オレンジの誓い 作:黒の夢
学校が夏休みに入って、ひと月あまりが過ぎ。毎日、とまではいわないが、部活動に励む日々を過ごしていた。そんなある日のこと。盆休みを週末に控えた午後、幾分と日は短くなって来たが、肌を焼く厳しい暑さは相変わらず健在。校舎の日陰に入って、焼け石に水の涼の中でのミーティング。
「明日から盆休みと前後の二日間を含めて、4連休。知っての通り休み明けには、練習試合を組んであるから準備はしておくこと。例年通り、休みの四日間は学校そのものが閉まるので。もし、忘れ物があるなら今のうちに取りに行くように。許可は取ってあるから。自分からは以上です。詳しいことはプリントで確認してください。副キャプテンからは?」
「ああー、毎年恒例の花火大会があるからといってハメを外し過ぎないよう、高校生らしく節度を持って行動するように。先輩方は自分が受験生であることを自覚して、勉学に勤しんでください。そして何より、紳士協定を忘れずにだ。いいか? くれぐれもだぞ、肝に銘じておけ。以上!」
何を真面目に語るかと思えば。思い切り、私情を挟んだ演説だった。けど、ファンクラブの紳士協定は別にしても、やんちゃな行動は部の活動に支障をきたすおそれがある。その辺りは各部員はもちろん、自分自身もしっかり考えて行動する必要があることは確か。ファンクラブ入会してる部員も、半数ほどいると聞いている。部員数は少ないけど、その点に関しては嬉しい誤算。
「じゃあ、15分の休憩の後、グラウンド整備。用事があるなら今のうちに済ませておいてください。以上、一時解散」
そのまま休憩を取る者、花火大会の計画を立てる者、校舎へ入って行く者。俺も、そのうちのひとり。昇降口へ回って、不在の顧問に代わって職員室に居る代理の教師に、報告へ向かった。
長期休暇ということもあって、廊下を歩く生徒も教師も殆ど居ない。静けさの中、隣の棟の最上階の一室から聞こえてくる吹奏楽部の演奏だけが聞こえる校内。
職員室まで後少しのところで、大声が響いた。何事かと思い立ち止まる。声の出所は、生徒指導室。気にならないと言えば、嘘になってしまうけれど、今は優先すべき事案があるため、そちらを優先。後ろ髪を引かれる思いを感じつつも、職員室のドアを叩いた。
「アクシデントもなく、スケジュール通り終了しました。グラウンド整備後に、もう一度伺いに来ます」
「ご苦労さん。無堂先生には、オレから伝えておく。席を外すから、報告は省いてくれていい」
「分かりました。お手数おかけします。失礼します」
代理の男性教師に礼を述べ、若干ピリついた空気の職員室を後にする。昇降口へ戻ろうと来た道を向くと、先日、体調不良を訴えた上杉の彼女とばったり出くわした。いつもと変わらない人懐っこい笑顔で、ぺこりとお辞儀。
「その節は、お世話になりました。今日も、部活?」
「そう。そっちは⋯⋯違うよな」
「うん。簡単に言うと、待ち時間かな」
彼女が居るのは、生徒指導室前の廊下。となれば、生徒指導室から漏れ聞こえて来たのは、何かをやらかした上杉の声で、解放されるのを待っているといったところだろう。
「ねぇ、時間ある?」
「五分位なら」
「やった。どう? 学校生活」
「教師みたいなこと聞くのな」
「深い意味はないよ。青春エンジョイしてるかなって想ったんだ」
「エンジョイね」
どうなのだろうか。心の中で、自分自身に問いかける。いろいろ忙しくて、楽しんでいるという感覚は正直ない。だけど、充実していることは確かだとは想う。
「そっか。もうすぐ、二学期だね」
「気が早いな」
「そうかな? でももう、秋だよ」
そう言った彼女は、すー⋯⋯と、窓の外へ視線を向ける。
暦の上では、秋。けど、空には夏が拡がっている。青い空、空高く伸びる段々の積乱雲、湿気混じりの生ぬるい風。紛れもなく、夏空。
「文化祭でしょ、クリスマス、お正月に、バレンタイン。それから、修学旅行も!」
指折り数えながら、先々のイベントを挙げていく。
「あ、その前に明日、花火大会あるね。誰と行くの? 分かった!」
「どうした? イヤ、マジで」
「――うん。でも、あっという間だよ、きっと」
生徒指導室の扉を乱暴に開けて出てきた上杉と言葉を交わし、彼と入れ替わる形で入っていく直前、疑問の答えを濁して微笑んだ彼女が、少し大人びて見えたのが単なる気のせいではなかったことを知ったのは、翌日の花火大会だった。
☆ ☆ ☆
花火大会は花火の打ち上げが始まるまで、部活や友人たちと、屋台で買い食いがメイン。普段、店で見かけない屋台特有のものから、定番商品まで網羅されている数多ある屋台に思わず目移りしてしまう。待ち合わせ場所と時間を決めて、一時解散。ひときわ甘い香りを漂わせる屋台の前を通りかかった時、目立つ坊主頭が視界に写った。
「よっす」
「うぐっ!?」
喉につかえたらしい、背中を叩いてやる。飲み込んで、恨めしそうな顔をこちらに向けた。思った通り、上杉や下田とよくツルんでる男子だった。
「クレープか、ふむ」
「可笑しい?」
「そんなことないって。俺も、甘いの食べる方だし。ひとり?」
話しを聞くと、一緒に来た仲間内は、俺たちと同じように別行動中。ここは奇をてらわず、定番のチョコバナナクレープを購入、別の屋台を見て回る。二年からは、露店の出店が解放される、これ程の規模は無理でも、文化祭の出し物の参考にはなりそう。
「ウチのクラスも屋台になるんだろうな。やるとしたら何がいい?」
「知らない」
「他人事だな。料理得意なんだからかり出されるぞ、絶対。って、あからさまに嫌な顔するなよ。頼りにしてる」
「普通に困るんだけど。人前で料理とか、ハズい」
「そうか? 普通に多いじゃん。板前とか、シェフとか、菓子職人も」
立ち寄ったクレープ屋も、男女二人で切り盛りしていた。よくよく見ると、屋台のたこ焼き、焼きそば屋なんかも、白いねじり鉢巻きをしたゴツイ見た目の男性が、熱々の鉄板で競うように自慢の腕を振るっている。
「⋯⋯考えておく」
「前向きに頼む。さてと――」
腕時計を見る。打ち上げ時間まで、あと少し。そろそろ移動しないとマズい、と想っていると先に、上杉と上杉の彼女が合流。ちょうど今居る鳥居前が、彼らの待ち合わせ場所になっていた。
「なんだ、おめぇも来てたのかよ。下田のヤツは?」
「まだ来てない。そろそろ来るんじゃない」
二人が話している間に、ややゆったりしたファッションの彼女が、後ろで組んで寄ってきた。そして。
「クレープだ。美味しそー、一口ちょうだい」
「イヤだ」
「ええー、ケチー!」
「素直に、彼氏にせびれ」
「あ、そっか。間接キスになっちゃうもんねー」
「なにー! 俺の嫁に、手を出すなんてこと許さんぞー!」
「出さない出さない」
しかも今、しれっと「嫁」って言った。気が早いな、なんてことを想っていたら、花火大会の始まりを告げるアナウンスが流れ、一発目の花火が夜空で弾けた。夜空に大輪を咲かせた光からワンテンポ遅れて、ドン! と、身体の芯にまで震わせるような轟音を響かせる。
みんな、夜空に上がる花火に目を奪われていた。
俺もその中の一人、この人集りの中、一緒に来た友人たちと合流するのは難しい。上杉たちも気にしていない。鳥居付近の石垣に背を預け、夏の夜空を彩る煌びやかな打ち上げ花火を見上げる。いつの間にか、下田も合流して、プログラムも佳境を迎える。
そして、連続で上がる花火の後、一際大きな花火が今宵一番大きな花を咲かせ、終焉の時が訪れた。
「――よし。じゃ、そろそろ行く。また、新学期に」
食べ終えたクレープの包み紙を折りたたみ、四人に背を向けたところで、呼び止められた。
「ああー、ちょっと待て」
「なに?」
「ええーと、な」
「私から、話そうか?」
普段からはっきりものを言う上杉らしからぬ煮え切らない態度に、下田たちも不思議そうにしている。彼女のフォローに「イヤ、俺から話す」と言って、一歩前に踏み出した。
「お前には、助けてもらった恩があるから伝えておく。ダチのお前らにもな」
次の瞬間、真剣な表情の上杉から告げられた言葉。
大勢の人々が行き交う雑踏のせいで、聞き間違えたのかもしれないと想った。けどそれは、聞き間違いなどではなかったのだと、すぐに理解した。
それ程までに、二人の表情は覚悟に満ちていた。