勝敗を言うなれば完全ではないとはいえケイネスの魔術回路を破壊した切嗣に軍配が上がるだろう。だが、ケイネスの魔力が激減したというのにどういうタネかランサーの魔力は少しの陰りも見せず、セイバーと切嗣を威圧していた。今宵の戦いの結果は、サーヴァントの戦力差も加味すればケイネスの優位である。――――どちらが勝ったとも言えぬ、尻切れトンボの戦闘だった。

 

――――――そして。森の中に潜み、双眼鏡とビデオカメラを持ちながらその一部始終を目撃していた『魔力の欠片もない男』は携帯電話で自身の主に連絡する。

 

「ザイード様、セイバー陣営のマスターとセイバーが小聖杯との合流を測る模様です。マスターは負傷していますが、セイバーはいまだ健在。アインツベルン城はランサーのマスターにより崩壊しました。――――どうなさいますか?」

『小聖杯捕獲班の二名は任務を観察に切り替えろ。アインツベルン城観察班二名は任を解く。一時帰還し、録画映像を検証してくれ。検証には私も同席する』

「畏まりました。これより帰還します」

 

 暗躍するキャスター、負傷した切嗣、満身創痍のケイネス。この夜、三者のを取り巻く状況は一変した。――――激化する戦争に、この結果がいかなる影響をもたらすのか。それはまだ、分からない。

 




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