Fate/Zure   作:黒山羊

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030:Dual Duel.

 結論を先に言おう。――――ウェイバーの工房攻略は、彼自身にとっては散々な体験であり、英雄王にとっては抱腹絶倒爆笑必至の体験だった。

 

 ウェイバーなりに探査の魔術で危険を避けて進んだものの、ロード・エルメロイの工房が弟子程度の探査魔術でその全容を明らかにする訳がないのは自明の理。一歩歩けばギロチンが飛来し、二歩歩けば底なし沼に落ち、三歩歩けば即死級の魔術が発動する。そんなトラップの数々に全て引っかかりながらも、ウェイバーはその度に爆笑する英雄王の手でギリギリ救われていた。

 

 空飛ぶギロチンをウェイバーの皮膚から一ミリで寸止めし、底なし沼から釣り竿で釣り上げられ、即死の魔術は英雄王の手で僅かに目標を逸らされウェイバーのこめかみを掠めて行く。その度に絶叫し、泣きそうになるウェイバー、それを見て一層爆笑する英雄王。

 

 ある意味ケイネスからすれば完全に想定外な事に、ライダー陣営は全てのトラップに引っかかりながらも上を目指している。その様を監視の魔術で見ているケイネスは「やれやれ」といったふうに頭を振り、それを横から覗き見るランサーは爆笑する。

 

 だが、幾多の死線を潜り抜けたことで、ウェイバーは階を登るごとに学習していた。――――ウェイバーの真価は、戦闘能力でも、魔術でも、知恵でもない。その観察眼と魔術の最適化に関する才能こそが、彼の持つ唯一無二の才覚だ。英雄王は敢えて指摘せず、ウェイバー自身が自覚していないその才能は、この死線の中でじわじわと成長している。

 

 探査魔術の最適化を経た上で、トラップに引っ掛かり続けて得られた様々な罠のパターンを組み込まれた結果、ウェイバーの探査魔術は魔力消費をそのままに気色の悪い程神経質な物へと変貌している。惜しむらくは感知出来てもウェイバーがショボすぎて回避できない事だが、そこは英雄王がカバーしている。――――まぁ、カバーを前提にしているとはいえ「反応が悪くなってつまらん」とウェイバーを新たな罠に掛けるべく全階層をマッピングした英雄王がウェイバーの精神を著しく削ったことは言うまでもない。

 

 そうして、地獄の行軍の果てに、ウェイバー達はどうにかこうにかケイネスのいる最上階に辿り着いた。

 

 

【030:Dual Duel.】

 

 

「サーヴァント頼りとはいえ、良くぞ心折れずに此処まで来た。ウェイバー・ベルベット君。――――後にも先にも私の工房のトラップを全て作動させながら踏破したのは君だけとなるだろう」

「でしょうね。――――というか、僕ぐらいの馬鹿じゃないとそもそも先生には挑まない」

「おいおい、もう少し面白い事を言えんのか? 道化よ。――――しかし、フロア一面のマグマの海、フロア丸々水没、異界化した森の中にワープするトラップ……ケイネスとやら、なかなかに楽しめたぞ」

「伝説の英雄王のお褒めに与るとは光栄だ。――――さて、お喋りはここまでにしよう、ウェイバー・ベルベット。掛かってくるがいい。決闘の見届け人は、我が許嫁のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリが務めよう」

 

 そう言って懐から月霊髄液を取り出すケイネス。それに合わせてランサーがその槍を振るい、彼の固有結果を展開する。ケイネスの手の甲で輝く閃光は、かの征服王の宝具が真の状態で以って顕現する事を示している。――――令呪一画と引き換えの宝具の拡張展開。イスカンダルに仕えたマケドニア軍を装備諸共召喚するその技は、まさしく規格外宝具の名に相応しい。

 

 だが、それを面白げな表情で迎え撃つウェイバーのサーヴァント、ギルガメッシュもまた規格外である。彼の背後で無数に波打つ黄金の波紋は、その一つ一つが宝具の原点。人類が開発し得る全ての物品と、彼が生前集めた無数の宝具を内包したその蔵は、個人を億軍と対抗し得る戦力に昇華させる。

 

 激突する『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』と『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。その神話の再現から離れた砂漠の一角。暗黙の内に両軍が手出し無用と決めたその場所で、ウェイバーとケイネスの決闘が、ソラウ立会いのもと行われようとしていた。

 

 

 ケイネスが装備するのは、彼の誇る礼装、月霊髄液。水銀を流体操作の魔術で自在に操るというその発想は、水と風の二重属性であるケイネスならではのものだろう。

 

 その一方で、火の単一属性という一山幾らの極々一般的な魔術師のウェイバーが持つ礼装は、正直言って貧弱だった。祖母から受け継いだ唯一の魔術礼装。一発限りの使い捨てであるそれは、一見するとただの葉巻だった。ウェイバーが一本一本全力で魔術を込めたそれは、火を灯すと使用者の周囲に結界を張る能力を持つ。――――結界を張る、だけである。攻撃力もクソもない、極めて貧弱な礼装と言えるだろう。強いて言うなら火の魔術を使う際の火種にはなり得るだろうが、せいぜいその程度。月霊髄液に比べれば玩具同然だ。

 

 そんな訳で、ウェイバーも当然ながら別個月霊髄液対策を講じている。彼が懐に隠し持っているのは、英雄王から借り受けた小さな袋。この袋自体は『見た目よりも遥かに多くの物を容れられる』というよくある魔術用品なのだが、ウェイバーの秘策はその中身だった。――――ウェイバーは、その拙い錬金術の知識を補強するべく読んだ科学関連の雑誌から、月霊髄液を完封する手段を思いついたのである。ウェイバーとて、勝機も何もなく『ランサー陣営を攻める』と発言したわけではない。彼が拠点で水晶玉を覗く傍ら作り続けたある粉末が、この袋に入っているのである。

 

 だが、切り札を見せ付けるのは愚策だ。ウェイバーは懐を全く気にすることなく、初歩の魔術で葉巻に火をつけて結界を張ると、その人差し指をケイネスに向けて突き出した。一工程(シングルアクション)の中でも初歩の初歩、ガンドの魔術による牽制である。速度も威力もまあ及第点といったそれは、直撃すれば込められた呪いによって腹痛などのダメージを受けるだろう。だが、月霊髄液の前にその拙い魔術は無意味。

 

 素早く板状に展開した水銀は、ガンドを弾くと同時に斬撃用の触手を伸ばし、ウェイバーを切り裂かんと襲いかかる。その攻撃はウェイバーの張る結界を容易に貫くものの、ウェイバーは結界による僅かな時間稼ぎで以って、水銀の攻撃をギリギリのラインで回避する。超高速の斬撃は、超高速であるが故に直線的だ。身体強化を駆使すれば、流石に皮を切られる程度の軽い傷は受けるものの、致命の一撃は回避できる。

 

 そうして水銀を回避し、ウェイバーはガンドを打ち込みながら、ひたすらケイネスを目指して吶喊する。彼の策を成す為には、少しでも距離を詰めなくてはならない。ウェイバーは魔術回路を限界以上に駆動させながら、四肢を強化し、眼に魔力を回し、ひたすらに前を目指す。その代償に皮膚には血管がビキビキと浮かび上がり、口の端に血の泡が滲む。だが、極々平凡な魔術師見習いが天才魔術師に挑むのであれば、然るべき代償を払わねば成らないのは当然だ。

 

 そうして、ひたすらに駆け抜けたウェイバーは、避ける素振りもなく砂漠に立つケイネスに身体強化で硬化させた拳を叩き込む。

 

 

 その直前で、無数の水銀の槍が、ウェイバーを貫いた。

 

 

* * * * * *

 

 宝具の雨が降り注ぎ、砂丘諸共兵士を吹き飛ばした。それと同時に、珍しく手ずから武器をとった英雄王はその手に握った大斧をイスカンダルへと振り下ろす。

 

 ウェイバーがケイネスを相手取るという無謀によって、ギルガメッシュには強力な令呪のサポートが付与されている。その筋力から放たれる攻撃は、イスカンダルという益荒男を以てしても実に重い斬撃だ。だが、この状況は、どちらかと言えばイスカンダルの優勢に傾いている。

 

 無数の宝具の原点を所有するギルガメッシュに対抗するは、無数とは言わずとも、万を超える英霊たち。――――しかもその半数が自前の宝具片手に殴りかかってくるとなれば、流石のギルガメッシュも少々劣勢に成ってしまうのは仕方がないだろう。それに加えて数名混じる大英雄は、どれもこれも半端ではない宝具を展開してのけるのだから非常に面倒くさい。プトレマイオスは『アレクサンドリアの大灯台』からビームを出し、クレイトスがバーサーカー化し、エウメネスが魔術を行使しながら槍を振るう。

 

 そんな普通の英霊であれば数十回は死んでいる戦場において、ギルガメッシュは慢心の度合いを少々下げつつあった。

 

「ふむ。――――既に目にした物ではあるが、成程これ程の数を束ねれば、雑種が王と嘯く様にもなるか」

「ほう? 余を王と認める気になったのか英雄王?」

「たわけ。天下に王はこの我一人。それ以外の王など有象無象の雑種にすぎん。……だがまぁ、貴様に限って言えば、我が手ずから裁くに値する『賊の首領』であるとは認めてやろう、簒奪者。――――その眼に真の王を焼きつけて、死ね」

「ふん、孤高の王道か。――――余とは相容れんが、それもまた王道には違いあるまい。であれば、余はそれを蹂躙制覇するだけの事! 続け我が同胞! 人類最古の英雄王に、目に物見せてやろうぞっ!!!!」

 

―――― AAAALaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaie(アアアアラララララララララララララライッ)!!!!!!

 

 イスカンダルの号令を受け、鬨の声を上げて殺到する英雄たち。津波の様なその集団を前にして、英雄王も宝具の射出数を増大させていく。大英雄同士の激突は、青々とした無窮の空を揺るがせ、固有結界内に爆ぜるような轟音を引き起こした。

 

 

* * * * * *

 

 

 僅かに、十メートル。その距離を全力で駆けてくる弟子を、ケイネスは決して侮ることなく迎え撃った。ウェイバーの懐にある僅かな魔力を感知し、その魔力源諸共ウェイバーを串刺しにする。極力、急所を避けてやったとはいえ、全身数カ所に穴が空いた見習い魔術師は彼の目の前で血反吐を吐く。

 

 だが、その直後。ケイネスはその魔術回路に、術が破壊されたフィードバックを感じて仰け反った。――――月霊髄液の不調。術が破壊されるほどの魔術的干渉が見受けられ無いにもかかわらず、ケイネスの礼装はその動きを停止してしまったのだ。

 

 流石に眉を顰めるケイネスは、目の前で血を吐きながら不敵に笑うウェイバーに問いを投げる。

 

「ウェイバー・ベルベット……貴様、何をした……?」

 

 そう問い掛けても、ウェイバーはゲホゲホと血を吐くばかり。だが、彼が噎せた拍子にその懐から溢れた『数種類の金属粉末』を見た瞬間、ケイネスは全てを理解した。

 

 ウェイバーは恐るべき事に初歩の初歩にあたる子供騙しの錬金術で以って、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの魔術礼装を破壊したのである。――――錬金術における初歩的な魔術には、反応を加速させる幾つかの術式がある。ケイネス自身も幾度と無く使用したその術は、材料に触れて術を行使するだけの簡易な物だ。

 

 ウェイバーは、その術式を月霊髄液に対して(・・・・・・・・)使用したらしい。彼は、なんらかの魔術で体積を圧縮した大量の『銀、錫、亜鉛、銅の粉末』を月霊髄液に限界まで近づいてぶち撒ける事で、月霊髄液を固めてしまったのだ。

 

 

――――一般的な用語で言えば、銀錫アマルガム。歯の詰め物にも使われる水銀合金であるそれは、歯の詰め物と言うだけあってもはや固体である。当然ながら、ケイネスは固体を操作するには属性が向いていない。月霊髄液は完全に活動を停止してしまったのだ。

 

 

 そして、この礼装破壊に伴うウェイバーの生命の危機こそが、ウェイバーの計画の二段目である。

 

 

「ライ、ダー……ッ!」

 

 その声は、ランサーと激突するライダーにパスを通じて伝達され、英雄王の元へと届く。その声に応える様に、征服王の軍勢相手に戦闘を繰り広げていた黄金の王は取り出した『空飛ぶ絨毯』に乗って固有結界内の青空に飛び立つと、秘蔵の宝剣を開帳した。鍵剣によって開かれた『王の財宝』の系統樹。その一枝から取り出したるは、英雄王が誇る最強宝具にして、バーサーカーを屠った宝具『乖離剣エア』である。その剣を手にしたまま、英雄王は征服王に向けて、或る種の祝福を投げ掛けた。

 

「喜び、誇るが良い。今宵我は漸く『戦う』気になったぞ、征服王。――――倒すべき『敵』に相応しい(つわもの)どもを目の前にし、その上『命を救ってやる』と我に言わせた道化が、今まさに死にかけている。――――我は約定を違える事はせん。我が臣下の窮地とあらば、助けてやらねばならんだろうな」

 

 そう言って、エアを頭上高く掲げるギルガメッシュ。身に付けた鎧が弾け飛び、その総身からおぞましい程の魔力を発露させた英雄王に、流石の征服王も度肝を抜かれる。

 

――――乖離剣エア。その究極宝具の真価を発揮するには、大きな制限が二つある。一つは、英雄王が本気に成る事。これはそもそもエアを抜かせうる格が敵に求められる上、英雄王自身のテンションも大いに関係してくる。

 

――――――そして、二つ目は、『解放場所が地球上ではない』事。その点で言えば、固有結界という隔離空間はまさしく理想的だった。

 

 

 『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』。かつて世界を斬り裂いたその一撃は、固有結界という地上から隔離された空間で遂にその真価を発揮する。

 

 

 三層の次元断層は、さながら銀河の如く渦巻きながら、原初の世界を再現する。――――星があらゆる生命の存在を許さなかった、灼熱の世界。ギルガメッシュはこの瞬間に限りその『神性』を本来のA+へと変貌させ、神としての権能を行使したのだ。

 

 そしてそれは、配下の軍を巻き込んで、イスカンダルへと叩きつけられる事になる。

 

 

 

 乖離剣の最大開放を受けた世界が閃光と共に粉砕するなかで、死に体のウェイバー、ランサーに向けて令呪を行使したケイネス、成り行きを見守っていたソラウの三名は閃光に包まれ、意識を喪失する。

 

 冗談抜きに神話の再現をやらかした英雄王もドヤ顔のまま閃光に呑まれ、砂漠の世界はハイアットホテル最上階へとまき戻って行く。それは即ち、ランサーの最強宝具がギルガメッシュに敗れた事を意味していた。

 


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