Fate/Zure   作:黒山羊

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028:Consecutive robbery.

 アーチャーの宝具『放蕩元帥(ジル・ド・レェ)』。その能力は、まさしくジル・ド・レェの逸話に相応しいものだった。

 

――――動産、不動産を問わずあらゆる資産を『換金』し、魔力に変換。その魔力から更に『動産、不動産』へと変換するという『錬金術』に酷似した能力。注目すべきは、そのレートだった。ジル・ド・レェはその黄金率により、財産を高く売り捌き、品物を安く買い叩く事が可能なのだ。

 

 故に変換結果は等価交換の法則を逸脱し、一万円相当の財産を換金して一億円相当の物品を購入する不条理を引き起こす。――――それはまさしく、わらしべ長者的にその財産を増大させていき、卑金属を金に変換する錬金術を追い求めたジル・ド・レェを象徴するような宝具といえよう。

 

 そして現在、総額十億は下らない遠坂の貯蓄を全て食い尽くした『放蕩元帥』は、遠坂邸跡地にとんでもない物を顕現させていた。――――ジル・ド・レェの居城、ティフォージュ城。自身の城を召喚したジルは、その城壁の上からセイバーとそのマスターを見下ろすと、城の武装を展開する。

 

 次々と武装を生やし変貌していくその城は、もはや機械仕掛けの巨大な針鼠にしか見えない超重武装へと変貌し、切嗣とセイバーは思わず顔を青褪めさせる。戦地を渡り歩いた切嗣も、流石に『二人』を殺す為にこれ程の武装が展開された所は見た事がなかった。

 

 大砲五百門、トレビュシェット百機、設置型機械弓八百機。それら全てがその照準を衛宮切嗣に合わせ、火力を放出する。砲弾は先程アサシンのパンツァーファウストが効果的であった点を考慮して榴弾を採用。トレビュシェットは油壺を投擲し、機械弓が火矢を射かける容赦の無さは、流石に百年戦争においてジャンヌダルク軍に所属していただけの事はある。

 

 いかにセイバーが最速と絶対切断を兼ね備えようと、切嗣を狙われては動くに動けない。大いなる激情がある限り砲弾や矢から切嗣を守る事は造作も無いが、ジル・ド・レェを切ることは非常に困難だ。

 

 完全に千日手に突入したセイバーとアーチャーの対決は、セイバーの集中力がいつまで持つかにかかっていると言っても過言ではない。ジル・ド・レェは宝具に任せて砲撃し続ければいいのに対し、セイバーは自身の手で迫り来る砲弾の数々を防御しなくてはならないのだ。令呪のサポートによって一時的に性能を向上させている大いなる激情は爆風や炎といった気体やプラズマに相当する物すら切裂く事が出来ており、セイバーは防戦に徹することでどうにか切嗣を守りきれている。また、切嗣自身も可能な限り姿勢を低くして被弾率の低下に努めていた。

 

 状況は、先程のアサシン戦からは一転し、セイバーの不利に傾いている。セイバーの周囲の地面は度重なる攻撃で隕石でも降ったかのように抉れ、放たれる火矢と油壺によって辺り一面が燃えだすその状況は、何処からどう見ても地獄であった。切嗣は煙に巻かれぬよう尚一層姿勢を低くし、袖口を口に押し当てる。それを庇うセイバーは、主人が窒息死しない様に敢えて風を巻き起こしながら攻撃を行う様にしていた。

 

――――だがそれは、セイバーの疲労が加速することを意味している。

 

 恐らく持ってあと一時間。それまでに打開策が無ければ、セイバー陣営は三画目の令呪を使用する羽目になるかもしれなかった。

 

 

【028:Consecutive robbery.】

 

 

 遠坂邸の激闘と同時刻。衛宮邸を、全身黒づくめの連中が包囲していた。

 

 キャスターの一人であるザイードと、その配下から選りすぐった八人。均等にばらけた位置から衛宮邸に侵入した彼らは、警報代わりの結界が作動したことを気にもせず、風のように邸内を駆け抜ける。バーサーカー脱落による負担によってアイリスフィールが極めて弱っているのは、彼等にとって既知の情報。いたずらに恐れる必要はない。邸内の警備が衛宮切嗣の弟子と思しき女魔術師一人によって行われている事もすでに把握済みである以上、それさえ無効化してしまえば、あとは簡単だった。

 

 護衛はあえて殺さずに手足をへし折って緊縛し、追手が『護衛の救出と治療』に気をとられる事を期待する。土倉に居たホムンクルスを確保し、待機していた輸送担当の部下の手で市民会館に移送する。セイバーは依然としてアーチャーに攻め立てられており、この場に駆けつける事は難しいだろう。ならば、部下に移送を任せ、自身は更なる任務に向かうというのはごく自然な判断だった。配下は人間とはいえ、キャスターの宝具によってそ性能はサーヴァント並みに強化されている。数分で彼らが無事市民会館についた事を確認してから、ザイードは『彼の願い』を遂行するべく次なる行動を開始する。

 

「ホムンクルスの奪取に伴い、続いて他サーヴァントマスターの暗殺を実行する。狙いは新都の冬木教会。遠坂時臣は現在瀕死のアサシンに担がれて教会に向かっている。そこに襲撃をかけるぞ」

 

 そのザイードの指示と共に、あらかじめ待機していた配下十名が合流。十八名の部下を伴ったザイードは、その駿足を生かしていち早く遠坂時臣を担いだアサシンを補足すると、時臣の背に向けて短剣(ダーク)を投擲する。――――当然気配遮断が出来ないザイードの攻撃はランスロットによって回避される。しかし、その攻撃に足を止めてしまった事で、ランスロットはその周囲をアサシンの配下に包囲される。一人一人が下級サーヴァント並みの戦力であるその集団は、手負いのランスロットにとって荷が重すぎる。

 

「やれ」

 

 短い号令とともに、襲いかかる十八人の刺客。アサシンはそれを迎え撃つべく、再び無毀なる湖光を抜き放つ。

 

 だが、直前のセイバーとの戦闘で限界を迎えていたアサシンにとって、その勝負はあまりに絶望的だった。

 

 

* * * * * *

 

 

 その頃、ザイード以外のキャスターは、地下の隠れ家で龍之介と共にザイードを見守っていた。使い魔による観察で、彼等はリアルタイムでザイードの動向を把握している。

 

 使い魔からの映像を映し出す水晶玉の中では、鬼の形相を浮かべた隻腕のランスロットが、ザイードの部下を一人、また一人と切り裂いていく。正直な話、配下のスペックは敏捷を除いてザイード以上なのだが、鬼気迫る様相のランスロットにじわじわと一人づつ斬り倒され、今は半数ほどに数を減らしていた。八十分割されたキャスターの戦闘力は、基本的にE-ランクしかない。故に配下がザイードより強くとも、そのスペックは精々D程度である。

 

 見守るキャスター連中が心配してしまうのも仕方ない事だった。

 

「あんの馬鹿野郎、戦力の逐次投入は悪手だろ! 何やってやがる!」

「いや、ザイードは粘り勝ちを図っているのでは? アサシンは既に疲労困憊している訳ですし」

「己が思うに、それにしてもあまりに時間が稼げていない気がするのだが」

「ざいーどぴんちなう」

「いやいや『なう』じゃないでしょ『なう』じゃ。どーすんのこれ」

 

 喧々囂々、侃々諤々。やかましく野次を飛ばす者もいればザイードの策を推察する者もいて大変賑やかな地下の拠点。その中心、水晶玉に最も近い位置でザイードを見守るのはやはり、龍之介とヤスミーンである。

 

「ヤスミン、ザイードの旦那はあと何秒持つ?」

「おそらく、三十秒かと」

「あの騎士っぽいのは?」

「魔力の減り方が凄まじいですが……おそらく一分は戦えるかと思われます」

「……そっか。――――よし決めた。ヤスミン、この令呪って奴はどう使えば良いんだっけ?」

「令呪を使うと意識して強く願えば自動で発動します」

「そりゃ便利だね。出来ることに制限は?」

「余程無茶で無い限りは可能なはずです」

「わかった。――――じゃあ、こうしようかな」

 

 そう言って、龍之介は令呪の刻まれた拳を天に突き上げると、景気良く宣言する。

 

『そこのあご髭オヤジの背後にワープしろ! ザイードの旦那!』

 

 令呪による短距離ワープ。その願いは、十分に可能な願いと判断され、龍之介の手から令呪が一角消え失せる。

 

 

 そうなれば、令呪の命令として龍之介との声を聞いたザイードの行動は早かった。転移と同時に時臣の令呪を手首ごと短剣で切り落とし、奪って逃げる。

 

 令呪のサポートが有効な一瞬の内にその行動を済ませたザイードは、配下を足止めに全力疾走で逃げに逃げる。敏捷Aは伊達ではなく、ザイードは速やかに手近なマンホールへと時臣の手首を叩き込んで更に逃走。そして闇夜に紛れたザイードは、尾行を想定して複雑なルートを選択しながら、市民会館へと帰還した。本家アサシンは伊達ではなく、ゴミ捨て場の中や塀と塀の間という狭苦しい場所を通って逃走したザイードに、ランスロットが追いつける筈もない。

 

 それに、ランスロットは『恐らく死を覚悟してあの場に残った』アーチャーの為にも、時臣を教会まで送り届けなければならない。令呪を失ったとはいえ、教会にさえ辿りつけばまだ手はあった。故にランスロットは逃げるザイードを深追いする事より、時臣をいち早く教会に担ぎこむ事を優先したのである。

 

 結果として、ザイードの手駒はランスロットに皆殺しにされたものの、今宵のザイードは漁夫の利を得てどうにか勝利したといえよう。

 

 

 そして、彼がマンホールに投下した令呪はザイードの意を汲んだ他のキャスターによって回収され、呪術師のマリクの元へと速やかに運ばれる。

 

――――その令呪の内三画を龍之介に献上する為に摘出した直後、残った一画と時臣の手首を用いて、マリクはある呪術を行使した。

 

 

* * * * * *

 

 

 遠坂邸の戦闘は、依然アーチャー優勢のまま続いていた。砲火はいよいよ激しさを増し、セイバーは必死に切嗣を庇う。このままではいずれ限界が来るのは明白。――――そう判断した切嗣がいよいよ三画目の令呪を行使しようかと思ったその時、不意にピタリと砲火が止んだ。

 

 その機を逃す訳もなく、セイバーは必滅の黄薔薇を取り出すと、矢のように跳躍する。その勢いのままに黄薔薇はアーチャーの心臓を寸分違わず抉り抜き、回避することもなく串刺しになったアーチャーは喀血しながらセイバーにもたれかかるように倒れ、魔城の機能も停止する。あまりに不自然な決着に首を傾げるセイバーの前で血塗れになって消えゆくアーチャーは、無念そうに語りかけた。

 

「どうやら……何処ぞの不届き者が時臣殿から令呪を奪った様ですな…………。無念、実に無念だ。――――あと少しで貴公を押し潰せたのですがねぇ、セイバー」

「……奪った令呪による自滅命令だと? 他人の令呪を強奪して使用するとなると、キャスターの仕業か?」

「ふ、む。……我々、は…………うま、く……踊らされ……様で……気を……つけなさ…………」

 

 警告めいた遺言を残して消えたアーチャー。その死に様は、セイバーと切嗣に恐ろしく不吉なものを感じさせる。彼が遠坂邸と引き換えにその場に残したティフォージュ城は、アーチャーが唯一現世に残した、忘れ形見と言えるだろう。他の武装は魔力の粒子と化して消え去ったにも拘らず城だけが残ったのは、それを編み上げる際に用いられた莫大な魔力によるものか、アーチャーの最後の悪あがきによるものか。未だ時臣の幻惑結界で外部からは遠坂邸に見えているその城は、城主の死を看取り、新たな主の帰還を待つ。

 

 そこから立ち去った切嗣とセイバーは、二騎目のサーヴァントをその手で打倒したというのに、後味の悪そうな表情を浮かべて舞弥とアイリスフィールが待つ()の衛宮邸へと帰還する。

 

――――その衛宮邸で、舞弥が両手足の骨を砕かれた上で雁字搦めに縛られ、痛みに悶えているなど、彼らには知る由もない。無論、キャスターが首尾よくアイリスフィールを拉致した事など、予想できる筈もなかった。

 

 満を持して動き始めたキャスター陣営。影も形も見えないその陣営、聖杯戦争を終末に向けて加速させ始めた事を、切嗣とセイバーはヒシヒシと感じていた。

 

――――バーサーカー、アーチャーが脱落し、アサシンが瀕死。そして切嗣は二画の令呪を失った。運命は既に狂い切り、そのズレは決定的にして致命的だ。

 

 

 

 杯が満ちる時は、近い。


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