Fate/Zure   作:黒山羊

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023:DARE-DEVIL.

 宴会の後、というのは片付けに手間取るものである。

 

 それは昨晩行われた王達の饗宴においても同様だった。アーサー王は自分の飲んだビール缶をビー玉サイズまで握りつぶしてゴミ箱に捨て、イスカンダルは持ってきた樽は担いで帰った。無論ギルガメッシュは自身の酒器を彼の蔵に仕舞い込んでいる。――――しかし、彼らが酒の摘まみに注文しまくった無数の出前はどうしようもなかった。それぞれのマスターから小遣いでも与えられているのか、ランサーとバーサーカーは寿司、ラーメン、お好み焼き、ピザ等のパーティ用食品を好き放題に出前で取り寄せたのである。その丼や皿は幸いプラスチック製の使い捨てタイプだったが、それにしてもゴミが多い。

 

 軽くゴミ袋を満タンにさせたそのゴミを捨てるついでに、ウェイバーは冬木の街を散策する事にした。かなりの間この街に暮らしているおかげで大方地勢は把握したが、やはり肉眼による探索は聖杯戦争を戦う上で重要である。ライダーの飛行宝具があれば移動するのは容易いが、空から見るのと自身の目で見るのではやはり見えるモノも異なってくるのだ。それに、今日のウェイバーは少々買いたいものもあった。

 

「――――というわけで、僕はちょっと出かけて来るから」

「む、待て鼠。貴様が首輪も付けず街を歩くなど、許されると思うまいな?」

「逆に何で僕が首輪をつけなきゃいけないんだよ。――――で、ついてくるなら何処か寄る所でもあるのか? 僕はゴミ出ししてから商店街の本屋に行くんだけど」

「そうよな。……出歩けば我が足を運ぶに値する店があるやもしれん。貴様について行ってやっても良いぞ?」

「ありがたき幸せだよ、まったく」

 

 相変わらず面倒くさい英雄王に嘆息しつつ、ウェイバーはゴミ袋片手に玄関に向かう。そのウェイバーを追い越して先に行く英雄王を、ウェイバーは早足で追いかけるのだった。

 

 

【023:DARE-DEVIL.】

 

 

 一方その頃。年中カーテンが閉じている間桐邸では、朝帰りしたバーサーカー、雁夜と臓硯、鶴野、そして慎二と桜という間桐家の面々がダイニングにて朝食をとっていた。魔術師の工房という特性上、外部の人間を女中として招き入れる訳にもいかない。その為、意外な事に料理は雁夜や鶴野、そして臓硯が自作していた。――――とはいえ、彼らは魔術師である。繊細かつ微妙な配合が必要な魔法薬などの調合を行う彼らにとって、料理程度の単純なレシピは容易なものだった。そもそも、雁夜は実家に帰還するまでは一人暮らしをしていた以上、ある程度の料理は可能であった。

 

 そんな訳で、本日の朝食は『アレをアレしてあんな感じにしたピラフ』と粉にお湯を注ぐタイプのカップスープ。そして子供達にはフルーツゼリーといった所である。――――ピラフの名前を正確に言えば『食用魔蟲を塩ゆでして海老の代わりに入れた海老ピラフっぽい何か』であるが、問題はない。雁夜と臓硯の契約により苛烈な調整を免れた桜は現在、この様な形で『食事』によって間桐寄りに改造されていた。雁夜とて、臓硯に魔術の手ほどき、もといシゴキを施された以上、桜の素質が世間の魔術師からすれば垂涎の代物だという事は分かっている。それ故に、契約により安全が確保された間桐家で保護した方がマシという結論で妥協していた。……雁夜が到着して契約を結んだ時点で初期改造は完了しており、遠坂に戻そうにも戻せなかった、というのも妥協の要因である。

 

 さて、そんな桜は海老っぽい海老味の蟲が入ったピラフを元気良く食べている。臓硯の魔術により封印ではなく『一週間分の記憶を完全に消滅させられた』桜は、体内に蟲が入っていない事も相まって、少女らしい元気さを取り戻していた。この一年間はホームシックだなんだと泣いたりぐずったりしていたのだが、一年という月日が経った事でようやくこの家にも慣れたようである。臓硯があっさり不死をゲットした事で、桜はごくごく普通に間桐の養子として育てられていた。

 

 そして桜の存在が影響したのか、最近慎二――雁夜の甥で、鶴野の息子。癖毛は父親譲り――が兄としての自覚を持ち始めたのも良い事と言えるだろう。臓硯の気まぐれで『留学先から呼び戻された』慎二は、臓硯の手慰みとして少々の改造を受け、魔術回路を一本獲得している。魔術というより呪術の類だが、臓硯は今『歳の近い慎二と桜をシンクロさせたらどうなるか?』という実験がお気に入りらしい。相互に感応させることで形質を徐々に同化させ、双子と同様の魔術的シンクロニティが云々……というその実験内容は意味不明ではあるが、基本的には慎二と桜に重篤な害が無い――精々、ちょっと不味い薬を偶に飲まされる程度の――間桐家としてはソフトな改造なので、雁夜も黙認していた。下手に臓硯の趣味を邪魔して契約を反故にされても困る、というのがその実情である。

 

「ごちそうさま……あれ、兄さん、ゼリー食べないの?」

「ふん、僕は甘いのが苦手なんだ。……お前が食えよ桜」

「……ありがとう、兄さん」

「はっ、何の事だかさっぱりだ。やっぱり桜は能天気で困るね」

 

 そんな会話を交わす兄妹にすさんだ心を癒されつつ、雁夜はポツンと呟きをこぼす。

 

「……素直じゃないのは、兄貴そっくりだな」

「おい、誰が素直じゃないって? 随分生意気言うじゃないか雁夜?」

「いや? 何故か俺が逃げ出した時に持ちだした鞄に身に覚えのない万札が数枚突っ込んであったのを思い出しただけだ」

「……そんなモノ、俺は知らん。お前の勘違いだろ」

『呵々、食事時に見っとも無いのぅ鶴野、雁夜。――――ところで、慎二に移殖した桜の魔術回路も順調に動いておる様じゃの? ……上手くいけば、虚数属性を後天的に獲得できるやもしれん』

「……おい、ジジイ。また何か無茶をするつもりじゃないだろうな」

「おうおう、そう怖い顔をするでないぞ、雁夜。お主との契約通り、薬物と身体に害のない範囲での蟲しか使っておらんではないか」

「…………麻酔で眠らせて尻から蟲を突っ込むのが慎二くんの身体に害がなかったかについての議論はまた今度にするとして、それにしたってどうやって桜ちゃんから魔術回路を抜き取った? アレは内臓みたいなもんだろうが」

『あれだけの量ともなると、魔術師はメインとサブの回路を無意識に構成するからのぅ。サブの方を一本拝借しただけの事よ。方法は慎二と同様じゃな』

「それなら良い……事もないな。ジジイ、お前さては浣腸マニアか何かか?」

『儂を変態扱いするでないわ。年齢などを加味して体内に侵入させるのに一番安全なのは肛門じゃろうが。喉と違って呼吸を阻害する危険も無く、便を排出する構造上多少の拡張が可能となれば、侵入経路はそこしかあるまい』

「なら良いんだが。――――幼女性愛、幼児性愛、肛門愛好をこじらせたジジイと融合してるなんてぞっとしないからな。いやぁ、良かった良かった」

 

 周囲に聞こえない程度の小声で体内の臓硯に憎まれ口を叩く雁夜は、ここ最近の度重なる臨死体験のせいで尋常ならざる肝の太さを獲得していた。臓硯としては大きな誤算である。よもや拷問されても平然としている程に痛みにたいして強靭になるとは、予想外としか言いようがないだろう。

 

 そして、その『予想外』の元凶は、普段着にしている黒のドレス姿で蟲ピラフを食べながら、雁夜と臓硯に告げた。

 

「臓硯、雁夜。今日あたり、死のうと思うのだがどうだ?」

「ん? ……そうか。まぁ、計画の内だし、止めはしない。しかし、死ぬって言ったって手段はどうする?」

「昨晩、散々喧嘩を売っておいたので問題ない。あわよくば道連れに出来るかもしれんぞ?」

『ふむ。のぅ、雁夜。令呪を一画使え。儂が思うに、此処はバーサーカーを強化しておいた方が良いやもしれん』

「まぁ、道連れに出来そうならその方が良いか。『令呪を以て、間桐雁夜が命じる――――』」

 

 子供たちが迸る令呪の魔力に眼を丸くし、鶴野が頬を引きつらせる中、雁夜は令呪の上から更に渾身の魔力を込めて命令した。

 

――――我が騎士バーサーカーよ、今宵、死力を尽くして戦え。

 

 今日の夜限定の強化。短時間という制限をかけた事で令呪はその効力を上げ、バーサーカーのステータスをこの夜に限り激増させる。朝の食卓で行われたその命令に、バーサーカーは不敵に微笑んだ。

 

 

* * * * * *

 

 

 さて。時刻は夕刻。先に散策しまくっていたギルガメッシュを追いかけたウェイバーが漸く本屋に辿り着き、目的の本を手早く購入する事が出来た頃には既にこんな時間になっていた。如何にギルガメッシュが自由かが良く分かるというものだろう。ギルガメッシュが詠鳥庵という骨董品屋で「ほう、これは良いものだ」と壺を購入したり、公園にてその金ピカっぷりから子供たちのヒーローと化していたりした結果がこれである。

 

「……お前、子供には甘いんだな。さっき滅茶苦茶よじ登られてたじゃないか」

「当り前であろう。幼児というのは存外世界の真理が見えておるものだ。故に、我の王気を目ざとく見つける。それが我が財に集る塵芥であれば消し去るのが道理だが、我の王気に憧憬する幼子であれば我とて甘くもなろうよ」

「相変わらず良く分からんが、子供好きって事で良いのか?」

「一概には言えんが誤りではないな。……ところで鼠? 貴様、何を買った。見せるがよい」

「あ、ちょっ!? 人のモンを勝手に取るなよ!?」

「ほう? ギルガメッシュ叙事詩…………。貴様、これは我の本ではないか? こんな物に頼らずとも、我に訊けばよかろう。よいぞ、質問を許す」

「質問しようにも事前に知識がないから買ったんだよ……」

「む。貴様我の伝説も知らず我を呼び出したのか?」

「仕方ないだろ、偶々手に入れた触媒がお前のだったんだから」

 

 最近癖になってきた溜息とともに、ウェイバーはギルの手から本を奪い返して自身の鞄に仕舞い込む。そのままギルガメッシュと共に新都にある拠点に帰ろうとして――――――――その直後、ウェイバーは魔術回路がのたうつ苦しみに身を悶えさせた。

 

 大気中の魔力の急激な変動。魔術師にしか分からないだろうその変異を文字通り体感したウェイバーの隣で、英雄王は愉快げにほくそ笑んだ。

 

「河か。――――奴め、何か企んでおるとは思ったが、随分と気が早いではないか?」

 

 

* * * * * *

 

 

 異常な魔力の乱れを感知したのは、ウェイバーに限った事ではない。今夜にも遠坂邸を吹き飛ばそうとタンクローリーを整備していたセイバー陣営の面々も、河から迸る異常な魔力を察知し、作業を一時中断して行動を開始していた。河を観察するにはちょうどいい、建設途中のセンタービル。其処に陣取った切嗣とセイバーは、異常な程に生温かい霧が立ち込める未遠川をそれぞれの手段で観察する。

 

「クソっ、川の中央の熱源が邪魔でスコープが役に立たない。……セイバー、そっちは何か見えるかい?」

「ええ、どうやらバーサーカーの様です。川面に立っているようですが……すみません、詳しい事は判り兼ねます。あの蜃気楼の様な歪み、恐らく風の魔術の類かと」

「そうか。……セイバーはアイリを護衛しつつ、川に向かってくれ。僕は舞弥と合流して『船』を回収してくる」

 

 そう言ってビルから駆け下りていく切嗣。セイバーもまた、主からの命を完遂するべくその身を霊体化させ、アイリスフィールの元に馳せ参じる。

 

 

――――冬木市民の心が休まる暇もなく、再び竜の脅威が街を脅かそうとしていた。


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