Fate/Zure   作:黒山羊

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026:SHE COMES BACK.

 煮え滾るコールタールの様な闇の中で、ソレ(・・)は蠢いていた。バーサーカーのサーヴァントが脱落した事で新たに流入して来た魔力は、おおよそ並みのサーヴァント二騎分。召喚時にマスターからの魔力供給が充分だった事と、竜種である事が幸いしたらしい。思わぬお得感を感じながらも、それは莫大な魔力の塊として、誕生の時を待っている。

 

 そんな折に、ソレは聞くはずのない言葉を聞いて、首を傾げた。一体全体どういう訳で、今更あの呪詛が届くのか?

 

『――――素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ』

 

 サーヴァントの召喚。だがその召喚には意味がないはずだ。脱落したバーサーカーは、少々特殊な来歴の関係で英霊の座ではなくカムランの丘へと舞い戻っている。だが、未だバーサーカーを構成していた魔力は『匣』の中に収まっているのだ。大聖杯の中にある七つの匣がどれも塞がっている以上、もはやサーヴァントは召喚されるはずもない。――――だが、そこまで考えたソレ(・・)は、声の聞こえる方向に、もう一つやたらと禍々しい魔力に満たされた匣があるのに気が付いた。

 

――――おいおい、驚いたな。まさか匣を自前で用意するとは!

 

 だが、サーヴァントを召喚しても、大聖杯の外部にある匣では聖杯戦争に参加することはできないはずだ。令呪の付与は当然ながら行われない。術式の関係上サーヴァントは大聖杯を通じて召喚される。その際に『令呪への服従』を刻まれてはいるが、これはそもそも令呪がなくては意味がない制約だ。それに、サーヴァントは本当に大聖杯を素通りするだけ。匣が大聖杯から独立している為、マスターは大聖杯のバックアップ無しでサーヴァントを現界させる事になる。当然、マスターには重大な負担がかかるだろう。――――ソレが今パッと計算してみた所、大体当社比で十倍の超負担である。並みの魔術師ならせいぜい一日現界させるのが良いところといえる。

 

 そう考えていたソレ(・・)は、詠唱の中に織り込まれていた一節を聞き、より一層混乱の極みに叩き込まれた。

 

『――――されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者』

 

――――正気か? よりにもよってバーサーカーだと?

 

 どう考えても自殺行為。召喚した瞬間に哀れなマスターは死んでしまうだろう。そう考えながら、大聖杯の中のソレ(・・)は召喚されて行くバーサーカーを観察する。

 

 そのサーヴァントを確認した直後、ソレ(・・)はもはや呆れを通り越して爆笑した。――――彼女は過去から現在へと舞い戻り、再びその身を狂気に染めて、現世に降臨しようとしている。

 

 この段になってソレ(・・)はようやく理解した。どうやら今サーヴァントを召喚しようとしている何者かは、荒唐無稽な策に出たらしい。聖杯戦争とは完全に無関係なあのサーヴァントこそが彼らの目的。彼らは初めから、あのサーヴァントを『聖杯戦争から独立させた状態で運用する』のが目的だったのだ。

 

――――なかなか面白くなってきた。

 

 そう思いながら、ソレ(・・)は再び闇の中で微睡んでいく。――――彼が聖杯として完成するには最低でもあと二騎のサーヴァントが必要だった。

 

 

【026:SHE COMES BACK.】

 

 

 ザイードは部下からの定時報告を聞き、満足げに頷いた。――――アインツベルン陣営が擁する小聖杯は、現在体調を崩している。その原因は間違いなくバーサーカーの脱落だろう。アレほどの英霊ともなればその魂の格も凡百のそれとは異なるものである事は、想像に難くない。そんなモノを一時的にとはいえ体内に留めるのだから、幾らホムンクルスといえども正常ではいられないだろう。

 

 サーヴァントの魂の大本は大聖杯にある匣に保管されており、現界しているのは其処にある魂の情報を元に魔力で編まれた肉体に、魂の一部を宿したモノだ。そして、脱落したサーヴァントの魂は大聖杯にある大本と合流して英霊の座に帰還しようとする。小聖杯の役割はその魂の欠片を一旦内部に貯めておく事、そして優勝者が『望み』を願った瞬間にそれらを一気に開放し、空間を跳躍して大聖杯に至る孔を構築する事だ。その孔によって現世と接続された大聖杯が、英霊の魂が座に帰還する際に生じる莫大な魔力を使って『願いを叶える』という寸法である。

 

――――いわば、小聖杯とは蛇口である。水道管の水圧が上がれば上がるほど蛇口に負荷がかかるのは当然のことといえよう。

 

 そして、ザイードにとって、小聖杯が弱っているのは間違いなく好機だった。セイバー陣営は恐らく、ザイードの配下を察知できていない。彼らは宝具で洗脳・強化されてはいるが、所詮は一般人だ。まさかバーコード禿げの中年サラリーマンや、道端のホームレス、ランドセルを背負った小学生という一般市民がキャスター陣営に所属しているとは、普通考えない。セイバー陣営の情報は、郵便配達員や放送協会の集金係として働く部下たちによって筒抜けになっていた。

 

「……セイバーとそのマスターが外出した際の隙を狙って、小聖杯を奪取する」

「畏まりました、ザイード様。――――時に、作戦は我々のみで実行するのですか?」

「いや、私と精鋭数人の部隊で担当する。私は他のステータスを下げて敏捷に回しているからな。仮にセイバーが来ても足止めを上手く行えば逃げ切る事も出来るだろう」

「……セイバーとは、それ程に速いので? 自分は屋敷の監視係だった為いまいちよく判らないのですが」

「現代の知識で分かりやすく言えばコンコルドより速い。音の二倍から三倍程度といったところか」

「化物ですね。――――しかし、古代人ってのは、そんなに化物まみれなんですか、ザイード様?」

「昔は大気に馬鹿げた量の魔力が充満していたし、神も実在していたらしいからな。古い人間が強力なのは仕方のないことかもしれん。と言っても、あくまでらしい、という話だが。私は精々十四世紀ごろ、この国で言えば兼好法師と同年代の人間だ。七百年前でも今よりは魔力も神秘も濃かったが、アーサー王やらイスカンダルやらの時代となると分からないな。仮に実在するとしてアーサー王が私から見て九百年前の人間だ。確実に実在するイスカンダルが千七百年。セイバーのディルムッドに至っては神話に登場する架空の人間だから、詳細不明だな。説によっては半神という説もあるが、取り敢えず今回のセイバーは人間らしい」

「……随分とお詳しいのですね、ザイード様。————まぁ、取り敢えず、古代人には気をつけろ、ってことですね」

「間違ってはいないな」

 

 そんな会話を部下と交わしながら、ザイードは新たな拠点の中で小聖杯獲得の為の作戦を練り上げていく。――――冬木市に建造された出来たてホヤホヤの市民会館。そこのスタッフを全て『秘術夢幻香』で制圧したザイードは、その内部を着々と自身の『工房』へと加工していく。

 

 取り立てて長所の無いザイードだが、それはある意味で『器用貧乏』とも言える。一応の陣地を構成する程度ならば、陣地作成スキルの補助を受けて行う事が出来るのだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 間桐邸、地下。元々は蟲蔵であったその場所は、今は脈動する肉壁に覆われた異空間と化している。その中で、間桐雁夜は一日ぶりの苦痛にのた打ち回っていた。死と再生を繰り返すその肉体は、かの英霊を現世に縛り付ける為の鎖。その負担は通常のサーヴァントの比ではなく、彼女を現界させるだけで雁夜は『バーサーカーを全力戦闘させられる』レベルの魔力を要求されていた。床でビクビクと痙攣する雁夜はその肉体を構成する蟲が崩壊しては再生し崩壊しては再生する事により辛うじて人の形を保っている。

 

 そんな彼に、近付く足音が一つ。ガシャリ、と具足を鳴らす彼女は、冥府より舞い戻った雁夜のサーヴァント、バーサーカーである。彼女は彼女自身が魔力を充填した『間桐の匣』と、雁夜の体内に埋め込まれた聖杯の鞘を媒体に、二度目の召喚を果たしたのだ。

 

 彼女はその足元で蠢いている雁夜の傍らに膝をつくと、その頭を掴んで持ち上げる。バーサーカーから直接魔力を注がれた事で拮抗していた再生と崩壊が再生寄りに傾いたのか、雁夜はどうにか人の姿に戻ってバーサーカーに肩を貸してもらう事が出来た。

 

「カハッ……すまない、バーサーカー」

「気にするな――――ところで雁夜、私が死んでから何日経った?」

「丸一日、だな」

「そうか。……ああ、そうだ。生き返った折には貴様に渡そうと思っていたものがあるのだ。受け取るが良い」

「ん? なにを――――――ゴッフォエッッ!?」

 

 雁夜が疑問を口にするより先に、バーサーカーは聖剣の刃で自分の親指に深く切り傷を付けると、雁夜の口内に捻じ込んだ。相当深く切ったらしく、それなりの勢いで流れ出る血は雁夜の喉を伝い、体内に流れ込む。その直後、雁夜は全身が焼ける様な錯覚にとらわれた。

 

 喉を押さえて悶える雁夜。それを満足げに眺めつつ、バーサーカーは雁夜から少々多めに魔力を吸い上げて指の傷を再生する。それと同時に雁夜の肉体はまたしても崩壊し始めるが、その進行は先程よりもはるかに遅い。

 

「――――貴様の功に報いる恩賞を考えていたのだがな。どうにも釣り合う物が見当たらなかった。そこで一先ず先日までの功労に対しての恩賞として私の血をくれてやる。仮にも竜種の血だ。ジークフリートの如くとはいかんが、貴様の身体も丈夫に成っただろう?」

「確かに、そうかもな……負担が増えたせいで、あんまり実感はないんだが」

「まだ意識があるという時点で、十分効果があるのはわかるだろう? 後は貴様がどれだけ魔術師として強くなれるかにかかっている」

「いや、回路数だけなら、俺も一応中堅なんだが……」

「質の問題だ。まだ改造が足りていないのではないか? そこの所はどうなのだ、臓硯」

『ふぅむ。単純に蟲を増やせば魔力は伸びるがのぅ』

「では増やしておくと良い。――――私の直感が確かなら、戦闘の機会がない訳ではないようだ」

『ほう? では素直に従っておくとしようかの。……雁夜、今から蟲の調製じゃ』

「…………わかった。バーサーカー、桜ちゃんと慎二くんに先に会いに行っといてくれ。心配してたからな」

「心得た。――――――では、気張れよ、雁夜」

 

 そう言って蟲蔵の階段を登っていくサーヴァントを見送る雁夜。――――その直後、雁夜の穴という穴に蟲が襲いかかった。

 

 背後から聞こえるくぐもった悲鳴に振りかえる事も無く、バーサーカーは地下から脱出して子供部屋に向かう。その性格からは考えられない事に、バーサーカーは間桐家の子供たちにそれなりに懐かれている。悲しい事にバーサーカーにとって子供達の優先度は雁夜の貞操の危機より高かった。

 

「慎二、桜、今戻った。大事ないか?」

「あ、バーサーカーだ! 兄さん、バーサーカーが帰って来た!」

「耳元で叫ばなくても聞こえてるよ、この馬鹿桜。……バーサーカー、お前一回死んだって聞いたけど大丈夫なのか?」

「生き返ったので問題ない」

 

 そんな会話を慎二と交わす傍らで、桜は嬉々としてタンスからバーサーカー用の服を引っ張り出してくる。バーサーカーのファッションが妙に乙女チックな原因が此処にいる幼女の着せ替え人形になっているからだとは、英雄王でも見抜けまい。そして、バーサーカーの着替えをうっかり見てしまった慎二が鼻血を吹いたのは、シンジ、桜、バーサーカー三人の秘密である。

 

 相変わらず素直でない慎二、若干天然気味の桜、何だかんだでよく働いている雁夜、元気なご隠居の臓硯、ついでに鶴野。そんな間桐家の面々と顔を合わせた事で漸く、バーサーカーは自身と間桐の計画がスタート地点に乗った事を実感する。

 

――――大目標は第二次ブリテン王国の建国。その目的を果たすべく、まずは慎二と桜を臣下として教育しよう。

 

 そんな気長な事を考えつつ、騎士王は子供部屋で二人と戯れる。気ままな竜の王様は、次は反乱が起きないような国を作るべく臣下候補とのコミュニケーションを図るのだった。

 


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