Fate/Zure   作:黒山羊

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029:A Teacher and Pupil.

 遠坂邸が劇的なビフォーアフターを遂げた翌朝。ウェイバーは童顔に真剣な表情を浮かべて、英雄王に提案していた。

 

「ライダー、ランサー陣営に攻め込もう」

「む、道化よ、随分やる気ではないか。どうしたのだ?」

「ああ、いや。――――僕は考え無しに聖杯戦争に参加したから、今まで特に目標も無く戦ってきたんだけどさ。折角良い機会なんだ。いっそのこと、前々から勇気が出なくてやれなかった事をやっとこうと思って。それに、そろそろ正気でいられなくなりそうだしな。眠すぎて吐きそうだ。動ける内に、動かなきゃ、後で絶対後悔する」

「ほう? ああ、そう言えば貴様はランサーのマスターと因縁があるのだったな? ――――ふむ、構わぬぞ。我もランサーの奴とは決着をつけねばならんと思っておったのでな?」

 

 そう言って鷹揚にうなづくギルガメッシュは、戦争が佳境に入ったというのにもかかわらず、相変わらず酒を片手にソファに身体を沈めている。英雄王の余裕っぷりは、ウェイバーを或る種安心させると同時に不安にするという奇妙な効果を発揮しているが、

 

「じゃあ、善は急げだ。今晩にでも攻め込もう」

「そうか。では道化よ、少々こちらへ来い」

 

 その言葉に首を傾げながら近寄るウェイバーに、英雄王は綺麗にスリーパーホールドを極める。「きゅっぷい」というよくわからない断末魔をあげて気絶したウェイバーをソファに横たえたギルガメッシュは、そのまま何事も無かったかのようにテレビの電源を入れ、ニュース番組を見始めた。

 

 呪いによって今までぶっ通しで起きていたウェイバーを強制的かつ物理的に就寝、もとい気絶させたその行動を親切と取るか、いきなり気絶させる理不尽と取るかは人それぞれだろう。ただ一つ言えるのは、英雄王がそれなりにまともにランサー陣営と戦う腹積もりだということだった。

 

 

【029:A Teacher and Pupil.】

 

 

 ケイネスは、自身の工房で額に汗を浮かべながら集中していた。少し離れた場所では何かあった際に迅速に対応できるよう、ソラウとランサーが静かに彼を見守っている。

 

 現在、ケイネスは自分なりに考えた方法で『滅茶苦茶に再結合された魔術回路』を修復しようと試みているのだ。――――その方法は、魔術師であれば誰もが経験した手段である。

 

 魔術回路の構築。本来一度開通すればそれで良いはずの魔術回路を、一から作り直すその行動は、精神力が僅かでも揺らげば弾けた魔術回路により使用者はほぼ確実に死に至るという大博打だ。

 

 だが、不可逆的変化を加えられた魔術回路を使うより、一度破棄して再構築した方が良いと判断したケイネスは、彼の礼装や持てる技術の全てを動員して再構築の準備を整え、成功率を限界まで上げた状態でその荒業に挑むことにした。――――相手こそいないものの、その作業は正しくケイネス・エルメロイ・アーチボルトが挑む一世一代の大勝負である。

 

 傍目に見れば、それは『血管を一本も傷付けずに首に槍を貫通させる』様な自殺行為。側で見ているソラウは、ケイネスが噛み砕かんばかりに歯を食いしばり、額に血管を浮かび上がらせてまでその作業に挑戦する様を見て、初めて『他人の身を本気で案じた』程だ。

 

 普段は豪放磊落なイスカンダルも、流石に今回ばかりは神妙な面持ちで静かに椅子に座しているといえば、ケイネスがどれほどの無茶をやらかしているかが判るだろうか。

 

 現在の時刻は昼を過ぎ、朝から魔術回路の構築を行っていたケイネスは最後の一本を仕上げに掛かる。彼の魔術回路はメイン三十本とサブが二十本の計五十本。それらを一つづつ丁寧に構築していく作業は、彼の精神力を大幅に消耗させている。

 

 だが、ここまで来て失敗するわけには行かない。ケイネスは深呼吸してから最後の一つを構築した。

 

――――バチリ。

 

 電流が走る様な感触とともに、ケイネスは自身の魔術回路の再構築を完了する。今まで磨いてきた魔術回路からすれば作りたてのそれは、質が大幅に劣化して全盛期の半分程度の魔力しか生成できない。

 

 だが、それでも今までに比べれば、大きな進展だ。新たに2割を取り戻し、ケイネスは安堵の息を吐く。それを聞いて漸く彼の無茶が終わったと理解したソラウとイスカンダルもまた、別の意味で安堵の息を吐いた。

 

「ケイネス、大丈夫なの? ……私は見ているだけで心臓が止まりそうだったのだけれど」

「ああ、問題ないよソラウ。数年掛ければ、全盛期の魔力量を取り戻せるだろう。――――私としてももうこんな真似は二度とやりたくはない。……生き延びても決死の手段を使わねば回復できないとは、つくづくセイバーのマスターは強力な礼装を持っているものだ」

「決死の手段とはいえ再生されるとはよもやセイバーのマスターも思ってはおらなんだろうがな。――――さてケイネス、此処は一つ昼飯と行かんか? 買い出しであれば市場を冷やかすついでに余が行ってくるが」

「すまない、ランサー。頼まれてくれるか」

「おうとも。――――余の勘だが、今日はしっかり腹ごしらえをしといた方がいいぞ。昨夜のアーチャー脱落でそろそろ大詰めに入る陣営が多いだろうからな。……っつう訳で、今日は余がこの前発見した商店街の高級ステーキ弁当をだな」

「わかった。別段金に困っているわけでもないし、好きにしろランサー。……私は、少しだけ仮眠をとる」

 

 そう言ってソファに深く腰掛け、自身に向けて睡魔の術を行使するケイネス。彼はすぐに寝息を立てて、一時の休養に専念する。――――その傍らで、ソラウがイスカンダルに『ご飯少なめ』を要求しているのは、いつも通りのランサー陣営の日常であった。

 

 

* * * * * *

 

 

 衛宮切嗣は、極めて厄介な現状に、頭を悩ませていた。――――その傍らでは包帯でミイラ宜しく各所を固定された舞弥が、申し訳なさそうにしている。切嗣の治癒魔術はその起源の関係で大雑把な接骨は得意なものの、神経をつなぎ直したりといった精密作業には極めて不向きだ。そんな訳で取り敢えず骨だけは治った舞弥は、切嗣が調合した軟膏とセイバーの使える範囲の精霊魔術でその傷を緩やかに癒している。当然、治癒の為に今もセイバーは実体化して舞弥の傍に控えている。衛宮邸に集合したセイバー陣営は、昼の時間を利用して現状把握に努めようと努力していた。

 

「マダムをみすみす盗まれてしまったのは私のミスです……すみません切嗣」

「――――いや、キャスターは魔術で強化した人間を引き連れてたんだろう? 今回は仕方がない。キャスター陣営が潜伏しているのは知っていたけれど、まさか直接小聖杯を獲りに来るとは読めてなかった。普通に考えれば、マスターである僕を狙うと踏んでいたんだが……」

「主の話では、小聖杯を起動するには、最低でも後二騎のサーヴァントが必要だったのでは? キャスターが現状でアイリ様を確保しておく意味がいまいち判らないのですが」

「……おそらく。いや、確実にアイリは殺されている、もしくは体内から小聖杯を奪い取られていると考えるのが妥当だろうね。キャスターは恐らく小聖杯を人質にして立ちまわるつもりだ。アレが壊されちゃ聖杯は成就しない」

「聖杯を人質にする陣営、ですか。……となると小聖杯、もしくはアイリ様の御遺体の奪還が最優先ですね」

「ああ。これは聖杯戦争存続にもかかわる問題だし、アインツベルンとしては遠坂に助力を願っても良いんだが……」

「昨日攻め込んだ訳ですし、協力は不可能でしょうね。……では、ランサーは?」

「そもそも、ランサーのマスターであるケイネスを殺しかけている時点で無理だろうね」

「……切嗣、ライダー陣営も拠点を爆破した影響で同盟は難航するかと」

 

 生き残った陣営の全てと因縁を生じさせているセイバー陣営。当然同盟など組める筈もなく、切嗣はその案をいったん破棄してキャスターの拠点の割り出しに勤しむ事にした。

 

 相手がキャスターである以上、魔術に造詣が深いのは当たり前の事とみて良いだろう。そうなってくると、やはり聖杯を降臨させられる場所の何処かに拠点を築いている筈である。冬木市内の霊脈の流れ方からすると、候補地は教会、遠坂邸、間桐邸、柳洞寺、そして新都にある新興住宅地。この内、昨晩戦場と化した遠坂邸を除外すると、残る候補地は四か所である。

 

「一見すると怪しいのは柳洞寺だけど、あそこはサーヴァントにとって厄介な『参道からしか入れない』結界が貼ってあるからね。――――個人的には新興住宅街の線もあると見てる」

「あの近辺で拠点になりうる建物と言えば、建設中の市民会館でしょうか?」

「間桐邸や教会という線は、それぞれがキャスターとは異なる陣営の拠点である以上、あまり考えられないですからね。柳洞寺と市民会館の二手なら俺と主で手分けして両方同時に探索しますか?」

 

 セイバーのその提案に、切嗣は暫く考えを巡らせた後首を振る。

 

「いや、舞弥の回復を待って、全員で一つづつ探索しよう。各個撃破される訳にはいかないからね。――――さしあたっては、手近にある柳洞寺からかな」

 

 その一言で方針は決定し、セイバー陣営のディスカッションは終了する。――――アイリスフィールを即断即決で諦めた彼らは、この戦争を冷徹な機械となって処理する腹積もりだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 夜。気絶から自然回復したウェイバーは多少すっきりした体にカフェインをぶち込んで気合を入れた。英雄王が戦争開幕直後に購入していたランボルギーニ・ディアブロに乗って、ハイアットホテルにやってきたライダー陣営。彼らは今宵、無謀にもケイネスの工房に真正面から挑もうとしているのだ。

 

――――超一流魔術師の工房に挑戦できる機会なんて滅多にないし、どうせ死ぬ気でケイネスに挑むのだから工房にも挑戦しよう。

 

 そんなウェイバーの提案に英雄王が「魔術師の工房とやらを見物するのも暇つぶしには成るやもしれんな。それに加え、正面から堂々と、というのは実にアホらしいが我も嫌いではない。――――よいぞ、その無謀を許す」と意外にも乗ってきたため、二人は態々ご丁寧に正面玄関前へとやってきたのだ。当然ながら、その姿は最上階のケイネスにも捕捉されており、魔術を用いた遠隔音声で、ケイネスはウェイバーへと問いを投げた。

 

『これはこれは、ウェイバー・ベルベット君ではないかね。我が工房へようこそ。――――して、こんな夜更けに何の用だね、ベルベット君?』

「――――ッ」

 

 ケイネスの声には、いつもの様な嘲りはない。この戦争を通じて慢心が少々無くなったケイネスは、ウェイバーの事もギルガメッシュという強力なライダーを運用しているという点でそれなりに評価している。それゆえの、まともな態度であった。

 

 その一方で、ウェイバーはケイネスの『嘲りの無い』声に一瞬恐怖した。自身を軽く見ていない事は素直にうれしいが、油断が無いという事は勝機が若干減った事になる。――――だが、そもそもが無謀極まりない蛮行だ。それならば何を恐れる必要がある、この震えは武者震いだ。そう自身に言い聞かせたウェイバーは、事前に考えていた台詞を腹の底から声を張り上げて宣言する。

 

「ベルベット家、三代目当主。ウェイバーが此処に推参仕る。――――ロード・エルメロイ、貴方に挑戦する事を御許し願いたい!」

 

 その台詞に、ケイネスは少なからず驚いた。自身の知るウェイバーという生徒は、卑屈で、才覚の無さを虚栄で以て誤魔化す凡俗であった筈だ。――――それが今、家名を懸けてケイネスに挑もうとしている。その変化に、ケイネスはウェイバーもまたこの戦争で成長したのだという事を理解し、ウェイバーの言葉に返答する。

 

『アーチボルト家、九代目当主。ケイネス・エルメロイが受けて立つ。――――ウェイバー・ベルベット。我が工房をとっくり堪能した後に、此処まで上がってくると良い。最上階で私は待っている』

 

 その言葉は、アーチボルト家当主として挑戦者を迎え入れる余裕であり、誇りである。――――そして同時に、自身に牙を剥く程度には成長したらしい生徒への、ある種の激励であった。

 

 

 新興の魔術師と名家の魔術師。三代目と九代目。教師と生徒。そして、ライダー陣営とランサー陣営。――――様々な関係性を同時に持つ師弟が、今。激突しようとしていた。


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