Fate/Zure   作:黒山羊

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006:King laugh, Boy lament.

 一体、どうして、こうなった。

 

 何度目かもわからない自問自答と溜息。ウェイバー・ベルベットは本革張りのソファの上で、空になったコップを握りしめつつ、沈痛な面持ちでうつむいている。そんなウェイバーの手からそっとコップを取り上げ、オレンジジュースのお代りを注いでくれる美女。彼女はこの店のナンバー2との事らしく、その所作はウェイバーの素人目にも洗練された物であると判る。そんな彼女が注いでくれたオレンジジュースをチビチビと飲みながら、ウェイバーは自分の隣で美姫を侍らせながら飲み食いするサーヴァントを窺って、もう一度溜息を吐く。

 

 現在、ウェイバー・ベルベットとそのサーヴァント『英雄王ギルガメッシュ』は、冬木の街で一番の高級クラブを訪れていた。

 

「本当に、どうして、こうなった……」

 

 

【006:King laugh, Boy lament.】

 

 

 そもそもの始まりは数時間前、ウェイバーが首尾よく召喚を成功させた直後の事。召喚と共に吹き荒れた暴風に思わず尻餅をついたウェイバーは、魔法陣から現れた黄金の英霊を見上げて自身の勝利を確信した。

 

 琺瑯が施された黄金の甲冑は闇夜にあって太陽のように輝き、逆立った金髪は燃え上がる炎のよう。端整な顔とそこに輝く紅い瞳は、何処か蛇のような印象をウェイバーに抱かせた。そんな青年の姿で魔法陣の中に佇んでいる英霊の圧倒的存在感と、彼から放たれる絶大な神秘。神に限りなく近いその存在の力があれば、ウェイバーは容易く聖杯戦争の覇者と成る事が出来るに違いない。

 

――――だがしかし。ウェイバーはその確信を得た直後、自身に向けられた絶対零度の王者の覇気に失禁する羽目となった。

 

「おいそこな雑種、いや、溝鼠」

 

 絶対者から意識を向けられただけで、ウェイバーの存在は軋みを上げた。先程までの自信は既に塵すら残さず消し飛んで、ウェイバーは容易く自身の平凡な本性を露呈する。全身の筋肉が強張り、歯がガチガチと耳障りな音を立てる。先程まで感じていた夜の肌寒さを思い出せない程に、ウェイバーは王のたった一声で魂の底から凍えてしまった。

 

「よもや、貴様が我のマスターとは言うまいな……?」

 

 王の口から紡がれるその問いに返答しようとするのだが、ウェイバーの口は溺れるようにパクパクと動くばかり。涙と鼻水と小便を垂れ流しながら喘ぐウェイバーの姿は、あまりに無様で見っとも無い。それを暫く蔑む様な目で見ていた黄金の王はその視線から興味の色を消失させ、『虚空からひと振りの剣を取りだした』。飾り気がないごく普通のその剣を弄びながら、王はウェイバーを罵った。

 

「つまらんな、貴様。我を呼び付けるとなれば、さては稀代の賢者か稀代の馬鹿かと期待したのだが、これでは単なる凡夫ではないか。……我に無駄足を踏ませた不敬を恥じて――――死ね」

 

 振り上げられた剣はウェイバーの首を正確に狙い澄まし、無慈悲に落下を開始する。いわゆる走馬灯の類なのか、死を悟った恐怖からか、ウェイバーにはそれがひどくゆっくりとした動きに見えた。

 

 加速する思考の中で思い起こされるのは、今までの人生。自身の平凡さを隠すように周囲を見下し、全てを周囲のせいにしてきたその道筋は、ウェイバーの胸に後悔の念を抱かせた。「もっと素直に生きればよかった」「もっと真面目に人の話を聞けばよかった」「もっと謙虚であればよかった」「もっと――――自分に向き合えばよかった」。溢れだすその思いは、死を眼前にして、一つの思いに収束する。

 

――――まだ、死ねない!

――――死にたくないッ!

 

 加速された思考の果てに、ウェイバーは咆哮する。

 

「こんな所でッ! 死んでッ! たまるかァァァッッ!」

 

 そして窮鼠は、獅子に噛みついた。

 

 

* * * * * *

 

 

「ふはっ、ふははっ、ふははははははッッ! よいぞ、溝鼠! 貴様の執念と道化っぷりに免じて我を呼び出した無礼を許そう!」 

 

 雑木林の中で、黄金の王は嗤う。その眼前に色々汚い恰好で白目を剥いているのは、彼のマスターたるウェイバー・ベルベット。倒れ伏した彼の手の甲には『使用済みの令呪』が三画。死を前にしたウェイバーは令呪三画を重ねた勅令として、黄金の英霊にある一つの命令を叩きつけたのである。

 

 それは端的に言えば『自身の救命』。ウェイバーはその令呪全てで持って、サーヴァントに『ウェイバーの命を守る』という命令を飲ませたのだ。それによって、振り下ろされた剣はすんでの所で停止し、ウェイバーは九死に一生を得る事と成った。そしてその切り札全てをぶちまけた恥も外聞もない命乞いが笑いのツボにハマった結果として、先程黄金の王は爆笑したというわけである。

 

「はははははッ! クハッ! ゲホッゴホッ……おえっふ」

 

 さんざん笑って終いにはむせた黄金の王は、虚空から取り出した水差しで喉を潤してようやく笑いを止め、気絶したウェイバーを踏みつけて叩き起こした。「ぐおぇ」という叫びと共に意識を回復させたウェイバーに向け、王は高らかに宣言する。

 

「喜び、そして感謝せよ、溝鼠。我は『ライダー』クラスのサーヴァント、ギルガメッシュ。貴様に我の無聊を慰める栄誉を与えよう!」

 

 かくして、理不尽な金ぴか王ギルガメッシュは、冬木の街に暫し留まる事と相成ったのである。

 

 

* * * * * *

 

 

 そして、場面は現在へと戻る。

 

 スクリーミング・イーグル、ハーディー・ペルフェクション・コニャック、花薫光。いずれも最高級の酒をまるで缶ビールか何かのように飲み干すギルガメッシュは、クラブの美女を侍らせて実に悠々と過ごしていた。無論、隣で縮こまっているウェイバーの所持金でこの店の代金が払える訳もないので、ギルガメッシュは『打ち出の小槌』を用いて適当な量の金銀財宝を出し、日本円に換金している。この店に来るまでに小便垂れのウェイバーに着替えと称してスーツ一式を買い与えたり、一括払いでランボルギーニ・ディアブロを購入したりと馬鹿げた散財をしているにも拘らず、彼の金が尽きる様子は無いあたり、何らかのスキルが働いているらしい。

 

 そんな成金チックな振る舞いをしているギルガメッシュ。彼は聖杯戦争に関して言えば、完全に無気力であった。彼に聖杯に掛ける願いなどは無いし、そもそも聖杯程度ならば『既に数個持っている』。今さら奪い合うメリットがさらさらないのだ。強いて言うならば彼のコレクター魂が多少くすぐられる気もするが、現世での『暇つぶし』に勝るかといえば今のところはそうでもない。面白いペット――二足歩行する世にも奇妙な溝鼠(♂)――も手に入り、彼の時代には無かった珍妙な事物もごまんとある。それならば、暫しはこの俗世間で遊興に耽るとする。というのがギルガメッシュの決定だ。

 

 その手始めとしてこうして現世の安酒――英雄王個人の感想です――を飲んでいるわけなのだが。

 

「おい、溝鼠」

「ひっ! な、なな、なんだ?」

「酒がまずくなる故、その貧相な面にこの世の終わりの様な表情を浮かべるのをやめよ。我はすでに許すと言った。不敬を恥いるのは殊勝な心がけだが、行き過ぎればそれこそ不敬であるぞ」

 

 そんな彼の台詞に、ウェイバーはますます何とも言えない顔をしてオレンジジュースを啜る。ウェイバーが思い悩んでいるのは令呪を全画消費してしまった事である。そこに頓珍漢な事を言われたモノだから、ウェイバーがそんな面になるのは仕方ないことだろう。

 

 夜の蝶たちに囲まれた二人は、何処までも真逆に夜を過ごしていく。そんな中で、ウェイバーは更にため息を重ねていくのであった。

 

 

 

「いい加減にせねば禿げるぞ、溝鼠」

「……そうだな、禿げるかもな、うん。……はあ」


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