Fate/Zure   作:黒山羊

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035:Fate/Zure

【035:Fate/Zure】

 

 その災害が起こったのは、二日前の事である。

 

 川向うの深山町とハイアットホテルを覗く新都のほぼ全域を焼きつくした焔は、明け方に天空に開いた孔が閉じた後もおよそ半日の間燃え続けた。消防隊にも手が付けられぬほどの原因不明の大火が鎮火した原因は『周囲にもう燃えるモノがない』という凄まじい理由によるものだ。――――聖堂教会スタッフと言峰綺礼による『破壊消火』によって辛うじて冬木市内から焔が溢れだすのを喰いとめたが、それでも大都市に分類される冬木の一区画が丸々焼失したこの大災害は、推定死者五百人、負傷者一千人以上、焼失した建造物百三十四棟という凄まじい爪痕を街に刻んだ。

 

 これだけの被害にも拘らず死者が五百名足らずであったのは、此処数週間の『無差別連続殺人事件』『地盤沈下による公園沈没』『都市ゲリラによる倉庫街爆破』『同じく都市ゲリラによる蝉菜マンション爆破』などの不穏な事件の数々によって、冬木市全域で『疎開』が進行していた為である。皮肉なことだが、その点で言えば今回の聖杯戦争の規模が過去最大クラスであったからこそ、この災害の被害が軽微で済んだと言えるのだ。――――五百名という、小学校一つ分の児童数とほぼ同等の死者を『軽微』とするかは意見が分かれるだろうが。

 

 そして現在。ボランティアで敷地を開放した冬木教会と柳洞寺、及び避難所である『私立穂群原学園』の弓道場や体育館などを利用して被災者たちは酷く不安な一日を過ごし、負傷者たちは深山町内の複数の診療所に分散して治療を受けている。――――そんな中に、ある赤毛の少年がいた。

 

 ごく普通の日常を終えて眠りについた筈の少年は、その夜、燃え盛る自室で目を覚ました。その時の状況で辛うじて覚えているのは、自身を守ろうと覆いかぶさる母と、その上から更に妻子を守るべく覆いかぶさる父の姿。何が起こっているのかもわからぬまま、母の言う通りに目を閉じて災厄が過ぎ去るのを待っていた彼は、両親とともに火に呑まれた。――――そうして、両親の尊い犠牲によって辛うじて『燃え残った』少年は、空に浮かぶ黒い太陽をぼうっと見つめながら、ただ死んでいく筈だった。

 

 その今際の記憶はあいまいだが、彼は二つだけ、覚えている事がある。――――彼は無精ひげを生やした『おじさん』と美人の『お姉さん』に助けられ、『誰か』から『身体を貰った(・・・・・・)』のだ。幼い頭でも、『身体を貰う』などというのが不可能である事は十分に理解できる。

 

 だが現に、あの場所で死んでいた筈の少年は今、『奇跡的にほぼ無傷で助かった』という検査結果を受けて、診療所のベッドに寝かされていた。

 

――――それはつまり、あの時、あの場所で、本当に自分は何者かに『身体を貰った』という証拠なのではないだろうか?

 

 窓から見える空を見上げてそんな物想いに耽る少年は、直後、看護士がベッド脇のカーテンを捲る音で現実に引き戻された。――――昼夜を徹して働きづめの彼女が眠そうに告げたのは、少年への『面会』の知らせ。親の死を確信している少年からすれば、自身に面会してくる人物に心当たりはなく、ただただ首をかしげるばかり。

 

 だが、看護士と入れ替わりに入ってきた『無精ひげの男性』と『無機質な印象の美女』を見た瞬間、少年は驚くより先に納得した。――――ああ、どうやら自分を助けてくれた人達らしい、と。

 

 

 

 衛宮切嗣にとって、その少年に会う事は、現状で最も重要な事であった。

 

 自身とセイバーが辛うじて『救えた』一人の少年。彼が無事この災厄を生き延びられているかどうかを確認して初めて、衛宮切嗣は『役目』を真っ当に遂行出来たと言えるのだ。――――そうして、壊れかけの殺人機械は自身が昨晩駆けこんだ診療所で、その少年と再会した。

 

「こんにちは、君が士郎君だね」

 

 窓の外を見つめている少年に向けてそう口にした自分の声が、想像していたよりも遥かに優しかった事に驚いたのは、隣にいた舞弥か、それとも切嗣自身か。いや、もしかしなくとも、その両方だったのだろう。――――自身が発したその声を聞いた瞬間に、切嗣は他人事のように『自分がたった今救われた』事を実感したのだ。

 

 なんと、自分勝手なことだろう。あの少年を救ったのは、セイバーであって断じて衛宮切嗣では無い。にも拘わらず、切嗣は今まさに、『少年の生』によって救われてしまった。その事実に、切嗣は思わず自己嫌悪に陥りかける。だが、彼がそれでもギリギリでこの病室という現実に踏みとどまれたのは、あの日のセイバーが最後に残した置き土産の御蔭であった。

 

 宝具、『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』、『大いなる激情(モラルタ)』。アインツベルンが発掘した宝具の現物は、あの時セイバーに返却された事で、彼の消滅と同時に消えうせる筈だった。――――それが、どういう理由か未だに残っている。その事実は、切嗣にある予想を抱かせていた。

 

――――セイバーは、あの少年の中で生き続けているのではないだろうか?

 

 彼らしくもない、夢見がちなその空想。だが、それをどうしても嘘と切り捨てられなかった切嗣は、少年に直接会う事で事実を確かめようとしたのである。――――故に、彼がこの病室で行うべきなのは、少年を見舞うついでに観察し、セイバーの痕跡を探す事。

 

 だが、切嗣の口を衝いて出た発言は、彼自身も驚くほどに、突拍子もないものだった。

 

「――――率直に聞くけど。孤児院に預けられるのと、おじさんたちに引き取られるの。士郎君はどっちが良いかな」

 

 その発言に、漸くこちらに向き直った少年を見て、切嗣は思わず息を飲んだ。――――観察するまでもない。その少年の琥珀色(・・・)の瞳。切嗣はセイバーをその中に幻視した。

 

 その瞳の輝きに、切嗣の意識がふと思考に埋没した中でも、切嗣の肉体の方はすっかり理性の支配を逃れ、少年を引き取る手続きや身支度についての事などを口走ってしまっている。――――そんな状況で、切嗣の意識を表層に押し戻したのは、少年のある質問だった。

 

「なぁ、爺さん。――――俺に身体をくれたのは、誰なんだ?」

 

 その質問に、切嗣は少しだけ考え込んで、こう返した。

 

 

「――――それはきっと、正義の味方(・・・・・)だよ」

 

 

 

* * * * * *

 

 

 聖堂教会と魔術協会。その二つの勢力が昼夜を徹して駆けずり回り続けた結果、漸く魔術の隠蔽に成功したのが、昨日の夕刻。――――その後、『もう十分に働いた』と言う理由で休息を命じられた綺礼は、現在手荷物をまとめた状態で、遠坂家……だった筈の場所にある『城』を訪れていた。

 

 珍しく来客用のソファに座る綺礼。その対面に座るのは、目の下に薄らとクマを作った遠坂時臣だ。――――昨晩、綺礼が『骨休めも兼ね、イタリアに一度赴く』という旨を報告した際、時臣は綺礼に出立前に自身の元へ立ち寄るよう命じた。その命に素直に従った綺礼が時臣の元を訪れ、今に至るという訳である。

 

 そして、時臣が綺礼を呼び付けた要件というのが、現在綺礼が抱えている、丁寧に包装された箱を綺礼に手渡す事だった。

 

「……これは?」

「まぁ、開けてみたまえ綺礼」

 

 その促しに応じて、綺礼は包装を解き、木箱の中身を検める。――――そこに入っていたのは、薄紅色に輝く、一振りの短剣だった。握って光にかざせば、鏡のように綺礼の貌がうつり込む程磨かれているのが良く分かる。

 

「それは、アゾット剣という。――――君が遠坂の魔術を修め、見習いの過程を終えた事を証明するものだよ、綺礼。聖杯戦争の後処理でごたごたとしているこんな時に渡すのもなんだが、君が冬木を発つ前にこれを渡しておきたかった」

「……至らぬこの身に、重ね重ねのご厚情感謝の言葉もありません」

「そう謙遜する事はないとも。君には、私も良く助けてもらったのだからね。――――さて、私からの用はこれだけだ。今から空港に向かうというのに、引き留めてすまない」

「イタリアから応援に来ていた教会スタッフ達の飛行機に便乗するつもりですので、時間についてはご心配なく」

 

 そんな問答をしつつ、時臣は席を立つと扉に向かう。綺礼は、その背を追うように歩きつつ、ふと自分の手に握られたアゾット剣を見つめた。

 

――――今、この瞬間。この剣を師の背に突き立てれば、その死に様は絶望と困惑が入り混じった実に『魅力的』な物になる筈だ。

 

 だが、そう思いながらも綺礼は剣を箱に仕舞い込み、元のように包装すると小脇に抱えて師の後について行った。

 

 『善行をつみながら、愉悦を得る』。折角その機会を得られたというのに、こんな所でふいにしては『勿体無い』。――――今ここで遠坂時臣を刺殺するのは、綺礼のもう一人の師であるジル・ド・レェの言葉を借りれば、『目先の欲に目が眩み、長く楽しめた筈の物を壊してしまう』様なモノだ。時臣さえ存命であれば、『優し過ぎる』凛と『魔術師らし過ぎる』時臣の親子関係が拗れていく様をたっぷりと楽しめる筈なのだから。

 

「では、師よ。暫しのお別れです」

「ああ。存分に羽根を伸ばして来たまえ、綺礼」

 

 結局最後まで穏やかな笑みを浮かべたまま遠坂家を辞した綺礼は、聖堂教会の用意した飛行機を目指し、冬木の街を出る。

 

――――行先は、イタリア・ミラノ。既に書類手続きは完了し、先方との合意の元『あとは引き取るだけ』の状態だ。四年ぶりに再会する少女の顔を、綺礼は正確には知らない。だが、半分は自分から、もう半分を『彼女』から引き継いだその容姿は、容易に想像がつく。

 

「願わくは、私にそれほど似ていない事を願う他ないな」

 

 

 そう呟いて飛行機に乗り込んだ綺礼はしかし、十四時間後のミラノで『外見はともかく性格の悪さが遺伝した』というどうしようもない事実を前に嗤う破目になるのだった。

 

 

 

 

――――――そうして、物語は何処までも破綻し、ズレながらも、新たなる始まりへと至る。

 

――――これは、ZEROに至らぬ物語。

 




これにて、ZERO本編は終了です。

が、この小説はまだ終わりません。

以降、蛇足の後日談が数話ほど続く予定ですので是非お付き合いください。

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