Fate/Zure   作:黒山羊

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009:Disguised work.

 存外、伝承と言うものは当てにならないのかもしれない。それが、ここ数日をアーチャーと過ごしてみた遠坂時臣の感想であった。

 

 ジル・ド・レェ。本名は、ジル・ド・モンモランシ・ラヴァル。一般的には青髭のモデルの一人とされるその人物は、放蕩に耽り、黒魔術に耽溺し、数多の少年少女をその手に掛けた殺戮者と知られている。しかし、今現在、遠坂邸にいる一人の騎士を見て、誰がその噂を信じるだろうか。癖のある黒髪を結いあげ、時臣と優雅にチェスに興じ、アサシンと共に鍛錬に励むその姿からは、到底彼が狂人であるとは考えられない。

 

 そして事実、『この』ジル・ド・レェは狂人には程遠い人物であった。

 

 彼は遠坂時臣と聖遺物を考慮した上で最も相応しい英霊として呼び出された『英雄としてのジル』なのだ。即ち、このジル・ド・レェは、フランスを救った救国の大英雄にして『フランス軍元帥』としてのジルなのである。

 

「トキオミ殿、チェックメイトです」

「……ううむ、中々勝てないものだな」

「貴公は少々素直すぎるきらいがありますな。用兵には搦め手も重要ですぞ? 高潔なだけでは勝利できぬのが戦争というもの。その道理を覆せるのはかの聖処女の様な、一握りの天才だけです」

「肝に銘じておこう。……ところでアーチャー。そういう言い方だと自分が凡才であると言っているように聞こえるのだが」

「ええ、私は凡才どころか愚昧の類ですぞ。私の用兵は兵站を金の力で維持する力技ですので。それに――――我ながら聖処女が火刑に処された後の狂態は無様に過ぎる。慈しむべき幼子を手に掛け、最終的には私の財を求めて寄って来た禿鷹どもによって殺されるなど……」

 

 そう言ってかぶりを振るアーチャー。英霊は自身の記録を本の様に紐解く事が出来るというが、『発狂前』のジル・ド・レェにとって発狂後の自身の記録は所謂黒歴史らしい。

 そんな彼がチェスセットを片付けていると、対局に使用していた応接間の戸を開いてアサシンが訪れた。『SS』の黒服に身を包んだそのサーヴァントは言峰綺礼から離れ、この遠坂家に逗留しているのだ。

 

「時臣殿、アーチャー殿、霊器盤に七体のサーヴァントが揃いました。本日中にも聖杯戦争の開始が宣言される様です」

「遂にか。では、綺礼にはしばらく会えなくなるな」

「 私との感覚共有により、綺礼殿との連絡に支障はないかと思われます。……今夜の準備も既に九割方完了しておりますので、残るはアーチャー殿に仕上げをお願いしようかと」

「承りました。……トキオミ殿、五十万程使っても構いませんな? 使い棄てとはいえ、今回は精巧なモノを用意する必要があります」

「五十万で今後の有利が得られるならば、安いものだとも」

「では、そのように致しましょう」

 

 

【009:Disguised work.】

 

 

 夜の冬木には、無数の『眼』が飛び交っている。あるものはコウモリ、あるものは溝鼠、あるものは奇怪な蟲。選り取り見取りの使い魔を用いて、マスター達は戦場を偵察しているのだ。聖杯戦争の開催が宣言されてからというもの、これらの使い魔がありとあらゆる場所を駆けずり回っている。

 

 そんな使い魔が重点的に観察している場所は主に三つ。御三家の内で拠点が明らかとなっている遠坂家と間桐家の邸宅、そして聖杯戦争の監督役がいる言峰教会である。

 

 当然それらは魔術的な要塞と化しており、内部に使い魔が侵入する事など到底不可能だ。だが、物理的な壁があるわけではない以上、上空からの監視は盛んに行われていた。そのうちの一箇所、遠坂邸の庭において、使い魔達はある存在を視認することとなる。

 

 白いドクロの仮面を身に付けた痩身の黒い影。どこからどう見てもアサシンなその影は、踊るように遠坂邸の結界を突破していく。一陣の風のように駆け抜けるその姿からはしかし、魔力などのあらゆる気配が感じられない。――おそらくはアサシンの気配遮断スキルの影響だろう。

 

 すり抜けるだけで突破できる結界を悉く突破したその影は、次なる結界の要石を除去すべく慎重に手を伸ばす。その手の甲を、一発の銃弾が撃ち抜いた。

 

「Arschloch! 下等な蛮族風情が高等人種たるアーリア人の目を欺けるとでも思ったのか?」

 

 そんな罵倒と共に屋根に降り立ったのは、漆黒のコートに身を包んだナチスドイツSS将校。手にしたヴァルターP38をクルクルと弄ぶその姿は、ほんの50年前まで世界を震撼させていた悪の権化そのものだった。そんなサーヴァントからは間違いなく英霊特有の神秘が発せられ、手にした拳銃も宝具としての輝きを帯びている。その射程から逃げようと身をよじった『アサシン』だったが、続けて放たれた膝への一撃で地に倒れ伏してしまう。

 

「馬鹿め。『アーチャー』の射程から逃げられるとでも思ったか? ――――絶望と糞にまみれて死ね、下等人種が!」

 

 咆哮とともに放たれたのは、ナチスドイツが誇る携行兵器パンツァーファウスト。神秘を帯びたその弾頭は、遠坂邸の庭の一角ごと、哀れなアサシンを消し飛ばす。

 

それは即ち、この戦争で最初の脱落者が出たことを意味していた。

 

 

* * * * * *

 

 

 遠坂邸での戦闘が終わったのを見届けたウェイバーは、隣で晩酌しているギルガメッシュに思わず叫んだ。

 

「ライダー! アサシンがやられた!」

「戯け、喧しいわ溝鼠。ほれ、ひまわりの種をくれてやる。これでも食って寝るが良い」

「わーい、ナッツだー。……って何でだよ! 少しは驚けよ! 聖杯戦争が本格的に始まったんだぞ!?」

「だからなんだというのだ。雑種同士の共食いなぞ好きにさせておけばよかろう。王たる我に一々些事を報告するでないわ」

 

 実につれない態度の金ピカ王にウェイバーは思わず怒りをぶつけそうになるが、ぐっとこらえて深呼吸をする。――この手の手合いは、ちょっと引いて見せてから頼ると答えてくれるものなのだ。これはウェイバーが時計塔の矢鱈とプライドが高い講師陣から学んだ世界の心理の一つであった。

 

「……ごめん。確かにうるさかった。でもどうしても僕には分からないことがあったんだよ。…………ライダーならわかると思ったんだけどなぁ」

「む。その言い方は何だ、溝鼠。気になるではないか。良いぞ、質問を許す」

 

 ――――ほら釣れた。かのケイネス・エルメロイ・アーチボルトすら釣り上げたこの手法に掛かれば、プライドが高い人物ならばまず釣れるのである。コツはちょっと涙目になることと俯き加減で言うことだ。掛かったら後は訊きたいことを聞くだけである。

 

「骨の仮面をつけた奴、多分アサシンがやられたんだけど、倒したアーチャーがナチスドイツの軍人――――分かりやすく言うと世間一般で悪の権化扱いな奴なんだよ。英霊として悪人が呼ばれることってあるのか?」

「何だ、そんなことで悩んでいたのか? ――――いやすまぬ、失言であった。鼠の悩みは人の悩みより小さいのが道理。貴様のような溝鼠にとっては此れも難問であろうよ」

「アホで悪かったな!」

「そう喚くな溝鼠。詫びたであろう? さて、悪人がサーヴァントになり得るのか、であったな? 貴様が見たそれは反英雄の類であろうよ。倒されるべき悪は時に人類を結束させる。その行為は悪であれ結果として人類を導いたならば、英霊の座に登ることはあり得るだろうよ」

「そうなのか。……うぅん」

「あまり悩むとハゲるぞ。溝鼠。ハダカデバネズミになりたいのか?」

「……本当にハゲるかもなぁ」

 

 ウェイバーはここ最近多くなった溜息を吐くと、ギルガメッシュに押し付けられたヒマワリの種を頬張りながら再び使い魔と意識を同調させる。夜はまだ始まったばかり。これを機に他のマスターも動き始めるだろう。となれば、ウェイバーはまだ眠るわけにはいかなかった。

 

 

* * * * * *

 

 

 一方その頃。戦闘の舞台となった遠坂邸では首尾良く成功した作戦に満足した様子の時臣が、二騎のサーヴァントに手ずから茶を振舞っていた。

 

「作戦は上々。二段構えのこの策により、我々はサーヴァントを一騎『秘密裏に所有出来る』ようになった。綺礼も教会に敗退したアサシンのマスターとして保護を願い出た様だし、まず見破られないだろうな」

「然様。トキオミ殿の策を元にさらに改良したこの策を破るのは至難でしょうな。私の『放蕩元帥』(ジル・ド・レェ)とアサシン殿の宝具を使用したのですから。……仮に見破られたとしても、それなりの時間稼ぎができましょう」

「アサシンを倒したという偽装がまず一つ目。そしてそれをあえて見破らせることで『アーチャーがアーチャーではない』という大きな嘘を隠す。見返してみると実に狡猾な策だ。私なら確実に騙されてしまいそうです。…………ところで時臣殿、私のドイツ語、上手く出来ていたでしょうか?」

 

 ドイツ人であるはずのアサシン。彼が言った『奇妙な問い』に対し、時臣はコクリと頷いた。

 

「ああ。若干古臭い訛り方だったが、許容範囲内だろう。生前から使っていたのかな?」

「ええ。出身はフランスなのですが、武者修行の旅をしていた時期があったので片言であれば話せますね。加えて、サーヴァントには現在の各国語がある程度知識として与えられていますのでその関係もあるかと」

「ふむ。……では基本的に日本語を用い、所々でドイツ語を入れていけばボロは出にくいだろう。今後はその方向で頼む」

「了解しました。では今後は私が時臣殿のサーヴァントとして振る舞い、アーチャー殿には遠坂邸から援護射撃を行っていただく形になりますね」

「心得ました。我が宝具はそもそも支援向きですからな。私としてもそれが一番ありがたい」

 

 三名はそう言って頷くと、若干冷めてしまった紅茶を啜る。

 

 

 策謀渦巻く戦争は、これより加速していくだろう。その中で誰よりも早く行動した彼らは、少なくない有利を得てこの戦争を一歩リードした形となる。その一歩が今後にどう響くのかは、神のみぞ知る所であった。

 


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