Fate/Zure   作:黒山羊

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022:The question and answer of Kings.

 その出会いは必然だったのか、それとも偶然だったのか。――――いや、そんな事はどうでも良い。どちらにせよウェイバーが神を呪うことに違いは無いのだから。

 

 時刻は真昼。食事を取ろうとした英雄王がウェイバーを伴い、紅洲宴歳館泰山に訪れた時のこと。ウェイバーはピータン粥、ギルガメッシュはフカヒレの姿煮を注文し、テーブル席で料理を待っていた。この店の中華は英雄王が来店するだけあって超一流。店長の「魃」女史――実年齢不明、外見年齢八歳。若さの秘訣は中国四千年の歴史が生んだ薬膳とかなんとか――はその料理の腕をウェイバーが食べるような安いものから英雄王が食べる超高級食材まで全てにおいて遺憾無く発揮していた。

 

 その味に惹かれたのはライダーだけではなかったらしい、というのが今回ウェイバーを襲った不幸の原因だ。

 

 偶然にも同じ日の同じ時間帯に泰山を訪れたのは、ライダー、ランサー、バーサーカーのサーヴァント達。どれもこれもが単騎で国を滅せる化け物であり、また歴史にその名を轟かせる王でもあった。そんな彼等が偶然にも同じ店で出会ったとなれば、お互いに会話を交わすのは必然だったと言えるだろう。――――そこでランサーから提案されたのは、王の格を酒の席で問うというウェイバーからすれば意味不明な聖杯問答というモノだった。まず王の格を問うだのという時点で凡人なウェイバーには雲の上の話だ。挙句にギルガメッシュがそのよくわからない宴会場に所有物件の一つを使うと言うのだから、ウェイバーはただただ胃をさすりながら粥を啜るばかりである。それを見た魃店長が「胃に効くヨ」と冬瓜のスープを出してくれた際に、ウェイバー少年がちょっとキュンとしてしまったのも仕方ないだろう。

 

 

――――とまぁ、そんなこんなで、現在ギルガメッシュが購入した高級住宅のリビングで王様三人が面を付き合わせて飲み会を行っている訳なのだ。

 

 

【022:The question and answer of Kings.】

 

 

 上座で一人用ソファに腰掛けるギルガメッシュ、担いできた酒樽を脇に置いて二人用のソファを占拠するイスカンダル、そしてなぜかクッションを座布団代わりに一人だけフローリングなバーサーカー。持参した酒も『黄金に輝く見るからにクソ高い酒』『高級ワインを樽ごと』『缶入り黒ビール500ミリサイズ』と多彩なその三者は――――。

 

「って、何でバーサーカーはやたら庶民的なんだよ!? ……王様的にビールってどうなのさ」

「この国のビールは薄いからな。コレを飲むと、貴重なエールを円卓の騎士たちと私で、水で割って分けあった懐かしい記憶が――――」

「困窮しすぎだろブリテンの国庫……。イギリス人の夢が崩れていく……」

「正確に言えば、戦場に嗜好品を持って行く余裕がなかっただけだが。――――ところで貴様、ブリテンの民だったのか?」

「たわけ、雑種。溝鼠は我の所有物だ」

「そうか」

 

 そんな会話を交わすライダーとバーサーカー。本来であれば殺し合うのが通常であるはずの二人は、この場に限って武器を交わす事はない。酒の席で奇襲してすんなり勝てる相手でも無い、というのもあるが、その根底にあるのはお互いに持つ王としてのプライドであった。――――騎士王たるバーサーカーにとっては『騎士道』。英雄王たるギルガメッシュにおいては『自身の法』。それらを確固として持つがゆえに、二人は剣ではなく杯を手にこの場にいる。

 

 それは、当然ながらランサーも同じ。彼自身は自己の『王道』に懸けてその場に武器を持ち出す事を良しとしなかった。――――だが、かの征服王にとっては、剣を以てではなく杯を以ての戦争も、相手に仕掛けるに足る征服である。

 

「おいおい貴様ら、今宵は王の格を聖杯に問う前に、一つ酒杯に問うてみんかと集まったのだろうが。貴様らが乗ってこんというのであれば、やはりこの征服王の王道こそが真の王道であるという事になるが」

「随分と、冗談というものを弁えておるではないか、雑種風情が。王に足る男は天地に我一人。貴様が王を僭称するなど、片腹痛いわ」

「まぁ、私は誰の王道がどうのと言われても困るが。――――なにしろ、わが身は既に王ではない。私の国が滅んだ以上、私は単なるアルトリア・ペンドラゴンだ。王道争いなど好きにしてくれ」

「そりゃまた随分な意見だのぅ、騎士王。お前さん、自分の王道に誇りは無いのか?」

「そう言われてもな…………私の国は象徴君主型議員内閣制国家だ。狭義の意味での円卓は、私を除くと十二人の騎士による合議制。しかし下部組織として存在する三百人のキャメロットの騎士も広義では円卓の騎士にあたる。最高議会にあたる十二人の元に騎士たちが民草の意見を収集して、最終的に多数決を取る形だな。――――つまり、私の王としての職務は貴様らとは形態がまるで違う。私の職務は国家にとって最強の軍事力である事と、『騎士』の象徴である為の清廉潔白な行動だ。故に、貴様らと比べるというのは、『食料と物理学のどちらが優れているか』と議論する様なものだ」

「ふ、雑種にしては中々の喩えよな。良いぞ、貴様らの討論を肴に我が酒を飲んでやる。感謝せよ。」

「お前は、なんというか、どうしようもない奴だのう、英雄王。――――しかし騎士王、そもそも比べられんと貴様は言うが、それならば何故貴様は王と呼ばれるのだ。円卓が全てを決めるのであれば、貴様は『要らん』のではないか?」

 

 征服王のその問いを聞いたバーサーカーは、二缶目のビールをプシュッと開けながら呆れたような表情で言い返す。

 

「…………そんな事も分からないのか? 責任をとる為に決まっているだろう。私は、円卓の決定を『承認』する立場にある。故に、その決定が間違っていた場合は、私が民に詫びるのだ。承認すべきではなかった、とな。……騎士は民草の意見を責任を持って円卓に伝え、円卓は責任を持ってそれを議論し、判断する。――――――故に。私は国の全ての責任を背負って王として君臨するのだ」

「そんなモノが王だと? 騎士王、それはな、人身御供というのだ。断じて王ではない」

「ぬかせ征服王。民を背負い、騎士を背負い、国そのものを背負う私が王でないなら何だというのだ。――――まぁ、貴様の王道とやらには相容れんだろうが、お前の基準を私に押し付けるな」

「むぅ。国に殉じるのが貴様の王道とでも言うつもりか?」

 

 眉根に皺を寄せ、如何にも理解しがたいという表情の征服王。――――その『勘違い』に、思わずバーサーカーは爆笑した。少女の姿をしているとはいえ、彼女の本性は竜。その哄笑は最早竜の吐息(ブレス)に近い。窓は揺れ、酒器はガタガタと音を立て、酒を波打たせるその笑いはバーサーカーが漸く落ち着くまで数分間に亘ってその場を蹂躙した。声だけは花の様に可憐であるにも拘らず、音量が桁違いに大きいというのは、中々に違和感のある光景であった。

 

「――――ふふふっ、征服王。貴様の勘違いはよく分かった。私が国に殉じる、と貴様は言ったな? ははは、ああ成程。貴様にとって国と己は別個のモノなのだろう。王たる前に人間であるのが征服王イスカンダルなのだからな? くふっ」

「何がそれほど可笑しい、騎士王。――――国と己が別個である等、当然のことであろうが。余は王として人の臨界を極めし者。我が王道は清濁を併せ飲み、その生き様で以て民を導くものだ。その結果として余の国がある。余の民がある。……貴様は、そうでないというのか」

「当然だ、万民を魅了した人間の王よ。――――貴様と私は、その生まれからして比較対象になりえない。私は竜で、貴様は人だ。我が国とはすなわち私自身。例え民が死に絶え、騎士が血に倒れようと、私が倒れぬ限りブリテンは決して滅びぬ。私は騎士を導き、民を愛そう。民の為の治世を行い、騎士の為の法を敷こう。私は国であるが故に、その背に乗る民草を『守護』する。――――完全なる秩序! 自由無き自由! 徹底した統治こそ我が王道だ!」

「――――なるほど。貴様と余はとことん相容れんらしいな。……だがまぁ、貴様の言う通りそもそも比較するのが間違いであるというのも分からんではない。竜には竜の生きざまがあるのであろう。だが余とて人の王。貴様の王道を認める訳にはいかん」

「では槍を取れ征服王。言葉を尽くして尚、相容れぬならば、最早剣で語る他ないだろう。…………とはいえ、今は宴席だ。勝負は預ける」

「当然だな」

 

 そう言ってお互いに酒を呷る征服王と騎士王。其れを眺めていた英雄王は、ニヤリと愉快気に笑うと自身もまた杯を呷る。そんな彼を含めた、その場の全員に征服王は問いを投げた。

 

「ところで、貴様らは聖杯に何を願う? 万能の願望機を求める以上、何かしらの願いはあるのだろう?」

「たわけ、我は願望機程度に掛ける願いなぞ持ち合わせておらんわ」

「私はあんなモノ(・・・・・)は要らないが……まぁ、強いて言うなら再び国を興すにあたり当座の拠点が欲しい所だな」

「はて? 貴様らは聖杯を求めたからこそ召喚に応じた訳ではないのか? 余はそのクチなのだが。おい、ライダーのマスターよ。其処の所はどうなんだ? ん?」

「え、僕? ――――うーん。ライダーは触媒で呼び出したから、本人の希望を無視して呼んじゃった可能性はある、かな。多分、触媒は英霊を指定できる代わりに、英霊の聖杯への思いが『くれるなら欲しい』程度でも呼んでしまうんだと思う」

「鼠、貴様は洞察に関してだけはそれなりだな。流石、日がな一日覗き見に耽っているだけの事はあるではないか? 概ねそういう仕組みだろうよ」

「覗き見とな? ふむ。ところで坊主、もう湯殿は――――」

「王は皆そればっかりかよ!? 何なの? 王って下ネタ好きなの?」

「おい、私を巻き込むなライダーのマスター。男の王は可能な限りタネを残す必要がある影響で、精力が強いのだろう」

「……あー、筋は通らなくはない、のか?」

「何だ、人を種馬扱いしよって。余は至ってまともな話しかしとらんぞ」

「男たるものやはりその結論に至って当然よな。溝鼠、貴様も男であればいい加減に諦めるがよい」

「……もうやだこの王」

「ふむ。私は何とも云えんが……ああ、男を止めたいのであれば、かつてモルガンが私を男に性転換させた魔術が――――」

「それ結局ウチのライダーの提案だから! 何一つ僕が救われないから!」

「暫く後にモードレットが生まれたと事後報告があったので、外見だけでなく機能面でも万全だが?」

「そういう問題じゃねぇぇッッ!? というか、性転換かつ近親相姦かつ子供が病んでるとかどれだけ特殊性癖盛られてんの、アーサー王伝説。不倫騎士とかその現場を集団覗きした騎士とかいるし……」

「否定はしない。――――ところで、貴様。妙に私の伝説に詳しいな。見た所ブリテンの民ではなくサクソン人の様だが」

「一応、人種は違っても大抵のイギリス人はアーサー王に憧れてるんだよ。だからこそなぁ…………はぁ」

 

 幼いころの憧れにたっぷりダメージを負わされたウェイバーが真っ白な灰になった事で、王たちはウェイバー弄りを中断して本題に戻る。既にバーサーカーは持参したビールを飲みつくし、征服王が持ってきたワインに手を付け始めている。しっかりと事前に許可をとっている辺り律儀だが、彼女は大食いと同時に酒豪でもあるらしかった。

 

「さて、しかし貴様ら、願いが無いというならば余に聖杯を譲ってくれんかのぅ? 余のマスターの話によると、聖杯はサーヴァント四騎で取り敢えず願望機になるらしいではないか。余と貴様らで残る陣営を蹂躙すれば良い」

「はっ、確かに我に願いなぞ無いが、雑種に手を貸してやる道理もない。それにまぁ、我の鼠めがその杯を欲しがるのであれば、取り敢えずは何時か恩賞として賜わす為にキープしておいてやるのも王の計らいというものよ」

「私としてもアレを渡す気はない。我がマスターの悲願らしいのでな」

「むぅ。つれん奴らだなぁ。――――我らが盟を交わせば向かうところ敵無しだというのに」

「足並みが揃わぬのだから寧ろ弱体化するかもしれんぞ、征服王。私は竜、貴様は人、ついでに其処の金ぴかは――――私の直感が確かなら神殺しの化物だ。統制が乱れ過ぎて話になるまい」

「お? 貴様もライダーの真名に心当たりがある様だな? どうだ、英雄王。名乗ってみる気はないか?」

「何故我が雑種に名を教えてやらねばならんのだ。我が面前に拝謁し、その上言葉を交わす栄を得てなお我が真名に思い当たらぬ雑種風情に、『王』を名乗る資格など無いわ。まぁ貴様らの言う王なぞ、どれもこれも我からすれば劣化品だがな」

「――――つくづく傲岸不遜な男だなぁ、お前」

 

 そう言って苦笑する征服王は、バーサーカーの頭をその大きな掌でポフンと叩くと、子供じみた提案を投げる。

 

「どうだ騎士王、ここは一つ奴の真名を同時に言うというのは」

「おい、女の頭を無闇に触るな。シニヨンが崩れたらどうしてくれる? ――――まぁ、同時に言うというのは乗ってやらんでもないが」

「ほう? 我の名を口にする以上、過てば死ぬ覚悟はあろうな?」

「おいおい、そう脅かすなよ。なあ――――」

「貴様に容易く我が首を取れると思うなよ――――」

 

――――ギルガメッシュ。

 

 二人が異口同音に述べたその名を聞いて、英雄王ギルガメッシュは蛇の様な笑みを浮かべた。その真名を見抜いた以上、ギルガメッシュもそれなりの態度で相手をしてやると決めたらしく。パチリと指を鳴らして虚空から三つの酒器を呼び寄せた。其処に満ちるのは、何れも神代の美酒である。

 

「ランサー、そしてバーサーカーよ。よくぞ見抜いた、褒美を取らす」

「おお、こいつは凄まじい代物だな? 神の手によるものか?」

「ふむ。天上の美酒に興味がないと言えば嘘になる。貰っておこう」

 

 誰からともなく杯を掲げた三名は、カチンと乾杯を上げ酒杯を呷る。

 

――――王達の宴はその後、夜を徹して行われたのだった。




あけましておめでとうございます。
本年も拙作をお楽しみいただければ幸いです。

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