Fate/Zure   作:黒山羊

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021:Holy Grail war of wives.

【021:Holy Grail war of wives.】

 

————身体が、重い。

 

 目を覚ましたケイネスが、初めに思ったのはそれだった。布団からどうにか身体を起こしてみても、足の感覚がボヤけている。そんな彼に声を掛けたのは、彼が眠るベッドの傍らでウトウトとしていたソラウだった。

 

「————ケイネス、目が覚めたのね。ランサーが貴方をここまで運んでくれたのよ」

「…………ああ。覚えている。————ソラウ、私の治療は君が?」

「ええ。————魔術回路は三割を残して滅茶苦茶。魔術刻印は全部無事だけど、滅茶苦茶になった部分は私じゃ元には戻せないわ。身体の方は内臓と太股から上の神経は修復できたけど、足先が完全に麻痺してる。運び込まれた時の貴方はズタズタで、生命活動に重要な部分を優先して修復するしかなかったの」

「そうか。————ありがとうソラウ」

「あら、怒らないの? 貴方なら、『下賤な犬が高貴な私の血を流すなど許されん!』とか言いそうなものだけど」

「今回は私のミスが大きいのでね。————アインツベルンはサーヴァントのみならずそのマスターも対魔術師戦に長けていた。あの黒コートの男が使う魔術は恐らく敵の魔術回路をショートさせ、駆動中の魔力を暴走させるものなのだろう。拳銃を使い、身体強化らしきしか使っていなかった事から力量を見誤ったのだ。あの銃弾型の礼装は、下手をすればサーヴァントにも届き得るほどのものだった」

 

 そう語るケイネスはあくまで冷静で、その姿にソラウは少々困惑した。果たして、自分の知るケイネス・エルメロイ・アーチボルトという男はこのような人物であっただろうか、と。————その思考を中断させたのは、紙袋を提げて部屋に入ってきたランサーだった。

 

「おお、起きたかケイネス。いやぁ、なかなか善戦しておったようだが惜しかったなぁ。————まぁ、セイバーのマスターは随分と戦慣れしとるようだったからな。三度目の戦場でアレは荷が重かったか?」

「随分と言ってくれるではないかランサー。まぁ、事実ではあるがな。アレは恐らく私とは方向性が異なるにしろ、天才の類だ」

「そりゃあそうだろうな。何しろ聖杯戦争だ。サーヴァントだけでなくそのマスター共も一筋縄ではいくまい。————ところでケイネス、お前さん一皮向けたではないか。余のマスターとしてもまずまずの面構えになってきた」

「…………何やらソラウにも先程似たようなことを言われたな。まぁ、この戦争で圧倒的な格上を多く見て来た事で多少鼻を折られた自覚はあるが」

「挫折を知って男を上げたというわけだな。————さて、それはともかく丸一日ぶっ倒れておったのだ。腹が減っておるだろう? 商店街の方に中華料理屋の泰山ってのがあるんだが、そこの粥も鍾馗のモダン焼きと張る絶品具合でな。店主に三人前包んでもらったのよ」

 

 そう言って紙袋からテイクアウト用と思しき発泡スチロールの丼を取り出したランサー。ソラウには、プラスチックのレンゲが付いているそれは、ケイネスや自身の様な貴人が食すには不適に見えた。だが、自身の婚約者が普通に受け取ってランサーに礼を言い食し始めたのを見ると、どうにも空腹を認識してしまう。ソラウはソラウで、ケイネスの治療の関係で食事を取っていないのだ。

 

 お腹は空いている。でも、食べていいのか分からない。————そんな世間知らずのお嬢様を救ったのは、三人前と言いつつ何故か自分だけ巨大なドンブリを抱えているランサーだった。

 

「む。ソラウ嬢、食わんのか? 余が急いで持ってきた故、アツアツのままだぞ?」

「それはそうなのだけれど、ちょっとこれは『貴族』が食べていいものなのか分からなくて」

「————こりゃまた、今時珍しい『良い子』だな。おい、ケイネス。貴様、何故気付かなんだ…………いや、そう言えばこういう機微には疎かったか」

「待て、少し待て。何が何だかさっぱり分からんぞランサー。私がソラウに何かしてしまったのか?」

「ああ、いや。ソラウ嬢の様な女はよくいるのだが、お前さんがもうちっとなんとかできなんだのか? と思っただけのことよ。————ソラウ嬢、お前さん親の目を気にしすぎとるなぁ。この場に居るのは余とケイネスのみ。そう肩肘を張らんでもよかろう。この場で自分がどうするかは、自分が決めるのだ」

 

 そう言って苦笑するランサー。その言葉は、確実にソラウの内面を見透かしていた。

 

————ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリには自己判断ができないのだ。幼い頃から『お嬢様』である事を周囲から命じられていた(・・・・・・・)彼女には自分で判断するという経験が無い。経験していない事を成すにはきっかけが必要だが、今の今まで彼女にはそのきっかけが無かった。それがこの瞬間、突如として征服王からきっかけを与えられたのだ。困惑し逡巡するのも仕方の無いことだった。

 

 数分迷ってから、ソラウはレンゲを手に取り粥を食べる。————余人には些事であろうが、彼女が人生で初めて自分で選択したのは、一杯530円の中華粥を食べる事だった。

 

 さて。

 

 取り敢えず食事を終えたランサー陣営は、今後の戦略を話し合う事にした。ケイネスが脚を悪くした以上、彼の役目は留守番である。そして流石にソラウを戦場に出すわけにはいかない。つまりランサーが戦場に単騎で出撃する羽目になるのだが、征服王はその宝具によって万軍を率いているため実のところ問題はなかった。

 

 ケイネスはランサーに宝具の全力展開を承認し、自身はソラウと共に魔力供給を行うことにしたのである。残っているのが三割とはいえ、ロードの名は伊達では無い。彼は出力三割でもウェイバー・ベルベットと同程度の魔力は生成できるのである。単純に見習い一人分の魔力を追加された形のランサーはすこぶる好調であり、サーヴァントに限ってみれば寧ろ強化されていると言っていいだろう。

 

 そんなランサー陣営の話し合いの結果は取り敢えずケイネス用の松葉杖を購入する事だった。

 

 

* * * * * *

 

 

 一方その頃。深山町にある武家屋敷では、アインツベルン陣営が同様に会議を行っていた。アイリスフィールの治癒魔術——正確には錬金術による負傷部位の錬成——によって腕の負傷が完治した切嗣はリハビリも兼ねて銃のメンテナンスをしながら会話に参加している。

 

「————ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは工房に引きこもった様ですね。あの工房を突破するのは困難かと。ビルごとセイバーの宝具で切断する事も可能でしょうが、周辺被害と神秘漏洩の危険性を考えると些か無謀ですね」

「そもそもあの工房に近づいた時点でランサーが出撃してくるのは明白だからね。…………ケイネス陣営は一旦放置しよう。取り敢えず弱体化したのは間違い無いんだ。僕たち以外が奴を討伐する事も十分にあり得る」

「そうですね。……では主。次は何処を攻めるのですか?」

「そうだな……ここはひとつ、穴熊を決め込んだ遠坂を燻り出してみるか」

「アーチャー陣営ね。————でも切嗣、遠坂はケイネスの要塞程ではないけど十分に堅牢な魔術工房よ? どうやって攻略するつもりなの?」

 

 そう問いかけるアイリスフィールに、切嗣はごく自然に回答する。

 

「ガソリン代わりにナパーム剤を満載したタンクローリーを、隣町の駐車場に確保してある。遠隔操縦可能なように改造してあるから、それを遠坂邸に突っ込ませるつもりだ」

「ナパーム?」

「軍用火炎放射器などに使われる焼夷剤ですね、マダム」

 

 相変わらずと言えば相変わらずな外道作戦。魔術師殺しの名は伊達では無く、そんな夫の悪辣な思考にアイリスフィールは少々引き気味である。こんな事を容易く決断実行する辺り、魔術師殺しの衛宮(・・・・・・・・)が往年の勘と戦闘力を取り戻しているのは間違いないだろう。

 

「さて、そうと決まれば準備をしよう。————そうだな。セイバーは街に出て遠坂邸の調査。勘付かれないよう、遠目にで構わない。僕はタンクローリーの回収に向かうから、舞弥はアイリの護衛を頼む」

「了解しました、主」

 

 作戦会議はこれにて終了。そう言うかのように席を立つ切嗣に続き、セイバーも街へと繰り出していく。その結果、武家屋敷に残るのはアイリスフィールと久宇舞弥だけ。————こうなると、途端に気まずい沈黙が流れてしまうのは必然だった。正確には、気まずいのはアイリスフィールだけである。彼女は、切嗣の浮気相手らしき女性を前に気が気ではなかった。一方舞弥はというと、事前にホームセンターで購入してきたという炬燵を押入れから取り出し、手慣れた様子で組み立てている。

 

 数分後、舞弥が炬燵を電源につなぎ、商店街で買って来たらしいミカンをセッティングした頃に、ようやくアイリスフィールは舞弥に会話を振った。炬燵で温もった結果、多少勇気が湧いたらしい。

 

「ねぇ、舞弥さん。切嗣とはいつ頃出会ったの?」

「私が成長期を迎える前ですので……恐らくは十年以上前です。当時の記憶は曖昧ですが、切嗣は私を二、三年前間育てたのち、アインツベルンに招かれました」

「…………切嗣に育てられたの?」

「はい、マダム。私は孤児だった為、少年兵として活動していた際にある戦場で切嗣に拾われました。そういう点で言えば、私は切嗣の養子に近い存在でしょう。さらに言えば、魔術使いとしては弟子にも当たります」

「うーん、切嗣の養子って事は、私の義理の娘って事になるのかしら?」

 

 アイリスフィールのその言葉に、舞弥は珍しく表情を変えた。目を丸くしている辺り、アイリスフィールのセリフが余程意外だったらしい。

 

「……その発想はありませんでした」

「ふふふ。そういう事ならお母さんと読んでくれてもいいわよ?」

「マダム。せっかくの提案ですが、その場合切嗣を父と呼ぶ事になるので遠慮しておきます」

「あら。なんで切嗣を父親扱いするのがダメなの?」

「————ご存知ないのですか? 切嗣には若干老けて見られることにコンプレックスがあるのです。私が娘として振舞えば切嗣はストレスを溜めてしまうでしょう」

「あら、そのコンプレックスは初耳ね。————舞弥さん。切嗣のこと、もっと教えてくれない?」

 

 アイリスフィールの求めに応じ、昔語りをする舞弥。いつの間にか気まずい空気はかき消えて、武家屋敷からは女性同士の談笑が聞こえてくる。

 

 

————それを路地裏から観察する者達は、機を見極めるべく、ひたすらに息を潜めていた。


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