Fate/Zure   作:黒山羊

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031:The will of the hero.

 ハイアットホテル最上階。イスカンダルの固有結界からその場に舞い戻ったケイネスとソラウは、閃光による短時間の気絶から回復すると同時に、膝をつくイスカンダルを見て自陣営の敗北を理解した。ケイネスとソラウという優れた魔術回路の持ち主二人の魔力によって、ランサーは辛うじて現世に留まっている。だがその霊核は破壊され、数分後には消えゆく運命である事に変わりはない。だというのに、イスカンダルはその傷だらけの身体で立ち上がると、頭をかいてケイネスに詫びた。

 

「――――いやぁ、すまんな。ケイネス。避けろと令呪で命じられたが、避けられるもんでも無かったようでなぁ」

「……ああ。分かっている」

「此度の遠征は此処で終わり、か。……ふっ、中々に愉快な遠征だったな。――――おい、英雄王」

 

 そういって、イスカンダルは少し離れた場所で、気絶したウェイバーの口に何やら流し込んでいる英雄王に声をかける。その呼びかけにギルガメッシュは視線をそちらに向ける事で答えた。――――イスカンダルが知る由もないが、令呪四画分の強制力によってギルガメッシュは瀕死のウェイバーを治療する手を止める訳にはいかないのである。

 

「――――英雄王。お前さんにこんな事を頼むのは妙だろうが、余の遺言を聞いてはくれんか?」

「……申してみよ。事と次第によっては聞いてやらんでもない」

「そこのケイネスは、さっきので令呪を全て使い果たした。――――つまりは、もう余のマスターではないのだ」

「その様だな。……ふむ、良いぞ征服王。そこな雑種は我の道化との決闘に『勝利』した。まぁ、道化も中々奮闘したようだが、武器を失ったとはいえあの状態ならばケイネスとやらの魔術でいかようにも出来たであろう。――――故に、貴様の遺言は聞き入れておいてやる」

「――――まだ何も言うとらんではないか。……だがまぁ、お前さんらしいと言えばらしいなぁ。…………ではな、ケイネス、ソラウ嬢。――――英雄王、頼んだぞ」

 

 とぎれとぎれに言葉を紡ぐイスカンダルは、最後まで仁王立ちのまま魔力の粒となって消え失せた。――――状況が飲み込めないケイネスからすれば、現状は極めて危険であると言えた。自身のサーヴァントは敗北し、敵陣営のサーヴァントは健在だ。その上、ケイネス達が気絶している内にウェイバーは英雄王によって回収されている。

 

 だが、英雄王は困惑する二人に構う事無く、ウェイバーの口に流し込んでいた霊薬の効果が発揮された事を確認すると、ウェイバーを部屋に備え付けてあるベッドに投げ込んで、ソファに腰掛けてくつろぎ始めた。――――完全に自分の家だと言わんばかりのその振る舞いを見てケイネスは一層どうしていいか分からなくなる。

 

 そんな状況で、口を開いたのはソラウだった。

 

「……ライダー、私たちにはさっぱり状況が読めないのだけれど、私たちを殺さないのかしら?」

「雑種が我に問いを投げるな。……と言いたい所ではあるが、貴様の言い分は尤もではあるな。良かろう、質問に答えてやる。ランサーめは、有体に言えば我に貴様らを売り渡した。つまり、貴様らは此れより我の奴隷という訳だ。貴様らのこの城と、貴様ら自身。どれも然したる価値はないが、我は貢物を受け取らぬ程狭量ではない故な。――――そこな道化と共に飼ってやろう。感謝せよ」

 

 非常に回りくどく伝えられたそれは、端的に言えばイスカンダルによる助命嘆願であった。――――イスカンダルは、ケイネスとソラウをギルガメッシュの庇護下に置く事で、その安全を確保したのである。その事実を漸く脳が理解して、ケイネスとソラウは、総身の力が抜け落ち床にへたり込んだ。

 

 その姿に英雄王は「ふん」と一つ鼻を鳴らすと、蔵から取り出した酒を片手に、テレビ鑑賞を開始する。

 

 只一人ベッドの上で気絶しているウェイバーのみが、この事態を知ることも無く、眠り続けている。――――だが、ある意味一番異常事態なのがウェイバー自身だというのは、実に皮肉なモノである。

 

――――英雄王が瀕死のウェイバーを救う際に呑ませた秘薬は『二本』。その事実を知って、ウェイバーが可愛そうなほどに号泣するのは、翌朝の事であった。

 

 

【031:The will of the hero.】

 

 

 一方、その頃。日付も変わりいよいよ真夜中となった冬木市の中で、異常に賑やかな場所が一つ。――――冬木市民会館。ザイードが拠点としたその場所に全戦力を率いて地下から侵入した残りのハサン連中は、龍之介の命で市民会館の突貫工事を行っていた。

 

 無論ザイードは「帰れ」と一蹴したものの、大挙して押しかけたハサン達を喰いとめられる筈もなく現在は既に説得を諦めパイプ椅子に腰かけている。とはいえ、流石にザイード以外の連中もザイードの邪魔をしに来た訳ではない。龍之介からは工事が終了次第『兵士を残して』撤退するように言われているし、彼らもそのつもりである。

 

 この大改装は、『小聖杯の獲得とアーチャー打倒』という大金星を挙げたザイードへの、ハサン達なりの祝いである。まぁ、本人が喜んでいるかと言われると、ムスッとした顔で頭を抱えている訳なのだが。――――そんなザイードの元に、龍之介とヤスミーンがやって来た事で、ザイードは久々に会った自身のマスターに思わず毒づいた。

 

「龍之介殿。このザイードめの『願い』を御存じなのでは無かったのですか?」

「知ってるよ。でもまぁ、後一時間もしないうちに兵士だけ残して俺らは引き上げるからさ。ま、旦那への餞別だと思ってよ。――――それに『願い』を叶えるなら兵士はたっぷりいた方がいいでしょ?」

「……それはそうですが」

「ザイード、龍之介殿のご厚意だ。受け取っておけ」

「だがな、ヤスミーン。此方に兵士を集中させて良いのか? 地下拠点の防衛はどうする」

「その点に関しては案ずるな。お前が別行動を開始した直後に我々は更に深い位置へと拠点を移した。発見は我々ハサンレベルで無ければ不可能。そしてこの聖杯戦争では、我らの他にハサンはいない。――――つまり、現状で兵士の大半はごく潰しという訳だ。お前にくれてやった方が遥かに効率が良い」

 

 そういって仮面の奥で笑うヤスミーンの台詞に、仮面を外したままのザイードは一先ず納得する。――――そして、事態を受け入れるとなると状況把握は必須であった。

 

「ところで、ヤスミーン。これだけの速度で工事を進行するとなると、予め設計図でも作っていたのか?」

「ああ。市役所に図面があったのでな。写しを作り、改造予定を練った。――――最終的な図面は、これになるな」

 

 ヤスミーンが差し出すのは、棒状に丸められた模造紙大の設計図。それを受け取ったザイードは、手近な壁にそれを画鋲で張り付けて観察し、意見を述べた。

 

「成程。――――さてはお前ら、馬鹿だろう」

 

 そこに書いてある設計図の通りに行けば、この市民会館は最早ダンジョンと化す。近隣都市から集めて来た日用品を悪用して生産したらしい無数のトラップ。子供だましからエグいものまで選り取り見取りな無数のトラップ類は、キャスターの手により正確無比に設置されていく。まさしく『暗殺者』の為の戦場と化す市民会館の中で、場の支配者であるはずのザイードは頭を抱えるのだった。

 

 

* * * * * *

 

 

 時刻は流れ、翌朝。教会では意識を取り戻した時臣を交えて、遠坂陣営の会合がなされていた。アサシンもどうにか回復したとはいえ、アーチャーの脱落は痛い。あの場においては確かに『時臣を気絶させて逃がす』というアーチャーの策は間違ってはいなかった。だがキャスター陣営の介入によって計画が狂い、アーチャーは脱落してしまったのである。

 

 片手を失った時臣には綺礼が取り急ぎ手配した『稀代の人形師』が制作した義手が据え付けられており、その体調は万全である。だが、その表情は綺礼や璃正と同様に暗く落ち込んでいた。――――その原因は、気絶した彼の懐に入れられていたアーチャーの『手紙』にある。

 

 

――――もしも私がセイバーに敗れる等の理由で脱落した場合、時臣と綺礼は教会に隠遁しアサシンを運用する事。時臣は強いが、衛宮切嗣や英雄王ギルガメッシュ相手では勝ちの目が無い。アサシンを綺礼から譲り受けるのも策ではあるが、その場合は綺礼を単独戦力として運用する必要があり、綺礼の死亡率が上昇する。時臣、綺礼の両名を『生存させる』策は、前述の通り戦闘経験が豊富な綺礼がアサシンに指示を送り、二人とも教会に隠れておくことである。そしてアサシンは『言峰綺礼』に変身した上で常時綺礼と感覚共有せよ。――時臣殿、貴族たるもの家の存続のためであれば泥を啜ることも受け入れなければなりません。賢明なご判断をなされますよう。Prov3112, Col321

 

 

 いわゆる、『死せる孔明』的なこの手紙。この策であれば、綺礼と時臣の安全は確かに確保される。一応、時臣なりのアレンジとして彼が魔力を練り込んだ宝石をランスロットに呑みこませることでパスを構築し、擬似的なダブルマスターとしてアサシンの強化を行ったが、大筋では結局手紙の策に従う事になったのである。

 

 そんな訳で、現在綺礼に化けたアサシンを街に差し向けた遠坂陣営は『セイバー陣営一極狙い』の方針で動いているのである。――――聖杯は恐らく、セイバーかライダーの手に渡るだろう。そうなってくると、どう考えても『テロまがいの手段で闘う危険な輩』であるセイバー陣営を勝利させる訳にはいかないのだ。教会としても時臣としても、そんな『碌でもない事に聖杯を使いそうな』陣営に聖杯を渡す訳にはどうしても行かなかった。それ故に、三人はアサシンをセイバー陣営捜索に充てている。

 

 その結果が先程の暗い顔なのだが、その理由は実のところ三人とも異なっている。

 

 時臣は言うまでも無く、聖杯を得られない確率が高いという非常に残念な結果によるもの。そして、優雅さも余裕もない自身の現状を恥入ってのものである。一方で、璃正は時臣の様な『根源に至る』という魔術師らしい『無害な』願いに聖杯が使われる事を願っていた、聖堂教会としての立場による落胆だ。

 

 そして、綺礼は、意外な事にアーチャーの死を『悼んで』のものである。

 

 彼にとって、アーチャーはこの短期間で『時臣を上回る』尊敬の対象に昇華していた。彼が長年願っていた『神の教えに背かない手段で、喜びを得たい』というささやかな望み。その望みが成就する道標を付けてくれたのは、紛れもなくあのアーチャーである。世間一般には悪徳の化身として伝承されるジル・ド・レェは、その『悪を為さずに悪を感じる』という手段を教える事で、綺礼に救いを齎したのだ。――――そんな『先達』の非業の死は、綺礼にとっては非常に残念なものだった。

 

 これが『本人の意に沿わない』死であったなら、綺礼はその苦悶を想像し、悼むよりも先に愉悦を感じる事ができただろう。だが、アーチャーは遺言状を残し、死を覚悟してあの場に残ったのだ。其処に綺礼が愉悦を感じる余地はない。――――そして何より、綺礼はアーチャーが綺礼に宛てた『遺言』を受け取って尚、その非業を喜べる程に恩知らずでは無かった。

 

 Prov3112,Col321。一見意味不明なそのアルファベットと数字の羅列は、神父である綺礼と璃正にとっては容易に『聖書の一節』を示していると理解できる。だが、その内容に込められた意味を理解したのは、アーチャーに自身の身の上を打ち明け、教えを請うていた綺礼のみ。箴言31:12と、コロサイ書3:21。それぞれ『彼女はその命の限り、悪では無く、善で以て彼に報いた』、『父達よ、子を怒らせてはならない。彼らを気落ちさせない為に』という一節を示すその符号は、綺礼にジル・ド・レェの言葉をしっかりと伝えていた。

 

――――綺礼の妻は綺礼を愛していた。故に、綺礼はその子を愛してやらねばならない。

 

 ごく短いそのメッセージは、綺礼に一つの決意を抱かせる。

 

 

 

 生きて『娘』を迎えに行く為に、綺礼はいかなる手を用いても此処で死ぬわけにはいかなくなったのだ。――――それは、言峰綺礼という男が、アーチャーとの会話で『人を愛する事が出来る』と学んだが故の決意だった。


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