Fate/Zure   作:黒山羊

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003:In the winter castle.

 衛宮切嗣とその妻アイリスフィール。二人は聖杯戦争を創設した御三家の一角、アインツベルンの陣営に所属する魔術師である。そんな彼らは現在、今すぐにでも逃げ出したい思いを抑えながらアインツベルン城の礼拝堂に赴いていた。純粋培養のお嬢様であるアイリスフィールはともかくとして、歴戦の戦士である切嗣をして逃げを考える程の存在がその場所にいると言うのはピンとこない状況かもしれない。しかし、現状を理解している者であれば切嗣を臆病者と断じる事は出来ないだろう。普段であれば暗欝かつ壮麗な雰囲気を漂わせている筈の礼拝堂は今、一人の魔術師によって地獄の釜の底の様な劫火の怒りに満たされている。

 

 ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン、通称アハト翁。齢二百を超えるアインツベルンの生き字引にして、ホムンクルス創造においてはアトラス院すら超える技術を保有するアインツベルン第八代当主。彼の魔力は切嗣の数十倍とも想定される程のものであり、彼はまさしく大魔導師と呼ぶにふさわしい人物であると言えるだろう。――その大魔術師が、憤怒と共に周囲に魔力を撒き散らしているのだ。これで恐怖しないのは狂人くらいのものだろう。彼のまき散らす魔力が原因で半ば異界と化しかけているその礼拝堂で、二人は眼前の大魔導師が何故激昂しているのか判らぬままに冷や汗をかき続けていた。アイリスフィールは「私がなにか粗相をしてしまったのかしら……」と只管ここ数日の記憶を漁り、切嗣は「……僕が何かしくじったのか? いや、心当たりはない。となると聖杯戦争関連だが」と原因が何であるかをその脳細胞を総動員して思考する。そんな二人にとって年単位にも感じる数分間が過ぎた後、アハト翁は深呼吸とも盛大な溜息ともとれる大きな息を吐いて、その魔力の流出を抑えた。それでもまだ少しずつ漏れだしている辺り彼の怒りは収まっていない

様だが、貴族の当主としての自覚が八つ当たりし続ける事を良しとしなかったのだろう。彼は怒りで皺が寄った眉間を揉みながら、その口を開く。

 

「かねてよりイギリスはコーンウォールにて発掘させていた聖遺物が、盗まれた」

 

 その発言と共にまた怒りのタガが外れそうになるが、彼はそれをどうにかこらえて言葉を続ける。

 

「恐らくはマキリの仕業であろう。遠坂家の小童にあの警備を突破できるとは思えん。他の聖杯戦争参加者の手によるものという可能性もあるが……いや、犯人探しはよい。此度の聖杯戦争に参加してくる以上、いずれ犯人は自ずから名乗りを上げる事になるであろうしな。……しかし。……犯人が誰であれ、この私を此処まで虚仮にした以上、タダでは済まさん」

 

 彼がそう言った直後に漏れだした魔力の突風で、アイリスフィールのドレスが盛大にはためき、切嗣のジャケットがはだける。その嵐の様な怒りを抑える事無く、アハト翁は切嗣に祭壇に置いてあった二つの包みを押しつけた。身の丈ほどの長さの包みが一つ、腕一本分程度の長さの包みが一つ。その二つを切嗣がどうにか受け取るのを待たずしてアハト翁は切嗣に話しかける。

 

「衛宮切嗣。貴様の戦闘スタイル、性格等を加味した上でセイバークラスとして召喚しうる最良の駒を用意した。これはアインツベルンによる最大の援助と思うが良い。高い汎用性と、癖はあるが強力な宝具を持つ英霊だ。必ずや使いこなして見せよ」

「……痛み入ります、当主殿。……しかし、セイバークラスを狙うのであれば、この槍と思しき触媒はむしろ邪魔なのではありませんか?」

「……その点は攻略しておる。前回のエクストラクラス召喚時の術式とバーサーカークラスを指定する文言を改良し、セイバークラスを指定する文言を開発しておいた。……重ねて言えば、かの英霊は槍と剣を併用してこそその真価を発揮する。槍と剣の両方の触媒を用いるのはそれ故だ」

「槍と剣を持つ英霊、ですか?」

「左様。……かの英霊の名はディルムッド・オディナ。ケルトの英雄、輝く貌のディルムッドだ」

 

 そう言ってから、アハト翁は釘を刺すように切嗣とアイリスフィールに紅い双眸を向けて告げる。

 

「此度の聖杯戦争、一人たりとも生きて帰す事は許さん。間桐、遠坂、他のマスター、その全てを屠り、第三魔法『天の杯』を成就せよ」

 

 

【003:In the winter castle.】

 

 

 それから数分後。未だに怒っているらしいアハト翁から逃げる様に私室に戻った切嗣とアイリスフィールは、受け取った二つの包みを荷解きし、その中身に見惚れていた。普段は見惚れるということをしない切嗣も、流石に「宝具の現物」という奇跡と神秘の塊を目にして無反応ではいられなかった。目の覚めるような深紅の槍と、透き通るような翡翠色の片手剣。千年を超える歳月を経てもなお変質すらしない「本物の宝具」。大猪との戦いで破壊されたベガルタ、ゲイ・ボウは無いものの、英雄ディルムッド・オディナの宝具の半分が、今切嗣の手の中にある。

 

「本当にこんな物を掘り出してくるなんてね……。当主殿の本気を思い知らされた気がするよ」

「でも、おじい様はこれとは別にアーサー王の聖剣の鞘を探していたみたいだけど……。盗んだのはやっぱり、他の御三家かしらね」

「というより、当主殿の言う通り確実にマキリだろうね。……彼らが今回の聖杯戦争に本気になっているのは情報から見ても間違いない。それに何より、アインツベルンのホムンクルス十数体で護送していた聖剣の鞘を奪う、なんて芸当は遠坂家には無理だ。遠坂時臣は確かに優秀な魔術師だけど、まだ人間は辞めていない。その点、間桐臓硯は死徒一歩手前の化物。彼本人が出張ってきたならホムンクルスが敗北しても仕方ない。それに……」

 

 そう言って切嗣は机の片隅にあるパソコンのディスプレイに幾つかのテキストファイルを呼び出した。そこに記されているのは、切嗣が方々の伝手を使って手に入れた聖杯戦争参加候補たちのデータである。

 

「此処に書いてある通り、間桐は一年前に『遊学』させていた次男の間桐雁夜を本家に呼び戻して『当主補佐』に仕立て上げた。この雁夜という男は一年前まではしがない雑誌記者だったらしい。下手に一般人だったせいで完全にノーマークだったから、魔術師としての経歴はほとんど分からない。でも僕の見立てだと十中八九、今回の聖杯戦争に間桐はこの男を参加させる筈だ」

「……何故? 資料を見る限り本当に一般人にしか見えないわよ? 普通なら当主の間桐鶴野を参加させるんじゃないかしら」

「今回の襲撃で盗まれたのは聖剣の鞘だけじゃないんだよ、アイリ。ホムンクルスの死体も一体残らず持ち去られているんだ。そして、恐らくそれには意味があるはずだ。――――間桐家は、雁夜にホムンクルスから抜き取った魔術回路を植え付けて即席の大魔術師を生み出すつもりなんだよ」

 

 魔術師に備わっている魔術回路とは言うなれば内臓の様なものである。それを十数人分、しかも血縁でも無い死体から移植するというのは自殺行為に等しい行為だ。移植した臓器が免疫によって腐る様に、他人の魔術回路は体内で暴走し、寿命を削るに違いない。一応、臓器移植と同じく自己の免疫を抑制する薬剤を投与すれば寿命が減る事は無くなるが、ホムンクルスの死体から魔術回路を全て移植すればその数は数百本。それだけの数の魔術回路を無理矢理移植すればどちらにせよ肉体はズタボロになるだろうと容易に予測できる。――――そんな方法で命を圧縮して聖杯戦争に参加する間桐雁夜という存在は、一体いかなる存在なのか。アイリスフィールにはその部分がどうにも気にかかったのだが、切嗣が更に話を続けた事で、彼女は思索を打ち切って眼前のディスプレイへと意識を向けた。

 

「まぁ、間桐雁夜に関する予想は僕の憶測だから、其処まで気にする必要はないよ、アイリ。それよりも、個人的にはこの男の方が気にかかる。聖堂教会からの参加者、言峰綺礼。こいつは聖杯戦争監督役の言峰璃正の実子だったから経歴も簡単に手に入ったんだ。それが、少し異様でね」

「……私には少し多芸な男にしか見えないけれど。確かに聖堂協会の神父が魔術を使うのは珍しいわよ? でも、それを言ったら埋葬機関の第五位なんて死徒二十七祖だし……」

「ああ、いや。僕が言いたいのはそう言うことじゃない。こいつは、あらゆる学問や技能を片端から試して、恐ろしい程の修練によってすぐに努力で行ける限界まで辿りつくんだ。だけど、その後はまた別の事を始めている。……言峰綺礼は自分が夢中になれるものを探し求め、それが判らない事に絶望しているんだよ。まるで限界まで飢えた狼の様なこのあり方が、僕には恐ろしいんだよ、アイリ。……もしこの男が聖杯を手に入れてしまったら、聖杯という願望機の能力を絶望で駆動させかねない気がしてね」

 

 そう言って切嗣は暗い表情を浮かべ、目を閉じる。そんな夫の姿にアイリスフィールは話題を変えるべく、問いを投げた。

 

「大丈夫よ、あなた。私が預かる聖杯を得るマスターは貴方だけ。他の誰でも無い、貴方だけ。……ねぇ、話題を変えましょう? 他のマスターはどういう顔ぶれなのかしら」

「……ああ、すまない。今分かっているのは遠坂家の遠坂時臣と、時計塔のケイネス・エルメロイ・アーチボルトだね。……遠坂時臣は火属性の優秀な魔術師で――――」

 

 かくして冬の城で繰り広げられる、夫婦の作戦会議は続く。天の杯への挑戦者が揃うまでに残された刻限は後少し。戦争は準備段階で勝敗が決定する。たった七騎であるとはいえ、一騎が万軍に匹敵するサーヴァント同士の激突が繰り広げられる以上、聖杯戦争はまさしく戦争だ。その闘いに赴く為の準備は、やり過ぎても損は無い。

 

 

 いざ戦いが始まれば、こうして二人で語らう機会も、無くなるのだから。

 


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