オレンジの誓い   作:黒の夢

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第2話 最悪の対面

  都心環状線の出場から数週間後、商店街に看板を掲げる洋菓子屋「REVIVAL」を訪れた。接客に来てくれた店員に連れが居ることを伝え、テーブル席へ向かう。派手な金髪の頭の上にサングラスを乗せた男に呼びつけられた。対面の席に腰を下ろす。

 

「大声で呼ぶな、上杉。店に迷惑がかかる」

「細かいこと気にすんなって、知らねぇ間柄じゃねーんだし」

 

 ひとまず、コーヒーを注文して、非番に呼び出した理由を訊ねる。持参したバッグからファイルを取り出した上杉は、ファイルをこちら側に向けて、テーブルに滑らせるようにして置いた。手に取って、挟まれている光沢のある紙⋯⋯写真を見る。先日の救助活動を捉えた写真。

 

「よく撮れてるだろ? 渾身の一枚だ」

「お前、こっちは専門外だろ」

「帰る途中たまたま居合わせたんだ。消防のヘリが飛んできたから、もしかしてって構えてたらビンゴ! あれだけの大事故で死者が出なかったのは奇跡だって、世間じゃもっぱらの話しだぜ。ま、現場を目で見てた身とすりゃハラハラもんだったけどな。トレーラーが爆発した時なんて、マジ終わったって想ったからな」

 

 端から見ればそうだろうが、想定の範囲内の出来事。

 横転したトレーラーの前方の車は、前の車両板挟みになって大破。運転席の要救助者は命に別状はないものの、頭部裂傷、大腿骨を折る重傷を負っていた。現場に展開していた消防(ポンプ)車の一斉放水で誘爆は未然に防いだとはいえ、救出があと五分遅ければ、要救助者は爆発の炎に飲まれていたかも知れないが、前線の無線のやり取りでは救助に要する時間は充分な余裕があった。

 

「ずいぶん会話が弾んでいるようだね」

「よう」

「邪魔してる」

「いらっしゃい」

 

 長い髪を後ろで束ねたややガラの悪い昔馴染みの店長自らが、注文したコーヒーを運んで来てくれた。注文していないパンケーキを添えて。

 

「うちのスタッフが考案した試作品だよ」

「包めるか? 土産に持って帰ってやりたい」

「娘さんの分は別に用意してあるよ。帰りに渡すから、レジで声かけて」

「サンキュー、持つべきもんは昔馴染みのダチだよな!」

「気持ちだけ受け取っておく、悪いな」

「キミはそういうと思ってた。生地に砂糖は使ってないよ」

「うめぇ! てか、普通に甘いぞ」

「砂糖の代わりに希少糖と蜂蜜を使ってるんだ。好評なら正式に採用してメニューに加える予定。最近また、向かいの糞パン屋が客足を伸ばしててね」

 

 女性客をターゲットにした企業努力。店構えからして、男性客が単独で足を運び辛さは確かにある。事実このテーブル以外、男性客だけで来店してる客は居ない。

 

「次は、ファミレスか、向かいのパン屋にしよう」

「おいおい、タダでパンケーキが付いてくる良心的な店なんて他にねぇーぜ? 好意に甘えて、食い潰すつもりで遠慮なくいただくのが礼儀ってもんだろ」

「キミたち、僕の話し聞いてた?」

 

 スタッフに呼ばれた店長は、厨房へ下がり。上杉は、試作品のパンケーキをほおばりながら、ここへ呼び出した理由を話し出した。

 

「地元紙が写真付きで特集を組みたいって話しが来てる。提供していいか?」

「その類いの話は、市局を通せ。専門の広報担当がいる」

 

 余程偏向的な内容でもないかぎり、問題なく許可は下りる。

 

「隊長さんには、予め伝えておくのがスジってもんだろ」

「電話で済む話しだろ」

「ツレねぇこと言うなよ。こんなことでもないと、顔を合わせる時間なかなか作れねーからな。お前も、マルオと一緒で」

「中野、変わったよな。少し丸くなった。昔に戻ったみたいだ」

「何だ、マルオから聞いてないのか? 去年の同窓会のこと」

「同窓会?」

「俺とマルオの子供が通ってた学校の文化祭で、ちょいとな」

「そういえば今年から、上京したって言ってたな。息子さん」

「おう。んで、その文化祭に、あのオッサンが現れたんだよ。先生と、お前にとっても因縁のあるオッサンだろ」

 

 高校以来振りに聞いた懐かしい名に、口に運びかけのコーヒーカップをソーサーに置く。因縁なんて、今さらにも程がある。

 

「むしろ今は、感謝してる。救助隊(レスキュー)が誰かの不幸を願ったら終わりだろ」

「そりゃそうだな」

「それに――」

 

 あの時、一番絶望していたのは、零奈先生だった

 なのに、救われた。突如閉ざされた道とは、別の道があることを指し示してくれた。

 

           ☆  ☆  ☆

 

 高校に進学して一年の時が流れ、二年に進級してから初めての登校日。掲示板に貼り出されたクラス分けを確認して、教室のドアを潜り、黒板に貼られた席順のロッカーに荷物を置いて、席に付く。ぱっと見クラス全体の三分の一程が顔見知り、同じ部活の面子と駄弁り時間を潰す。始業ベルが鳴るのとほぼ同時に、教室前方のドアが開いて、クラス担任が入ってきた。

 クラス分けに書かれていた名前は、聞き覚えのない名前だったから、新任の教員だとは分かっていたけど。教壇の前に凜とした佇まいで前を向いた女性の第一声は、席に付いてください。

 責任者のありがたいお言葉を頂戴した始業式が終わって、廊下を教室へ向かう道中の話題は、クラス担任の話題で持ちきりだった。

 

「あの先生、零奈って名前だってさ!」

「ふーん」

 

 鼻息を荒くした男友達が掴んできた情報を、テキトーに聞き流す。

 

「クール気取ってんじゃねーよ。お前だって興味あんだろ?」

「そりゃ、美人だとは想うけど、それだけだろ」

「ワンチャンある!」

 

「あり得ねーよ」と心の中でツッコミを入れる。あの、とてもありがたい演説の最中、同性の女子までも目を奪われる美人。特定の恋人が居ない方が不自然だし、新任で歳が近いといっても相手にされないのは目に見えてる。しかし、言葉にしないのが人情というもの、淡い夢は壊さないでおこう。

 アプローチの方法を思案している友人を後目に窓の外へ視線を向けると、例の女性教師が、始業式をサボって校舎裏でたむろっていた男女三人の生徒に容赦なく、ゲンコツを叩き込んでいた。

 

「へぇー」

 

 何かとすぐに問題にされる昨今なのに、居るんだ。あんな熱い教師。思わず感心してしまった。

 

「おっ、分かってくれたか!」

「は?」

「よし! コクってくる!」

「お、おい⋯⋯行っちゃった」

 

 留める間もなく、迷惑を省みず人波を逆らって、廊下を逆走して行ってしまった。

 

「ま、いいか」

 

 どうせ玉砕するに決まってる。そして案の定、玉砕して戻ってきた。更に追い討ちをかけるように、ホームルームでクラス委員に立候補するも敢えなく落選、初手のアピールにも失敗して終わるまで机に突っ伏したままだった。

 そして迎えた年度初めの放課後、あっという間にクラス担任の周りに出来上がった人だかりを余所に、身支度を済ませて、教室を後にした。

 

「やあ」

「ああ、どもっす」

 

 スキンヘッドに立派な黒髭を蓄えた大柄な教師、無堂先生に声をかけられた。教え方も巧いと評判で、他の教師からの信頼も厚い。加えて、所属する部活の書面上の顧問に当たる人。ただ、部活面ではまったくの素人ということもあって、試合の時に顔を出す程度。

 

「始業式なのに、部活かい?」

「いえ、自主練です。明日から募集期間が始まるので、今のうちにと想って」

「素晴らしい! キミのような生徒がいれば、僕は安心して部を任せられる! 入部希望の新入生もきっと、キミを頼りにすることだろうね!」

「あ、いや、どうでしょうか」

「はっはっは! じゃあ、これから会議だからもう行くよ。引き留めて済まなかったね」

 

 すれ違い様大袈裟に肩を二度、三度叩いて、職員会議へ。

 悪い人じゃないんだけど、何かとオーバーアクションと言うか、どことなくわざとらしさを感じることがたまにある。

 さて、思わぬ時間がかかってしまった。急ぐとしよう。更衣室で着替えを済ませて、そこそこ強豪で名を馳せる吹奏楽部の演奏をBGMに自主練を始めた。

 日が暮れ始めた頃、最後の通しの楽曲が止まったのを合図にトレーニングを終えて。水道の蛇口を捻った水を頭から被って、火照った体の汗と熱を雑に洗い流し、タオルを手探りで探す。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 手渡してくれたタオルで髪を拭き、顔を上げる。

 まさかの人で、我が目を疑った。タオルを手渡してくれたのは、夢にも思わなかった意外な人。新任の教師で、クラス担任の零奈先生。

 そしてそれは、零奈先生と初めて言葉を交わした瞬間で、生涯忘れることのない、記憶に深く刻まれた最悪の第一印象だった。

 

           ☆ ☆ ☆ 

 

 始業式翌日、進級してから本格的な登校日の初日。薄紅色の無数の花びらが舞う正門から昇降口まで続く歩道は、これから始まる新しい学校生活への希望に満ちあふれた少しあどけなさが残る新入生と、部活動の勧誘を行う上級生たちとで賑わいを見せている。

 そんな輝かしい場所とはまったく正反対の、じめじめした校舎裏へ朝早くから呼び出しを受けた。他三名の男女と共に。

 

「って、やってられっか!」

 

 だらしなく制服を着崩した金髪の男子は、草刈り鎌を放り出して、校舎を背に座り込んだ。同調するように坊主頭の男子と、右目の泣き黒子が特徴的な金髪の女子も手を止め、気怠そうに日陰でしゃがむ。

 

「なあ、お前は何やらかしたんだ?」

 

 金髪の男子の問いかけに答えず、手を動かし続ける。

 

「おい、聞いてんのかよ? 無視すんな」

「⋯⋯終わった」

「はぁ?」

 

 立ち上がって、軍手を外す。

 校則違反の罰則として与えられた、草刈り。自主練をしてただけなのに、あの教師「頑張っていますね。ですが、下校時間を過ぎています」。こちらに非があることは認める。下校時間を過ぎそうな時は予め、顧問か教師に報告して許可を得なければならない、という殆ど形骸化されてる校則違反を犯したことは言い逃れ出来ない事実。とはいえ、始業式をサボって罰則を受けた三人と同じ扱いはされたくない。

 

「指定された場所の四分の一、俺の割合はやり終えた。お先に」

「ちょ待てよ!」

「口の前に手を動かしたら。ホームルームに間に合わないぞ」

 

 ホームルーム開始まであと10分少々、掃除道具の片付けと移動時間を加味するとあまり余裕はない。遅刻して、罰則の追加何てことは御免被る。三人を置いて校舎の角を曲がろうとしたその時、あの人が――零奈先生が、校舎の陰に隠れるようにして立っていた。

 

「まだ終わっていないようですね」

 

 それだけ言うと、昨日と変わらない無表情ままその場を動こうとしない。

 

「どうしました?」

「⋯⋯戻ります。罰則は、“四人で”草刈りなんで」

 

 踵を返して三人の元へ戻り、軍手を付け直して腰を降ろす。

 

「何だよ? お前、戻ったんじゃ――」

「校舎の角で、先生が見張ってる」

「うげっ! マジか!? マジで居るじゃねーかよっ! 私もう、ゲンコツは勘弁だからなっ!」

「オレも、コブになってる」

「チッ! しゃーねぇ、速いとこ片付けるぞ!」

 

 知った途端に三人ともキビキビと、草刈りを始めた。余程昨日の出来事(ゲンコツ)が利いたようだ。校舎の角へ眼を向ける。もうそこには、人影は見当たらなかった。満足して戻ったのか、それともただ、ホームルームの時間が迫っているからなのか理由は定かではない。ただ、背を向けた後に背中越しに聞こえた「そうですか」と言った先生の声が、ほんの少しだけ柔らかかったように感じたのは気のせい⋯⋯だったんだろうか。

 

           ☆  ☆  ☆

 

 結局、教室に戻ったのはホームルームが終わった直後、遠くの席の女子が来て労ってくれた。彼女とは一年の頃も同じクラスで、吹奏楽部に籍を置いている。昨日は偶然、普段の練習よりも少し部活が長引いたそうで、吹奏楽部の演奏終わりを合図にしていたのが仇になった。

 

「あははっ、災難だったねー」

「笑い事じゃないって。結局、新入生の勧誘にも間に合わなかったし。吹奏楽部(そっち)は? 手応えあった」

「んー、まずまずってところかな。放課後になってみないと分かんないけど、経験者はそこそこ居るみたい。今年は、ダメ金じゃない金賞狙えるかも!」

「それは、羨ましい限りで。一時限目、移動教室だっけ?」

「うん、科学実験室。あ、そうだこれ、プリント。じゃ、先に行くねー」

 

 廊下で待ってる女友人の元へ、早足でかけていった。

 

「お待たせー」

「ねぇねぇ、もしかして、付き合ってたり?」

「そういうんじゃないって、一年の頃も同じクラスだったから――」

 

 少し話しをしただけで、あんなに盛り上がってる。女子と話す時は、もう少し気をつけた方がよさそう、相手側に迷惑がかかってしまう。遅くなった分、手早く授業の支度を進めていると、急に目の前が暗くなった。太陽が陰った訳じゃない。手元を照らす光を遮ったのは昨日、クラス委員に選ばれた男子生徒。

 

「ホームルームで配られた進路希望用紙を預かった。あまり迷惑をかけるな」

「ああ、悪いな。サンキュ」

 

 受け取ったプリントと一緒にクリアファイルに挟み、急ぎ授業の支度を進める。

 

「僕にじゃない。移動教室だ、遅れないように」

 

 そう、やや無愛想に言い放ち、教室を出て行った。

 彼と入れ替わる形で昨日、無謀にも告白して玉砕した友人が、筆記用具を手にやって来る。

 

「中野マルオ、一年の頃から学年トップの秀才。近寄りがたいよな。ま、現生徒会副会長で次期生徒会長最有力候補ともなればお堅くもなるか」

「それより、どうだった?」

 

 表情で察しが付いた。話しを聞きながら、廊下を歩く。

 

「あの噂、ホントだったんだな。引退した元プロが今年から、母校の指導者になるって話し」

「県全土の有力選手を口説き落としたってのもな。うちの後輩も殆ど持ってかれた。そりゃ、お眼鏡にかなわなくてもさ、元プロに教わりてぇーし。しかしも、同地区の公立校だぜ?」

 

 今後二、三年後を目処に県内の勢力図は大きく変わることになるんだろう。地元は公立へ、私学は他県から引っ張ってくる。今の三年生が引退すれば、県上位に食い込むことは難しい。今年が実質、ラストチャンス。

 

「一回くらいベスト8に入りたいよなー」

「高い壁だな⋯⋯っと、予鈴だ」

「ヤベぇ! 急げ! イヤ、待てよ。遅れれば今朝のお前みたいに、先生と――」

「バカなこと言ってないで走れ」

 

 二度とゴメンだ。あんな、第一印象最悪な対面をした身としては。

 それにしても、「僕にじゃない」か。中野のあの言葉、何に対して出た言葉なんだろうか。直前まで話していた女子に対してか、学校に対してか、それとも、また別の誰かを想ってのことなのだろうか。

 

           ☆  ☆  ☆

 

 放課後、部活見学は予想通りの結果を見た。ほぼ全員が経験者であるものの、見学希望者は一桁台に低迷。二、三年後どころか来年すらも怪しい苦しい現状を突きつけられた。例によって、生徒の自主性を重んじる顧問は姿を見せず、見学から仮入部申請まで全て、所属部員で処理しなければならない。そして今も、本入部届けを貰いに職員室へ向かっている。

 

「失礼します」

 

 ドアを数度叩いてから、職員室に入るも、顧問の無堂先生は不在、校内を探し回る嵌めに。しかし、探せど探せど見つからず。どうしようかと考えていたところ、窓の外を眺める中野を見つけた。生徒会に頼めば融通を利かせてくれるかも知れないと、声をかける。

 

「中野。今、いいか?」

「何だい?」

「部活の本入部届けを貰いたいんだ。顧問が見つからなくて」

「キミの部の顧問は確か⋯⋯分かった。こちらで用意しよう。生徒会室まで来てくれ」

「助かる」

 

 中野の後を追う前に、ふと気になって、窓の外へ視線を向ける。

 

「何をしてる? 僕も暇じゃないんだ、急いでくれ」

「悪い、すぐに行く」

 

 早足で、中野の後を追う。

 窓の外にチラッと見えた。あの特徴的なスキンヘッドは間違いなく、無堂先生。それから、顔は見えなかったけどあの場に、もうひとり居た。たぶんそれが誰かを、中野は知っている。だから、言わなかった。それとも、言いたくなかったのか。どちらにしても、心の内は本人にしか分からない。無神経に踏み込むような間柄でもないことだけは、揺るぎない確かなことだ。

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