オレンジの誓い   作:黒の夢

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第6話 命の灯

 短い盆休みが過ぎ去り、また、部活動に励む日々が始まった。盆を過ぎれば暑さも和らぐ、とよく聞いた話しだが。空から降り注ぐ日差しは相変わらず、肌を焦がすような熱さ。どうやら今年は、話しのようにはいかないらしい。だいたい30分を目安に10分の休憩、水分補給の時間を設けなければならないほど、今年の残暑は強烈。涼を求めて入った木陰の中、2Lのペットボトルに注いだ水を頭から被っても、まるで天然のドライヤーかの様な熱風に吹かれ、またたく間に乾いて、汗は引かない。夏から秋への移り変わりは、まだ随分と先のことになりそうだ。

 

「さすがに、この熱さはこたえるなぁ⋯⋯」

「時間帯変えることも考えないとな」

「つっても、他の部との兼ね合いもあるし。ナイターは無理だし、早朝は不満が出るぞ?」

 

 専用グラウンドを持つ全国大会常連の強豪、名門校なら話しは違うんだろうけど、県大会ベスト8が目標の中途半端な中堅校にとっては、何とも悩ましい問題。

 陽炎が揺れる白土のグラウンドの眩しい照り返しに目を細めながら思案していると、上杉とおもわれる金髪の男子が、校内に入っていった。

 

「また来てんじゃん、あいつ。ここんとこ毎日見るけど、何してんだ?」

「さあ。休憩、終わり!」

 

 副キャプテン豊橋の疑問に曖昧な返答を返し、木陰を出る。

 

「明日は、練習試合があるから今日は少し予定を繰り上げます。各々コンディションを整えて、集合時間に遅れないように気をつけて」

「おっしゃ! んじゃあ、ラスト一本、集中!」

 

 通常より1時間ほど早く練習を終えて、グラウンド整備後、職員室へ報告にあがる。今日は珍しく、顧問の無堂先生が居た。

 

「不在中の話しは聞いているよ。やはり、キミに任せて正解だった。僕の見る目に狂いはなかったことが証明されたね!」

 

 自画自賛で豪快に笑う姿に呆れそうになるが、職員室内を漂う何とも形容しがたい異様な空気。原因は、例の件であることは間違いないだろう。関連性のある教職員たちは、ほとほと困り果てた様子。

 

「明日は、練習試合だったね」

「あ、はい。気温などを考慮して、早めに切り上げました」

「なるほど、この暑さだからね。ナイス判断だと想うよ!」

「無堂先生、よろしいですか?」

 

 サムズアップして白い歯を見せた顧問の元へ、同学年を受け持つ担当教諭が意見を求めにやって来た。極力漏れ聞こえないように努め、小声で用件を伝えている。

 

「――わかった、先に行っていてくれ」

「お願いします」

「すまないが、席を外させてもらうよ。明日は僕も、顔を出せる」

 

 いつになく真面目な顔で言うと、一足先に職員室を出た教師の後を追って出て行った。念のため、予定表を机の上に置いて、廊下を歩いていると、向かいから眼鏡をかけた男子が歩いて来る。真面目で名が通った次期生徒会長最有力候補、中野。

 

「久しぶりだな」

「誰かと思えば、キミか。無堂先生なら、先ほど見かけた」

「知ってる。報告してた」

「そうか。用事が済んだのなら、速やかに下校しろ」

「お前は?」

「用事が残っている」

「上杉たちのことか」

 

 常に無表情のポーカーフェイスが、僅かに崩れた。通常であれば、当事者を含めた少数で話しをつける事案。しかし、関連性のある教職員だけではなく、生徒会までかり出される事態に発展し始めている。

 

「キミも、依頼を受けたのか?」

「いや、本人から聞いた」

「⋯⋯そうか。僕は、無計画な人が嫌いだ。なぜ、先を見据えて行動しないのか理解に苦しむ」

 

 だろうな。中野は、常に合理的に判断するタイプ。直情的に動く上杉のようなタイプとは、馬が合わないのだろう。

 

「だが、それ以上に嫌悪感を覚えるものがある」

 

 珍しく、中野は自身の話しを続けた。常に冷静沈着な中野でさえも、今回の件には整理が追いついていないのかもしれない。

 

「ふざけんな!」

 

 突然、大声が響いた。声がした方向は、盆休み前と同じ、生徒指導室。

 

「上杉! まだ話しは終わっていないぞ!」

「もう話すことなんてねーよ!」

 

 教師の制止を振り切って廊下に出てきた上杉は一瞬、俺たちに目を向けるも、この場から立ち去った。軽蔑の眼差しを向ける中野と共に、上杉の後を追いかける。昇降口に差し掛かったところで、中野が上杉の肩に手をかけた。

 

「待て。上杉、話しがある」

「テメェには、関係ねーだろ!」

 

 肩に置かれた手を強引に振りほどき、向かい合う二人。

 

「その通りだ。しかしこの状況は、お前が招いたことだ」

「だから、責任取るって言ってるだろ!」

「上杉君」

 

 廊下の反対側から姿を現した零奈先生を見て、上杉は気まずそうに顔を背けた。

 

「話しは聞きました。あなたたちは、外してください」

「いえ、僕たちは事情を知っています。彼の話しを聞くよう、無堂先生に頼まれました」

「無堂先生が。そうですか。上杉君、なぜ、話し合いの場から立ち去ったのですか?」

「別に、逃げたワケじゃねーし。けど、アイツら――」

 

 憤る上杉の口から出た言葉に、零奈先生は普段通りだったが、中野は今まで感じたことのない程の嫌悪感を発している。そしてそれは、上杉に向けられたものではないことは確かで。はっきり言って俺も自身、自分でびっくりするほど感情が揺れていた。

 

「あなたの言い分は、よくわかりました。ですが⋯⋯」

「上杉! ようやく見つけたぞ!」

 

 やって来たのは、生徒指導で上杉と話していたであろう学年主任と、生徒指導の体育会系教師。

 

「チッ!」

「さあ、教室へ戻って、もう一度よく話し合おう。な?」

「あんたらと話すことなんざねぇよ!」

「なんだお前、その態度は!」

「お待ちください」

 

 零奈先生が、今にも胸ぐらを掴み挙げそうな勢いの教師と上杉の間に割って入った。

 

「事情はお聞きしました」

「でしたら、先生も言い聞かせてやってください」

「そうですね。学生である以上、二人の行為は褒められたものではありません」

 

「結局、あんたもそっちの人間かよ」と、眉間に皺を寄せ、不快感をあらわにする上杉。

 

「ですが、宿った新しい命を護ろうという彼の意思は本物です。彼女もまた、それを望んでいます。二人の意思は確認しました」

「それはまだ、子どもだから勢いに任せているだけであって、冷静な判断を出来ないからだ。過ちを正すことこそ、聖職者である教師の務めであり、使命――」

「失礼ですが。あなたは、命を何だと思っているのですか?」

 

 いつもの無表情は変わらないが、零奈先生の瞳は、生徒指導の教師を真っ直ぐ捉えて揺るがない。

 

「な、何を⋯⋯――」

「あなた方は一貫して、堕胎を要求しているそうですね」

 

 花火大会の終わり、上杉から聞いた衝撃的な告白。

 ――子供が出来た。俺ら、学校辞める。

 聞いた直後はいったい何の冗談かと思ったが、事実であることを知って様々なことに合点がいった。

 

「なぜ、自主退学をお認めにならないのですか? 重大な校則違反として退学処分を言い渡すことも出来ます。不都合な事情があるのですか」

「それは、誤解です。我々は、二人のご両親の意向もお伺いして。今後のことを踏まえ、より良い方法を提示⋯⋯」

「宿った新しい命の灯を消すことが、あなた方がお考えになった一番良い選択なのですか? もし本気でそうお考えだというのでしたら。命の尊さを軽んじる方に、人にものを教える資格はありません」

 

 年上の上司に対して物怖じなく、ピシャリと言い放った。

 凛々しい佇まいの零奈先生のその言葉に、教師たちはしばらくの間、何も言い返すことは出来ないでいた。

 

           ☆  ☆  ☆

 

 あの後、タイミングを見計らったかのように現れた無堂先生が場を収め、話し合いは後日に持ち越すことが決まり。中野は、当事者の二人を、生徒会室へ連れて行った。

 

「で、何の用だよ? 副会長さんよ」

「僕としては不本意だが、本件を預かることになった以上、責任を持って事態の収束に努めなければならない。今一度確認する。本気なんだな?」

「当たり前だ!」

 

 上杉の意思を確認し、もうひとりの当事者にも同じことを問いかけた。

 

「絶対、産む。勘当されても」

「そうか。では、両親を説得することからだ。間違っても、駆け落ちなど考えるな」

 

 先手を打って、釘を刺した。

 二人の決意はどうであれ、サポートがなければ成り立たない現実。特に住居に関しては、保証人やらが必要不可欠。こればかりは、感情論でどうにかなる話しではない。

 先に二人を帰し、生徒会室に中野と二人で残る。

 

「彼らの両親の説得が上手くいけば、学校側も多少軟化するだろう」

「けど。どうして、自主退学を認めないんだろうな?」

 

 二人の決意は硬い。退学処分を下すよりもむしろ、学校側へのダメージは軽く済むはず。

 

「憶測の域を出ないが、学校側は今回の件を無かったことにするつもりだろう」

 

 幸か不幸か、今は、夏休みの折り返し。時間は、まだ残されている。夏休みの間に片がつけば、公にしなくて済む。

 

「誰が描いたかは定かではないが。学校側にとってはこれが、最善のシナリオということだ。彼女の方は生活態度も、学業も優秀だからね」

「⋯⋯なんつーか」

 

 心底、胸クソが悪い。

 堕胎を促し、上杉には、重大な校則違反として停学処分を言い渡す。元々素行不良が問題視されていた上杉は、全ての責任を背負わされ、事実上の退学処分として幕引き謀る。

 

「僕は、彼が嫌いだ。しかし、あの場で命を護ることを躊躇なく選択した一点においてだけは評価している。何より、命をないがしろにするような発言は僕の信念に反する。生きられる命なら、生きた方がいいに決まっている」

「中野、お前⋯⋯」

 

 医学の道を志す中野が、一番嫌悪感を抱くこと――命をないがしろにすること。

 

「ここからは、時間との勝負だ。リミットは土日を挟んだ週明けの話し合い。仮に両親の説得に成功したとしても、処分が言い渡されることになるだろう」

「長期停学か、退学か。どうにか出来ないか?」

「僕に権限はない」

 

 所詮今は、生徒会役員。だったら――。

 

「生徒会長になれ。権限は増すだろ」

「事の本質が違う。仮に僕が、生徒会長に着任したところで、元々素行不良の上杉は元より。彼女の場合も、出産前と産後に長期休学しなければならない。生徒会が、どうこう出来る事案ではない」

「零奈先生は、味方してくれる。知ってるか? もう、全校生徒の1/3近くが先生のファンクラブに入会してるそうだ」

「⋯⋯それが?」

「察してるだろ? 巻き込むんだよ」

 

 そう、巻き込む。一部の教職員も入会している、零奈先生のファンクラブ会員たちを、二人の行く手を阻む、吹き荒れる逆風の風向きをほんの僅かに変えるために。

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