オレンジの誓い   作:黒の夢

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第8話 決意

 17年の人生の中で一番長くも、短くも感じた、濃密な夏休みが明けた。月日がひとつ巡っても、残る暑さは健在。ただ、夜に鳴く虫の声は確実に、秋の音色へ移り変わっている。

 そして、学校生活の方にも僅かに変化が生じた。

 上杉たちの一身上の都合による自主退学は、転校、警察沙汰など、事情を知らない同級生の間で様々な憶測を呼んだ。しかしそれらも、一週間もすればどこ吹く風で、いつもの日常に戻り、文化祭というなの学園祭前の中間試験へとシフトしていった。

 

「生徒会にも其れとなく流れてきている。例の案件は、難航しているそうだ」

 

 放課後の図書室、向かいの席で参考書を目で追う中野は、やや重い雰囲気で言った。

 

「だろうな⋯⋯」

 

 零奈先生の依頼、最後の想い出作り。

 発案、提案した二人の卒業式は、難色を示す半数の教職員の反対意見により難航。当然といえば、当然の反対。今回の騒動を可能な限り表沙汰にしないよう努めてきた学校側は、自身の都合で学校を去った二人と再び関わり合いを持ち、蒸し返す必要があるのかと否定的な立場を取った。しかし、零奈先生の「いつの日か、彼らが。卒業していく生徒たちが、この学校に通っていてよかったと誇って振り返られるように」と言う真摯な呼びかけに感銘を受け後押しする教職員たちと、やはり、既に部外者になった人のために私物化するべきではないと主張する教職員たちとの間で衝突が起き、議論は平行線を辿っている。

 

「前件と同様、無堂先生が双方の仲介役を担ってくれているが、決着には時間を要するだろう」

 

 実行予定日、学園祭まで、ひと月あまり。正直、猶予は残されていない。

 

「生徒会は?」

「中立、公正を保ち、特定の者に肩入れしてはならない。生徒会の理念だ。退学していなければ、生徒のためという大義名分を掲げ行動出来たが。それも今では、難しい」

 

 二人はもう、新しい生活を始めている。上杉は知り合いのツテでカメラマンの助手と日雇いで建設業を。彼女の方も、調理師の免許を取得するため調理の専門学校へ席を移した。早期の自主退学という決断が、ここに来て裏目に出てしまった。

 

「今、出来ることをすべきだ」

「去年って、どんな感じだったっけ?」

 

 ポーカーフェイスのまま無言で、去年のプログラムのコピーを差し出した。目を通すと、当たり障りのないテンプレートな内容が綴られていた。何ていうか、お祭り気分の中でするようなプログラムでないことは確かだった。

 

「大幅に削るか。お偉いさんの挨拶は要らないだろう。てか、招待なんて無理だ」

 

 プログラムに横線を引き、不要な項目を削っていく。

 

「国歌、校歌斉唱。送辞と答辞。卒業証書授与式⋯⋯出来てこれくらいか」

「妥当なところだ、形としては充分。送辞は、お前が書け」

「俺が? それほど親しい間柄じゃないぞ」

「書けると僕は確信している、キミになら。演奏はCD音源でいい。卒業証書は、文面も含めて僕の方で用意する。とにかく今は、開催を前提に準備を進める他ない」

 

 何を根拠に確信を持っているのか疑問は拭えないが、中野の意見に同意して、来週に迫った試験勉強へと気持ちを入れ替えた。その後も、事態は一向に好転の兆しを見せることはなく、中間試験を終え、本格的な選挙戦へと突入。結果は、他の立候補者に大差を付けた中野マルオが、新生徒会長に就任した。

 

「おめでとさん。働きかけは出来そう?」

「以前話したはずだ。生徒会が介入したところで動くような事案ではない。今回の件に関して言えば、零奈先生の言い分に理はない。ただ、提案を持ちかけたのは僕たちだ」

 

 確かに。対立側の中に、前件の意趣返しのような感情が無いとは言いきれないが、感情論的な意味合いも強い。生徒主体の大義名分がない限り、生徒会は迂闊に動けない。

 学園祭期間なら、退学した二人を比較的招きやすいと計算した上での提案だったけど。

 

「やっぱ、学園祭でやるには無理があったかな」

「方向性は間違ってはいない。賛同してくれている教職員も半数いる。しかし、このまま膠着状態が続くのなら、ある程度の妥協は視野に入れる必要が――」

「おい! 見ろ、この根暗ども!」

 

 図書室での話し合いの最中、元気なやつが現れた。得意気な顔で叩きつけた試験結果に目を落とす。学年上位とまでは流石にいかないが、一学期の期末から更に成績を上げていた。

 

「凄いね」

「そうだろそうだろっ。ちょいと借りるぜ」

 

 別の席からかっ攫って来た椅子を側面に付けて、下田は腰を降ろす。

 

「って、期末ん時と同じ反応じゃねーか、やる気あんのかっ!」

「どうしろと?」

「静かにしろ」

 

 ごもっとも。至極真っ当な意見が、対面の中野から浴びせられた。

 

「で、お前ら何企んでんだ? 私にも一枚噛ませろよ」

「企てなど立てていない」

「嘘つけ。ネタは挙がってんだよ。茶店に出入りしてんだろ」

 

 面倒そうに中野は、どうにかしろと目で訴えてくる。でもまあ、二人だけで考えるより、より二人と仲の良い彼女に意見を仰ぐ価値はある。計画中の卒業式の件を伝えると、下田は首をかしげた。

 

「あー⋯⋯それ、どうなんだ?」

「と言うと?」

「なんつーか、アイツら、学校に未練はねぇんだろ? 子供のことで一部の教師とモメてたってだけでよ。そんな深刻に考えてねぇんじゃねーか?」

 

 下田の言葉を聞き、はっとした。彼女から視線を外し、正面を見る。中野も、こちらに顔を向けていた。そうだ。あの時、上杉は――俺は、俺たちは、送り出す形式(カタチ)に囚われすぎていたのかも知れない。

 

「中野、予定変更だ。当日のステージ確保を頼む」

「何を思いついたかは知らないが、零奈先生の判断次第だ」

「それでいい。ナイス、下田」

「あ? よく分からんけど、さすが私だな!」

 

 試験結果を自慢してきた時よりも更に得意気な顔の下田に、行き詰まっていた考えを改めるきっかけをくれたことを感謝しつつ、彼女の意見も伺いながら、プラン変更の報告と、プレゼン資料の作成に移った。

 

           ☆  ☆  ☆

 

 翌日の昼休み。中野に頼んで無人にしてもらった生徒会室で、ホームルーム前に手渡した新しいプランについて、零奈先生の意見を伺う。

 

「催しもの変更の意図は分かりました」

「申し訳ありません。お手数おかけします」

「いいえ。どちらにせよ、先の案は決着には至らなかったでしょうから。ですが⋯⋯」

 

 目を落とした零奈先生は、プレゼン資料の一部について難色を示した。

 

「少々乱暴ですね。反発を買いますよ」

「だから言ったはずだ。通らないと」

「暴れ足りないって言ってたし。じゃあ、最後の項目は削除の方向で再検討します」

「そうですか。ではこの、新プランに沿って話しを進めましょう」

 

 ひとまず第一関門クリア。ここまでは計算通り、本当の課題は次。

 

「最大の課題は、何処が主体で企画、運営を行うかですね」

「二人とも特定の部活には所属していませんでした、クラスの出し物というのも難しいと思われます。そこで、生徒会並びに学園祭実行委員会の合同企画という体でいこうと思います」

「各クラス委員二名に加えてプラス一名確保出来れば、充分回る試算です」

「基本的に裏方で、表立って参加することの出来ない生徒のための企画。通ると思います」

 

 今度は、二人のためだけじゃない。反対派が掲げていた問題点も解消した。新プランは了解を得られるはず、あとは時間との勝負。

 

「先ほどのプレゼン方法、参考にさせていただきます」

 

 見透かされていた。最後に削った項目は、殴られ屋。読んで字の如く、店員がサンドバッグになって、客の拳を受け止める。ストレス解消を目的⋯⋯というのは建前で、他の項目を通しやすくするためのミスリード。

 

「放課後、職員会議に⋯⋯」

「――先生!」

 

 俺たちに背を向けた零奈先生が突然、ふらついた。先に動いた中野からやや遅れて駆け寄る。

 

「大丈夫、少し足がもつれただけですから」

「そうですか」

「では、放課後に報告に来ます」

 

 そういうと普段の凜とした姿で、生徒会室を出て行った。

 

「何ともなさそうだな」

「⋯⋯そのようだな。実行委員の代表に、キミを推薦する。何か考えがあるのだろう」

「ま、二人の意見を聞いてだけど。けど、大会がある」

「試合の前後は、僕が代理を務める」

「了解」

 

 上杉が話した――暴れ足りない。

 それに添うようなものになるかは分からない。けど、新しく提示した来客参加型の企画が、二人の想い出に残るものになってくれればと願う。

 しかし、学園祭を迎える直前、思いもよらない事態が起きることになるとは、この時は、知るよしもなかった。

 

           ☆  ☆  ☆

 

「つまり、全部私のファインプレーってことだな!」

「僕も、かり出されたなぁ」

 

 客足が遠退く時間帯、空いた器を下げに来た店長もしばし、思い出話に加わる。

 

「あんな大きなケーキ作ったのは初めてだったよ。最終的に全部、キミたちに持っていかれたけど」

「ガハハ! よせよ、テレるじゃねーか!」

「褒められてないだろ。あの局面で、あれはない。中野も呆れてた」

「中野は、いつもだろ。仏頂面なのは、昔から変わんねーし。私、笑ったところ見たことねーぜ。ま、去年までよりかはマシになったけどな」

「そうだね。たまに店に顔を出すことがあるけど、少し物腰が柔らかくなった感じがする」

 

 店の奥から聞こえた女性スタッフの「店長、お疲れさまです。お先に失礼しまーす」と言う声に向けて労いの言葉をかけ、再び話しを続けた。

 

「だけど、不思議な縁だね。二十年近く続いてるなんて」

「途中で辞めちまった俺らと、お前らを繋ぎ止めてくれてるのは、先生だよな」

「だな。私は、塾講師なんてやってねーだろうし。お前もだろ?」

「ああ⋯⋯」

 

 零奈先生と巡り会えなかったら、救助の道へ進むこともなかった。自分のことは二の次で、俺たち教え子のことをいつも一番に考えてくれた。だから今度は、助けたいと思ったんだ。

 

           ☆  ☆  ☆

 

 学園祭当日を明日に控えた週末の金曜日、明日の学祭初日は部活の大会と被っているため、本格的な参加は明後日二日目の最終日になる。その前に、上杉の実家を訪ねて最終確認。

 

「心の準備は?」

「心配すんなって」

 

 そう言った割に、声がうわずってる。さすがの上杉も、今度ばかりは緊張の色は隠せないらしい。ま、今さら焦ったところでなるようにしかならない。俺たちは、全力でサポートするだけ。

 

「明日は?」

「俺は、例の(もん)受け取りに行く。あいつは、病院で診察受けてから顔出すって言ってた。見かけた時は、頼むぜ」

「ああ、分かった。サイズは?」

 

 ハンガーラックにかかっている衣装へ目を向ける。

 

「ピッタリだ。あいつのは?」

「大丈夫。当日、手芸部に協力してもらって採寸と微調整してもらえる手はずになってる。事情が事情だから、遅くても午後一時迄には来てくれ。段取りとか色々あるから」

「おう。マジでさ、すぐにはやってやれねぇって思ってた。サンキューな」

「それは、先生に伝えてくれ」

 

 例年裏方の生徒会と学園祭実行委員会の共同出展、前例のないことを、零奈先生は実現してくれた。上杉たちに後悔はない。それなら、これからしたいことを手伝う、それが出した答え。

 

「そういや明日、試合なんだろ?」

「午前中にな」

 

 県ベスト8をかけた一戦を迎える。

 

「応援、行くか?」

「いや、いいよ。試合会場、結構遠いから。年に一度の学園祭だし、やることがあるだろ」

 

 正直、この舞台まで勝ち上がれるなんて想ってもみなかった。夏の成績から、二次リーグからの出場のシード権、夏不調でシード権を逃した強豪校と全国常連の強豪校が同一グループでぶつかったクジ運。何より一番の誤算は、元プロの指導者が率いる学校が有力選手を軒並み抱え込んだ手前、他の学校の戦力低下が著しく。それらの様々な幸運が重なって、駒を進めた決勝トーナメント。

 大会日程が学園祭と重なったことで、スタンドの応援が少ないことも逆に気楽に挑める。ただ、来年には戦力を整えてくる。たぶん、本当の意味でラストチャンスで、過去最大のチャンス。

 そして迎えた、大会当日。スタメンも、ベンチ入りメンバーも勝てば目標に掲げた県八強ということで気合い乗りも充分、今までにないほどコンディションは万全の仕上がりだった。

 

 そして、試合結果は――不戦敗。大会出場を辞退した。

 

「本当にお騒がせを、ご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした。失礼します」

 

 気を遣ってくれる対戦相手の監督、励ましてくれる審判団、応援スタンドに頭を下げ、ベンチへ戻る。場内に辞退のアナウンスが流れる中、帰り支度をしているチームメイトたちは皆、肩を落として、何が起きているのか冷静に受け止められないでいた。

 

「何なんだよ、マジで。意味分かんねぇ⋯⋯」

「止めろ。もう、決まったことだ」

 

 試合当日、部の顧問の無堂先生は、試合開始時刻を過ぎても試合会場に現れなかった。学校にも、自宅にも連絡を入れたが所在は不明。学校の教職員も朝から連絡がつかず、頭を抱えていた。責任者が不在のため、試合は行えず。そして今なお、手がかりすら掴めていない。

 

「事故にあったのかもしれない。倒れて、病院に運ばれたのかも」

「学校に連絡いくだろ。独身なんだし」

「可能性の話しだ。それに、一番キツいのは、先輩たちだろ」

「⋯⋯分かってるって」

 

 冬まで残った三年生は今日で、引退。最後の試合を戦うことなく終わってしまった。恨み言のひとつも言いたいだろうに、気丈に振る舞いながら後輩たちを励ます大人の対応を見ると、ますます申し訳ない気持ちになってしまう。

 だけど、左回りに時計の針を動かしても、結果は覆ることはない。

 重い足取りで学校へ戻り、賑わいを見せる校門付近で解散、各々のクラスへ散っていき、俺は豊橋と共に、職員室の扉を叩いた。

 

「いろいろ大変だったな。簡単に切り替えられないだろうけど、学校としても出来る限りのことはする」

「ありがとうございます。自分たちは大丈夫です、三年生のケアをよろしくお願いします」

「ああ、分かった」

「あの、無堂先生は?」

 

 豊橋の質問に、教員研修の間も代理を務めてくれた教師は、硬かった表情を更に顔を曇らせた。職員室の、このピリついた空気から察するにおそらく――。

 

「まだ、連絡がつかない」

 

 予想通りの答えが返ってきた。

 

「連絡がついたら知らせるから。とにかく今は、自分のクラスに戻れ。せっかくの文化祭だ」

 

 気遣ってくれた教師に一礼し、職員室を後にするとピリついた空気が一転、廊下は何処も彼処もお祭り騒ぎ。催し物のデコレーション、生徒、他校生、来客でごった返していた。賑やかな雰囲気に浸るような気分じゃなくても、やらなきゃいけないことがある。実行委員会がおかれる空き教室へ向かう前に、部の備品を片付けるためひとり、部室へ。無人の部室、棚の上に封筒が置かれていた。宛名も、差出人も記されていない封を切り、手紙を開く。

 

「⋯⋯申し訳ない?」

 

 手紙に書かれた謝罪の言葉。見覚えのある筆跡、手紙の隅に、あの人の苗字が記されていた。

 

「神条君」

 

 呼ばれた声に振り返る。零奈先生が居た。

 

「見せてください」

 

 ――何をですか? と聞く前に、手を取られた。

 突然のことに戸惑い、まるで壊れたブリキの玩具のように固まってしまう。

 

「酷いですね。保健室へ行きましょう」

「保健室?」

 

 手に痛みが走った。置き手紙があった目の前の棚は壊れていて、取られた手の甲の皮が剥がれ、ぽたぽたと落ちた血で、床に赤い血だまりが出来ていた。

 

「その手紙は、無堂先生からですか?」

「⋯⋯はい」

「あなたたちには、残していったのですね」

「それは、どういう――」

「終わりましたよ」

 

 先生不在の保健室。保健の先生の替わりに怪我の手当てをしてくれた零奈先生は、救急箱を元の場所に片付け、正面の椅子に腰を降ろした。

 

「すみません、ご迷惑をおかけしました」

「いいえ。歩いていた道が突然閉ざされてしまい、とても辛いと思います。ですが、道は決してひとつではありません。必ず見てくれている人はいます。少なくとも私は、見てきましたよ」

 

 この時の、零奈先生の言葉に救われた。

 自分でもビックリするほど、どうしようもなかった感情がスッと静まっていくのを感じた。

 

           ☆  ☆  ☆

 

 騒動から一夜が明けて、学園祭最終日。計画の実行当日を迎えた。正直言うと、まだ昨日のことは完全には受け止められていない。それでも今は、あの計画を成功させることに専念。

 割り振られた役割を終えて、生徒会室を訪ねる。

 

「おつかれ。二人は?」

「控え室代わりの応接室に居る。上杉の方は、既に準備が済んでいる。彼女の方は、もう少しかかるだろう。想定以上に手間取っているようだ」

「そうか。衣装が衣装だもんな。特別な事情もあるし」

「さて、そろそろ時間だ。行くぞ」

 

 中野と共に、吹奏楽部の演奏等にも使った野外の特設ステージへ向かう。先に来ていた下田が、手を止めて駆け寄って来る。

 

「おせーぞ、責任者!」

「悪い。って、人多くない?」

「知り合い総動員だ。ふーん」

「なに?」

「イヤ、引きずってねーみたいだなって」

「どうかな。ただ、落ち込んでる余裕がないだけかも」

「無駄話は後にしろ。準備を進めるぞ」

 

 中野に言われ、設営の準備に取りかかる。手分けして、客席のパイプ椅子を片付けて、均等な間隔で並べた長椅子に、花束を飾り付ける。そこへ、同じクラスの瀬戸を始めとした数名の女子が通りかかった。

 

「あれ? 何してるの?」

「サプライズ企画の準備。手が空いてたら、手伝ってくれると助かる」

「別にいいけど、何するの?」

「結婚式」

「⋯⋯えっ!?」

 

 いつの間にか、大勢の人が集まった。

 上杉たちの友人たちだけではなく、二人のクラスメイトだったり、まったく繋がりのない上級生、下級生、教職員。式場の後方には、特製ウエディングケーキと、露店からカンパで料理や菓子が並んだ。

 そして、白い衣装を身に纏った主役の二人が、特設の式場に姿を現した。用意した客席にはとても収まりきらない大勢の人たちを前に、二人は盛大に戸惑っていた。先に、上杉を祭壇へ向かわせ。花嫁には待機してもらう。

 

「もー、ビックリしちゃったよ」

「俺も。まさか、こんなに集まるなんて思わなかった」

「それもだけど、結婚式のことだよ。私、衣装合わせまで知らなかった。提案してくれたんだよね?」

「上杉に聞いた?」

「ううん、零奈先生。お化粧してもらったんだ。あと、この髪も」

 

 純白のウエディングドレスは用意出来なかったけど、白いワンピースをベースに手芸部お手製のウエディングドレス。ベールの中の髪は頭の後ろで結って、綺麗にまとめられている。

 

「切る前で良かった」

「切る予定だったんだ。間に合って良かった。ブーケ」

「キレイ⋯⋯ありがとう。あ、お父さん」

 

 花嫁の父親を連れて、中野がやって来た。

 

「それでは、僕たちはこれで失礼します」

「また後で」

 

 親子に一礼し、踵を返した背中に声をかけられた。

 

「ありがとう!」

 

 スピーカーから流れる結婚式定番の曲に合わせ、ゆっくり、一歩ずつ祭壇へ歩いて行く花嫁と父親の背中を、少し離れた場所から立ち見で見守る。

 

「これで、僕たちの役目は終わりだ」

「ああ⋯⋯」

 

 父親の元を離れた花嫁は、上杉の隣へ移動。

 

「⋯⋯ありがとう、か」

「なんだ?」

「イヤ。今、報われた気がした。思い通りにはいかなかったけど」

 

 ケガをした手の治療痕に目を落とす。

 

「俺、助ける側になろうと思う。もちろん、医者じゃないぞ」

「救助⋯⋯消防士か。確か今年は、倍率20倍近くだったはずだ。狭き門だ」

 

 いくら狭くても閉ざされてはない。

 それを、零奈先生は教えてくれた。

 

「俺が救助して、お前が治す。悪くないだろ」

「さてね」

 

 素直じゃないな、相変わらず。それにしても、性別も年齢も関係なく、よくもこれだけの人が集まったものだと改めて思う。

 

「零奈先生のお陰だ」

「そうか、先生のファンクラブか」

「誰も強制されたわけじゃない。二人のために動く先生の姿を見て、自主的に動いたんだ」

 

 思わず漏れるため息。敵わないな、本当に。

 夕日が差し込み、祭壇をオレンジ色に染める。結婚式もいよいよ、クライマックス⋯⋯のはずが様子がおかしい。

 

「指輪、忘れた!」

 

 上杉の爆弾発言に、何人か椅子から転げ落ち、中野は呆れ顔。

 花嫁はというと、涙が出るくらい可笑しそうに笑っていた。

 上杉はそんな彼女を、お姫様抱っこで抱きかかえ、多くの祝福の中を堂々と歩いて退場する二人の姿は本当に、幸せに満ち溢れていた。

 学園祭のフィナーレを飾るサプライズ結婚式は大成功に終わり。後日、事前に許可を得ていなかったことを理由に反省文を書かされた。

 そして、無堂先生失踪の理由と、零奈先生の妊娠が発覚した。

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